ランスが女の世界で魔人アイゼルに転生〜洗脳能力と原作知識で魔王を目指す〜 作:斧池 数馬
開戦
「な、な、何だとぉぉぉぉおおお!!!」
「ケイブリス様!落ち着いてください!アイゼルからの書簡になんと書かれていたのですか!!」
魔物界、奥地。最強の魔人にして、次代の魔王を狙うケイブリスの怒声が城にこだました。
その巨腕には、一枚の紙が握りしめられていた。
怒りに震える主に、魔物大元帥ストロガノフが駆け寄る。
腹心とも言える彼に、ケイブリスは猜疑の目を向けた。
「おい、ストロガノフ。こいつを誰にも見られていないだろうな」
「は、はい。厳重に封がされておりましたので……。財宝とともに、我が陣営の兵が持って来たものです。てっきり命乞いでもしているものだと思っておりましたが……」
「ちっ、そういやそうだったなぁ」
引きちぎられた鋼鉄の箱の残骸が、紙屑のように、ケイブリスの足元に散らばっている。
彼の膂力にかかれば、それこそ紙と変わらぬ封印だが、このストロガノフや城にいるほとんどの兵にとってはそう簡単には破れないことだろう。
一部の強者たちであっても、何の痕跡を残さずに元通りに封印することは不可能だろう。
いつも気取っているあのむかつく男らしく、豪奢な刻印がなされた蝋によって紙が留られていたことも、ここに来るまでに誰も目を通していないことを物語っていた。
「あー……、とりあえず、これを持って来たやつ。殺しておけ」
「な、何故に?」
「理由なんざどうだっていい。アイゼルに洗脳されて、破壊工作でも企んでたとでも言っておけ。どうせ、こいつを受け取る時にやられてんだろ。一応、誰からこいつを受け取ったかだけ拷問して聞き出しとけ。まあ、記憶に無いとかほざくだろうが、だとしたらアイゼルかその使徒が直接渡した、で決まりだ」
「そ、そこまでの口封じが必要だとお考えですか……。分かりました」
あまりにも冷徹かつ、酷薄な命令に、背筋に冷たさを感じつつも、ストロガノフは主の指示に了解した。
「ストロガノフ、今、どれだけの兵を動かせる」
「はっ!ホーネット派の討伐のため、大戦力を集約しております!魔人のお歴々も集結させておりますので、必ずや憎っくきホーネットを討つことが叶うでしょう」
「そっちはどうでも良い!今からそいつら全部、人間界に送り出せ!目的は魔王探索とアイゼルの討伐。人間界で好き放題に暴れさせてやると、士気を上げておけ」
それは、この状況では決してあり得るはずのない命令だった。ケイブリスにとって最大の脅威は、魔王の血を引き、強大な力を誇る魔人ホーネットのはずだった。
彼女を抹殺するためだけに、年単位の時間をかけて、ホーネット派の戦力をすり潰してきたと言ってもいい。
主の臆病さに、思うところがあるストロガノフをして、その堅実な戦略は最良だったのだと確信していた。
その苦労がようやく身を結ぶというこの機に、ホーネットを放置して人間界に侵攻するのは、慎重な主らしかぬ性急さだった。
「なっ!?こ、この状態でですか?確かに人間界を破壊し尽くし、魔物が支配する世界を取り戻すのは、我々の悲願ですが、ホーネット派を打ち滅ぼし、後顧の憂いを断ってからでも遅くは──」
「それじゃ遅せぇっつってんだよ!テメェは、何だ!俺様のしもべだろうが!だったらごちゃごちゃ抜かしてねぇで言った通りにしやがれ!」
「せめて!せめて半分、いや三分の一程度の戦力はこちらに残すべきです!旧魔王城を包囲し、兵站を断たなければホーネット派が息を吹き返しかねません!!いいや、あるいはこれを最後の好機とみなして、打って出るやもしれません」
激怒する主を前にして、ストロガノフ、命を賭けた忠言だった。
向こうは軍としてはその戦力を大きく減らしている。しかし、いくら相手の駒を奪ったところでキングを取られてしまえばこちらの負けなのだ。
ホーネットが残った戦力すべてでこちらに突撃し、死に物狂いの勢いをもってこちらの陣を突破し、主の首を取りに来る。
成功する可能性がほとんどゼロに近いような一手だが、主に危険が及ぶ可能性を許容できぬゆえの進言だった。
「確かに、ちょびっと、ほーーーんのちょびっとだが、その可能性はゼロじゃねえか。よし、ケッセルリンクにホーネットの相手をさせろ」
「はっ、ケッセルリンク殿であれば、背後を任せるのに心配はないかと」
その忠誠心が届いたか、あるいは僅かなりとも自身の命が危ぶまれる可能性に気づいたのか、ケイブリスはストロガノフの進言を受け入れた。
ケイブリス派において、ナンバーツーの実力を持つ魔人ケッセルリンク。彼ならば、ホーネット派を牽制するのに不足はなかった。
冷静さを取り戻した主の采配に満足すると、ストロガノフはその命に沿うため、動き始めた。
「アイゼルめ……。ふざけた真似をしやがって、テメェは八つ裂きにしてやる!」
◆ ◆ ◆
「ホーネット様。ケイブリス派が、戦力を集約しています。ほぼ間違いなく、こちらの主城を落とすのが狙いかと」
「そうですか」
千里眼の力を持つ使徒ケイコの言葉に、ホーネットは静かにそう応えた。あまりにも泰然としすぎている姿は、彼女をよく知るケイコをして主の内心を推し量ることが出来なかった。
実際のところ、ホーネットの内心は逡巡に満ちていた。
ケイブリス派の大攻勢にどうやって対処するべきか。手持ちの戦力と状況から取り得る選択肢を、すべて検証し、最善の手を導き出そうとしていた。
そして、それを繰り返して来た結果が今のこの状況だった。
高い能力と、それに驕ることのない精神を両立したホーネットの策略に、大きな失策はなかったと言える。
ただ単純に、戦力の差が大きかった。魔人の数はもとより、大軍勢を指揮することの出来る魔物大将軍、そして兵卒となる魔物の数でもホーネット派はケイブリス派に大きく劣っていた。
そんな戦力差で、ここまで引き延ばすことができたこと自体、ホーネットの優秀さの証と言ってもいいだろう。
「せめてアイゼル様がいらっしゃれば……。あの方は何をしておられるのです!?」
「彼は魔王様を守護するという役目を果たしています。それ以上を求めるものではありません」
ホーネット派の盾をホーネット本人とするのならば、剣はアイゼルだった。
魔物界にてケイブリス派魔人メディウサを暗殺し、人間界ではカミーラの侵攻に乗じてジークを撃破し、サイゼルを撃退、カミーラを封印することに成功していた。
サイゼルを撃退に留めたのは、ハウゼルの心情を慮ってのものだろう。
それに加え、カミーラを封印するに留めたのも、ケイブリス派の注意を人間界に向けさせる最良の判断だったと言える。
その功績ゆえに、ケイコが彼に期待を持つのは仕方のないことであった。
しかし、派閥の首魁たるホーネットが他者を頼みにする訳にはいかなかった。
「わたし自らが出ます。籠城戦です。わたしが敵軍を撃退するまで、耐えぬきなさい」
「ホーネット様、それは危険すぎます!あなたが戦場に現れれば、あちらはあなたを躍起になって仕留めにかかりますよ!?」
「その分敵の注意を引き付けることが出来ます。今、我々は、軍としての体裁を取るために必要な兵の数を、何としても維持しなくてはなりません」
それは指揮官自らが、囮になるという狂気の策だった。
無敵結界を持つ魔人であっても、敵軍を率いるのも魔人である以上危険であることは変わらない。
しかし、もはやそれが一番壊滅を避けることの出来る可能性が高い策だと、ホーネットは考えていた。
「そんなこと、させられない……!何か…何かないの!?この状況を覆す手が……!」
どこかに付け入る隙がないか、ケイコは必死になってケイブリス派の様子を観察していた。
それの必死さは、ありもしないものを追いかける愚者のそれにも近かったが、ホーネットは自分の使徒を信頼していた。
ケイコならば、この状況でも有意義な偵察を行なってくれるだろうと。
「嘘……?どうして……?」
「ケイコ、何かありましたか?」
「ケイブリス派、出陣しました!侵攻先は、こちらではありません!人間界です!やりました!これならホーネット様が出陣されずとも、戦えます!」
それは思ってもみない展開だった。人間界への侵攻は、魔王ガイの遺言を無視するケイブリス派としては当然の行動だ。
しかし、あとわずかで宿敵であるホーネット派を壊滅させられるこの戦況でそうするなど、絶対にあり得ないことだった。
「ケイブリスの狙いは……、まさか、魔王様!?」
思わぬ幸運にケイコは歓喜していたが、ホーネットは冷静にその行動の目的について分析していた。
「ケイコ、こちらも人間界に戦力を派遣します。こちらの防衛はわたしが、他の魔人たちは人間界に送り、魔王様への警護させましょう。向こうでの指揮は、アイゼルに一任します」
「そんな!」
ホーネットの決断にケイコが悲鳴をあげるが、ホーネットはそれを黙殺した。
彼女の至上命題は、先代魔王にして父であるガイの遺志を継ぐこと。ならばその父が後継者に選んだ来水美樹、魔王としての力がいまだに覚醒しない彼女に万一の事態がないよう、全力を尽くすのは当然だった。
「アイゼル、よくやってくれました。これで、もうしばらくは持ち堪えることが出来ます」
◆ ◆ ◆
原作の流れに沿うのであれば、ホーネット派は今頃、すでに瓦解しているはずだった。
魔人の数も、魔物大将軍の数も、兵の数も劣る以上、それは当然の結果だ。
そうはならなかった理由は、ひとえにわたしが魔人メディウサを暗殺したからだ。
代わりに魔人カイトが生存することになったが、血を好むメディウサと、誇り高い武人である彼ではケイブリス派の戦力としての重みが違う。
決して彼の力を過小評価する訳ではないが、アレフガルドに女を攫わせ、それを惨たらしく殺すことを愉しむメディウサは、こちらの戦意を削ぐという点で戦争においては脅威だった。
それを戦争の早い段階で取り除いたことのアドバンテージが、そのままホーネット派が最低限の戦力を保ったままこの時を迎えるという結果に繋がっていた。
とはいえ、このまま手を拱いていれば、ホーネット派が崩壊するのは避けられない。
そこで、ケイブリスに今のこの状況で、人間界に攻め込ませることにした。
背後に難敵を抱えながら、大規模な進軍をさせるという非合理を、彼に選ばせるための手がわたしにはあった。
それはたった一通の書簡だ。その内容はこうだ。
我が手の内に、魔王リトルプリンセスと魔王殺しの魔剣カオスあり。
ケイブリスよ、疾く我に降り、服従し、我に赦しを乞え。
さすれば汝の生存を約束する。
言ってしまえば無条件降伏の勧告であった。
ケイブリスの野望は、魔王リトルプリンセスを殺害し、自身が魔王となること。それを先取りされかねない状況は、彼にホーネット派よりも人間界の攻略を優先させるのに十分な物だった。
こうして、ケイブリス派はホーネット派という不安要素を抱えながら、人類と戦う羽目になった。
それでも全くもって安心出来ない戦力差には、背筋が凍る思いだが、これまで積み上げてきたものすべてをぶつけて、必ずや我が野望を叶えてみせる。
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