親友に敗北した退魔師が式神と融合させられてTS悪堕ちする話 作:ナメクジ次郎
東京ドーム。以前は野球の試合やコンサートなどで多くの人間が集まり賑わっていたそこは、戦場と化していた。
眼下で繰り広げられているのは複数人の退魔師、そして芦屋が戯れにドームに配置していたヨナルデパズトーリとの戦闘だ。
本来であればその体を風へと変える事のできるあいつに弱点などなく、一方的な虐殺が行われているはずなのだが、目の前で起きているそれは全く逆のシチュエーション。
「——逃げられるとも?」
「魔眼、開放します! 皆さん気を付けて!」
風へと変じて身を躱そうとするその動きを桔梗——俺の妹が結界で縛り、そして魔眼使いの女がその眼で見ることにより、動きを完全に停止させる。
あの眼は確か芦屋がわざわざ片方回収したほどの希少なものだ、神性に対しても効果を発揮しているのは驚くことではないだろう。
しかし、今この戦いで最も異彩を放つのは実の妹や芦屋が認めた力を持つ少女のどちらでもない。
「少年、合わせろ!」
「任された!」
拘束されたヨナルデパズトーリへと振り下ろされるのは、聖剣と拳。
息の合ったコンビネーションで直撃したその威力は大きいらしく、相手が神性であってもその体勢を大きく崩すことに成功している。
後衛を任された術師達に動きと必殺の手段は封じられ。前衛の二人の強力無比な攻撃によってその体力は削られ続けて行っている。
役割分担のよくできたチームだ、しかしだからこそ……。
「惜しいな、本当に」
視線を向けるのは、前衛を担当する少年の方だ。
霊力の流れを読んでみても、身体強化の術すら使っている形跡はない。
それじゃあ、あいつのお眼鏡にかなうどころか戦いの中で生き残ることすら難しいだろうに。
「これで……終わりだッ!」
などと思考を巡らせている間にも、戦闘は退魔師達の優勢で進んでいく。
最早立つことすらできなくなったヨナルデパズトーリへ、聖剣使いモルドレッドの凶刃が迫る。
その光景を見つめながら俺は、いい気味だと内心ほくそ笑んでしまう。
都庁の時からずっと、あいつは俺こそが芦屋の式に相応しい。とでも言いたそうにこちらを見下していた。
確かに霊力も格も、あちらの方が上だろう。しかしだからといってそれだけで大きな面をされるのは気に障る。あいつの相棒に選ばれたのは俺なのだから。
「まあでも──」
まだ生かせというのが芦屋からの命令だ。だから仕方ない、嫌な奴だけど生かしておいてやろう。
芦屋に持たされた瓢箪の封を開ければきゅぽん、と剣呑な雰囲気のこの場に似つかわしくない気の抜けた音が響く。
「ヨナルデパズトーリ」
そしてその名前を告げれば、ヨナルデパズトーリのその体は一気に風へと変じて瓢箪の中へと吸い込まれていく。
奴の体を切り裂くはずだった聖剣の切っ先は空を切り、この場に一瞬、冷たい静寂が訪れた。
「呆けるなよ、ほら死ぬぞ」
ほんの一瞬生まれたその隙、それを見逃すはずもない。
パチン、と一つ指を鳴らす。それだけでこの場に予め仕込んでおいた芦屋の式神を呼ぶ術が起動し、巨大な鬼や蟲の妖魔が退魔師達を取り囲む。
あくまでも逃走用に用意しておいたものではあるが、効果は覿面。想定以上に混乱を招いているようで何より。
これで個人的な寄り道もやりやすくなるというものだ。
「まあでもその前に……あいつは邪魔だな」
乱戦の様相を呈している球場内へと降り立つと同時に、討伐隊の名も知らぬ少年へと向かいその腕を切り落とす。
随分とあっけなく胴と離れたそれは、鮮血を振りまき俺の服に返り血を浴びせながら地に落ちる。それと同時に、何が起きたかわからないと言った様子の少年をせめて死なない程度には加減をして蹴り飛ばした。
「一人脱落、悪く思わないでくれよ。少年」
芦屋には楽しみを減らさない為に討伐隊はなるべく殺すなと言われているが、再起不能にするくらいは許されるだろう。
特にあの少年は、特異体質であるのか異様な膂力と妖魔に触れる力があるがそれだけ。術の一つも使えないんだ、あいつの相手をするなんて待っているのは死だけだ。
だからこれは慈悲だ。せめて片腕一本、それだけで死なずに済むんだから安いモノだろう。
「……来たな」
こちらへと近づいてくる足音に、ピクリと耳が反応する。
ブラックドッグと融合したことによって強化された聴覚は、この乱戦の中でもお目当ての音を聞き逃さない。
そして、目的の人物の俺が居るというのなら近づかなければ気が済まないその性分が未だ変わっていないことへの嬉しさに思わず笑みがこぼれた。
「先遣隊から情報は聞いていましたが……本当に兄さんなんですね」
「久しぶりだな、桔梗」
乱戦の中一人俺の前へと出て来たのは、家を出たきり会う事も無かった実の妹。その視線はまるで値踏みをするように、頭からつま先まで舐めるようなものだ。
そうして一通り眺めた後、その顔を不快そうに歪め。視線は侮蔑を込めたものへと変わる。
「随分と──可愛らしい姿になったもので。てっきり諦めたから下野したのだと思っていたんですけれどね。あの男の下僕にまで成り下がってまで、ご苦労なことです」
心底不愉快だとでも言わんばかりに吐き捨てられたその言葉。この体になったのは芦屋にとっても完全にイレギュラーなのだが、妹にはそう認識されても仕方のないことだろう。
何故なら、鬼龍院家相伝の術は女性の方が適性が高い場合が多い。ある程度は本人の気質に左右され、過去には男性でも使えた者が存在した記録も存在するが、それもレアケースだ。
「なんなら、今から鬼龍院家に戻ってもいいんですよ? 兄さんもご存じの通り当主になった私の手にはあの男と縁を切る為のモノは揃っていますから、操られていただけだということにしておけば無罪放免というわけにはいかずとも私の権限で減刑もできますよ?」
俺の事情を知らず、そう桔梗は続ける。
随分とまあ、勝手な事を言っているものだ、元より戻る気などさらさら無かったというのに。芦屋のものになった今であれば、そんな選択肢はあり得るはずもない。
「以前の兄さんならいざ知らず、今のあなたにならその権利があります。兄さんだって本当はこんな事したくないはずですよね? 戻ってくればお父様もお母様もきっと喜びます、だから──」
ああ、それにしても、苦しい言い訳だ。
昔はずっと俺の後ろをついてきたような気弱な妹のことだ、今こうやって吐いている言葉も、当主としてパッケージングされているがその実もっと単純なものだ。
父さんと母さんが喜ぶ? 思ってもいないことを。本音のところはただ「兄さんに戻ってきてほしい、以前のように一緒に居たい」だろうに。
「桔梗、それは無理だ」
「兄さん、どうして……」
だからこそ、告げてやらなければならない。
兄として、そして芦屋九曜の下僕として。
「悪いが今の俺は芦屋九曜の式神であり走狗——そういう事だから、早めに諦めてくれると助かる」
突き放すような俺の言葉を聞いた桔梗の顔は、驚愕とも悲しみとも、怒りとも取れる複雑な表情を作り出す。
「物分かりのいいお前なら理解できるだろう? 俺の言いたいことが」
もう終わったのだと。お前の知っている鬼龍院柳はここには居ないのだと、理解してもらわなければならない。
だからこそ、この言葉でもって縁切りだ。
──大好きだった、妹よ。