薔薇剣姫調教日誌Ⅰ ──リアム×ディアドリー──
『各機に告ぐ。間もなく、敵輸送船団と会敵する。だが忘れるな。我々の目的はあくまでも潜入と捜索、そして救出だ。敵に露見した場合を除き、決してこちらから発砲はするな』
通信機を使わず拡声器で、それも音量を絞って通達が行われる。
その通達に五機の鎧が同じように音量を絞った拡声器で「了解」を返した。
岩石のような色合いに塗装された鎧が六機、漂う岩石の間を縫って飛んでいた。
彼らの向かう先には大きな浮島と──そこに向かう数隻の飛行船の姿があった。
その飛行船のマストに掲げられた旗──二つに裂けた盾に交差した剣、向かい合う二頭のグリフォンがあしらわれた赤い旗を目にして、鎧の搭乗員たちが殺気立つ。
彼らの同胞の命を、祖国の地を、そして「主」を奪った憎き敵、ファンオース公国の旗である。
今すぐにでもありったけの弾を叩き込んで吹き飛ばし、焼き尽くし、海に沈めてやりたいが、今回の任務はそれではない。
沸る憎悪を押し隠し、六機の鎧は静かに輸送船団へと忍び寄っていく。
そしていよいよ岩石地帯を抜けて、輸送船団に紛れ込むべく加速しようとした時だった。
『岩場の中を遥々ご苦労さん。ゆっくり休んでくれ』
『隊長ォォォ!!』
部下たちが悲鳴を上げるが、すぐにまたもう一機が火の花と化す。
『おいおい、お前ら王国でも指折りの武闘派の家の精鋭部隊じゃないのかよ?怯えて叫んでるだけとは情けないぞ!』
少年の声の挑発に、残った四機の鎧は必死で回避機動を取りながら周りを見渡して敵を探す。
『上だ!』
ようやく敵の姿を捉えた一機の鎧が叫び、他の三機も一斉に振り向いて、その姿を捉える。
『反応が早いな。見事見事。これご褒美な』
上機嫌な声と共に放たれた魔弾が三機の鎧を一度に粉砕した。
搭乗者たちが最後に見たのは鎧の全高ほどはあろうかという巨大なライフルを構えた漆黒の鎧の姿だった。
自分の半身が鎧諸共粉砕されたことを悟った一人の搭乗者は、任務を果たせなかったことを、
「伯爵──おじょ──様──申し訳──せん」
鎧が墜落し、水柱を上げる。
沈みゆく鎧のポールドロンには薔薇と剣をあしらった紋章が描かれていた。
◇◇◇
かつてフィールドという辺境伯家が治めていた大きな浮島がある。
隣国にして元を辿れば同じ国であるホルファート王国が国境を守る一大拠点として要塞化し、難攻不落と謳われたその浮島は、今や俺のものだ。
正確に言えば俺の所属するファンオース公国の占領地で、その公国軍を率いているのが俺。
つい去年まで公王家の分家とは名ばかりの落ち目侯爵家の養子でしかなかった俺が今や元辺境伯領の支配者である。
今やこの浮島は俺の指揮の下、公国の橋頭堡へと変貌を遂げつつある。
破壊された施設を修復し、より強力かつ効率的に改良する作業が夜を日に継いで行われており、公国本土からも増援が続々と到着している。
当然、王国もそれを座視せず、あの手この手で妨害しようとしてくる。
さっきみたいな少数での襲撃なんてもはや定期便みたいなものだ。
補給船が来る度に、どこから聞きつけたのか、王国軍が岩石地帯に潜んで待ち伏せている。
哨戒活動も常時行われてはいるが、早期発見は難しく、何度かやられたこともある。
だから日々の鍛錬がてらパトロールに出るようになった。
毎日出ていれば一週間に一、二回は出くわす。
そしてその全てを俺は叩き落としてきた。
にも関わらず、王国軍が襲撃を止める気配はない。
ちょっとは学習しろよと思うが、わざわざ敵にアドバイスしてやる義理もない。
それに俺のスコアと
ともあれ、一仕事終えた俺は
元はフィールド辺境伯が住んでいた巨大な城の尖塔の一つ、その最上階に囚われている人物に会いに行くのが俺の日課だ。
ポケットから取り出した鍵で分厚い扉を解錠すると、小綺麗な居室が姿を現す。
さながら『塔の上のラプンツェル』みたいな雰囲気の部屋の中に、彼女は幽閉されている。
したのはもちろん俺だ。
全ては彼女のプライドを圧し折って泣きながら惨めに平伏する姿をいつかこの目で見るために。
「よう、ディアドリー。調子はどうだ?」
声をかけると、彼女はキッと俺を睨みつける。
「卑劣な侵略者が何のご用かしら」
これだ。
これこそが彼女──【ディアドリー・フォウ・ローズブレイド】の持ち味だ。
囚われの身でありながら決して媚は売らず、強気な態度を維持している。
まさに完璧なお嬢様ではないか。
「お前の顔を見に来ただけだ。相変わらず美しいな。華やかで刺々しい──家名の通り、まさに薔薇みたいじゃないか」
ディアドリーの顎を掴んでくいと持ち上げ、顔を間近で覗き込む。
その性格の表れか、吊り目がちな大きい目、氷のような青い瞳に真っ白な肌、魅惑的な厚い唇、そして日の光を受けて燦然と輝く金色の髪。
今日も今日とてディアドリーの美しい顔をじっくりと眺めて堪能すると、彼女は屈辱に顔を歪める。
「くっ──放しなさいこの下衆!」
身を捩って俺の手を振り解くディアドリー。
その仕草と表情がたまらなくそそる。
「相変わらず反抗的だなディアドリー。だが、それがいい!そんなお前に一つお知らせだ。今朝もまた輸送船団を襲ってきた王国軍の小隊がいてな。いつも通り俺が全部叩き落としてやったが──」
そして俺は持ってきた土産の包みを開けた。
「そいつらの鎧にこんな紋章が描かれていたんだ。見覚えはないか?」
現れた鎧の破片──装甲の一部を見てディアドリーは目を見開く。
「ま、まさか──」
「そうだぜ。お前の実家──ローズブレイド伯爵家の紋章だ。ひょっとしたら、お前を助けに来ようとしていたのかもな。残念ながらこの島に辿り着く前に俺が全部叩き落としたけどな」
破片に描かれていたのは赤薔薇と剣をあしらった紋章。
「もしそうだとしたら、そう遠くないうちに王国軍が奪還のために攻勢をかけてくるんだろう。そしてここが戦場になって、お前が巻き込まれたり人間の盾に使われたりする前に、救い出そうってところか?泣けるね。ま、それも失敗してむざむざ精鋭を失っただけだったけどな」
ちらっとディアドリーの方を見てみると、俯いて歯を食いしばっている。
「その時が楽しみだなディアドリー。王国軍が今度ここに来る時はきっとお前の実家の連中もいるだろうから、そいつらの首をお前に見せてやるよ」
瞬間。
ディアドリーは顔を上げて俺を睨みつけ、怒鳴る。
「卑怯な手を使って勝った侵略者風情が粋がるな!ローズブレイド家の軍は王国の中でも指折りの精強な軍!お前などに破られはしないわ!」
いいな!すごくいい!
お前はなんて完璧なお嬢様なんだ。
いつも俺の期待通りの、いや、期待以上の反応をしてくれる。
だからこそ、その顔が絶望に染まるところが見たい。
「よく言ってくれた!ならばその希望を俺がこの手で木っ端微塵に打ち砕いてやろう。楽しみにしていろ。ディアドリー」
そう言って俺はディアドリーの頭を撫でる。
その手を振り払って、ディアドリーが引き攣った笑みを浮かべる。
「お前こそ楽しみにしていることね。ここが解放され、お前が虜囚となった時、どんな仕返しをしてやるか、ずっと考えていたのよ。お前たちが卑怯な手で私たちを捕らえ、その後にしてきた仕打ち──その屈辱と苦しみは百倍にして返してあげるわ。覚悟しておくのね」
「そうかい。それは楽しみだ。なら一つ、賭けをしようじゃないか」
「賭け、ですって?」
ディアドリーが怪訝な顔をする。
「ああ。万が一にも王国がこの浮島を取り返せたら、俺はお前が考えている通りの仕返しを甘んじて受けてやろう。逆に俺たち公国がまた勝ったら、お前が俺にやろうと考えている仕返しはお前自身が受けるんだ。隠したって無駄だぜ?セルカが全部読み取るからな。ま、その時お前が泣いて土下座して心の底から慈悲を乞うなら少しは手心を加えてやってもいい。覚えておくんだな」
ディアドリーの顔に冷や汗が浮かぶが、それでも彼女は口にした言葉を取り消す気はさらさらないようだった。
「いいわよ。今に見ていなさい。戦場にいたわけでもない、ただの修学旅行中だった私たちを襲って人質にしたお前たちを、誇りある王国貴族たちは許さない!必ずや、お前たちに正義の鉄槌を下すわ!」
その言葉と鬼気迫る表情に俺は満足する。
「言質は取ったからな。ディアドリー」
そう言って俺は部屋を出た。
◇◇◇
「修学旅行──ね」
ディアドリーの言葉に俺は少しだけ、感傷に浸る。
前世の学生時代──まだ俺が幸福だった時代の煌びやかな思い出だ。
彼らにとってもそうなるはずだった修学旅行をぶち壊して最悪のトラウマにしたのは俺だ。
遡ること半年前、始まったばかりだった王国への侵攻作戦において俺は先遣隊の一個艦隊を率いて、修学旅行からの帰途に就いていたホルファート王立学園の客船を襲撃し、これを拿捕した。
目的は上級貴族家の子女を捕らえて人質に取ること。
国力で劣る公国が真正面から力押しをしたところで勝てはしない、交渉材料が要るというお偉方の判断から決行された作戦だった。
作戦そのものは大成功。
学生たちはすっかり怖気付いて何らの抵抗もせずに降伏してきた。
目的の上級貴族家の者以外は船諸共沈めてしまえという味方の声を制して、全員を捕虜にしたのは別に情けではない。
彼らを殺せば王国に大義を与えて勢い付かせるだけだと思ったからだ。
だが、やはりと言うべきか、王国はお偉方の持ちかけた取引には乗らなかった。
相当揉めはしたようだが、結局学生たちを生贄にして戦意を高める結果に終わった。
最終的に俺たちは使えない人質を抱えたまま本隊と共にフィールド領に攻め入って落とし、そこで侵攻を一旦止めた。
無条件に解放するわけにもいかず、さりとて交渉材料にも使えない学生たちはそのまま元フィールド領に留め置かれた。
今では労働者として浮島の要塞化に駆り出されているか、兵士たちの慰み者にされているかのどちらかである。
可哀想だが、働かざる者食うべからずだ。
だが、ディアドリーだけは俺個人の戦利品として預かった。
絶望的な状況に置かれながら、尊大な態度を崩さず、虎視眈々とこちらの隙を窺うその強さに惚れ込んで、屈服させてみたいと思ったのだ。
俺が公国軍で出世するにつれて、周りには狂信的なイエスマンか、利用しようと媚びてくる奴しかいなくなってしまっていたから、ディアドリーのような女は新鮮だった。
それからもうかれこれ四ヶ月ほどあの尖塔の天辺に閉じ込めたままだが、ディアドリーは折れる気配を見せない。
会いに行く度に、よくもまあそんなに色々思いつくものだと感心するくらい多種多様な軽蔑と拒絶の言葉を投げつけてくる。
いっそ無理矢理押さえつけて犯してやろうかと思ったのも一度や二度ではないし、口では拒絶し罵りながらも身体は──という妄想もした。
だが、今ではもうディアドリーをどう料理するかは決まっている。
彼女の強気な態度の拠り所は実家の力に対する信頼だ。
それを突き崩して、怒りと憎しみと絶望の深淵に叩き落としてからじっくりと味わおう。
何せ、これまで抱いてきた女はどいつもこいつも引くくらい嬉しがるか、滑稽なほどに媚びてくるかのどちらかだった。
その点、ディアドリーならきっと見たこともない強烈な敵意を向けてくれるだろう。
どんなに怒ろうが、どんなに憎もうが、どんなに祈ろうが、俺を殺すことも自死することも叶わず、ただひたすらに凌辱を受け続けるしかないディアドリーが、心まで屈してなるものかと最後の意地で精一杯俺を睨みつける──想像しただけで滾ってくる。
「ふふ、楽しそうね」
愛おしげな感情を含んだその声で俺は現実に戻る。
「ああ、ディアドリーをどうやって味わうか考えてた」
「あらぁ、英雄色を好むって本当なのねぇ」
呆れたようにそう言ってくすくす笑う金髪に赤い瞳の少女。
俺が最も信頼する片腕にして俺を今の地位までのし上がらせた立役者、セルカである。
昔、王国の辺境にあるダンジョンにお宝を求めて冒険に行ったことがあって、その時封印されていたのを解き放った。
以来、常に俺に付き従い、時に知恵を出し、時に情報を集め、時にその力で俺の敵を排除してきた。
今や俺にとって欠かせない存在だ。
「でもぉ、それにしたってさっきのはアブノーマルに過ぎないかしら?」
「見てたのかよ。でも仕方ないだろ。あいつは他とは違うんだ。どいつもこいつも従順だし、何なら一生懸命媚びてくるんだからもう飽きたんだよ。たまには違う刺激が欲しいんだ」
「強欲ねぇ。ま、それが貴方の良いところだけれど。そうそう、報告があって来たのよ。情報部が攻勢の兆候を察知したわ。ファンオース方面軍の通信量が増加しているのと、物資の集積も見られるって。それと、神殿が聖女様の戦果を発表したわ」
「──何?」
最後のワードに俺は思わず反応した。
「我々と通じて王国領に侵攻していた小国の一つを相手に戦ったみたいね。で、その国の艦隊を損害ゼロで殲滅したそうよ」
「おい、聞き間違いじゃないよな?損害ゼロで殲滅した、だと?」
「そうよ。それが神殿の発表。敵の攻撃は一切届かず、聖女様の攻撃は一撃で敵の戦艦を貫いた──ってね。誇張の可能性もあるけれど、伝説にあった聖女の力は本物と考えていいわ」
「お前とその身体の力を合わせても危ないか?」
俺の問いにセルカはしばし沈黙する。
何やら複雑な計算をしているようだが、セルカがそうする必要がある時点で聖女様はかなり厄介な相手だと分かる。
「──その時点での聖女様相手なら大丈夫でしょうね。問題は聖女様が経験を積んで力を増している可能性が高いことよ。最悪収束火焔砲を無力化される可能性も考慮しなくてはならないわ」
「そんなにか?」
「ええ。王国もあれのことは知っているし、間違いなく対策を立てている。それに聖女様を組み込むことも十分考えられるわ」
「──すぐに会議を招集しよう。情報の精査と対策を命じないと」
楽しい妄想タイムは終わり。
戦争の時間だ。
だが不安はない。
俺はいつだって勝ってきた。
何度か窮地に陥ったこともあるが、その度に切り抜けてきた。
セルカをはじめ有能な部下たち、そして何より幸運をもたらす「守り神」によって支えられた最強無敗の男──それが俺【リアム・セラ・ファンデルサール】だ。