約束の日 ──コリン×エステル──
三月下旬。
学園では全校生徒が正装の上講堂に集まっていた。
楽隊の奏でる荘厳な音楽が響き、壇上に並べられた机には大物貴族や王宮関係者の姿もある。
彼らが順繰りに呼ばれて祝福と共に短い演説をした後、学園長が登壇し、旅立つ者たちの名前を呼ぶ。
あの大戦から六年の月日が流れ、ようやく世の中が落ち着いてきたことで、昔のように立派な卒業式を挙行することができていた。
そして一人の少年の名前が呼ばれた時、会場はどよめく。
「卒業生総代、コリン・フォウ・バルトファルト!前へ!」
◇◇◇
ようやくここまで来た──内心そう呟いて、コリンは気を引き締める。
自分を呼ぶ声に力強く返事し、赤い絨毯の上をステージへ向かって歩いていく。
この三年間、この時この立場のためにひたすら努力を重ねてきた。
利用しようと思えばできた実家の名前も、有名人とのコネクションも一度たりとも使うことなく、卒業生総代の座を実力で掴み取ったのだ。
全ては、あの日交わした約束のために。
その集大成となるこれからの数分間、断じて失敗は許されない。
ステージに上がり、学園長と向かい合って一礼すると、懐から答辞と題した紙を取り出す。
そして一呼吸おいて心を落ち着かせてから、挨拶文を読み上げる。
「冬の厳しい寒さも和らぎ、花の蕾が色づく季節となりました。本日は、私たち卒業生のために式典を催していただきましたこと、心よりお礼申し上げます。学園長ルーカス・ラファ・ホルファート公爵を初め教職員の皆様にご臨席を賜り、また御心の籠ったお祝いと励ましのお言葉を頂き、卒業生一同感謝の念でいっぱいでございます」
澱みなく紡がれるコリンの言葉は講堂の隅々まで響き渡る。
生徒たちや教職員の中にちらほら涙を拭う者たちが現れる。
「本日をもって本学を去ることに、名残惜しさは尽きませんが、多くの方のおかげで本日を迎えられましたことに感謝申し上げます。ご指導頂いた先生方、学生生活を様々な形で支援してくださった職員の皆様、多くの時間を共有してきた友人、ずっと見守ってくれた家族、これまで支えてくださった全ての方に心より御礼を申し上げます。そして今後の王立学園の益々の発展と、この場にいる皆様のご健康をお祈り致しまして、卒業生代表挨拶とさせていただきます」
挨拶を締め括ると、割れんばかりの拍手が会場を埋め尽くした。
最後の仕事をつつがなく終えたコリンは席に戻る途中、それとなく来場者の中に彼女の姿を探す。
自分の晴れ姿を彼女が見てくれたか、それが気がかりだった。
この卒業式に来ているのは間違いないが、それでも気になって心配してしまうのが人の性というもの。
だが、人が多過ぎて彼女の姿は見つけられなかった。
そのことに少しがっかりしながら、コリンは自分の席に着いた。
◇◇◇
卒業式が終わり、卒業生たちが次々に家族と合流する中、コリンの周囲には後輩たちが群がっていた。
その多くは女子で、皆目に涙を浮かべて別れを惜しんでいる。
彼女たちの誰もが一度はコリンに助けられた経験を持っており、信頼と好意を寄せていた。
中には
そんな女子たちに取り囲まれたコリンを男子たちが嫉妬の込もった目で見ていた。
だが、周りを取り囲む女子たちも遠巻きに見てくる男子たちもコリンにはどうでもよかった。
コリンが求めていたのはよくやったと褒めてくれる彼女の声と、その先にある約束。それだけだった。
だから、コリンはひとしきり後輩たちとの最後の時間を共にしてあげた後、家族が待っているからと言ってその場を離れた。
約束の場所で待っているはずの彼女の所へ行くために。
王都が一望できる位置に浮かぶ小さな浮島に造られた空中庭園、その小さな展望台が二人の約束の場所だった。
そこに辿り着いたコリンはこの世で最も愛しい彼女の姿をその双眸に捉える。
「やっと来たな」
白銀の美しい髪を風になびかせて、彼女はそう言った。
「うん。約束通り、ここに来たよ。──エステル」
彼女──エステル・フォウ・ファイアブランドの透き通った青い瞳をまっすぐ見つめてコリンはそう返した。
「全く、本当に諦めが悪いなお前は。もっと若くて可愛くて素直で良い娘いっぱいいただろうに」
呆れたという顔をするエステルの言葉をコリンは全力で否定する。
「そんなことない!僕が好きなのは昔も今もエステルだけだよ!気持ちはずっと変わらなかったし──前よりもっとずっと大きくなったよ。僕は、エステルが好きだ」
真正面から告白されてエステルが一瞬目を見開く。
心なしか口元が緩んだように見えたかと思うと──
「本当にお前って奴は──あーもう!分かった分かった。私の負けだ」
大袈裟に両手を挙げて降参のポーズを取る。
「じ、じゃあ──」
「ああ。行こうか。──ありがとうな。コリン。よくやった」
エステルは今まで見たことのないとびっきりの優しい笑みを浮かべて、コリンを抱きしめた。
その笑顔と温もりで今までの全てが報われたような気がして、目頭が熱くなった。
嬉し涙に咽ぶコリンの頭をエステルは優しく撫でてくれた。
昔、よくしてくれたように。
やっぱりこの気持ちはずっと変わらない。僕はこの人が好きなんだ。
その思いをコリンは新たにする。
◇◇◇
夜。
ファイアブランドの屋敷は鎮まり返り、夜の闇の中で燭台の火だけが妖しく光っていた。
白いバスローブに身を包んだコリンは緊張の極致にいた。
三年間待ち望んできた時だというのに、いざその時が来ると、心が追いつかない。
憧れの人と、初恋の女性と、この国の三指に入る英雄と、これから愛の契りを交わす。
できるのか?
僕に抱けるのか?
あんな綺麗で、力強くて、それでいて可愛らしい素敵すぎる女性を──
いや、婚約者なんだから何も遠慮はいらないけど、それでも──
勝手に思考の堂々巡りを繰り返すコリンの隣に扇情的な衣装を纏ったエステルが現れる。
見たことのないエステルの姿に思わず見惚れたコリンだったが、エステルは耳まで真っ赤にして「あんまり見るな」と睨んでくる。
「ごめん。でも、すっごく──綺麗だから」
思わず目を逸らして言い訳をするコリンにエステルは軽くデコピンをする。
「生意気な」
そう言ってエステルは風魔法で燭台の火を無造作に消してしまった。
たちまち部屋は暗闇に満たされるが、外の町の明かりが微かに窓から入って朧げながら互いの姿は見える。
コリンの隣に座ったエステルがそっと身体を寄せてくる。
「本当に──大きくなったな。最初会った時はあんなに小さかったのに、私に背丈追いついて、こんながっちりした身体になりやがって」
エステルの手がバスローブをはだけさせ、胸板に触れる。
それだけで鼓動が跳ね上がる。
(駄目だ駄目だ駄目だ!こんなのもう無理だよおおお!!)
頭が沸騰しそうになりながらも懸命に最後の理性を振り絞るコリンの内心を知ってか知らずか、エステルは指先でコリンの身体をそっとなぞる。
「毎日欠かさず鍛錬したんだな。この身体つき見れば分かるぜ」
「う、うん。毎朝剣の稽古して──週末にはダンジョンにも行った、よ?」
「それでもって卒業生総代に選ばれるくらい成績も優秀。まさに文武両道じゃないか。女子たちが放っておかなかっただろ?」
「そ、それは──そうだけど──僕はエステルのことが──」
言い終わる前にエステルの指がコリンの唇に触れる。
「それはもう聞いたからいい。お前の気持ちはよく分かった」
そしてエステルは一呼吸置いて指を離し、耳元に顔を寄せて囁いてくる。
「だからさ──コリン、一回しか言わないからよく聞けよ?」
「う、うん」
耳から全身に迸るこそばゆさを堪えてコリンはエステルが紡ぐ言葉に意識を集中する。
「もう私以外見るなよ」
瞬間。
「お、おい!」
エステルの抗議にも構わず、コリンは彼女を思い切り抱きしめていた。
「約束する。ずっとエステルのことだけ見てるから。だから──」
さっきまでの逡巡は消し飛んでいた。
今や頭にあるのは途方もない愛おしさと熱く滾る情欲だけだった。
はだけた胸に当たる柔らかい感触が、髪から漂う仄かな石鹸の香りが、背中に回された彼女の手の力が、脳髄に流れ込み、下半身への血流を促進させる。
平衡感覚が斜め後ろに向かって倒れ込んでいることを告げてきたかと思うと、背中にベッドの感触がして、エステルの顔が正面に来た。
「その言葉、忘れるんじゃねーぞ」
その囁きの直後、二人の唇が触れ合う。
久しぶりの感触にコリンは堪らずむしゃぶりついた。
エステルは嫌がる様子もなく、むしろお返しと言わんばかりに両手でコリンの顎を捕まえ、舌を絡めてくる。
互いに貪り合うような激しいキス。
一刻も早くその先に行きたくて、でもこの感触と音をまだまだ味わっていたくて、その葛藤で思わず腰が動く。
硬く熱くなった下半身をエステルの身体に押し付ける。
気付いたエステルが右手でコリンのモノをそっと撫でる。
「うあっ!え、エステル──僕、もう──」
「ちょっと待ってろ」
そう言って、エステルは手に涎を垂らし、濡れた手でコリンのモノを扱き始める。
ちょうど良い力加減と興奮が増すような動き方。
どこで覚えたのかと思うくらいに上手な手コキに、思わずコリンは声を漏らしてしまう。
「おいおい、デカくなったくせに女の子みたいな声出しやがって。そんなにイイのかこれ」
エステルが楽しげな声でからかってくるが、言い返す余裕もない。
「だ、駄目、もう、出ちゃう!」
今にも暴発しそうになったところでエステルは手を止めた。
「出すならこっちで、な?」
エステルが股を開いて、布越しに入り口を押し当ててくる。
「どうする?このままがいいか?それとも私をひっくり返して組み敷いてやりたいか?」
その二択にコリンは激しく葛藤した。
どの道すぐに搾り取られるのは変わらないだろうが、その過程はまるで違う。
騎乗位で重みを感じながら彼女の逞しい腰が快感を求めて踊るのを見ながら搾り取られるか、正常位で彼女を組み敷いて自分で動いて、自分の動きで彼女が感じ乱れるのを見ながら、搾り取られるか。
どちらも魅力的過ぎて選べない。
強いて言うなら、いつも子供扱いしてくるエステルを組み敷いて犯したいという願望は確かにあって、その点では正常位の方が優勢だが──そんな願望を口にしていいのか、という逡巡がある。
悶々としていると、エステルが顔を埋めて悪態を吐いてくる。
「さっさと決めろよ。どっちがいいとか訊いといて無言とか恥ずかしいだろうが」
その言葉でコリンの迷いは吹っ切れる。
力を込めて上に乗っていたエステルの身体を横にどかし、その上に覆い被さる。
無造作に広がった長い髪、仰向けになってもなお膨らみを主張し続ける胸、はだけた衣装の隙間から覗く割れた腹が薄らと浮かび上がる。
だが、見えるのはそれだけで、その先どうすればいいのか分からなかった。
でもそれを正直に言うのは恥ずかしくて、誤魔化すようにキスをしながら腰を押し付けていると、エステルが下着を脱ぎ、股を開いてコリンを入り口に導いてくれた。
「ここだ」
先端に濡れた感触がする。
エステルの大事な所が、押し当てられている。
これから、入っちゃうんだ。僕の身体がエステルの中に──
「腰、前に動かしてみろ。ゆっくりだぞ」
言われるがまま、腰を押し出すと、ヌルリと微かな水音を立てて先端が埋まった。
瞬間、手コキとはまるで違う、今まで味わったことのない快感が襲ってきた。
気持ち良すぎてすぐに出してしまいそうだったが、こんな所で終わりたくはなくて、必死で堪えた。
初めて入るエステルの中は、大柄な体躯に反して窮屈で、そしてとても熱かった。
ただでさえ狭いのに、強い力で締め付けてくるせいでキツくて仕方ない。
ともすれば溢れ出しそうな射精感に耐えながら少しずつ進み、中程まで沈んだかと思うと、急に抵抗がなくなり、一気に吸い込まれる。
「んッ!」
エステルが微かに悲鳴のような声を上げる。
「あっ!ごめん!痛かった?」
心配になって問いかけたが、エステルはコリンの身体をそっと抱きしめて「大丈夫だ」と言った。
「──全部入ったな。このまましばらく動くなよ」
「う、うん」
言われなくても全体を包み込む気持ち良すぎる圧迫感に耐えるだけで精一杯で、動く余裕などなかった。
ちょっとでも動けばすぐに出てしまいそうだった。
圧迫だけではない。
濡れた柔らかい肉がまるで別の生き物のように蠢き、絡みついて、精を吐き出すよう促してくる。
そこから少しでも意識を逸らそうと、コリンはエステルにしがみつく。
そんなコリンの頭をエステルは優しく撫でてくれた。
安堵感からわずかに思考の余裕が生まれる。
これが、契り。
身体の内側で繋がっているこの感じ──一体感と言えば良いだろうか。
それが本当の意味で自分がエステルに受け入れられて、愛されているのだと信じさせてくれる。
想像していたよりも数段大きな幸福感が湧き上がってくる。
「ちょっと、動かしてもいいぞ」
エステルの許しが出たので、恐る恐る腰を引いてみる。
たちまち周りの肉がグネグネ蠢き、出てしまいそうになって慌てて動きを止めた。
「お、押したり引いたりするんじゃ、ない。ボタン、押すみたいな感じで──奥押し込んだり緩めたり、してみろ」
「こ、こう?」
腰に力を入れて奥にモノを押し付けると、エステルはまた軽く悲鳴のような声を上げる。
「も、もうちょっとゆっくり、軽くやれ。それじゃ痛い」
「ご、ごめん」
慌てて腰の力を緩め、今度はさっきよりだいぶ軽く押し込んだ。
今度はエステルの悲鳴は漏れず、代わりに頭を撫でられる。
「いい、感じだぞ。やればできるじゃねーか」
その言葉が嬉しくて、コリンは懸命に腰を揺らす。
段々とエステルの呼吸が荒くなってくる。
時々「ぅん」という艶かしい声も発するようになった。
「エステル?気持ちいいの?」
思わず問いかけてみると、エステルは顔を背けて素っ気なく言い放つ。
「野暮なこと訊くんじゃねーよ。んんっ!はぁっ」
直後に彼女の肉が一際大きくうねり、締め付けが強くなった。
その動きと吐息だけで回答としては充分だった。
信じられない。
憧れの人、手が届かないと思っていた人、今までの関係や思い出もみんな夢だったんじゃないかと思っていた人を──今この身体で抱いて、気持ち良くさせている。
その事実が、歓びが、頭を満たしていく。
無意識に腰の動きが少し激しくなり、再び猛烈な射精感が込み上げてくる。
「え、エステル、僕、もう──」
「あ、ああ。ん、ふぅ、来て──」
その言葉で、堰が決壊した。
エステルの中でコリンのモノが膨れ上がり、ドクンドクンと跳ねながら大量の精液を発射する。
何度も何度もポンプが井戸水を吐き出すように、激しく無遠慮にエステルの中に注ぎ込んでいく。
エステルの方も注ぎ込まれる精液を一滴残らず搾り尽くしてやると言わんばかりに、かつてない強さで締め付けてくる。
あまりの気持ち良さに目がチカチカして、脳がぞわりと震える。
快感が全身を駆け巡り、痺れるような感覚に意識が遠のきそうになる。
いや、実際に微睡に囚われてしまっていた。
全身から力が抜けて、起き上がる気力まで吸い尽くされてしまったかのようだ。
頭に微かな圧迫感がする。
ああ──また撫でられているのか。
僕はちゃんとできたってこと──かな。
その思考を最後にコリンの意識は途切れた。
◇◇◇
「好き?私のことが?」
呆気に取られた顔で彼女はそう言った。
「う、うん。エステル姉ちゃんのこと見ていたら、なんだか心臓がドキドキして、胸がきゅーって掴まれたみたいに苦しくて──今だってほら、顔も熱いし──」
エステルを前にして、おまけにストレートに好きだと伝えて、自分が耳まで真っ赤になっているであろうことは容易に想像できた。
かつてないほど顔が火照ってひどく暑い。
「ええ──マジかよ」
エステルは困ったような顔をして、手で口元を隠す。
しばしの沈黙の後、コリンは堪らずエステルに願い出る。
「だ、だからさ、エステル姉ちゃん。僕が大きくなったら、その、僕と結婚して──」
「あーやめとけやめとけ私なんて」
言い終わらないうちにエステルは手のひらを振って話を遮った。
「王国は変わり始めているんだ。昔と違って男が選ぶ側になってきている。お前にも可愛くて気立ての良い娘がたくさん寄ってくるって」
彼女の言葉の意味するところはよく分からなかったが、告白を断られているのは分かった。
胸を思い切り鈍器で叩かれたような衝撃が走り、両目から涙が溢れてくる。
それでも、はっきり「嫌だ」と言われていないという希望に縋り、コリンは食い下がる。
「嫌!他の人なんて嫌!エステル姉ちゃんがいい!」
「お、おい泣くなよ」
狼狽したエステルがハンカチを取り出して渡してくるが、コリンは受け取らなかった。
「僕が好きなのはエステル姉ちゃんだよ。優しくてカッコよくて、綺麗で──」
俯いてぐずぐずと泣きながら諦め悪く好きだと重ねて伝えるコリンに、エステルはしばし悩んだような顔をして、やがて折れた。
「あーもう、分かった。お前が私くらいの年になっても気持ちが変わらなかったら考えてやるよ」
「──本当?」
思わず顔を上げたコリンにエステルは困ったような笑顔を浮かべて頷く。
「ああ」
たったそれだけで、コリンの胸には希望の火が灯った。
「絶対!絶対エステル姉ちゃんのこと大きくなっても好きだから!け、結婚したら絶対幸せにするから!」
力説するコリンの頭をエステルはそっと撫でた。
「本当にしょうがない奴だな」
そんなやりとりから一年近くが過ぎた頃、唐突にコリンはエステルとの結婚を提案された。
話を持って来たのは兄のリオンだ。
何でも、以前エステルに告白したことを彼女から聞き及んだらしく、お兄ちゃんに任せろと言ってきた。
とても魅力的な話だったが、その話を受ければあの時エステルが出した条件に背くことになると考えて、断った。
事情を説明すると、リオンは心配していたが、最後には応援すると言ってくれた。
やがてコリンが学園に上がる時が来て、飛行船で王国本土に渡った時、偶然エステルと会った。
入学式が終わった後、彼女と一緒に夕焼けに染まる王都を歩いた。
そして空中庭園で二度目の告白をした。
エステルは驚き、呆れたように溜息を吐いて、最後には泣き笑いの表情になって告白を受け入れた。
入学早々に婚約式を行い、二人は晴れて婚約者になった。
婚約式が終わって、テラスで二人きりで夜の王都を眺めていた時、初めてエステルとキスをした。
十五歳になってそれなりに知識も得ていたコリンはその先に行きたいと望んだが、エステルはそれをまだ早いと言って止めた。
「卒業したら、続きをしよう。それまでは学業に集中しろ。いいな?」
「うん──分かった」
学生の本分は勉強。正論故に返す言葉がなかった。
エステルはコリンの中に未練があることをあっさり見抜き、容赦なく逃げ道を塞ぎにかかる。
「言っておくけどな、ただ卒業しただけじゃさせてやらねーから。ちゃんと頑張って良い成績取って卒業生総代として卒業しろ。この私の夫になるなら、それくらいしてみせろ」
思わず姿勢を正して、甘い考えを抱いていた自分を恥じた。
エステルは今やこの国の大英雄にして三つ目の公爵家の当主だ。
その夫となる自分はその立場に相応しい実力と振る舞いを求められる。
否、それは些細なことだ。
この世で最も愛おしくて、大切なエステルにガッカリされたくない。
それが最大の理由だ。
「うん。約束する」
力強くそう言って、コリンは小指を差し出した。
エステルが小指を絡める。
指切り拳万嘘吐いたら針千本呑ます──指切った。
◇◇◇
目が覚めると、目の前にエステルの顔があった。
いつの間にか燭台に火が灯っていて、部屋の中は明るい。
布団を被ったエステルが悪戯っぽい笑みを浮かべて頬をつついてくる。
「ずいぶん幸せそうに寝ていたな。良い夢でも見たのか?」
「うん。最初に告白した日からあの約束した日までの夢見てた」
コリンの答えにエステルはあの日と同じ困ったような笑顔を浮かべる。
「本当にお前は、あんな気の長い約束よく守ったもんだ。びっくりだよ」
「何それ。信じてくれていなかったの?」
口を尖らせて文句を言うと、エステルは悪びれずにあっけらかんと答える。
「ああ、正直言うとな。リオンみたいに誰かに好かれて誘惑に負けるんじゃないかって思ってた」
「リオン兄さんと一緒にしないでよ」
思わず頭を押さえて呻く。
学園にいた頃から同い年の婚約者を三人も作り、卒業して王位に就いてからは学園時代の先輩二人と元敵国の姫、更には元前王朝最後の王妃と配偶者が増え続ける節操なしのリオンと同じに思われていたのは心外だ。
「今は思ってねーよ。そう拗ねるな」
そう言ってエステルはコリンを抱きしめた。
彼女の匂いと体温に包まれて、ほっと心が安らぐ。
幸せな気持ちが広がっていく。
「ねえ、エステル」
「何だ?」
微笑みを浮かべるエステルの目を見つめてコリンは問いかける。
「今、幸せ?」
エステルの目が僅かに細まり、優しい曲線を描く。
そして彼女の唇が滑らかに、戸惑いなく、言葉を紡ぐ。
「ああ。幸せだよ」