その日、神門の屋敷は慌ただしくなっていた。
昏睡状態だった神門姫乃が目を覚ました。
今までにない事例に悟堂冬雪も困惑している。
冬雪に手伝って貰い、ベッドから上半身を起こしている姫乃。
「ひさし、ぶり……なのかし、ら?」
「はい。凡そ十ヶ月、眠っておりました」
「そ……」
まだ頬の筋肉が固く、上手く喋れないがすぐに調子を取り戻すつもりだ。
「あ、きは……は?」
「すぐに戻るでしょう。眠り続ける姫乃様のお世話をずっとあの子が請け負っていたのですから」
「そ……」
辛そうに息を吐いた。
呼ばれた神門の専門医師が話す。
「ここでは細かな検査は不可能ですので、すぐに手配した病院に搬送します」
「わか……た……すこ……ね、るわ……」
辛そうにコクリと首を縦に動かしてから目を閉じる。
「えぇ。お休みなさい、姫乃お嬢様」
秋葉と四季が屋敷に戻った頃には神門姫乃は病院に搬送された後だった。
「冬姉! 姫乃お嬢様はっ!?」
「既に病院に搬送されました。一日二日も経てばお見舞いにも行けるでしょう。旦那様と奥様も近々帰国するようです」
それを聞いて力が抜けたように秋葉はその場にふらついた。
「秋葉さん!」
後ろにいた四季がそれを支える。
冬雪が四季に視線を合わせる。
「姉である姫乃様がお目覚めになられました。数日後に面会には四季様にも来て欲しいのですが。よろしいでしょうか?」
「あ、はい……それは、もちろん」
死んだと思っていた姉が実は生きていて目を覚ました事実に頭がついてこず、四季は反射的に了承した。
その事を察してか、冬雪もやや躊躇いがちだ。
彼女自身、まだ姫乃の目覚めに戸惑っているのだ。
取り敢えずこの場で姉の話はお開きとなった。
その日の夜に四季は秋葉の部屋に訪れる。
「大丈夫ですか? 秋葉さん……」
「あはは〜なんかかっこ悪いですね。あんな話をした後にお嬢様の目が覚めるなんて。あ、こっち座ってくださいー」
そんな事は……とフォローしつつ勧められるままにベッド横に座る。
数秒間を空けてから言いづらそうに話し始める。
「お嬢様がお目覚めになって嬉しいんですけど……どう思えばいいのか混乱しちゃって……」
でも、両手で顔を覆う。
「姫乃お嬢様が、目を覚まして良かったぁ……!」
覆った手の奥で涙を流しているのが分かる。
その姿に、四季は言いようの無い感情を覚えた。
数日が経ち、予定通り、秋葉と冬雪。そして四季は姫乃が入院してる病院にやって来ていた。
見るからに普通の個人病室だが、部屋の外にはボディガードが付いている。
そして四季達の後ろには担当医が付いていた。
ほぼ顔パスで通され、インターホンを押す。
「お嬢、さまー……」
『どう、ぞ……』
少し辛そうな声に対して躊躇いがちにドアを開けて恐る恐ると言った様子で中に入った。
そこには上半身が上に傾いたベッドの上で体を預けている神門姫乃が居た
意識を失っていた筈の主が目を開けて、こっちを見ている。
その事に感極まり、秋葉は目尻に涙を浮かべた。
「お嬢、さまっ!?」
駆け寄ろうとした瞬間に冬雪が秋葉の首根っこを掴んで止めた。
「姫乃お嬢様はお目覚めになられたばかりなのよ。負担かけるような真似はやめなさい。貴女も医療を学んでる身なら判るでしょう?」
「は、はいー」
思わず抱きつこうとしたのを止めたのだ。
落ち着く為に深呼吸してから質問する。
「お具合はどうですかぁ?」
「数日、まえよりはマシ、ね……しゃべ、るのも……キツイ、から……手短、におねがい……」
「分かりました」
まだ顎の筋肉が本調子でないのだろう。滑舌が少し悪い。
冬雪が今の姫乃が世間敵にどういう立場で、これからどう社会復帰するのかプランを話す。
全て聞き終えた後に、姫乃の指が廊下側の壁に立っている四季を差す。
「で? さっき、から……いる……その子、だれ?」
呼ばれて前に出る。
「僕は────」
近付くと姫乃の目蓋が僅かに動いた。
「も、しかして……しき?」
「……はい」
四季も物心つくかどうかの時から会ってないらしい腹違いの姉に戸惑いつつ頷く。
「へぇ……」
考える素振りで何度か首を縦に動かす。
説明する為に冬雪が話す。
「お嬢様が昏睡状態になられた後に旦那様の指示で来て貰ったのです。四季様の家庭環境もあまり褒められたモノではなかったのも理由ですが」
「そう……で、しょ……ね」
四季の母親の事は記憶している。
あの女がまともな子育てをしていたとは思えない。
「しき……おいで……」
手首を上下に動かして手招きする。
秋葉と入れ替わる形で姫乃の傍に寄った。
姉の造形物のように整えられた長く、綺麗な指が四季の顔に触れる。
「お……きく、な……たわ、ね……」
弟の存在を確かめるように顔の輪郭をなぞる。
「せ……かく、の……さい会が、こんなかた、ちでごめん……」
「そんなことは、ないけど……」
なにを話せばいいのか分からず、無難とも言えない言葉しか出ないのが情けない。
しかも姫乃の表情は喋れば喋る程に辛そうにしていた。
状態を見極めて医者からストップがかかる。
「ここまでにしましょう。まだ長時間会話出来る体力が戻ってませんので」
「分かりました。ではお嬢様、わたくし達はこれで」
失礼しますと冬雪が言うと、姫乃が秋葉の袖に指を引っ掛ける。
「お嬢様ぁ?」
「あき、は……も、すこし……のこ……て。すぐにす、むから……」
姫乃の指示に困惑していると、冬雪が分かりましたと返す。
「ではわたくしと四季様は先に出ています。秋葉、くれぐれもお嬢様に無理をさせないように」
釘を刺して病室から出ようとする。
「あの……僕、いきなり姉さんが生きてるって判って……色々と混乱してて……だからごめん。次はもう少し話せるようにするから」
また来るね、と告げて病室を出た。
二人が出た後に姫乃が耳を貸すようにジェスチャーする。
耳を近付けると姫乃が問う。
「しき、とはシタ?」
その短い言葉の意味を理解出来ない程、秋葉はうぶでも無知でもない。
「はい……」
後ろの医者に聴こえない声量で答える。
「ふ、ゆき……なつ、み……はるか、は?」
「全員、です……」
「そう……」
なにかを諦めたように姫乃の胸が呼吸で大きく動く。
もういいわよとジェスチャーで退出を促すと、振り返る時に頭を下げて病室を出て行った。
それを確認すると、この場に居る医者にも聴こえない声で呟く。
「さい……てー……」
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