風より早く空を裂いた稲妻は、人知れぬ路地裏に落下した。
体を包む電光を散らしたサンダーソニアは、片膝をついた姿勢から立ち上がる。腹に溜まった不快な思いを息と一緒に吐き出すと、右手を伸ばして解除コードをつぶやいた。
「『《希望》はこの手に』」
少女の肉体が黄金色の光となって四散し、正体を外気に晒す。
光は右手の中指に集まり、レモンイエローの宝石がはまった指輪に変じた。
これで任務は終了だ。さっきまでサンダーソニアだった青年―――伊那垣宗次は、気疲れで凝った肩を回しながら路地を出た。
黄のシャツ、薄い白の上着に、黒のジーンズ。飾り気は最低限に抑えているが、野性味のある顔立ちと背の高さもあって、十分に男前だと言えよう。どんなに高く見積もっても十五~十六歳程度だったサンダーソニアとは、まるで異なる姿だ。荒みきった、その眼差しを除いて、だが。
避難誘導区画からかなり離れたためか、先ほどが夢だったかのような喧噪が宗次を出迎える。
開いたパチンコパーラーから響く、耳に痛いBGM。どこか気だるそうに呼びかける居酒屋の客引き。そして目につく、風俗店やガールズバーの看板。
「チッ」
うっかりガールズバーの看板を目に入れてしまった宗次はイライラと足を速めた。
女性は苦手だ。気味の悪い虫を見た時のような嫌悪感が、胃酸を煮え立たせる。だというのに、気の利かない宗次の脳は、ヴァイオレットアークの顔と彼女に言われた言葉を繰り返し再生するのだ。この気持ちを忘れるな、と言うように。
「女の子……だと? ざっけんな。女は嫌いだ」
記憶のリフレインを遮るように髪をかきむしりながら吐き捨てる。一刻も早く思い出すのを止めたかった。行き着く先など、それこそ嫌というほどわかっているからだ。
宗次の記憶の果て―――それは、物心ついて間もない頃。両親と共に出かけた先で、ガルマディオの襲撃を受けた時のことだ。
それまで何をしていたか、どうしてそこにいたのか、そんな疑問を全て無意味にするような蹂躙。男も女も殺され、生き残っても逃げ遅れた者はさらわれた。母は宗次を抱き上げて走り、父は……飛んできた鞭のようなものに首をからめとられ、引きずられていった。ガルマディオの怪人らしき、異形の女たちの元に。
後から聞いた話では、宗次が鉢合わせたガルマディオの部隊は女怪人のみで構成されていたらしい。不思議と何も思わなかった。あの惨劇の中、邪悪な歓喜の声を上げて飛び回っていたのは、大人の女性に昆虫の要素を足したような姿ばかりだった。呪いのように焼き付いた光景を、昨日のことのように思い出せる。
そうして結局、父は戻らなかった。父のシャツに袖を通した腕が見つかり、他の行方は杳として知れない。
残された母はショックのあまり酒浸りになり、宗次を殴った。宗次を見て、父が帰ってきたと狂喜し、違うとわかると殴りつけ、罵声を浴びせ―――そのうち、何事か叫んでどこかへ消えてしまった。
その時から宗次は、女性を見るたびどうしようもない憤怒が湧き上がってくるようになったのだ。
「クソがッ!!」
叫びながらそのあたりにあった壁に頭突きをかました。周囲の視線が一瞬集まり、何事もなかったかのように散る。
一筋、細い血の筋を垂らしながら、宗次は風船のように膨らんでいく怒りを胸に押し込む。忌々しい過去は腹立たしい。だが、何よりも宗次を苛立たせるのは、戦うたびに女にならねばならない自分自身。そして、能天気なあの女。
一日として消えることのない炎のような想いを引きずって再び歩き出そうとしたところで、ポケットのスマホが鳴った。相手は、よく知った名前である。
「なんだ、支倉」
「なんだじゃないよぉ。報告はぁ?」
呆れたような、困ったような、間延びした声。その主は今頃、研究室でお堅い制服を着ているのだろう。
腹立つ記憶の反芻を追いやってくれた電話相手のおかげで、宗次の口調が少し軽くなる。
「忘れてた。全部殺してきたぜ。ヴィルゴートとやらもな」
「えっ、うっそ、ほんとに?」
「オレがお前に嘘つくかよ。あのバカ女から何も聞いてねえのか」
「ヴァイオレットアークからはまだ。彼女、報告書の提出も遅いし分かりづらいしね」
「バカだからな」
「そう言わないで。とにかくお疲れ。体の調子はどう?」
「…………特に。ムカつくことにな」
露骨に声色の変わった宗次に、支倉も露骨な溜め息をついてみせた。
彼は宗次専属のオペレーターだ。《希望》を手にした者をバックアップするための組織に所属し、ガルマディオの出現をはじめとする情報を送ってくれる。戦士の誰にとっても欠かせない存在であるが―――同時に、サンダーソニアの秘密を知る限られた人物の一人でもある。ついでに、宗次の過去と女嫌いについても熟知していた。
「気持ちはわかるけどねえ、変身するたびに酔うよりはマシでしょ?」
「気持ち悪くなる方がマシだ。女の体になれるなんざ……死んでもごめんだ」
「筋金入りだよねえ。仕方ないんだろうけど」
まじめな黒縁眼鏡の若者が肩をすくめる姿が目に浮かぶ。
宗次が《希望》を入手したのは、たまたまガルマディオの侵略に立ち会ったときだ。いや、近くでそれが起きていると知って、自ら首を突っ込んだのだ。あの怪物女どもがいるかもしれないと期待して。
結果、あては外れ、一般人に過ぎない宗次は殺されかけたが、その時に《希望》のひとつである指輪が現れて宗次に力を与えた。雷を自在に操る少女、サンダーソニアに変身する力を。それから組織と出会い、スカウトを経て、今に至る。
変身能力を得た当初はかなり苦労した。何せ、目線の高さも手足の長さも体重も違う。そこに雷の操作だ。死にかけて無我夢中だった変身当初はともかく、意識的に行うとどうしても乗り物酔いに似た症状に襲われた。
現在はだいぶ和らいだのだが、宗次はそれが、サンダーソニアと一体化していくようで嫌だった。憎くて憎くて仕方のない、女になるなど―――それでも、唯一ガルマディオに怒りをぶつけることができる手段ゆえ、割り切ることができない。
「まーでも、無事でよかったよ。お疲れ様」
「ちょうどいい囮もいたんだ、この程度は朝飯前だ。じゃ、また連中が来たら、最優先で連絡よこせ」
「善処するよ。ぼくはこれから報告書とかあるからこれで」
倒した敵の数を詳しく教えてから通話を切ると、ちょうど自宅のアパートにたどり着いたところだった。
街の喧噪はもう聞こえない。どうせ何も入っていない郵便受けも無視して家に入り、シャワーを浴びてリビングでテレビをつける。やはりというか、ニュースは先ほどの襲撃の件で持ち切りだ。
現場のインタビュー。受けているのは当然、ヴァイオレットアーク。
「ヴァイオレットアークさん! 今回の敵はいかがでしたか!」
「ええまあ、大したことはなかったんですけど……でも、それは私が言うことじゃないかな」
「と、言いますと?」
「大体は、もう一人の子がやってくれたんです。サンダーソニアちゃんって言って……」
あの女、余計なことを。
テレビにリモコンを投げつけたくなる衝動を、腕を振り上げたところでなんとか抑える。熱を冷ますように低い呼吸を繰り返している間にスタジオにカメラが返り、コメンテーターがあれこれと口にし始めた。
「今回も出ましたね、サンダーソニア」
「彼女が出動すると必ず一緒に動いて、影ながらサポートしているようですからね。ヴァイオレットアークを影ながら支える、姿見せぬバディ・ヒロイン。それがサンダーソニアの魅力でしょう。こちら、視聴者からの提供映像なのですが……」
スマホで撮影したと思しきサンダーソニアの姿が出たところで、宗次の我慢は限界を迎えた。
爆発した怒りに任せてリモコンを投げ、テレビを打ち倒す。それだけでは怒りも、テレビから流れる不機嫌そうなサンダーソニアの声も収まらなかったので、蹴りを入れまくってぶち壊した。
残骸を部屋の隅に蹴り飛ばし、ガシャンと音が立つのを聞くと、突発的な怒りはどうにか堪えられるまでになった。
沸騰した鍋に蓋をして、力ずくで抑え込むようにして胸に押し込む。ヴァイオレットアークの相棒だと。姿まで出しやがって。冗談じゃない。
寝室に向かい、姿見を前にして服を脱ぎ捨てる。
180cm越えの身長。染めるのを嫌って逆立てるにとどめた黒い髪。胸板は暑く、腹筋は割れ、肩幅は広い。華奢な少女であるサンダーソニアとは似ても似つかない体つき。目に映る事実が、己を証明してくれる。
そうだ。オレはサンダーソニアじゃない。女なんかじゃない。伊那垣宗次だ。心の中で繰り返し、ベッドに倒れ込む。
自分に言い聞かせながら眠る間際、無性に自分が惨めなものに感じられる。
悪いのはガルマディオの女怪人どもであって、人間の女性たちには何の罪もない。諭されて、なんとか理解しようとしたこともある。けれど、それを受け入れてしまったら。そのうち仇の女怪人どもまで許してしまいそうで。
そうして今日も、眠りに落ちる。
次回はガルマディオ視点!!!!