ズガァァァン!
立ち並ぶビルのひとつが派手な破壊音を立て、粉塵と炎を散らす。
日は落ち切り、すでに夕食の時間をとうに過ぎたとはいえ、逃げ惑う人々の影はない。避難は既に終わっているのだ―――ごく一部を除いて。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
女の声が空を裂く。紫をメインとした機械的な衣装をまとった女性が、ポニーテールをなびかせながらミサイルのように疾駆した。
バチバチと電光を散らしながら高速で突っ込む先には、髑髏や骸骨をモチーフとした漆黒の機械鎧を着た怪人たち。広い肩幅と分厚い胸板を持つ彼らのうち三人が肩を組んで立ちふさがり、両足を踏みしめる。女性は構わず、中心となる怪人の胸板に紫色の稲妻を宿した拳を振りかぶる。
「吹き飛びなさいッッッ!」
拳打を繰り出すその瞬間、肘からも雷が噴射し速度を重ねる。爆音とともに怪人の胸板は撃ち抜かれ、左右の二人もろとも肉体は粉微塵に消し飛んだ。
文字通り、跡形もなくなったスクラムの三人組を見て、怪人たちの中心人物―――ひときわ大柄でマントを羽織った一体が舌打ちをする。
「おのれ、ヴァイオレットアーク……! 装甲は前回よりも強化改修したというのに!」
「強化? 今ので? 笑わせんじゃないわよ。何が変わったんだかわかりゃしなかったわ」
パンチを繰り出した手をぶらぶらと振った女性、ヴァイオレットアークは勝気に言い放つ。
長い手足に出るところの出た抜群のスタイルをぴったりとしたスーツで包み、その上から鋼のブレストアーマーやガントレット、グリーブを身に着けている。紫電の余韻を周囲に漂わせるその姿は、近未来の女戦士といった風貌だ。
近未来……。そう、この世界は、遥か先の時空から来た者たちによって、危機に晒されていた。
突如として現れ、破壊活動を開始した機械兵や怪人たち。『ガルマディオ』という組織の旗印の下で荒ぶる彼らによって、多くの都市が滅び去った。
ガルマディオの前では現代の兵器全てが無力。大勢が死に、だれもが絶望に目を閉じかけたその時、未来から届けられた《希望》を手にした者たちが立ち上がった。
現代の科学では到底再現し得ない力を得た人々は、戦いへと身を投じていく。ヴァイオレットアークもまた、その一人であった。
無力に蹂躙されるばかりだった少女は成長し、この世界で数少ない、ガルマディオへの対抗策として活躍している。今、この時のように。
「さあ、次はアンタの番よ、ヴィルゴート! それとも、残った雑魚でもけしかけてみる!?」
「ふん……さすがはヴァイオレットアーク。《希望》を得たサルどもの中でも五本指に入る実力者といったところか」
「褒めても拳以外出ないわよ。おべっか使ったって、手加減なんてしなんだから!」
ヴィルゴートの赤目が点滅を止める。ねじくれた山羊のような角を持つ頭を上げ、彼は突然笑い始めた。
「フフフフフフ、フハハハハハハハハハハハ! 確かに我や部下相手には手加減できんだろうなァ。だが、こやつらにはどうだ……?」
いつでも反撃できるようにと控えていた部下たちがヴィルゴートの左右に履ける。ヴァイオレットアークは鋭く息を飲んだ。下っ端どもの中心には、恐怖に怯え、涙目で震える幼子たちが身を寄せ合っていたのだ。
「貴様の腕は認めよう。今のまま戦えば、我もただでは済むまい。しかし貴様と我が全霊でぶつかれば……この小童どもは、どうなると思う?」
「…………ッッ!」
ギリッ、とヒロインが歯ぎしりをする。
ヴァイオレットアークはパワーファイターで名を馳せている。巨大な相手すら鉄拳粉砕してのける力、紫電によりブーストされた速さ。それらは最大の武器ではあるが―――同時に、ヴァイオレットアーク自身、細かな制御ができないものでもある。
先ほどスクラムを組んだ三人を消し飛ばした余波は、たむろしていた下っ端怪人どもがバリケードとなって凌いでいた。今度は、幼子たちは何に守られることもなく、まして逃げ出すことすらできない。
ヴィルゴートは敵ではないとはいえ、怪人とはくらべものにならないほど強い。一撃で倒すにはヴァイオレットアークも全力を出せねばなるまい。だがそうしては、あの子たちを巻き込み、殺してしまうだろう。
油断なく身構えながらも、葛藤が冷や汗をかかせる。雫が一滴、ヴァイオレットアークの頬から顎へ伝うのを見物しながら、ヴィルゴートは余裕綽綽で戦闘態勢を取る。
「どうする。ここで武装を解除し、黙って殺されるのであれば、小童どもに傷はつけん。それとも、こやつらが死ぬのも承知で我と拳を交えるか……?」
聞かれるまでもない。それでも首を縦には振れない。無慈悲な破壊活動を繰り返してきたガルマディオが、約束を守るはずもないからだ。
しかし、しかし……。
「…………わかった」
ヴァイオレットアークは苦渋の表情で構えを解き、ホールドアップした。
「私はどうなってもいいから、その子たちを離して」
「潔いな、ヒーロー。そうだ、それでいい」
部下を一撃で消し飛ばされた時の動揺はどこへやら、ヴィルゴートはヴァイオレットアークの元へと歩み寄る。
なんとか隙をついて救出できないか、そうでなくとも周りの怪人を蹴散らして逃げ道を作れないか―――必死で思考を回すが、怪人たちの距離が微妙だ。子供たちからつかず離れずの位置にいる。ヴァイオレットアークの攻撃の余波が届く距離だ。
かくして、ヴィルゴートが目と鼻の先に来る。3メートルはあろうかという巨体。壁のような胸板。焦らすように持ち上げられた握り拳は、ヴァイオレットアークの頭ほどもあるだろう。
「変身を解け。もはや貴様に勝ち目はない」
ヴァイオレットアークはゆっくりと頷いた。自分がここで殺されたからといって、あの子たちが助かる保証はどこにもない。ガルマディオに拉致された人間は、誰一人として戻っては来ないからだ。
ごめんね―――胸の内で謝りながら、変身解除の文言を唱えようと唇を動かす。
その声は、短い雷鳴と破砕音が掻き消した。
「なにッ!?」
ヴィルゴートが振り返る。幼子たちを囲んでいた彼の部下たちは、一人残らず頭部を失って煙を立ち昇らせ、糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
何が起こったのか、救われた子供たちにすらわかっていないようだった。呆けているのはヴァイオレットアークも同様。何が起こったのかを知るのはただ一人、音もなくヴィルゴートの背後を取っていた、一人の少女だけだ。
「死ね。《雷鳴一矢》」
ズバッ! 鼓膜を引き裂くような音が轟き、時間が凍り付く。
ヴィルゴートの眉間には風穴が空き、月の浮かぶ空が代わりに見えた。
黒鉄の巨体が膝をつき、真横に倒れる。彼の陰に隠れていた者の姿が、ヴァイオレットアークの網膜に焼き付いた。
「こんな雑魚相手に、なにをバカなことをしているんだ、お前は」
「サンダーソニア!」
ヴァイオレットアークはパッと顔をほころばせた。
ヴィルゴートを一撃のうちに死に至らしめたのは、金の長髪を無造作に流した美少女だった。スレンダーな肢体を包むインナースーツの上から、布とも金属ともつかない奇妙な質感のジャケットとボトムスを着用している。整った表情だが視線は刺々しく、どこか近寄りがたい雰囲気を発していた。
彼女の名はサンダーソニア。ヴァイオレットアークと同じく、未来からの《希望》を手にして立ち上がった戦士の一人だ。
彼女はブーツのつま先でヴィルゴートの残骸を蹴りつけ、吐き捨てる。
「聞かなくたって、見りゃわかるけどな。来るたび派手にやりすぎなんだよ。大声で来ましたよって挨拶して回ってるようなもんだからやめろって、オレは何回忠告した? ええ?」
「そ、それは…………。い、いやいや! アンタに言われたくないから!」
「あァ?」
かわいらしい顔を不機嫌に歪め、ヴァイオレットアークを睨みつける。
そんな顔しなければ可愛いのに、第一しゃべり方だってもっと女の子らしくすればいいのに勿体ない―――沸いて出た思考は脇に追いやり、ヴァイオレットアークは腰に手を当てて詰問する。
「アンタこそ、今の今までどこ行ってたのよ!? おいしいとこだけ持って行って、何様のつもり!?」
「馬鹿が……」
眉間にしわを寄せ、舌打ちする。いちいち癪に障る態度にヴァイオレットアークが苦言を言い出すより早く、サンダーソニアはまくし立てた。
「オレはお前が馬鹿正直に突っ込んでる間、避難誘導と散開してた雑魚を片付けてたんだよ! お前が遠くにいてもわかるような暴れ方すっから、連中はとっととさらうやつさらって逃げようとしてたんだからな! 大急ぎで索敵・殲滅を済ませてお前がヴィルゴートのとこまでわき目も降らずに突っ込む前に逃げ遅れを警察に引き渡して! お前こそ何やってた! 好き放題暴れて人質取られて挙句死ぬところだったろうが! ふざけんな!」
いうだけいって、身をひるがえす。去り際、まだ状況が呑み込めず、どうしていいかわからない様子の子供たちを指さした。
「アレ、お前が連れてけ。そんぐらいの仕事はしろ。いいな」
「……はーい」
すさまじい剣幕で怒鳴られたヴァイオレットアークは、肩を落としながら子供たちの元へ向かう。歩きながら、つぶやいた。
「あーあ、もっとこう、さぁ……」
「もっとこう、なんだ。イノシシ女」
耳ざとく聞きとがめられ、息をつく。そこには自分のことを棚に上げ、言いたいことを言ってやるという決意がこもっていた。
「勿体ないって言ってるの! せっかくかわいい女の子なのに、そんなんじゃ損するっていつも言ってるじゃない!」
「女の子……可愛い……だと?」
「そう!」
つかつかと歩み寄り、ずいっと顔を近づける。サンダーソニアは露骨に嫌悪を示して距離を取ろうとするが、両肩を捕まえた。
「言葉遣い直して、おしゃれして、おめかししなよ! やってることは誰よりもヒーローなのに、そんなだからみんな敬遠するんじゃない! いっつも裏方で頑張って、みんなを支えてるのにさ!」
「知るか、やることをやってるだけだ。それとおめかしだのがどう繋がる」
「イメージアップよイメージアップ! 色んな人と協力しなくちゃいけないんだから! あ、いいこと考えた! 明日服とか色々買いに行こ! 元がいいんだもん、絶対に似合う服が…………」
ゴッ。重い衝撃を頬に受け、ヴァイオレットアークは数歩よろめいた。
鈍い痛みが後からじんじんと響き始める。信じられないという表情をする彼女に、サンダーソニアは冷たく言い放った。
「近寄るな。女らしさなんていらねえし、愛嬌ふりまくつもりもない」
背を向けた小柄な肢体が、黄金の稲妻に包まれ、一瞬で空へと飛び立って消えた。
ヴァイオレットアークは茫然と夜空に吸い込まれていく雷光を見送り、すぐに見えなくなったそれをしばらく見上げていた。
プロローグだし多少はね???