レッドグレイブ公爵家の屋敷。
その執務室に呼び出されたアンジェリカは、机に座る兄【ギルバート】を前に緊張で身体を固くしていた。
ラーシェルが反乱分子を決起させて起こした暴動騒ぎが終息し、落ち着きが戻ってきたこのタイミングでの実家からの呼び出し──どう考えてもリオン絡みの厄介事だ。
公国との戦争で王国の切り札であった【王家の船】が失われて以来、レッドグレイブ公爵家は王家と対立状態にある。
というより、もはや王家を見限り、反乱の準備を進めている、とアンジェリカは見ている。
そこに来て先日の暴動騒ぎ。
リオンは従えた使い魔の情報収集能力と卓越した戦術眼でもって王都中で暴れていた反乱分子を一夜で制圧してしまった。
リオンがいれば王都とて簡単に落とせる──その確信をレッドグレイブ家が抱いたのは間違いない。
そして、リオンがその力を王都を守るため、つまり今の王家のために振るったことを快く思ってはいないだろう。
渋面になりそうなのを必死で堪えるアンジェリカに、ギルバートは書類に判を押しながら言った。
「暴動騒ぎでは随分と活躍したみたいだな。兄としても誇らしいよ」
「私は何もしていません。全てはリオンの手柄です」
アンジェリカの返事を聞いてギルバートは微笑みを浮かべるが、その目は笑っていない。
「だろうな。だから、義理の兄として誇らしく思っているよ。まさか、一代で公爵にまで上り詰めるとは思いもしなかった。陛下の気まぐれにも困ったものだ」
そう、今やリオンの爵位は公爵である。
回復して復帰したローランド王がまたも独断で陞爵させたのだ。
しかもあろうことか、ローランド王は全てが仕組まれていたことを暴露した。
ローランド王は暴動が起こることを事前に察知した上でわざと毒を盛られて自室に引きこもり、まんまと対処をリオンに丸投げして潜んでいた反乱分子も一網打尽にしたのである。
極めつけはその動機。共和国で散々暴れてくれたリオンの苦しむ顔を見たいがため──完全な私怨だった。
そのことをローランド王から直々に聞かされた時のリオンの絶望した表情を見たアンジェリカとしては、一言物申したかった。
「リオンは不満に思っています」
ギルバートは肩をすくめて理解できないといった顔をする。
「リオン君は出世に対して消極的だからね。だが、成し遂げたことの大きさを考えれば致し方ないだろう。何せ、たった一人で王都を掌握してみせたのだからね。リオン君がいれば、王都は簡単に手に入ることが証明されたわけだ」
愉しげに宣うギルバートだが、すぐにアンジェリカに厳しい視線を向けた。
「だが、お前はそんなリオン君の力を正確に把握していなかったわけだ。事前に知っていれば、我々はもっと効果的に動けていたはずだ」
「それは!」
「言い訳をするな。お前は彼に本当に信用されているのか?」
疑いの目線を向けてくるギルバート。
それに反論できないことがアンジェリカには辛かった。
実際、リオンはアンジェリカに対してどこか距離というか、壁のようなものがある。
愛されているのは分かるのだが、信用や信頼を寄せられていると自信を持って言える状態ではない。
というか、リオンが本当に心の底から信じ、頼りにしている人物なんてエステルくらいだ。
アンジェリカも彼女と同じように、いや、彼女以上にリオンに信じてもらいたくて、頼ってもらいたくて頑張ってきた。それにも関わらず、リオンは信じてくれない。
優しい顔を貼り付けて優しい嘘を吐き、危険や苦難から遠ざける。
それに対して抱いていた悔しさと無力感が、ギルバートによって抉られる。
「申し訳──ありませんでした」
震える声で謝罪するアンジェリカに、ギルバートは更なる追い打ちをかける。
「夫婦となるのだから、もっと互いに信頼し合える関係になるべきだな。それはそうと、リオン君は最近よく王宮に顔を出しているそうじゃないか。──お目当てのエリカ王女に夢中だという噂だが、事実ではないだろうな?」
ギルバートの言葉にアンジェリカは心当たりがあった。
リオンがエリカ王女に頻繁に会いに行っているのは事実だ。
恋愛感情からではないのは分かるが、何を考えているのかは相変わらず分からない。
黙り込むアンジェリカにギルバートは冷ややかな目を向ける。
「王妃様に続いて王女様とは、彼は高嶺の花を好むようだな。もっとも、本気で手を伸ばせば届くというのが問題なのだが」
「リオンは別に──」
「お前に彼の本音が聞き出せるとは思っていない。──役割を忘れるなアンジェ。リオン君をこちらに繋ぎ止めるのがお前の役目だぞ」
──やはりか。
反乱軍の旗印として主力として、リオンを当てにしているのか。
度重なる戦いで精神的に疲弊して危うい状態になっているリオンを更なる戦に引きずり込もうとするなど、許せなかった。
「これ以上、リオンを戦いに巻き込むのは反対です」
アンジェリカが絞り出した言葉にギルバートは微かに目を見開く。
「このままホルファート王国の世が続くと思っているのか?嫌でも戦うことになる。それに、血を流してこその貴族だ」
「リオンは!──あいつは戦うには優し過ぎます」
ギルバートは溜息を吐いた。
「確かに彼は甘いが、他国にまで名が知られた王国最強の騎士だ。彼には今後ともレッドグレイブ家を支えてもらわないとね」
自分と婚約しているばかりにリオンが争いに巻き込まれようとしている──アンジェリカはそう考えて、自分を責める。
だが、話はそれで終わらなかった。
「それに──これはリオン君のためでもあるよ。彼を狙っている者は今や大勢いる。特にローズブレイドとファイアブランドは我々にも王家にも与せず独自に動こうとしている節がある。だが、最も数が多く安定しているのは我々だ。その我々につくのがリオン君にとっても最善だと思うがね」
それはアンジェリカも認識していた問題だった。
ローズブレイド家は長女ドロテアをリオンの兄ニックスに嫁がせて着々とバルトファルト家との関係を深めている。
それに加えて暴動騒ぎでの立ち回りを見るに、彼らの狙いは王家と反体制派の共倒れ、その先にある王国からの独立といったところか。
いずれはリオンの家族を人質にして自分たちに味方するよう求める可能性が高い。
家族への情に厚いリオンのことだ。きっと応じてしまう。
ファイブランド家──エステルの方はリオンとの個人的な信頼関係が誰よりも強く、それ故にリオンはエステルの言うことには文句を言いつつも結局従ってしまう。
そしてエステルは独立心の強い人物だ。
今でこそ王家に与しているが、今後の情勢次第ではローズブレイド家と同様自前の勢力を作って独立しようとしてもおかしくない。
そうなれば、彼女はリオンに同盟か敵対かを迫るだろう。その時リオンはおそらく断れない。
どの勢力に付いたところで争いが戦に発展すればリオンはまた矢面に立たされて望まない戦いを強いられる。
誰も彼もがリオンを強力な駒として利用しようとする。
リオンの望みは田舎で穏やかに暮らすことだけだというのに。
それでも、アンジェリカに許された返事は一つだけだ。
「──理解しています」
「ならば何をするべきかも分かっているね?」
その念押しがアンジェリカを叩きのめした。
◇◇◇
夕方。
朱に染まった学園の道をアンジェリカはとぼとぼと歩いていた。
実家で言われた言葉がまだ胸の奥に突き刺さっていて、足取りは重い。
いつもの倍ほどかかって女子寮に辿り着いたその時。
「浮かない顔だな」
声をかけられ、振り返ると、そこにいたのはエステルだった。
「エステルか」
こうして二人で立ち話をするのも久しぶりだと思い、アンジェリカは足を止める。
「実家に行ってきたのか?」
「ああ。──兄に呼び出されてな」
「リオン絡みだろ。あいつ最近また妙なことやってるみたいだし、それで噂にもなっているしな」
「やれやれ、お見通しか」
アンジェリカは力なく呟いた。
実家に行くこととその要件を話していたのはオリヴィアだけだが、それでも簡単に察しはつくだろう。
実際リオンがエリカ王女と毎週末会っているというのは学園中で噂になっている。
口さがない者たちはリオンがアンジェリカを捨ててエリカ王女を狙っている──などと勝手な憶測を広めていた。
「リオンからは何も聞いていないのか?」
エステルの問いかけにアンジェリカはかぶりを振る。
「いいや。きっとまた何か深入りされたくない事情があるのだと思う。あまり問い詰めても──あいつに嫌われてしまう」
「どうかな。あいつはむしろお前に嫌われることを心配していたけどな」
その答えが疲弊して不安定になっていた心を揺さぶった。
「だったら!──だったらどうして、こんなこと──」
思わず声を荒げてしまい、しまったと思って尻すぼみになる。
エステルに当たっても仕方がない。
それにせっかく彼女とまた以前のように話ができるようになったのに、それをぶち壊したくない。
腹の中で何を考えていようが、彼女は大切な友人──誰もが自分を見限って去っていった時、それでも側にいてくれた数少ない親友なのだから。
だが──親友だからこそ、余計に苦しいのだ。
自分が求めて必死に手を伸ばしても手に入らないものを彼女だけが持っていることが──
歯を食い縛って堪えるが、それでもやり場のない怒りと悲しみと不安で涙が溢れそうになる。
エステルはそんなアンジェリカを見て少し考え、一つの提案を持ちかけた。
「アンジェ、一度あいつとどこかのダンジョンに冒険に行ってみろ」
「冒険?」
思わず訊き返したアンジェリカにエステルは頷き、そのメリットを説明してくる。
「そう。二人で力を合わせて財宝の一つや二つ取ってくるんだ。で、酒場で打ち上げでもしてサシでじっくり話すといい。そうすりゃあいつもアンジェの望みを分かってくれるだろうよ」
「ッ!本当か?本当にそれであいつは分かってくれるのか?」
アンジェリカは思わず詰め寄った。
エステルは一瞬目を見開いたが、すぐに自信たっぷりな笑顔で言った。
「ああ。信じるとか、頼りにするとか、そういうのって言葉や理屈じゃないんだよ。二人で力を合わせてデカいことやり遂げた──って経験だ。それを作るには、ダンジョンに挑むのがいいと思うぜ。あいつもダンジョンなら反対しないだろうから」
「な、なるほど──」
言われてみればそんな気がする。
今まで本当の意味でリオンの隣で肩を並べて戦ったことはなかった。
いつだって、安全な所で守られながら戦っていて、それが歯痒くて、悔しかったのだ。
「ああそうだ。どうせならアンデッドとかゴーストが出るダンジョンがいい。あいつああ見えて怖がりだから、絶対頼ってくれるぞ」
エステルが悪どい笑みで囁いてくるが、それはさすがに駄目だろうと思った。
なんでそんな怖い所に連れて行くんだアンジェの馬鹿!とでも言われて嫌われたら、立ち直れない。
「いや、さすがにそれはできないよ。場所はあいつと相談して決める。──ありがとうな。エステル」
お礼を言うと、エステルはふっと息を吐いて励ましの言葉をかけてくる。
「頑張れよ。アンジェならできる」
その声と瞳には確かに友を想う心が込もっていた。
それを感じ取れたから、アンジェリカは彼女の提案を実行してみることにした。
「ありがとう。明日あいつに話すよ」
さっきまで重く沈んでいた心がいつの間にか軽くなっていた。
久しぶりに顔が緩んで笑みを溢しながら、アンジェリカは自室に戻った。
帰っていくアンジェリカの背中が見えなくなると、エステルは小さく振っていた手をすとんと落とした。
顔からは先ほどまでの優しい表情は消え、瞳は暗く濁っていた。
内心に渦巻くのは嫉妬である。
エステルからすれば、アンジェリカが抱えていたのは所詮恵まれた者の贅沢な悩みだった。
それに対してわざわざ助言などしたのは半分後ろめたさ、もう半分は打算である。
オリヴィアやノエルがアンジェリカのことでリオンを追及して、そこから自分とリオンの関係に勘付かれでもしたら困る。
だからそれにつながる芽を摘んだ。
我ながら嘘が上手くなったものだと思う。
とりあえずアンジェリカの方はどうにかなりそうだ。
次はリオンの方に話をつけておかなければ。
大体リオンがアンジェリカのことをいつまでもお姫様扱いするのが悪いのだ。
あの様子だとリオンはまだアンジェリカに手を出していない。
さっさと抱いて王妃様に言うような甘い台詞でも囁いておけばいいのに。
結局のところアンジェリカが求めているのは安心できる確かなつながり──リオンの女であるという実感なのだから。
ただ──その前にこのドス黒く濁った感情を発散させておかないと。
◇◇◇
夜。
リオンが部屋に戻ってくると、居間に明かりが灯っていた。
もしやと思って見に行くと、やはりそこにはエステルがいた。
酒とつまみを持ち込んでソファーでくつろいでいる。
「遅かったな」
まるでここが自分の部屋であるかのような物言いだが、今更反論する気にはなれなかった。
夜に部屋に上がり込まれるのはもうこれで何回目か──五回は超えているのは確かだ。
早い話が夜這いである。
仲直りに開いたお茶会で三度目の肉体関係を持って以来、彼女はしょっちゅう部屋まで来て求めてくるようになった。
部屋の扉には鍵をかけているが、合鍵でも作られているのか、気が付いたら部屋にいる。
追い返すだのやめさせるだのはとっくの昔に諦めた。
ただ、せめてもの抵抗として小言くらいは言わせてもらわなければ。
「エステル、来るならせめて一言──」
「座れよ」
その一言で反射的に背筋が伸びた。
これは機嫌が悪い時の声だ。
エステルがこういう声を出す時は口答えは命取りである。
「は、はい──」
冷や汗を浮かべながら彼女の隣に腰掛けると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「あれ?エステル、もしかしてシャンプー変えたか?」
思わず問いかけると、エステルは表情を緩めた。
「──正解」
そう呟いて身体を寄せてくる。
余計な言葉や合図はなく、すぐに互いの身体に腕が回され、唇が重なる。
ついばむような優しい口づけがすぐに貪るような激しい情欲のぶつけ合いに変わる。
数えるのも馬鹿馬鹿しいくらい何度も何度も繰り返して、それでも飽きや倦みが来る気配はなく、重ねる度に快楽が増していく。
もっとしたい、いつまでもこうしていたい──そんな思いに支配されて、ひたすらに互いの唇と舌と唾液の感触を味わうことに夢中になる。
だが、すぐにそれだけでは我慢できなくなる。
もっと深く、もっと熱く、もっと直につながりたくなる。
エステルがリオンの衣服を慣れた手つきで脱がし、露わになったものを舐めしゃぶり始める。
つい数ヶ月前まで処女だったとは思えない見事なフェラチオだった。
彼女の舌が敏感な部分をなぞる度、下半身が悦びの悲鳴を上げ、はち切れんばかりに膨れ上がる。
「ッ!やばい、出そう」
射精感を覚えてエステルを離そうとするが、彼女は離れなかった。
それどころかリオンの腰を両手で捕まえて逃げられないようにして、より一層激しく責め始める。
「逃げるなよ。イキたきゃイッていいから」
いつもなら口や顔に出されるのは嫌がるのに、どういう風の吹き回しだろうか──そんな疑問すら、あまりの気持ちよさにすぐさま溶けて消えた。
下半身の奥から熱いものが込み上げてきて、痙攣が始まる。
「あっ!無理、イッ──くぅ!」
脈打つものから大量の粘液が彼女の口に注ぎ込まれる。
エステルは一瞬目を見開いて苦悶の表情になるが、口を離すことはなく、搾り出すかのように吸引を続けていた。
やがて射精が終わると、ようやくエステルは口を離し、塵紙を取って中身を吐き出した。
その動作にリオンはゾクゾクした。
傲岸不遜、唯我独尊を絵に描いたようなエステルがこんな娼婦のするようなことをしてくるというギャップが心をざわつかせる。
出したばかりなのに下半身は先程と変わらない大きさと硬さでそそり立っていた。
それを見たエステルが昏い笑みを浮かべる。
「まだカチカチだな。そんなに良かったのか?」
そう言って、ものを指先でつ──っと撫でる。
その後に続く微かな痛みの混じった快感にリオンは情けなく悲鳴を上げた。
「ひっ!ちょっ、今敏感だから──」
抗議を言い終わる間もなく、ソファーに押し倒され、エステルが覆い被さってくる。
「まだいけるよな」
「え?いや、イッたばかりだからちょっと休──」
「いけるよな?」
食い気味に同じ問いかけを繰り返され、更に顔を思い切り近づけられてハイライトの消えた目で見つめられて、リオンは選択肢がないことを悟った。
「──はい」
直後、下半身が濡れた柔らかい粘膜に包まれる。
「ひんっ!?」
口の中とはまた別格で、これまでとは比較にならない強い快感に聞いたことのない啼き声が漏れる。
本当に自分の声なのか疑わしい嬌声は、その一回に留まらなかった。
エステルの腰が上下する度に彼女の肉襞が蠢き、リオンのものを隅々まで舐り回す。
射精したばかりで敏感になっているせいで、いつもより刺激が強く感じられ、他の感覚が追いやられて遠のいていく。
もはや自分がどんな顔をしているのか、どんな声を上げているのかもよく分からない。
気持ちいい、もっとして──それ以外何も考えられなくなっていく。
ずっと悲鳴を上げていたものが再び張り詰めて、射精感が満ち始める。
その気配を感じ取ってエステルの締め付けが一段と強くなり、奥へ奥へと吸い込もうとしてくる。
「何だよもうイク気か?もうちょっと頑張れよ」
エステルが呆れたような声音で囁いてくるが、それすら耳から快感として全身に広がり、興奮を煽るだけ。
「んなこと言われても──む、無理!こんな──気持ちよすぎッ──!」
「へーぇそうなのか。そんなに気持ちいいのか私のここ♡」
「うぁぁあああッ!」
一際激しいうねりが来て、リオンは甲高い声を上げた。
快感の奔流が全身を駆け巡り、今にも下半身が暴発してしまいそうだ。
「いいよ。イッちゃえよ♡私の──悪友の中にびゅーって思いっ切り出しちまえ♡」
その言葉で堰が破れる。
尿道をまた熱いものが駆け抜けていく感覚がしたかと思うと、リオンのものは激しく脈打ち、放尿と紛うばかりの勢いで精を吐き出した。
「ああッ!あああああ!!」
腰から身体の全てが溶けて流れ出しているかのような感覚に襲われ、リオンは堪らず悲鳴を漏らしながらエステルにしがみついた。
一方のエステルも奥の一番感じる所に凄まじい勢いでぶちまけられて、かつてないほどの絶頂に達していた。
「ぐっ!んぅうううっ♡♡♡────あ"あ"あ"あ"あ"──っ♡♡♡」
獣のような叫びが迸り、中のものが脈打つ度に全身が激しく痙攣する。
快感で頭が真っ白になる。
続いてやって来るのは雲の上に放り出されたような心地良い浮遊感。
身体が震える度に鋭い快感が稲妻のように走る。
「はぁ──♡はぁ──♡ぁっ、んくっ──♡はぁ、はぁ──♡」
腰が勝手に動いて彼のものを奥に擦り付ける。
徐々に引いていく快感を追いかけて手を伸ばすように。
二人はしばらく密着したまま快楽の余韻に揺蕩い続けた。
身体の痙攣だけでなく、呼吸や拍動までも一致しているかのような不思議な一体感に包まれて。
◇◇◇
先に意識を取り戻したのはリオンだった。
帰ってきた時に感じていた疲れも苛立ちも綺麗さっぱり消え失せて、頭が冴え渡っている。
心なしか身体も軽くなったように思う。
だが、隣で寝息を立てるエステルを見ると罪悪感が湧き上がる。
結局また一つ裏切りを重ねてしまった。
こんな関係駄目だと、破滅への一本道だと分かっているのに、拒むことができない。
拒んだら報復が怖いのも理由だが、エステルが与えてくる快楽に抗えないのだ。
もうすっかり彼女の身体の虜になってしまっていた。
それだけではない。
エステルと肌を重ねている間は常日頃のしかかる重圧や煩わしさを忘れられるからだ。
彼女は友達でいた期間が長かったせいでリオンのことを知り尽くしている。
英雄なんて言われるようになるずっと前から悪友をやっていて、汚い所も恥ずかしい所も散々見られてきたから、今更仮面を被って接する必要なんてない。
本来小心で怠惰で取るに足らない小物である自分を隠さず、偽らず、自然体でいられる心地良い時間──それを手放せなかった。
──どうすればいいんだろう。
苦悩するリオンの肩に微かに重みがかかった。
見ると、エステルが眠ったままもたれかかってきていた。
身長は殆ど同じなのに座高は彼女の方が頭半分ほど低いせいで、もたれかかられると彼女の頭が自然に肩に乗るのだ。
その感触と温もりと、まだ微かに残る甘い香り、そしてあどけない寝顔が不思議と落ち着きをもたらしてくれる。
抗えずに彼女の頭にそっと頬をくっつける。
汗で少し湿気た白銀の髪はそれでも絹のように肌触りが良かった。
離れないといけないと理性が訴えているが、身体は動いてくれなかった。
あともう少し。もう少しだけ、このまま──
ふと、手に温かさを感じて視線を落とすと、いつの間にか目を覚ましたエステルが手を重ねていた。
「相変わらず冷たい手してるよな」
彼女の呟きと共に指が絡まる。所謂恋人つなぎ。
そのまましばらく無言で互いの温度を感じた後、エステルが手を離し、口を開いた。
「リオン、お前アンジェと寝ろよ」
「──え?」
唐突に出てきたアンジェリカの名前にリオンは面食らう。
だがエステルはお構いなしにまくし立ててくる。
「明日アンジェがダンジョンに誘ってくるはずだ。二人で話し合って日取り決めて冒険に行ってこい。で、帰ってきたら打ち上げでもしてその後──」
「ちょ、ちょっと待って!?なんでいきなりダンジョン?それにアンジェが誘ってくるって──」
「私がアンジェに提案したんだよ。あいつ、ここの所色々あって思い詰めていたからな。お前だって聞いているだろ?」
「えぇ──まあそれはそうだけど──」
理解が追いつかずに曖昧な返事をするリオンにエステルは溜息を吐いた。
「分かってねーな。アンジェは今必死なんだよ。あの暴動騒ぎ以来、お前を取り込もうと狙う奴は格段に増えた。お前がいれば王都すら簡単に落とせると知れたからだ。王家はますます求心力を失って、逆に体制に不満を募らせて謀反を企む連中は勢い付いている。そんな連中にお前が駒として利用されないように、アンジェが防波堤になっているんだ。あいつはプライド高いし、不器用だから口に出しては言わないけどな、あいつはお前の役に立ちたい、支えになりたいって一心でそうしてる。でもな、一人で戦うのもそろそろ限界なんだ」
長々とアンジェリカの置かれた状況を解説するエステルの表情は複雑だった。
憤り、心配、罪悪感、後悔、羨望、嫉妬──色々な感情がごちゃ混ぜになって、明らかに苦しんでいた。
「そんな所にお前が毎週毎週マリエや王女様にかまけているんだから、余計に辛いんだ。だからちゃんと一緒に休日過ごして、あいつがお前の女だってこと実感させてやれ」
エステルの指摘には心当たりがあり、リオンは心苦しくなる。
アンジェリカが大変なのは知ってはいたが、理解してはいなかった。
入学式の時、同じようなことをアンジェリカ本人からも注意されていたが、その時より更に状況は悪化していたらしい。
自分だけがそれに気付かず呑気に構えていた。
それでアンジェリカを追い詰めてしまったのは本当に申し訳なく思う。
ただ──
「それは分かったけど──でもなんでそれでダンジョンなの?」
「お前に普通のデートとか無理だろ?どうせ何したらいいか分からなくて、やらかして謝るばっかりで終わる。それじゃアンジェは喜ばねーよ」
酷い言われようだが、言い返せない。
実際アンジェリカを喜ばせるデートプランなんて思いつかないのだ。
「さっき言ったよな?あいつはお前の役に立ちたがっている。ならダンジョンで二人で力を合わせて財宝を探すのがいい。二人で一緒にルートとか攻略方法考えて、モンスターが出てきたら背後を任せてやれ。それがあいつの喜ぶことだ。それに、あいつが元から冒険に憧れてるの、知ってるだろ?」
「あぁ──そういえばエルフの里に行った時そんなこと言ってたっけ」
思い出すのは一年生の三学期。
聖女になっても金欠状態だったマリエの要請でダンジョンに挑んだ時、アンジェリカはいつもの凛々しさが嘘のようにはしゃいでいた。
「とにかく、アンジェと二人で冒険を楽しんでこい。で、宝の一つ二つ持ち帰ったら、酒場なりレストランなりで打ち上げでもして、腹割って話せ。あいつが何を考えて何をして何に悩んでいるか、本人の口から聞いて、その上でお前はどうして欲しいのかも伝えろ。で、打ち上げの後今夜は一緒にいたいとでも行ってホテルに連れ込めばいい」
「最後のくだり要る!?腹割って話し合えばそれでいいんじゃないのか?」
「駄目だ。言葉だけじゃ伝わらないことだってあるんだ。ちゃんとあいつと寝ろ。いいな?」
有無を言わさない迫力で命令されて、リオンは頷くしかなかった。
「わ、分かったよ」
「本当だぞ」
念押ししてからようやくエステルは離れた。
そしてさっさと服を直して「じゃあまたな」とだけ言って出て行った。
残されたリオンは頭を抱えて呟く。
「何だったんだ──あいつ──」
正直言ってエステルの行動の意図が分からなかった。
現在進行形で裏切り続けているアンジェリカのために自分との仲を取り持とうとする──何のためにわざわざそんなことするのだろうか。
そして──どうして自分にそんなことができると思ったのだろうか。
こんな汚い嘘吐きの裏切り者がアンジェリカを抱いたところで、それは秘密を抱えた偽りの愛でしかないのに。
だが──エステルの言うことは正しいと直感が告げてもいた。
彼女の言う通りにしなければ、アンジェリカはそう遠からず壊れて失われてしまう──そして自分には良い代案なんてさっぱり思いつかない。
これだけ裏切りを重ねてなお、アンジェリカを失いたくないという自分の身勝手さに嫌気が差すが、それでもせめてアンジェリカには笑っていて欲しい。
もう二度と、ユリウスに捨てられた時のような絶望した顔はさせたくない。
だから、リオンは葛藤の末にエステルの命令に従うことを決める。
たとえそれが嘘でも、それでアンジェリカがまた笑うなら──
そう考えて、気付く。
エステルは自分がこういう考えに至ることまで読んでいたのだと。
「はは、全部お見通しってわけか。糞が」
こうやって何もかも見透かされて振り回されて、腹が立って──それでも言う通りにするしかなくて、嫌いにもなれない最高の悪友。
それがエステルという女で、自分はどうしようもない彼女の下僕だ。
◇◇◇
翌週末。
リオンはアンジェリカと共に飛行戦艦アインホルンに乗って未発見のダンジョンのある浮島に向かっていた。
決めた通り、彼女と共にダンジョンに挑む──はずだったのだが。
招かれざる客が大勢ついてきてしまっていた。
『お前はそんなだらしない恰好で参加するつもりか?王家の恥になるから、今回はこの船の中で留守番していろ』
『これが最近の流行なのですよ兄上。時代遅れのロートルは船でお茶でも飲んでいてください』
『見てくれ!今回のために装備を新調したんだ』
『男の装備は自分の肉体だろうが!まずは筋肉を鍛えろ、筋肉を!』
『過度な筋肉は関節の動きの邪魔になる。それよりも、しっかり武器の手入れをしておけよ。いざという時に使えないなど笑えないぞ』
『ふふっ、ダンジョンを攻略するのはこの私ですよ』
『我々の目的は!』
『財宝を手に入れて、バルトファルト公爵から自立することです!』
『自立!素晴らしい言葉ですね、ご主人様』
『そうよ。私たちは今回の冒険で財宝を手に入れて、自立するの。誰に頭を下げなくても生活できる幸せを、この手に掴むために!』
伝声管から聞こえてくるのは、リオンにとっての頭痛の種となっている者たちの声だった。
「あいつら──」
ブリッジで彼らの騒がしい声を聞いたリオンは思わず溜息を吐いた。
やっぱり連れて来るんじゃなかった、と。
(なんで私まで──)
甲板の手すりに寄りかかってエステルは溜息を吐いた。
本来ならリオンとアンジェリカの二人だけで行くはずだったのに、二人が放課後に空き教室で計画を立てようとしていた所に、マリエと五馬鹿が通りかかったのが運の尽き。
六人は財宝と聞いて目の色を変えてその場に乱入し、リオンに連れて行ってくれと懇願した。
リオンは必死で追い返そうとしたが、彼らはしつこかった。
そして騒ぎを聞きつけたオリヴィアとノエル、更にはジェイクとオスカルまで集まってきて収拾がつかなくなり、結局アンジェリカの執り成しで全員で行くことになってしまったのだ。
アンジェリカから経緯を聞いて、お前も参加してくれと頼まれ、仕方なくエステルも参加することにしたが、待っているのはお邪魔虫を遠ざける役だろう。
そして自分が五馬鹿たちのお守りをしている間に、リオンと婚約者たちは力を合わせてダンジョンを攻略して絆を深めるのだ。
──それがたまらなく悔しい。
本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
そして──これから自分たちはどうなるのだろう。
口にされないその疑問は誰に気取られることもなく、風に消えていく。
『着陸するぞ!』
拡声器からリオンの号令が響き、アインホルンが降下を開始する。
浮島に港はないため、木が生い茂っていない広場跡に直接降りるようだ。
船体下部から錨が射出され、地面に突き刺さる。
アインホルンは地面から数メートル浮かんだ状態で静止した。
貨物室の扉が開き、無人鎧たちが積荷を下ろしていくのを横目に、リオンたちはタラップを伝って地上に降り立った。
「お城があるのに港がないって不思議な浮島だよな」
思わず呟きを漏らしたリオンにオリヴィアが反応する。
「もしかしたら、この浮島は崩れて縮んだのかもしれませんね。昔はもっと大きくて、そこに港があったと思えば不思議じゃありませんし」
「そんなこともあるのか?」
驚くリオンにアンジェリカが別の可能性を口にする。
「もしくは、土地を削られて奪われたかな?この浮島が過去に大陸から切り離された可能性もある」
色々な可能性があるようだが、学者でもないので深く知りたいとも思わない。
「過去に何があったか知らないけど、財宝狙いの俺たちには関係ないか」
「そういうことだ。財宝を手に入れた後に、調査団でも派遣すればいいさ」
アンジェリカがライフルを担いで言った。
まだ見ぬ財宝に心躍らせるアンジェリカに対して、オリヴィアは困った顔をして小さく溜息を吐く。
「私はこの浮島で過去に何があったのか知りたいですけどね。それよりも、この浮島の名前って何ですかね?古城の方も名前が分かるといいんですけど」
オリヴィアの疑問にリオンは記憶を辿る。
この浮島と古城の存在を知った伝承ではたしか──
「金手の古城だったかな?」