「コイツ、俺の弟なんだよ」
夫だったあの人に紹介されたのは大きな商会の元締めの彼だった。
自慢げに話す夫と違い、義弟は心底面倒そうに夫の相手をしていたのを覚えている。
それでも、義弟は私に小さく笑いかける。
「こんな兄ですが、どうかよろしくお願いします」
それから路頭に迷ってもおかしくなかった私や夫の家族に職を与えてくれた。
夫はその仕事に不満があったようだが、それを指摘すると暴力を振るわれるので黙って聞いて、眠るのを待つ。
その生活は、娘が生まれてからも特に変わる事はなかった。
仕事に対する不平不満をぶつけてくる夫。
しかし、他に行く宛の無い自分。
その生活に疲れを感じ始めた頃に、夫が商会の品を横流しにし、警察に連れて行かれた。
その後は、ここで雇ってほしいという私の厚かましい願いを義弟は快く承諾してくれた。
本当なら、すぐに縁を切られてもおかしくないのに。
それから少しして双子の実子を連れてきた。
あの時はいったい母親は誰で何処から連れてきたのかと屋敷内で話が持ち切りだった。
弟の陸坊ちゃまの乳母になって欲しいと頼まれた時は驚いたが、兄である空坊ちゃまは別の者に任せていると言われるが、私は一度としてその方に会った事がない。
それを疑問に思いつつも言われた通り、屋敷の下働きと陸坊ちゃまの乳母の役目を果たす。
それから数年。
娘と旦那様の子供達は今日も元気に遊び回っている。
この間、陸坊ちゃまが私に母親になって欲しいと言われた。
ずっと成長を見守ってきた御二人を実の子のように想っている。
その言葉に嘘はない。
だが同時に、こんな醜い欲望も燻っていた。
──―私の結婚相手が、旦那様なら良かったのに。
そうすれば、あの子達の本当の母親になれて。そして──―。
今更、恋に現を抜かす年齢でもない。
旦那様には返しきれない恩がある。
だから、あの方に仕えられるこの距離に満足もしている。
「では、今日は夕方頃に戻れると思いますので」
「はい。行ってらっしゃいませ」
いつものように旦那様を見送る。
その背中が見えなくなった後に胸の内に溢れた想いを口にした。
「お慕いしております……旦那様……」
悟堂夏織の結核が発覚し、感染を防ぐ為に彼女は離れの部屋に隔離される流れとなった。
大人達の間で今後、夏織をどうするのか話し合いが続いている。
屋敷の中に漂う重い空気を感じつつ、兄弟は部屋で話し合っていた。
「夏織さん、どうなるのかな?」
「大丈夫に決まってるだろ!」
顔を俯かせる空と苛立たしく大丈夫だと繰り返す陸。
しばらくすると朱季が子供達の部屋を訪ねてきた。
「入るぞ」
襖を開けると兄弟が父に近付く。
「父上。夏織姉は?」
「しばらくは離れにある小屋で過ごして貰う。どうなるかは経過次第だ」
「あの! お見舞いに……!」
「夏織ちゃん自身は今、誰にも会いたくないそうだ。少し時間を空けて、お医者様や咲子さんの許可が取れたらだ」
そんなに具合が悪いのかと子供達は息を呑む。
「とにかく今は騒ぐな。それがあの子の為だ」
話を切り、今日は部屋で大人しくしていろと指示を出した。
「あの親子を追い出せばよかろうに」
「駄目だ」
悟堂親子を解雇しろという縁種に朱季は即却下。
それに縁種が不満そうに理由を口にする
「何故じゃ? あの娘を置いておけば、空と陸に感染る可能性があろう」
「分かってる。だけど、夏織ちゃんは俺にとっても可愛い姪だ。それに息子達もあの子に懐いてる。この状態で追い出すなんて心無い選択はしたくない。それに──―」
朱季は捨てられる恐怖を知っている。
結核が治らないにしても、せめて夏織には安心して療養できる環境を与えたい。
「甘いのは分かってる。だけど、息子達にとっても大事な人だ。咲子さんにも陸の乳母になってくれた恩もある。簡単に追い出すなんて出来ない」
朱季が考えを変えない事を理解して縁種は目を細めた。
ここ数年、こうして意見を違えて衝突する事が増えた気がする。
その事に縁種は疲れを感じつつ仕方ないと諦める。
「お主がそう言うのならもうこの事を口にはせん。じゃが、あの子達をあの娘のところへ向かわせるのは止めよ。もしも空と陸まで病に伏せる事があれば、妾も正気ではおれん」
「分かってる」
縁種の言葉に朱季は頷く。
可哀想だが、夏織自身もお見舞いに来る事を拒否してるし、息子達に感染る事は朱季も望んでない。
だが、少し気になる事があった。
神主の郷田が言っていた。
縁種が離れて行った事で残された朱眼の者が不幸に見舞われたと。
「縁種、お前は……」
「なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
今回の事はただの偶然だ。
確かに縁種は悟堂親子を快く思っていなかったが、だからと言って、夏織に結核を発症させるなんてする訳がない。
本当にそんな事が出来るのかも分からないのだ。
憶測だけで疑うべきじゃない。
朱季は座っている縁種の膝に頭を乗せる。
頭を預けてくる朱季に縁種はその手で撫でてきた。
「安心せい。お主と妾達がの子には何一つ厄を近づけさせはせんよ」
悟堂夏織が離れに隔離されて一月が経過した。
とある日の夜に空と陸は大人達に内緒で夏織が居る離れに向かっている。
お見舞いを何度お願いしても、大人達は許可を出さないので、勝手に向かう事にしました。
物音を立てずに移動すると、夏織が使っている離れまでは特に誰にも見つからずに着いた。
二人が目を合わせてから頷くと、陸が襖越しに小さく声をかける。
「夏織姉。起きてるか?」
陸の呼びかけに反応はなく、寝ているのかもしれないと思ったが、少し間を置いてから中より声が返ってくる。
「り、く……坊ちゃま?」
辛そうな声だった。
「僕も居るよ。お見舞いに来たから中に入っていいかな?」
空が襖を開けようとすると、中から大きな声が飛んできた。
「やめてっ!?」
すぐ後に夏織の苦しそうな咳音が聞こえてくる。
それでも、夏織は襖を開ける事を許さなかった。
「開けないで……お願いよ……開けたら、許さない、から……」
最近の使用人としての言葉使いではなく、昔のような友達や姉弟みたいな話し方。
だがそれは明らかな拒絶を伴っていた。
あまりにも必死な声に兄弟はそこから動けない。
「分かったよ。でも僕と陸でお花を摘んできたんだ。花瓶をここに置いておくよ。それくらいはいいよね?」
「はい……ありがとう、ございます……」
辛そうに返事を返す夏織。
「また、お見舞いにくるから! 襖越しでいい! 俺が勝手に話をするだけでいいから! だから、また来るよ」
それだけ言うと、触れていた襖から手を離した。
二人が部屋に戻る途中に父親に見つかり叱られたが、反省はしても後悔はしなかった。
それからまた少し時間が経つ。
執務室にお茶と菓子を届けにきた咲子を部屋に入れる。
結核になった娘の世話をしている咲子に変わらず仕事をさせているのは、神門朱季は悟堂咲子を今も重用していると示す為だ。
尤も、結核になった者が屋敷の中に居る事で感染る事を恐れて辞めた者も居る。
大半は給金の高さから残ってくれているが。
「夏織ちゃんの様子はどうですか?」
朱季の質問に咲子は苦しそうな顔をする。
「……最近、身体が大分細くなりました。食事もあまり……」
「そうですか……」
分かっていた事だが、こうして聞かされると気が重くなる。
「娘は、結核の事が発覚する前に、洋菓子を作る仕事をしてみたい、と言っていたんです」
初耳だった。
朱季はてっきり、親子二代でこの家に仕えてくれるものだと思っていたから。
「それは、良い夢だと思います。商会でも最近は洋菓子扱う店が増えてますから」
「はい。なのに、今はあんな……お皿も持てない身体に……」
弱っていく娘を見続ける事に堪えているようだ。
今日はもう、夏織の世話もやめさせて、休むように言おうとする。
すると、咲子が朱季の背中にくっついてきた。
「少しだけ……もう少しだけ今は縋らせてください……」
もうすぐ娘を失うかもしれない恐怖に震えて泣いているのが分かる。
だから朱季は、咲子の方を向いて、泣き止むまで自分の胸を貸した。
「母上に、お尋ねしたい事がございます」
「なんじゃ。他人行儀に。遠慮なく申してみよ」
「母上は、結核を治す方法をご存知ですか?」
空に質問されて、縁種は金の眼を細める。
もしかしたら、この人ならざる母なら、結核を治せるのでないか?
淡い希望に縋っての質問だった。
「……空は、あの娘が元気になれば嬉しいか?」
「勿論です。夏織さんは僕や陸にとって大切な、家族同然の方です」
「ほう?」
「子供の頃からずっと一緒に育ってきました。夏織さんの病を治せるのなら、治してあげたいのです」
「なるほどなるほど。それでちと話は変わるが、空は最近なにか異常はないか?」
もしかしたら、母は空も結核にかかっているのか気にしているのかもしれない。
「僕は健康ですよ。つい先日のお医者様に診てもらった時も健康だと言われました」
「それは良きじゃな。しかし、母が知りたいのはそういう事ではない」
質問の意味が分からず、空は首を傾げる。
「ふむ。たとえば、異性に対して暴力的な妄想に耽り、自分の魔羅を慰める行為が止まらない、などじゃ」
「………………──―っ!?」
数秒かけて質問の意味を理解すると、空は顔を真っ赤にする。
熱くなった頬を押さえる。
その反応から思い当たる節がある事を察する。
母から顔を背かる空。
ここ最近、夏織などを妄想で酷い扱いをし、自分を慰める行為が止められない。
この間、陸と共に夏織の見舞いに行った時も、その苦しそうな声を聞いて、あの部屋に押し入り、夏織を、という考えまで過ぎってしまった。
その事を空は恥じる。
「これは、急いで用意した方が良いかもしれぬな」
「母上?」
叱られるかもしれないと、表情を強張らせる空だが、予想に反して縁種はいつものように優しく微笑みかけ、空を横から抱く。
「悟堂の娘に関しては心配するでない。妾が、あの娘の病を取り払ってやろう」
「本当ですか!?」
「あぁ。勿論じゃ。お前達にとってそこまで大切な者ならば。母が空に嘘をついた事があったか?」
「ありません!」
「そうじゃろう? 薬を用意しよう。あの娘と、お前達の為の特別な薬を、なぁ」
「なんだよ、これ……」
一人で悟堂夏織の部屋を訪れた陸は我慢できずに襖を開け、彼女の状態を見て愕然とした。
「見な……いで……」
頬は痩せこけ、目元は窪み、掛け布団から出ている左腕は骨と皮としか言いようのないくらいに細い。
かつての健康的な姿からは同一人物だと理解するのに時間がかかった。
「でて、いって……おねがい……」
それだけを喋るのにも苦しそうな少女。
その姿は陸の知る悟堂夏織とはかけ離れていた。
「うつる、でしょ……だか、ら……はやく……」
苦しいはずなのに陸が感染する事を忌諱する夏織。
そんな夏織の姿を見ていて苦しかった。
「あ……」
陸は夏織の手を痛くないように握る。
畳にはポタポタと涙が落ちた。
「死なないでくれよ、夏織姉ちゃん……! 俺、夏織姉のことが好きなんだ。元気になってくれないと、困るんだ……!」
泣きながら懇願する陸に、夏織も涙が溢れる。
「わたし、も……しぬの、やだなぉ……やりたいこと、ぜんぜんでき──―コホッ!」
弱々しい声で死にたくないという夏織。
何も出来ない無力な自分に陸は離れに医者が来るまで夏織の手を握っていた。
縁種はここ数年で息子と接する時間を除けば珍しく機嫌が良かった。
「朱季の奴があの親子を手放す気は無いというのなら、妾にも考えがある。精々空の為に役立って貰うとしようか」
口元をつり上げて薬を調合する。
縁種は悟堂親子が嫌いだった。
あの者達がこの屋敷に来てから、朱季との関係に溝が出来たのを感じていた。
嫌な感覚だった。
かつて共に過ごした者達と袂を分かつ前兆。
それと似た胸騒ぎ。
縁種が過去に別れた者達は結局のところ、淋しさは有れど仕方ないと受け入れられる者達だった。
だけど今は、朱季や子供達に拒絶されるのかと思うと焦燥と憤怒が胸の中に芽生える。
そして自分の代わりにあの親子が居座るのかと思うと、抑えきれない感情が渦巻くのだ。
それもこれも全て──―。
縁種は懐から簪を取り出す。
最近はもう付ける事のなくなってしまった。
「お主はこれをくれた時と同じ気持ちで、今も妾の傍に居ると口にしてくれるのか……?」
簪の尖端に自分の指を刺し、流れた赤い血を器の中に垂らした。
悟堂咲子は娘の看病に疲れて、自室で座ったまま
「あ……」
立とうと腕を動かすと、手が小瓶に当たる。
小瓶の下には手紙と思われる紙が挟まっていた。
「?」
回らない頭で折り畳まれた紙を開く。
その手紙には、小瓶に入っている薬を飲ませれば、娘の病を治す事が可能である事。
その代償は──―。
全て読み終えた後、咲子は顔を顰めて手紙を破いた。
「馬鹿にして……!」
結核を治す薬など存在しない。
誰が置いて行ったかは知らないが、冗談しても悪質過ぎる。
さっさと捨ててしまおうと思ったが、病が治る、という文が気になって捨てる事が出来なかった。
小瓶を懐に仕舞うと、娘の様子を見に立ち上がる。
離れの小屋に着き、医者に言われている通り、口を布で覆ってから襖を開けた。
するとそこには、少し前まで元気だったとは思えない、弱りきった娘が寝ていた。
しかし、咲子が来て目蓋を上げたところを見ると、目を瞑って休んでいただけのようだ。
「おかーさん……」
「調子はどう?」
体を動かすのも辛そうな娘を見て、咲子は分かった、と返す。
「りくが、ね……わたしのこと、すきだって……しなない、でって……」
「そう……」
たどたどしく話す夏織に咲子は目を閉じる。
陸が夏織に対してそうした気持ちを懐いてくれているのはなんとなく察していた。
「わた、し……なんにもこたえられてな、くて……」
娘の目から一筋の涙が流れる。
話してるのも辛いだろうに、懸命に伝えようとする娘に咲子は我慢している震えが抑えられなくなりそうだった。
どうして、この子がこんなに苦しまなくてはならないのか。
知らず知らずの内に懐の小瓶に手が伸びていた。
どうして娘が不治の病に侵されなければならないのか。
医者が言うには、もう薬と清潔な環境を維持して、少しでも延命する以外の治療は望めないとのこと。
どうして?
どうして?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
そんな事ばかりが頭を駆け巡り、他に考えが割けない。
「おかー……さん……」
まるで話せるのがこれで最後とでも言うように、悟堂夏織は声を絞り出す。
「ご、めんね……」
死にたくないと懇願するでなく、周囲や自身の身の上を恨むでもなく。
独り残される母を心配する。そんな娘だから。
悟堂咲子は怪しさしかない小瓶を懐から取り出した。
結果的に言えば、驚く事に悟堂夏織の容体は快方へと向かった。
熱は下がり、咳も止まり、倦怠感が支配していた身体は嘘のように活力を取り戻していった。
どんどん健康な身体を取り戻していく夏織に神門の者も当然大喜びした。
「夏織姉っ!!」
ようやく入室許可が下りて、陸が夏織に抱きつこうとしたので朱季が止める。
「やっと起き上がれるようになったばかりなんだぞ。考えなしに負担をかけるな」
「仕方ないですよ、父上。陸はずっと夏織さんを心配していて勉強にも身が入らないくらいだったのですから」
「う、うるせーよ……」
力なく照れている陸に夏織が手に触れる。
「ありがとうございます、陸坊ちゃま」
微笑まれてお礼を言われると陸は顔を逸らして、お、おう、と返す。
なんとなく二人だけの空気になっていたが朱季が割り込む。
「お医者様が言ってたよ。信じられないって。まだどうなるかは分からないから、しばらくは定期的に診に来てくれるそうだ」
「はい。ご迷惑をおかけします、旦那様」
「良いんだよ。夏織ちゃんは確かに家の使用人だけど、私の姪でもあるんだから。とにかく、元気になって良かった」
神門朱季と名乗った時から三門とは縁を切ったつもりだったが、それとは別に姪っ子は可愛いらしい。
「ありがとう、ございます……」
ほんのりと頬を染める夏織。
その様子に、陸は面白くなさそうに眉を寄せた。
「母上。夏織さんを治してくれてありがとうございます!」
「もちろんじゃよ。かわいい空の願いじゃからなぁ」
息子のお礼に縁種は優しい声で返す。
そして縁種は息子に触れようとすると、空の異常な反応をする。
「あ……」
頬が赤くなり、動悸や呼吸が激しくなる。
一見発熱しているように見えるが。
その姿を見て、縁種は空を抱きしめる。
「安心せい。もう少し……もう少しで、その苦しみから解放してやろうぞ」
痩せ細っていた夏織は健康な肉体を取り戻していく。
枯れ木のような手足に肉が戻り、衰えていた体の動きも元に戻っていった。
結核が治った事に屋敷の者達は不思議がっており、様々な憶測が飛び交ったが、概ね悟堂夏織が元気に職場復帰する事を喜ばれた。
そして──―。
悟堂夏織は元気になった自分の身体を謳歌していた。
約一年かけて戻った体調はすこぶる良い。
呼吸をしても痛くないし、熱で苦しむ事もない。
今では以前と同じように働ける。
「幸せよね……」
鼻唄混じりに畳んだ洗濯物を持って空の部屋へと向かう。
「空坊ちゃま。御召し物を届けに来ました。いま宜しいですか?」
襖越しにそう告げる。
しかし中に居る筈の空からは一向に返事がない。
「空坊ちゃま?」
部屋に居ないのかと思い、少しだけ襖を開く。
すると中からは胸を押さえて苦しそうに倒れている空が居た。
「空坊ちゃまっ!?」
その様子を見て、夏織は慌てて部屋の中に入って空の背中を擦る。
「大丈夫ですか! すぐに旦那様をお呼びします!」
苦しんている空を見て、夏織は顔を青くする。
もしかしたら、自分の結核が空に感染ったのではないかと思ったからだ。
すぐに朱季。もしくは大人を呼ぼうとしたが、そこで不可解な事が起きた。
襖の戸が閉まっているのだ。
自分はこの部屋に入って戸を閉めていない筈だ。
だけど今はそんな事を気にしている場合ではない。
慌てて襖を開けようとする。
「開かない!? なんでっ!」
閉ざされた襖を開けようとしても微動だにしない。
混乱していると、空の苦しそうな声が聞こえてくる。
「空っ! ゴメン! すぐに誰か呼んでくるからっ!」
焦りから思わず昔に近い感じで話しかけたのは、夏織にそれだけ余裕が無いからだ。
「夏、おりさん……?」
夏織の存在に気付いて呼ぶ。
苦しそうな空に触れようとすると、距離を取ろうとする。
「だ……いま、近づ……ら……がま……な……」
ボソボソとなにか言っているが、焦っている夏織には聞き取れない。
夏織は心配で空の額に手を当てて熱を計ろうとする。
しかし──―。
「きゃっ!?」
触れようとした手首を掴み、そのまま夏織を押し倒してきた。
「ハ、ハァ……ハァ……ッ!?」
「空……? んっ!?」
血走った目をした空が夏織の首筋に音を立てて吸ってきた。
「空、坊ちゃま……なにを……? あっ!?」
空が夏織の着ている物を強引に脱がそうとしてくる。
いつもと様子の違う空に恐怖を覚えつつも引き剥がそうとするが、力が強くて離せない。
「待って! 本当に、なに、んんっ!?」
はだけた着物から露わに胸を押し潰すように揉み始め、唇を奪ってくる。
「ハッ……か、おりっ……はぁ……」
目が血走ったままに、力で夏織を支配しようとしてくる。
抵抗しないと駄目だ。
その、筈なのに──―。
「う、あんっ……!?」
触れられる度に抵抗しようとする意思が削がれていく。
不快感や苦痛が鈍化して甘い快楽を引き出される。
「やっ……やめて、そら……うっ!?」
拒絶しようとしても、強く胸を吸われるだけで力が抜けてしまう。
こんなのは変だと思いつつも、この先を期待している自分が居た。
「あ……」
空が袴を下ろして自分の物を露わにする。
既に滾って怒張した肉棒を見せられて、夏織は息を呑んだ。
無理やり股を開かせ、夏織の腟口に先端を当ててくる。
「ま……つぅっ!?」
夏織の抵抗などお構いなしに空は肉棒を腟内へと押し込む。
まだ未成熟な肉の抵抗が煩わしく、奥へ奥へと腰を前に突き出し、一番深い場所へ辿り着こうと動く。
「夏織さ……っ! 夏織、かおりっ!!」
正気ではない様子で夏織を貪る空。
痛みを感じて表情に苦痛が表れてもただ自分の快楽を優先する。
他の事が頭に浮かばないのだ。
「い、つぅ……っ!?」
歯を食いしばり、大きく開かれた目から涙が溢れた。
結合した性器から赤い液体が伝って床に落ちる。
処女を喪失した痛みに浸る暇も与えず、空は腰を動かして夏織の胸を吸う。
「いたっ!? 空、いたい、よ……っ!?」
歯型が付く程に力を込めて乳房を噛む空に夏織が口だけで抵抗するが、その声には明らかな甘さが混じっている。
乳房だけでなく、腟内も痛みよりも段々と別のモノへと変化していた。
「やだ……! こんなのへん、だって……わたし、わたし──―っ!?」
「うはっ!?」
空が夏織の腟内で射精する。
ドロドロの白濁液が夏織を汚した。
一度射精して、夏織の押し倒していた空が退く。
数秒間を置いてから夏織も怠そうに上半身を起こす。
すると、夏織の口の中に肉棒を捩じ込んできた。
「足りない……まだ、もっと……!」
うわ言のようにまだ、まだ、と繰り返し、口の中を突く空。
喉を壊す気なのではないかと思うほどに強く肉棒を押し込んでくる。
何度も何度も突く中で、夏織は自然と舌を動かしす。
それは、喉を突かれる苦しみから逃れようとする行為だったが、結果として肉棒を慰める結果に繋がった。
「あふ……っ!?」
二度目射精で空は夏織の口内に注ぎ込んだ。
今日の商談を終えて朱季は帰宅すると、使用人の女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「旦那様!」
「なにかありましたか?」
ここ最近は特に騒ぎになるような事は思いつかず、呑気に首を傾げて訊くと、その女性が混乱しつつも説明する。
「空坊ちゃまが、夏織ちゃんに手を出して……そ、それを見た陸坊ちゃまが暴れてて! あぁ、旦那様! どうか陸坊ちゃまを止め──―」
「ぶっ殺してやるっ!!」
尋常ではない陸の怒声が響き、朱季は慌てて声の方向に急ぐ。
玄関より少し奥にある空の部屋の前では、陸が男の使用人に押さえつけられており、弟に殴られたのだろう。半裸姿で顔を腫らした空。
何より、咲子に隠すように抱かれている茫然とした夏織の姿。
そして鼻につくこの臭い。
外れて欲しくないが、何が起きたのかを察して朱季は顔を青褪めさせる。
手をあげた、というから、信じられないが空が夏織に暴力を振るったと解釈したが、現実はそれ以上に最悪だった。
空を庇うように抱いている縁種が朱季に気付いて近寄ってきた。
「朱季! 陸を止めておくれ! 早く!!」
朱季の腕を掴んで懇願してくる。
空を殴る陸を止めようとしたが、接触出来ない縁種ではどうにも出来なかったのだろう。
後で縁種にも話を聞くと小声で告げて先ずは事態の収拾に図る。
「何があった?」
父親に気付いて陸が朱季に訴えてくる。
「父上っ! 空が、夏織姉を──―っ!」
稽古事から帰ってきた陸は空が夏織を襲っているところを目撃し、それに頭に血が上り、顔が腫れるまで殴っていたのを使用人が騒ぎを聞きつけて止めに入ったところらしい。
とにかく今は息子達の事よりも、夏織の方が先決だ。
「咲子さん。夏織ちゃんをこの場から離してください。身体を清める必要が有るでしょう? 誰か先生を呼んてきてくれ!」
夏織を清める事と医師を呼ぶように指示を出す。
「空から話は私が聞きます。陸。お前も今日は自室に居なさい。決して部屋から出ないように」
「父上!!」
納得出来ない様子の陸を朱季は一蹴する。
「殴るだけじゃ何も解らないだろ。今は頭を冷やしなさい」
陸を押さえている使用人に力づくで部屋に連れて行かせた。
ついでに他の使用人に空の部屋の後始末と、腫れた顔を冷やす氷を持ってくるように頼むと息子の身形を最低限整えさせて自分の部屋に連れて行く。
まだ茫然としている息子に朱季は質問する。
「どうして夏織ちゃんにあんな事をした?」
「……」
「黙ってたら分からないだろ!」
声の荒らげる朱季に空の肩が跳ねた。
しかし、それは隠し事をしているというよりも、空自身もどうしてあんな事をしたのか理解してないように見える。
だが、話を聞かない事には進まず睨んでいたが、そこで空に寄り添っていた縁種が朱季と話す。
「待て。そう空を責めるでない。理由は妾が話そう」
「母上……?」
「心配するな、空。お主は何も悪くないのじゃから。後はこの母に任せるといい」
優しい笑みで空を抱く縁種。
しかし、その様子が朱季には子供を甘やかす毒に見えた。
縁種が、付いて参れ、と朱季の部屋を出て、縁種の部屋に移動させる。
「どうしてこうなった」
前置きなどせずに本題に切り込む朱季に、縁種はコクリと頷く。
「うむ。空は正しくお主と妾の特徴を受け継いでおる。そういう意味では只人と変わらぬ陸が異常と言えるかもしれぬ」
「どういう意味だよ?」
「お主のその朱い眼。そして妾からは強い性欲、じゃな。もしかしたら、他にも有るかもしれぬが、今のところは分からぬ」
腕を組んで縁種の話を聞く。
「お主に初めて抱かれ、身体を重ねるようになってから、妾は我が身の性欲の強さを知った」
縁種の性欲の強さは底無しと言ってもいい。
朱季自身もそれは良く知っている。
「どれだけ精を放たれ、受け止めても足らず。お主の命が果てるまで搾り取ってやりたい衝動を堪えてきた」
袖から液体の入った小瓶を取り出して手の上で転がす。
「人の身ではない妾なら自制も利くが、あの子はそうは往かぬ。ここ数年で昂ぶり続ける性欲を必死で抑えておった」
それが今回爆発したのだと言う。
「なんでそんな大事な事を黙ってた?」
「言ったところでどうしたと言うのじゃ? まさかお主が相手をしてやるのか?」
「気持ち悪い事を言うんじゃねぇ! 不本意だが、その手の店に連れて行くとか色々とあるだろう!」
冗談みたいな仮定を口にする縁種に朱季は不愉快そうに返すが、代案を聞いて縁種の方が顔を険しくさせる。
「妾の大事な子にそのような穢らわしい娘達が触れて良い訳がなかろう! それでは悟堂の娘を生かした意味も無いではないか」
「なんだよそれ」
不穏な発言に珍しく朱季は縁種を睨む。
ふん、と鼻を鳴らして机に小瓶を置いた。
「これは、悟堂の女が娘に飲ませた霊薬の残りじゃ。妾が作ったな。これを飲めばあの娘の病は治るが、代わりに妾が定めた誓約に縛られる」
暗い愉しみに酔うように縁種は話を続ける。
「先ずはある程度の年齢に達した悟堂の女は我らの子に身体を差し出す事。その為に、妾達の子と交われば、強い快楽と好意が植え付けられていく。抱かれれば抱かれる程にのう」
目の前にいるのは、本当に自分の知っている女なのか。朱季は自信が持てなくなりそうだった。
「次に、これから悟堂の女と我らの子らの間には絶対に子は授からぬ。血が近くなり過ぎるのは良くないのもあるが、あの娘の役割はあくまでも空の性欲を解消させる為の道具。子は要らぬ。子が出来ればその間に、空が苦しむ事になるのでな」
いったいこの女は何の権利があってそんな事にまで口出ししているのか。
気持ち悪さを感じて朱季は無意識に腹を押さえた。
「そして、これから後に生まれてくる子らと交わる事でお主の朱い眼を呼び覚ます為の呼び水になる事。他にも幾つか細かい誓約はあるが、大きくはこの三つじゃな」
最後の誓約からある可能性が思い浮かび、朱季は動悸が速くなるのを感じた。
「ちょっと待て。これから後に生まれてくる子供? 。縁種、また妊娠したのか? 空と陸の弟か妹?」
朱季の言葉に縁種は幸せそうに笑う。
「それも良いが、妾が言っているのは空の子供。つまり妾達の孫の話じゃよ」
「孫……?」
やめてくれ。そんな醜悪な真実を愛した女の口から言わないで欲しい。
こんな予想は当たって欲しくない。
「そう。悟堂の女には子々孫々、妾達の子に身体を捧げて貰う。先天的では無理でも、後天的にお主の朱い眼を発現させた子らを妾が教え導き、お主が育てた商会を守り、永続的に繁栄させよう。それに、今悟堂の娘を陸に抱かせ続ければ、あの子にも朱い眼が現れるだろうよ」
その未来を予想して、恍惚の表情をする縁種。
朱季に傍に移動すると、横から抱き締めてくる。
「愛しておるよ、朱季。お主は妾の孤独を取り払ってくれた。お主が寿命を終え、看取った後も、妾が子らを愛し続けよう。その朱い眼が妾を視る限り、な……」
誓うように告げる縁種。
朱季は別の疑問をぶつけた。
「どうして、夏織ちゃんだった? あの子が、何かしたのか?」
夏織の名を聞いて縁種は不快そうに目を細める。
「決まっておろう。悟堂の女はお主に懸想しておったからじゃ」
「は?」
「朱季の名を呟いて自らを慰めておったよ。罪人の妻と子。すぐにここから追い出されても仕方のないくせに、主人に邪な感情を抱いて妾達の間に入ろうとした。赦せぬなぁ。あぁ赦さぬとも」
要するに嫉妬だ。
もしかしたら、本気で咲子が朱季の妻になろうとしていると疑っているのかもしれない。
「最後に、これだけは正直に答えろ。夏織ちゃんに結核が感染ったのは、お前が利用する為だったのか?」
朱季の質問に縁種は心外だとばかりに顔を顰めた。
「妾とて子を持つ母じゃぞ? 流石にそのような真似はせぬよ。それにそうなら、態々文をしたためて、悟堂の女に霊薬の誓約なぞ説明するものか。あの薬を飲ませたのは、あの女なのじゃから」
選ばせる気がないなら、朱季か空を使って薬を飲ませていたと言う。
「そうか……」
「まったく。疑い過ぎじゃ」
「……あぁ、悪かった」
拗ねる縁種は懐から簪を取り出す。
「久々に髪を結ってくれ。上手く結えたら今の失言は水に流そう」
「分かったよ」
この時に、神門朱季は腹を括ったのだ。
「ふあ……うんっ! ふふ。今日は、随分と激しい、ではないか?」
「今まで、満足させられなかったのが申し訳なくてなっ!?」
勢い良く突くと、縁種の蕩けるような声が耳に届く。
「そうか? じゃが、心は満たされておったよ。お主だけが、ずっと妾の傍に居てくれたからのう……」
信頼仕切った顔で身を委ねてくる縁種。
朱季の動きに合わせて艶めかしく腰が動き、腟内は温かく男の物を柔らかくも強く締め付けてくる。
豊満な乳房を吸い、肉付きの良い尻や太腿を揉む。
ずっとこうしていたいと思う心地良さ。
「ハァ、ハ、アァン……ッ! もっとじゃ! もっとぉ……っ!」
もっと、とねだられると際限なく精を放てそうな気がしてくる。
肉棒が奥を突く度に朱季の名を呼んで脚を絡ませてきた。
精を放ち、子宮と腟内を染める度にその美声が思考を溶かしていく。
口付けをして、抱き合う。
「あ、き……妾の愛しい人……」
名前を呼ばれて愛を囁かれる度に決意した気持ちが揺らぎそうだった。
「アッ……ッ!?」
何度目かの精を放つと、力を抜いて縁種の横に倒れる。
そんな朱季を縁種は大切なモノを扱うように撫でた。
「さぁ。約束通り、妾の髪を結っておくれ」
「あぁ。久しぶりだから、上手くやれるか不安だな」
掛け布団で身体を隠し、簪を渡してくる縁種。
この簪を渡してからしばらくは縁種の髪を結う練習をさせられた。
最初は上手く髪を扱えず、不格好な形になってしまったが、続けていればそれなりに上手くなった。
安心し切って背中を見せる縁種。
「縁種……」
「なんじゃ? 早うせい」
「さようなら」
別れの言葉に呆けた顔で振り返ろうとする縁種に、朱季は簪の尖端で腕を傷付けた。
「つっ!? 朱季、なにを──―っ!?」
する、と言うより先に朱季は立てかけてあった、神主から預かった鏡に簪に付いた縁種の血を付けら。
それだけで、封印の効力が発動すると聞いた。
縁種の血を付けると、鏡が発光し、鏡の中から無数の手が伸びてくる。
その手が縁種を掴み、鏡の中に引きずり込もうと引っ張る。
「これは……!?」
「昔、お前と別れた朱眼の人間が遺した鏡だ。縁種を封する為の」
引き込まれていく縁種を朱季は動かずに見ている。
「朱季!! 何故じゃ! 何故お主が妾をっ!?」
「縁種が咲子さんを嫌うのは良いよ。夏織ちゃんを治してくれたのだって感謝してる。お前なりに空と陸の事を考えてくれたんだと思う。だけど──―」
今更になって、声が震える。
助けを求める縁種の顔に手を伸ばしたくなる。
「お前の我儘で、子供達を支配すべきじゃない」
この先もずっと。悟堂の子孫を使って自分達の子供や孫。その後に続く子孫達の人生を縁種の孤独を紛らわせる為に支配するのかと思うと、恐怖でしかなかった。
「朱季っ!! 妾は──―」
全てを吐き出す前に縁種は鏡の中へと引っ張られていった。
安堵と、喪失感に息を吐く。
彼女にあげた筈の簪だけが手元に残った。
「馬鹿……俺は、お前を本当に──―」
神門空は自分の仕事を終えて自分の部屋に戻る途中だった。
「僕が結婚か……全然実感ないや……」
母が居なくなって数年。空は近日に神前挙式を控えていた。
双子の弟の陸も数年前に家出同然に飛び出して行き、こちらから定期的に手紙を送っているが、返しの手紙が送られた事も陸が実家に帰って来る事もなかった。
あの件で完全に兄弟の仲に亀裂が生じて未だに修復出来ないでいる。
弟には視えなかった母、縁種は突然屋敷から姿を消した。
父である朱季は、母は出て行った。母の事は忘れろの一点張りで事情を一切話そうとしない。
ただ、母が居なくなって前にも増して仕事で家を空ける日が多くなった気がした。
自室への通路を歩いていると、ふと母が使っていた部屋を思い出す。
屋敷の奥にある、隠すような間取りの部屋。
昔はそこで母に勉強として様々な事を習っていた。
今では誰も使っていない部屋。
昔は何度もその部屋に入ったが、母が迎えてくれる事は無かった。
なんとなくその部屋に足が向く。
母が使っていた部屋。そこで結婚の報告をしたかった。
まるで亡くなったみたいだと空は苦笑する。
段々と部屋に近付く。
母の部屋の襖に手をかけた。
すると、手を叩く音がした。
──―鬼さんこちら。手の鳴る方へ。
悟堂夏織(15・神門の使用人)
誕生日 七月一日
一人称 私
身長156㎝
スリーサイズB78W53H79
特技 独楽やメンコ・そろばん。
趣味 お気に入りの菓子缶に少しずつ小銭を貯金する。
好きなプレイ 特になし。
備考
神門朱季の姪でその息子である双子の従姉弟。
生来は活発で物怖じしない性格の少女だったが、年齢と共に自分の立場を理解して相応の態度で兄弟に接するようになる。
基本的に頭が良く、愛嬌がある為、屋敷の中の人間に可愛がられていた。
十二の頃に結核が判明。その後は死を待つだけの状態だったが、縁種の霊薬により回復した。
その代わり、神門(正確には縁種の子孫)に仕える為の様々な誓約を子々孫々まで課せられる事となる。
本人は特に悪い事をしてないのに、結核に罹ったり治る為に子孫に至るまで理不尽な誓約を課せられた薄幸の少女。
書かれている年齢などは数え年で処女喪失時の物。
過去編はこれにて終了。
過去編の登場人物達のその後については次話から入る個別ルートで語っていきたいと思います。
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