一ヶ月あまりが過ぎた、女がどこに行ったのかわからない、自分から逃げ出したというのは正直、考えにくい、もしそうだとしたら自分以外の人間に連れ出されたということになる。
女の死体が見つかれば仕方がないと思えるのだが、そうではないことが諦めの悪い気持ちで日々を過ごしていた。
その日、男はそろそろ外へ、地上へ出ようと思ったのは食料だけでなく色々なもの、インクや紙が少なくなってきたからだ。
以前は他人に頼むこともあったが、それだと不満を感じるともあり、今では余程のことがない限り、他人任せにすることやめたのだ。
外に出るのは久しぶりだった、外に出て太陽の光や風を感じながら、通行人とすれ違うたびに、わずかに顔を伏せてしまうのは仮面をつけているのを見られたくないからだ。
先に食料を買い込むはずだった、だが、パサージュに足を踏み入れると色々な店があり、自然と本屋が多い通りに向かってしまった。
久しぶりだと思いながら店の外のワゴンに積まれた本を眺めていると、女の声がした、自分が呼ばれたのではないかと一瞬、そう思ってしまったほど自然な呼びかけで、エリックさんと呼ばれたからだ。
珍しくもない平凡な名前は自分でつけたものだ、それを呼ぶのはナーディルなど人間だけだ。
ちらりと視線を自分の後ろへと向けると二人連れの男女が見えた、だが、男の顔をちらりと見た瞬間、はっとした。
男は顔を隠しているのだ、気づかれないように盗み見すると白い仮面だろうか、違和感を感じてしまう。
だが、側にいる女は、自然に男と話をしている。
このとき、男は初めて女を見た。
肩にかかるほどの短い黒髪は珍しい、大抵の女たちは汚れていても長く伸ばしていて、化粧も濃く、少し離れた場所からでも安物の香水でむせるほどだ、だが。
このとき、ふと自分が地下で見た女を思い出した、似ている、いや、こんな所にいるはずがない、ふと、視線を感じた、仮面の男が、こちらを見ている気がしたのだ。
男は女に声をかけ歩き出した、まるで、逃げるようにと思ったのは、気のせいだろうか。
このとき、女が周りを見回すように顔を向けた、その瞬間、はっとした。
肩にかかるほどの短い黒髪は珍しい、大抵の女たちは汚れていても長く伸ばしていて、化粧も濃く、少し離れた場所からでも安物の香水でむせるほどだ。
このとき、ふと自分が地下で見た女を思い出した、似ている、いや、こんな所にいるはずがない。
ふと、視線を感じた、仮面の男が見ている、そして男は女のてをとると歩き出した。
まるで、逃げるようにと思ったのは、気のせいだろうか。
このとき、女が周りを見回すように顔を向けた。
自分の手を取り、歩き出した男にびっくりしながら女は声をかけた。
パサージュの通りを抜けて、太陽の下に出た男は呟いた、だが、仮面のせいなのか、小さな声だったのか、聞き取れなかっ
たようだ。
「パイが好きだろう、思い出したんだ、確か、この近くに美味しい店があると」
その言葉に女の表情が変わった。
「この間のリンゴのパイもだけど、ベリーのパイ、凄く美味しかった」
気に入ってくれたならよかったと男は、その時の事を思い出したのか、わずかに口元を緩めた、だが、内心は、そうではなかった。
彼女を見ている男がいた、だから、少しでも早く立ち去りたかったのだ、あそこから。
二人で外出するようになって最初の頃は気づかなかった。
オペラ座の地下から連れ出して一緒に暮らすようになって、いつまでも同じ服ばかりではと思い、ドレスと靴を彼女にプレゼントしたのだ。
着るものが変わっただけで別人のようで驚いた、それなら化粧でもしたらと思ったのだ。
数日、半月、一ヶ月、その間、家の中だけではと思い、外に出る事を考えたのだ。
誰かと、女性と共に外を歩くなど随分と久しぶりの事だった、女は珍しそうに街をすれ違う人や物を眺め、偶然、立ち寄ったのは教会だった、結婚式が行われていた。
男は貴族とまではいかないが金があるのだろう、そして女はというと、顔を見て驚いた、知っている顔だったからだ。
かって愛した、そして憎んだ女の顔は人生の節目となる日だというのに、まるで今日が、最後の日だと言わんばかりの表情だった。
これから少しダークな感じになると思います。