聖槍に選ばれたマクギリスはハーレム王になるそうです 作:生死郎
「先日、譲ってもらった仙丹だが、解析は進んでいるよ」
青磁色の髪と切れ長の猫目を持ち、妖しげで怜悧な印象を与える美しい青年がマクギリス・レラジェに研究の進捗状況について話していた。
彼の名はアジュカ・ベルゼブブ。冥界を統べる四大魔王の一人だった。
彼らがいるのは冥界の首都リリスにある高級ホテルのラウンジだった。そのホテルは今、マクギリスが貸切っている。
冥界の首都はサーゼクスたち現魔王たちが旧魔王派から権力を簒奪して、ルシファードからここリリスへ移されていた。地方に領地をもつ大貴族には首都での活動の拠点に使用する屋敷を持つ貴族が多い。だが、地価は高額で屋敷を建造するのに充分な土地を確保できなかったり、中古の屋敷を買うのにも需要の割に供給が合わなかったりすることもあって、貴族として新参者のマクギリスは首都に屋敷を用意するのも大変なことだ。
そこでマクギリスは高級ホテルを一社丸ごと数十年契約で貸切っていた。
高級ホテルであれば見栄えもはれるし、場所の融通も利く。眷属や護衛、文官等家臣たちの部屋の確保、身辺警護上の安全等の理由で部屋やフロア単位で借りるのではくホテル丸ごとを貸切ることにしていた。
高層階に用意された高級感のあるラウンジは、落ち着いた雰囲気だった。マクギリスとアジュカはソファーに腰かけて、サーゼクス・ルシファーの到着を待っている。
「失敗作とはいえ、煉丹による秘薬を解析に成功させるとは流石ですね」
始皇帝の逸話にあるような水銀を入れたまがい物ではない、扶桑樹の神秘を用いて調合された、正真正銘の秘薬。……その失敗作だ。
服用することで仙人へと変じるという薬効はないものの、老化さえ起らず、病にもかかり難く、悪魔と同じく長い寿命となる疑似的な不老長寿が与えられる。
「そうは言っても材料が特殊過ぎる。魔王と雖も素材が冥界にないのであれば作ることはできないな」
何もないところから新しい物を創造することを得手とするアジュカでも、未知な物質は創造することはできないという。
「まあ、生産できるようになってもあれは人を不老長寿にするだけのもの。我々にとってたいしてメリットはないから公的なプロジェクトにはならないな」
「まあ、悪魔を強くするような効果はありませんからね」
「仮に政府として量産するならば、不老長寿を求める人間に与えるためか。それにしても、対価はどれくらいと認めるか等考えて、決めることが多くてサーゼクスやヘクトールは困るだろうな」
楽しそうに笑みを浮かべるアジュカ。技術開発の最高顧問だが通常の魔王業務に関しては興味がなく、想定できる面倒ごとに苦しみ友人を想像してワインを美味しそうに呑んでいた。
「あの、ベルゼブブ様」
「今はプライベートだ。アジュカでいい」
「アジュカ様。もしかして個人的に誰か与えたい人間がいましたか? アジュカ様ならばいくつかお譲りしますよ」
マクギリスが仙丹を得たときは、誰彼構わずに不老長寿を与えるわけにはいかないので、魔王たちやヘクトールには人に与えるときにいくつかの注意をされたほど、貴重で人間界への影響も大きい霊薬だ。
だからこそマクギリスも、仙丹を譲るかどうかは相手によって判断している。
以前、マクギリスに仙丹を分けて貰えないかと頼みに来た上級悪魔つまりは冥界の貴族がいた。その青年貴族は、気に入った人間を魔法で松果体の機能を破壊して第二次性徴が現れないようにして、男性ホルモンが分泌されないでいつまでも少年の姿でいるようにさせていた。
それでも人の寿命は短いと嘆き、自身が気に入った美少年たちを永く手元におきたくて、マクギリスに交渉を行った。そのときマクギリスは、相手の趣味や態度に辟易したこともあって最終的に要望は断っている。
「単なる好奇心さ。仙丹を与えたい友人も愛人もいない。人間を愛人にするのも、私はどうも抵抗感があってね」
言葉を濁すアジュカに、マクギリスがああ、と頷いた。魔王が何を考えているのか察したのだ。
マクギリスが察したのは、アジュカの長命種である悪魔と短命種の人類との恋愛についての考え方についてだ。
長命種と短命種の恋愛について悪魔にも冷ややかな感情を持っている者も多い。それはマクギリスのような人間と同じくらいの年齢の若い悪魔よりも、アジュカのように人類の寿命を超えた年数を生きる悪魔に多い考えだ。
「短命種好きはゲス野郎だ!」
と過激なことを言う者もいる。
そういった悪魔にとって数十歳もの年下と対等に付き合えるわけがないと思う者もいれば、知識だったり判断能力だったりが未熟な存在を好む悪魔に嫌悪感を持つ者もいる。
「彼らは
恋愛に関わらず人間と深く関わったアジュカでも、何か嫌だという感覚は拭えないのだ。
「君みたいに長く付き合うことを考えているならば別だが、悪魔の中には相手の人間がある程度の年齢になったら捨てるという者もいるから、それによって起きた問題の対処を政府のほうですることも多くて、自分では人間を囲いたいとはまったく思わなくなったな」
かつてあった戦争で多くの悪魔が死亡してから、魔王たちにより人口増加を推進していたが、その政策によって新たな問題が生まれていた。
「特に愛人がいるというわけじゃない。妻が三人で充分さ」
「もっと側室とか妾とかをって、勧められませんか?」
「部下たちや親族からも勧められるよ。ただすべて断っているだけさ」
アジュカがワインを呷る。
「私の正室と第二側室は学生時代からの親友でとても仲がいい。仲が良すぎて三人ですることに彼女らは積極的で、むしろ彼女らだけでよろしくやっていることもあるくらいだ」
「それは……驚きですね」
マクギリスは何とも言い難く、無難な相槌しかできなかった。強いて言えば自分なら眷属同士や恋人同士でよろしくやってしまうのは嫌だな、という所感を持った。
アジュカは青磁色の前髪をかきあげ、額をさらした。憂愁にしずむ瞳は、生来の華麗な美貌に、憂愁の翳りと支配者としての威厳をくわえて美貌の魔王としての趣がある。
魔王然として姿だが、悩みの種は家庭内の問題という所帯染みた問題で魔王らしさからは数万光年も離れていたのである。
「二人が仲良くしていると邪魔をしているようで、つい話しかけ難くてね。夜のほうも誘い難くてつい第三側室のクレオパトラのもとへ行ってしまいがちだ」
アジュカの心情を察してかクレオパトラも鷹揚に受け止めてくれているらしい。
「クレオパトラとしてはアジュカの寵愛を多く貰えるわけだから、今の状況は好都合かもしれませんね」
「確かに……今の状況でクレオパトラは得をしているのか。……まあ、それはいい。君が解析を望む櫃について資料をくれ」
「ええ、こちらにあります」
そう言うとマクギリスは資料を収めたファイルを渡す。そこにはオフェリアや家臣たちが分析した情報が記されていた。
「この櫃は初代ダンタリオンが作り出したモノだ。彼の作品は全部回収しようと思っているのだが……まったく、人界にも品が散逸していたとはな」
「初代ダンタリオン? たしか既に亡くなったと聞いていますが、どのような人だったのですか?」
「三大勢力と人界、それらの在り様について研究と実験を行う事に己が存在の全てを賭け、そのためには自分の命さえ投げ出す生粋のマッドサイエンティストだった」
苦虫を嚙み潰したような珍しいアジュカの表情に、マクギリスは意外と思う。
アジュカがここまで感情を露わにすることが意外だったからだ。
「どれほど巨大な容量であろうと圧縮して櫃に封じることができる魔道具だ」
「櫃に封じるといっても圧縮しては壊してしまうのではないですか?」
「封印を解放すればもとに戻るらしいが……封印の解除は極めて困難。それにこれの恐ろしいところはな、圧縮したものは生きたものでも元の形に戻ることも死ぬこともできない、生きたまま痛みを感じ続ける肉塊となる」
マクギリスは背筋が冷える思いをした。あの人が一人入ることも困難そうなサイズと容量に見える櫃に生物が入っている可能性もあるのか。
「……つまり、あの櫃に封じられているものはまだ生きている何かでもある可能性があると?」
「このファイルの内容からすると櫃の内部を精査できていないようだが、その可能性もある。勿論、何かの魔道具とか魔導書などの器物であるかもしれないけどね」
そう言ってアジュカはファイルを仕舞った。
「解錠の術式は構築して、後で君の眷属へ渡しておこう」
「ええ、ありがとうございます」
「それで、術式提供への対価なのだが私の姪であるラティアの魔獣討伐に協力して欲しい」
アジュカは自分の生家であるアスタロト家の
現れた魔獣は領民たちが住む人里にまで現れ被害を及ばしている。本来であれば領地を持つ家の者が魔獣を討伐するのが義務であるのだが、だが不幸なことに先の内乱で戦えるだけの力を持つ者は死亡していた。そのため門家筋の者は主家のアスタロトを頼ることになった。
そうして討伐に向かうことになったのがマクギリスの婚約者でもあるラティア・アスタロトとなった。
「ディオドラではなくラティアですか。彼女には魔獣の討伐経験がありましたか?」
「いいや、そういった経験はない。まあ、ディオドラも魔獣討伐の経験はないが、本家の者を使いたくないという判断だろう」
「万が一の場合にもがあってはならないということですか」
もしもの時のためにとラティアが差し出されたようで、マクギリスとしては面白くない。
大戦と内乱で人口が激減して、繁殖力の低さから失った人口を回復することができない現状ではアスタロトのような大家であっても人材の在庫僅少に悩まされているため、仕方がないところもあった。
「そこで討伐に向かったラティアのため、君には彼女のフォローを頼みたい。私の眷属にフォローを頼むこともできる。だがそれではラティアの能力に
「なるほど、婚約者を守るために身体を張るというのも不思議ではないと」
「そういうことだな。これが望む対価。───やってくれるか?」
「ええ、承りました。それで、魔獣の正体は判明しているのですか?」
「ああ、君のも知っていることだろう」
その魔獣は龍種にも匹敵する脅威なのだと冥界でも知られている。
側頭部から伸びる角、筋肉が異常に発達した筋骨隆々の肉体は鋼線のような黒毛に覆われている。
炯々と光る赤い瞳。悪鬼のごとき凶相。その魔獣の
その名はラージャン。
本作では原作よりも悪魔の人口が減っている世界観です。
書きたい情報と内容が色々あって、とっちらかりそうで長くなるので分割したいと思います。