親友に敗北した退魔師が式神と融合させられてTS悪堕ちする話 作:ナメクジ次郎
東京都庁。そこは日本の首都である東京都政の中心部であり、今では観光地としても利用されることもあってか日の高いうちは多くの人で賑わっている。
しかし政の場であれど、霊的な要所にはなっていない都庁に施されている霊的防御はそう強くなく、メンテナンスと維持の容易さを重視したお役所仕事だ。
だからこそ、この場所が芦屋九曜には都合が良かった。
「いやはやなんとも、お国の退魔師は仕事が雑じゃのう。この程度の吹けば飛ぶような結界、なんの意味があろうてか」
「いくら妖魔の類が発生するからって平時にこんな場所に強力な結界なんて必要ないんだよ。まあ、お前が破れない結界とか無いだろうけど」
などと軽口を叩きながらも、都庁舎へと近づいていく。
そうして張られていた結界に芦屋が触れた瞬間、パリン、とガラスでも割れるような軽い音がして不可視のそれはあっけなく消滅した。
「おうおう、思った通り簡単に壊れてくれるわい。さすれば俺が新しい結界を張ってやらねばのう」
芦屋が楽しげに笑みを浮かべながら印を結べばその瞬間、新たな結界が張り直される。
人を通し魔を防ぐ、外からの侵入を防ぐ為にものだった今までの結界とは全くの逆。中にいるものを決して逃がさず外からも干渉できない封印じみたものだ。
そのようなものをこの男が用意してすることなど、最早一つしかあり得ない。
「邪神招来! 来たれい死の風、よなるでぱずとぉり」
芦屋がそれを呼んだ瞬間、一陣の風が吹き、まだ太陽が真上に位置していたはずのこの場所に夜が訪れる。
死を呼ぶ風、夜の化身、メキシコに伝わる神が一柱。ヨナルデパズトーリ。
おおよそこの東京の地に顕現するには場違いなそれに、思わず息をのむ。
「二つの厄災よ、芦屋の式よ。この都庁にある全ての命の一切を塵殺し、辱め、この俺に献上せい」
この場に居る人間を塵殺するのであれば建物に呪詛の一つでも、そうでなくても俺に命令すれば終わることだろうに。
相も変わらず派手好きで、遊び好きな親友に対して、俺は溜息をついた。
──
つい数分前までは平和だった都庁舎内は、ほんの数分で地獄と化した。
芦屋が一歩足を踏み入れれば、唱えられた術により建物そのものが侵食されていく。
まるで散歩でもするように歩くその後ろを俺達は追従し、その道すがらに存在する命を刈り取っていく。
悲鳴、嗚咽、嘆き、それは瞬く間に人々に伝播してくがそれも芦屋を気持ち良くするBGMでしかない。
それ故に、その演奏が長く続くようにと吹けば飛ぶ小さな命も恨みの念が残るよう丁寧に殺すつもりだったのだが。
「おい、横取りするな」
腰を抜かした男へゆっくりと爪を突き立てようとしていた横を、黒い風が通り抜ける。
ほんのひと撫で、たったそれだけでつい先ほどまで震え、失禁までするのではないかと思うほど追い詰められていた男は生を失う。
声を上げる暇すらない、あっけない死だった。
「……」
抗議の目を向けるこちらへ、ヨナルデパズトーリは一瞬だけその姿を風から蛙のようなものに変え、得意げに笑みを浮かべて答えた。
こいつ、今煽ったな。
私の方が多く人を殺せますよと。あなたのような無駄なことはせずに迅速かつ確実に主人の命令である一切塵殺を完遂できますよと。
言葉はないが、そういうニュアンスを感じ取った。
ああ全く、こいつは芦屋が何を求めているのかわかっていない。ただ死ぬだけの地獄をこいつが楽しむはずがない。
俺の方が主人のことをわかっているんだぞとマウントを取り返してもいいが、それこそ芦屋の望むことではないだろう。
煽られたら、行動で返してやればいいだけなのだから。
「ぜっ……はぁ……ふぅ……」
ヒートアップした殺人合戦は結局のところ、四十八階にある展望台まで続いた。
人間だった頃より強くなったこの体でも、どうやら人外と張り合いながら徒歩で上るのは堪えたらしく息が上がってしまう。
「なんじゃあ柳殿、なっさけないのう。よなるでぱずとぉりを見よ、息一つ切れておらんぞ」
「そいつは……歩いてないだろ……」
追撃でやってきた芦屋の煽りにどっと疲れが押し寄せる。普段だったら悦ぶところだが流石に今は疲れが勝った。
思わず床に倒れこんでしまうが、その衝撃が自分の乳がゆさりと揺れ少しだけ恥ずかしい。
「それで、都庁の占拠に大量殺人までやって今度は何をしでかすつもりだ?」
未だに慣れない感覚への羞恥を誤魔化す為に、そう芦屋へと問いかける。
まあここまで大規模なテロ行為をしたのだから単に楽しみたかっただけという事はないだろう。
それにこの場に張られた結界は生命だけではなく魂すらも捕らえて離さない。ということは必然、今しがた殺し終えた人間の魂で何かをしでかすに違いない。
「まあしばらく待っておれよ柳殿。俺の張った結界が退魔師共に破られるその時に、全部明かしてやろうぞ」
あと三、いや二時間後くらいじゃろうな。などと悪だくみをする子供のような顔で言う芦屋にこれ以上の追求は無駄だろうなと悟った俺は、大人しくその時を待つことにした。
──
それからちょうど二時間後、展望台のさらに上にあるヘリポートに俺達は居た。
東京を一望できるその場所から見えるのは、ヨナルデパズトーリによってもたらされた夜闇。
上空には本来浮かんでいるはずの太陽は無く、そこにあるのは月のようなナニカ。
それは蠢き、怨嗟をまき散らし。その球体の中でさらに恨みの念を雪だるま式に増幅させられている、この都庁に存在していた人間たちの成れの果てだった。
「クヒャヒャ。二時間でどこまで膨れるかと思うておったが、こうも大きくなるとはのう。人の恨みっちゅうのは恐ろしいもんじゃ」
などと言いつつ、身震いするような動きをおどけながら芦屋はする。
この男、芦屋九曜は魂を凌辱し、貶めることに躊躇や良心の呵責などは介在しない。それは俺がこんな姿になったことからも明白だ。
だかしかし、改めてこの所業を見てしまうと背筋に冷たいものが走ると同時に、優越感のようなものも感じる。
自分もこうなっていてもおかしくなかったのだ、だけど俺は式神として隣に置いてもらえたのだと。
「それで、これを使って何をするつもりなんだよ」
「おおそうか、まだ話しておらんかったのう。これより行うは柳殿が俺の式神(もの)になった祝いと……まあついでに宣戦布告をな」
俺のモノだという人のことを所有物だとしか思っていない発言に胸がきゅんきゅんしているが、流石にそれだけでは流せない単語が出て来た気がする。
宣戦布告? 一体何に対して?
「まあ見ればわかる。そうれそろそろ俺の結界も破られる頃じゃろうしな」
そう言い終わるや否や、都庁に降りた夜にピシリ。とヒビが入る。
それはどんどんと増え、夜闇に光をもたらしながら広がっていきついには結界はガラガラと音を立てて崩壊していく。
ああしかし、目の前の男は自らの張った結界が破られたことすらも計画の一部であると言わんばかりに、満面の笑みを浮かべていた。
「おお見事、あんまりにも時間通りなもんで嬉しくなってしまうわい。それではここいらで──爆ぜよ」
パン―と芦屋が一つ手を叩けば、浮かんでいた怨念の塊は弾け飛び、その中身が開放されていく。
外に出るのを禁じていた結界はいましがた破られた、最早それを阻むものなど何処にも存在することはなく。
つまるところ、東京中に短時間ではあるが熟成された。怨念と呪詛の雨が降る。
「く、くひ、ククク、ヒヒヒャハハハハ! 見ろ柳殿、綺麗であろう! 俺達の新たな門出を祝うに相応しい、ド派手な花火ぞ!」
芦屋は自らが生み出した地獄を見て、狂った猿のように笑い続ける。
まき散らされた怨念達は人の命を奪い、付加された呪詛は土地を汚染し文明を否定する。
そうして生まれた新たな死と嘆き、怨嗟が新たな怨念と妖魔を生み出して、また誰かを殺していく。
今まで天災であったはずの悲しみの連鎖は、この東京という都市に限っては芦屋九曜という一人の男によって人災へと姿を変えたのだ。
それにしてもこの地獄を綺麗と宣うとは、わかってはいたがなんとも悪趣味な。
「……ああ、綺麗だな」
しかして俺も、あいつを否定することはしない。
……別に、この地獄のような光景が綺麗だと思ったからそう言ったわけじゃない、ただ。
子供のように笑うこいつの横顔が、見惚れるほど綺麗に見えただけなんだ。