ビーッ! ビーッ! ビーッ!
喚くようなスマホのアラームを聞いた瞬間、宗次は弾丸のように大学の講義室を飛び出していた。
廊下を全力疾走しながらスマホを取り出せば、案の定支倉からの―――《希望》の戦士を束ねる組織からの連絡であった。
「支倉! 場所と数!」
「もう送ってるよー。宗次は大学?」
「今出る!」
「了解。リーダーと思われる敵は見たことないタイプのやつだ。前にきみがやっつけたヴィルゴートと似た感じだけど、そいつよりもう少し大きい。多分、強化版なんだろうね。率先して街を壊しまくって、ヴァイオレットアークを呼んでるよ」
「パワー馬鹿にはパワー馬鹿を、ってか。雑魚の位置をマーキングしといてくれ」
「済んでるよ。ヴァイオレットアークかのじょに伝えておくことは?」
「ねえ。どうせリーダーのところに無策で突っ込んでいくんだろ。そっちは任す」
ヴァイオレットアークは正義感が強いことで人気だが、宗次に言わせれば直情的過ぎる上におつむもなっていない。まっすぐ殴り込んで拳ひとつで打ち砕く。だがそのせいで、対策されがちなことに気づいていないのだ。
だからこそ、宗次サンダーソニアが裏で色々と気を回す羽目になる。女と肩を並べたり背中を預けたりしなくて済むのは、女嫌いの宗次にとって救いではあるのだが。
大急ぎで人目につかない場所に駆け込み、右手を掲げる。
唱えるのは、力を得るための言葉だ。
「『《希望》は―――この胸に』」
右手中指にはまった指輪が砕け散り、稲妻となって宗次の全身を包み込んだ。
背は低く、体は華奢に。髪は伸びて金色になり、起伏の少ない体を黒いインナースーツが包み、遅れて形作られた銀色のジャケットとボトムスがスーツを覆った。
2秒と経たずに変身を終えたサンダーソニアは大きく屈むと、天翔ける雷となった。
サンダーソニアが変身を終えてから5分後、事件の中心となった街では粉砕されたコンクリートが煙となってもうもうと立ち昇っていた。
剛腕のひと薙ぎが地下鉄の入り口を吹き飛ばし、一発の地団駄が地面を砕いてビルを傾けさせる。頭上からのしかかってくるビルをアッパーひとつでへし折ったのは、アトラスオオカブトのような雄々しい三本角を備えた黒い巨漢だ。
「遅い! ヴァイオレットアークはまだ来んのか? これではオレ様の出る幕がないだろうが!!」
足元の瓦礫を拾い上げ、八つ当たり気味に投げる。大型デパートの7階と8階の壁がたったそれだけで爆砕し、破片がガラガラと落下した。
しかしそれだけでは、巨体の怪人の怒りを多少抑えることもできないらしい。彼は少し離れたところからおっかなびっくり追いかけてくる、アリの形を頭部を持つ怪人の一人を指さした。
「おい貴様ッ!」
「はっ、どうかしましたか、ギガンティックアトラス様!」
「寄れ! 聞きたいことがある」
指名された怪人は戸惑って己を指さし、仲間たちに視線を投げかける。が、同じ姿をした仲間たちは気の毒そうに眼をそらすだけだった。
早く来い、と怒鳴られた怪人は慌ててギガンティックアトラスのそばへ行き、敬礼のポーズをとる。彼とて成人男性程度の背丈はあるが、ギガンティックアトラスの鎧のような体は、怪人が幼児に見えるほど大きい。その体格にふさわしい指が怪人に突きつけられる。
「貴様、なぜヴァイオレットアークは来ない。あの小娘の活動域はここで正しいのだろう!」
「はい間違いありません! 我々の破壊活動を見逃すわけはないので、すぐに来ると思います」
「すぐにとはいつだ」
「え?」
「ヴァイオレットアークはいつやってくるかと聞いている!」
「え、えーと……」
そんなことを聞かれてもわからねーよ、と怪人は心の中で抗議するが、当然それがギガンティックアトラスに届くわけはない。口に出したところで、聞き入れてもらないだろう。彼はガルマディオきっての暴れん坊なのだ。
「どうなんだ! 言ってみろ!」
「い、いやあ、あと5分もすれば来るんじゃないでしょうか」
「遅いわ!!」
バンッ! と風船が破裂するような音がして、ギガンティックアトラスと問答していた怪人がはじけ飛んだ。凄まじい体躯からは想像もできぬ速度のパンチを食らい、それこそ風船のように跡形もなく消えてしまったのだ。
ギガンティックアトラスは拳を握ったり開いたりしながら唾棄する。
「《希望》の戦士と戦うために強化したと聞いたが、この程度か! 雑魚めが、せめてオレ様のパンチを食らって原型ぐらい残せ! 有象無象などガルマディオには要らんのだからな!」
「自分の仲間に、ずいぶんな言い方するじゃない!」
「来たか!」
非難の来た方向―――空にギガンティックアトラスが拳を振りかぶる。落ちてきた紫のレーザーと鉄拳が激突し、アスファルトに大量の亀裂を入れるほどの衝撃波がまき散らされた。
耳をつんざく稲光と単純きわまる剛腕の一撃は数秒競り合い、爆裂の勢いで互いにはじかれ合う。少し後ろに滑ったギガンティックアトラスの対面には、先制攻撃を繰り出したヴァイオレットアークが華麗なバク宙を決めて着地する。
「闇を貫く正義の紫電! ヴァイオレットアーク、ここに推参!」
「来たな、ガルマディオに楯突く愚か者どもの一人! オレ様はギガンティックアトラス! 貴様を潰せとの命を受けてここに来た! 今日、貴様はここで死ぬ!」
「言ってくれるじゃない。自分の部下も蔑ろにするようなヤツに、負けたりしないわ!」
「御託はあの世でいくらでもほざけ! ここは―――戦場だァァァッ!」
ギガンティックアトラスが砲弾のようなショルダータックルで仕掛けた。最高速度の特急列車を真正面から吹き飛ばし、ビル数棟をまとめて貫く質量と破壊エネルギーの塊を前に、ヴァイオレットアークは全身の紫電を急速に励起させて殴りかかった。
「つぶれろ小娘ェェェッ!」
「でやあああああああああああああッ!」
先ほどの衝突よりもさらに巨大な力の激突が起こり、空気も大地も悲鳴を上げる。ビルの窓ガラスが凄まじい振動に煽られて砕け散り、そこら中の瓦礫が木の葉のように吹き飛ばされる。
その音は、数キロ離れた場所を走るサンダーソニアの耳にも届いた。
「力自慢の馬鹿二匹がおっぱじめやがったか」
「そのようだね。どっちもすごい破壊力だ。観察用のドローンが衝撃波で全滅してしまったよ」
「チッ、刺し違えて討ち死にした方がお互いのためだな」
苦々しく言い捨て、サンダーソニアは並ぶマンションの屋根を駆け抜けて道路側へジャンプした。目下には誘拐された人々を押し込んだと思しき黒いコンテナと、それらをワープで移送すべく作業をしている怪人たちの姿が目に付いた。
サンダーソニアが弓を構えるようなポーズをとると、雷でできた弓と矢が生み出される。
「《装連雷砲弓そうれんらいほうきゅう》。消えろ」
発射された雷の矢は拡散し、怪人たちが見上げる間もなくその全員の頭部をまとめて塵にした。
バタバタと残りの体が倒れるのをよそに、サンダーソニアはコンテナの上に着地する。フィジカルと単純な破壊力ではヴァイオレットアークに劣るが、精密な動作や応用力ではサンダーソニアが遥かに秀でる。怪人を殺して捕らわれた人々を救出できるのはサンダーソニアにとって大きなセールスポイントであり、単独行動を許される理由のひとつでもある。
コンテナに手のひらで触れて、機械が不具合を起こす程度の微弱な電気を流す。遅れて降下してきたドローンを通じて、支倉に呼びかけた。
「よし、ここはこれでいいだろう。支倉、ここに自衛隊の連中を……」
ボム! 伝え終えるより早くドローンが爆発して落下した。同時にコンテナの屋根が抜け、毒々しい光を放つワイヤーが張り巡らされた中身にサンダーソニアをいざなった。
「ぐおっ!!」
ギリギリで体を雷に変えてコンテナから飛び出し、距離を取ったところで膝立ちになる。ドローンの破壊、誘拐用と思っていたコンテナの意外な中身。予期していなかった事態に、次のアクションが遅れたサンダーソニアの周囲を気色悪いカラーの霧が包んだ。
霧は不吉な色の爆発を引き起こす。上空からそれを見下ろすのは、蛾の翅をもつ女性型の怪人だった。
「絶対に捕まえたと思ったのに。さすがだわ、サンダーソニア。話に聞く通りの使い手ね」
「そりゃどうも、っと!」
「ぐはっ!?」
蛾の怪人の体がくの字に折れる。雷と化したサンダーソニアの膝蹴りが彼女の腹に突き刺さっていた。サンダーソニアはそのまま逆回転してかかと落としを繰り出し、蛾の女怪人をアスファルトに叩き落す。追撃するべく右手に雷を集めるサンダーソニアに、飛来した別の怪人が飛び蹴りを食らわせた。
蛾の怪人と同じ場所に墜落するところを、途中で体を雷にして落下軌道を変える。地面に着地したサンダーソニアに、待ち構えていたようなタイミングで二発のマイクロミサイルが襲い掛かった。
ボムボム! とっさに体を腕で庇ったが、いくらか後退を余儀なくされる。顔を上げたサンダーソニアは、いつの間にか三人の飛行型女怪人に取り囲まれていた。
「手強いわね。完全に捕らえたと思ったのだけど」
「油断するなとドクターが言っていた理由を身も持って知るなんて」
「こういう時のためのプランBよ。確実に行きましょう」
話しているのは先ほどの蛾型のほかに、トンボ型とハチ型。三姉妹と言われても納得できるほど似通った体つきをしているが、翅や武器の形に違いがみられる。異形ながら、男性を誘惑するような美しい肉体―――だがサンダーソニアの脳裏を駆けたのは、不埒な感情などではなく、走馬灯のような過去の記憶だった。
鞭状の武器で捕らわれた父。涙を飲んで逃げる母に抱かれながら見た地獄絵図。母を狂わせ、自分に消えないトラウマを刻み込んだ怪人たちの姿。虫と人を掛け合わせた、女性型の―――。
すべての記憶がよみがえったサンダーソニアの全身が、噴火したかのように膨大な稲妻を解き放つ。
主の怒りを体現する雷鳴。自分でも抑えきれない感情を雷に変えて、サンダーソニアは動いた。後に焦げた足跡を残して。
「なっ―――!?」
瞠目するハチ型の背後を取り、翅を毟って両腕をもぎ取り、地面に蹴落とす。すぐさま蛾型が振り返り、トンボ型が装備していたランチャーを向けるがあまりにも遅い。サンダーソニアは雷の速度で蛾型の鳩尾に拳を入れてビルの壁に叩き込み、亀裂にうずめて磔にする。そのまま両手を翅に突き立て、電撃を流し込んでズタズタに引き裂いた。さらに両足を蹴り一発でまとめてへし折ったところへ、トンボ型が強襲を仕掛ける。しかしサンダーソニアの姿はランチャーが放たれる前に消え、恐るべき速さでトンボ型の周囲を駆けまわり始めた。
「早い!」
トンボ型が険しい表情でサンダーソニアの姿を追いかけようとする。ヘルメットに備わった大きな複眼は全方位をカバーし、その動体視力も凄まじい。しかしその能力をもってしても捉えられない。
「遅いんだよ、虫が」
呪詛のような声が聞こえた時、トンボ型の視界はサンダーソニアの顔でいっぱいだった。距離を取ることも叶わず、両手足は瞬間的な雷の放射によって炭化し、巻き添えを食った翅ももはや使い物にならなくなった。
突き落とされるまでもなく、飛行能力を失ったトンボ型は背中から地面にたたきつけられる。その隣に足をつけたサンダーソニアは、トンボ型の首筋を容赦なく踏みにじった。苦しげな吐息が漏れる。
「生きてるな。ああ、危ないところだった。一撃で殺したんじゃ、割りに会わねえからな」
「ぐあっ……何を……!」
「普通なら殺してるところだが、お前らは別だ、虫女ども。ウジ虫まみれの巣穴の場所を吐かせて、お前らの前で焼き払う。殺すのは最後だ。死なねえように、電気流して少しずつ少しずつ焦がしてやるからな」
そう告げるサンダーソニアの瞳は、少女の姿にそぐわないほどに荒み切って冷たくなっていた。
ガルマディオの女怪人の、なんとおぞましいことか。虫のように飛び回り、殺戮し、そのくせ人に似る。だが、弱い。弱い、弱い、あまりにも弱い。もちろん、元の伊那垣宗次の姿では、一矢報いることすらできずに殺されていただろう。こうして忌まわしき相手を踏みにじれるのも、サンダーソニアの姿あってこそ。
頭ではわかっている。しかしこの程度の連中に父は殺され、母は狂わされたのか? 殺意のない自分ひとりにあっさりと無力化され、芋虫のように身をよじるしかなくなる程度の怪人に?
割り切れない。なんのために、何年も大嫌いな女になることへの嫌悪を抑えてまで―――。
虚しさ、あっけなさ、発散しきれない怒りがないまぜとなって、栓を抜かれたようにどこかへ吸い出されていく。それに応じてサンダーソニアを包んでいた雷も弱まっていき―――そこで、異変に気付いた。体が、動かない。
「捕縛、完了」
「っ!?」
背後から聞こえた声に振り返る間もなく、サンダーソニアの体が宙に浮きあがった。自分の力による飛行ではない。体を無理やり大の字に開かされ、空中に磔にされたのだ。目を凝らせば、体中にきわめて細いワイヤーのようなものが絡みついているのが辛うじて視認できた。
「ワイヤー!? こんなもの!」
「暴れても無駄よ、サンダーソニアちゃん。なぜなら……」
パキンとどこからか指を鳴らす音がして、それを合図にサンダーソニアが莫大な電撃を解き放った。否、サンダーソニアの意思とは関係なく強制的に放電させられたのだ。力の全てを絞り出すように。内臓を引きずり出されていくような感覚は、少女を容易くパニックに陥れた。
「ぐああああああああああああああああああああああっ!」
「本気は出していないだろうとは思っていたけれど、まさかここまでとはね。電力もスピードもパワーも、余裕をもって見積もっていたはずなのに、あっさり超えていく。いいわねあなた。敵にするにはもったいない」
まばゆい光を放ちながら苦しむサンダーソニアの前に、ヒールを鳴らしながら新たな女怪人が現れる。彼女こそはドクター・ブラックウィドウ。ガルマディオの科学者にして、サンダーソニアを狙う者。そしてこの罠を仕組んだ張本人である。
「本当はその子たちに適当に時間を稼いでもらって、その間にこの《縛雷ばくらいの蜘蛛糸》を少しずつ絡ませていくつもりだったのに。まあ、油断してくれたから結果オーライかしらね。あなたの雷を全部絞り出して無力化するという第一目標はクリアできたのだもの」
「あ、が……」
ブラックウィドウがしゃべっている間に放電は止まり、サンダーソニアはがくりと項垂れた。無理に力を放出させられた影響で衰弱が見られるが、まだ意識は失っていない。どころか、視線だけで射殺さんとばかりに、憎悪に満ちた瞳をドクター・ブラックウィドウに向けていた。
「放電は終わったようね。私の予想してた時間の3倍はかかったわ。慢心していなかったはずなのに……つくづく恐ろしい子」
「てめっ……一体、どっから……」
「口調が下品なのは玉に瑕よね」
不愉快そうに鼻を鳴らしたドクター・ブラックウィドウは悠々とサンダーソニアに近づいていく。身構えようとしても拳を握るのが精いっぱいで、拘束から脱することも叶わないヒロインの体を嬲るようにまさぐった。
サンダーソニアは凄まじい嫌悪に顔を歪め、逃れようと身をよじる。それは儚く無意味な抵抗のポーズが限界だったのだが。
「触るなっ、汚ぇっ」
「ひどい言い草ね。そんなことを言われたら傷つくって、同じ女ならわかるでしょうに」
「てめえらと一緒にするんじゃねえ! オレは女なんかじゃ……」
「ふうん?」
弱々しい否定の言葉にドクター・ブラックウィドウは首を傾げたが、ひとまず疑問は棚上げして予定していた仕事をこなすことにした。胸の谷間から不気味なデザインの首輪を取り出し、サンダーソニアに装着する。サンダーソニアは子供のように嫌がったが、無駄だった。
「ひとまず、これでよしっと。にしても、呆れるぐらい生娘ねえ。そのあたりの開発には時間がかかりそうだけど、まあいいわ」
マニピュレーターのうち二本がしなると、サンダーソニアを縛り付けていたワイヤーが瞬時にほどけた。糸の切れた人形のように落下し、這いつくばる少女をよそに、ドクター・ブラックウィドウはマニピュレーター一本につき一人ずつ、傷ついた女怪人を持ちあげて帰投しようとする。
サンダーソニアはどうにか顔を上げて声を絞り出した。
「待て……! オレは、まだ……」
「勇敢なのね。恨みと憎しみのこもったいい顔をしてるわ」
マニピュレーターの一本が伸び、サンダーソニアの憎悪に歪んだ頬を撫でる。気持ち悪く思いながらも、振り払うだけの力は残されていない。納得できるか。復讐の呆気なさにも、いきなり現れた新手にあっさりと無力化されたことも。屈辱、くやしさ、憎しみ、怒り、怒り―――。
「殺す、殺してやる、絶対に……!」
「不可能よ。運命はそう決まっているの。でも安心なさい、もう少しの辛抱だから」
マニピュレーターが引っ込み、ドクター・ブラックウィドウは今度こそその場を立ち去っていく。意識もうろうとするサンダーソニアの目がかすみ、あの日の光景がオーバーライドした。地獄絵図の中心に立つ、虫のような特徴を持つ女怪人たち。もう少しで殺せたのに、すぐそこにいるのに、体が動かない。
「く、そっ……」
悔し涙をにじませながらつぶやき、サンダーソニアは気を失った。
ヒャッハー!!!!サンダーソニアちゃん虐めの始まりだァ!!!!!!