カムラの里のハンター、あるいは『猛き炎』と呼ばれる男は、長きに渡る戦いの果てに観測拠点エルガドの危機を救った。
数多のモンスターを狩猟し、王域三公と称されるモンスターを討ち、遂には深淵の悪魔すらも退けた。
歓喜の中で迎えられた男は、今暫くエルガドに滞在しつつ、残存し変異したキュリアに寄生されたモンスターの狩猟に日々赴いている。
これは、そんなある日の話。
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その日、男は王国騎士フィオレーネに誘われ、ガランゴルムの狩猟依頼を受けていた。
城塞高地――かつて一つの都市があった、今は廃れし超自然の地――の平原で、ガランゴルムと対峙している。
怪物の重い一撃を躱しながら、男はちらりとフィオレーネに視線を向ける。今更、ガランゴルム相手に遅れは取らない。多少周りを気に掛ける余裕もあった。
フィオレーネの動きは、明らかに精彩を欠いていた。
目測を外してモンスターの目の前で剣を振る。振り回される拳を避け損ねて吹っ飛ぶ。扱いづらい位置に罠を置く。だと言うのに、妙に男に視線を向けてくる。狩りの真っ最中にも関わらず、妙なタイミングで目が合ったことも一度や二度ではない。
判断力が酷く鈍っている。男の目にはそう映った。何にそんなに気を取られているのか、思案するも男にはわからない。流石にそこまでの余裕を怪物は許してはくれなかった。
だが、ガランゴルムも今は弱っている。この様子なら捕獲も可能だ。ここは捕獲で手早く終わらせるべきか――。
男が捕獲の立ち回りに切り替える――よりも先に、状況は動いた。
「く、回復を…! ――しまっ」
フィオレーネの声が耳に響く。跳躍したガランゴルムが距離を取ろうとしたフィオレーネの背後に降り立つ。そのまま叩き付ける拳をフィオレーネは避けられなかった。吹き飛ばされ、城の残骸へと伸びる橋の下へと落ちていく。
男は咄嗟に判断し、ハンターの責務を優先した。
自ら囮となりガランゴルムを誘導し、罠に嵌め麻酔玉で眠らせる。ガランゴルムが昏睡したことを手早く確認し、橋の下へと飛び降りた。
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フィオレーネは、せせらぎの中で目を覚ます。見覚えのある場所だ――メインキャンプ。自らは寝台に寝かされており、傍らには椅子に座った「猛き炎」。落下した自分をここまで運んできたのだろうと推測した。
「すまない。手間をかけさせてしまった。――ガランゴルムは?」
男は「捕獲した」と手短に伝える。フィオレーネはひとまず、胸を撫で下ろした。近隣の村を襲う脅威が一つ減った。それは純粋に喜ばしいことだ。
だが、
「ありがとう、やはり貴殿と共に来てよかった。そして、重ねてすまない。今日の私は…足手まといだっただろう」
男は首を横に振る。フィオレーネにはそれが慰めである事がわかる。
「慰めは無用だ。――分かっている。まさか、ここまで集中が欠けるとは思わなかった……」
男は何があったのかと問うた。その口ぶりでは、狩りに出る前から懸念があったように聞こえたからだ。
フィオレーネは少し逡巡していたが、観念したように口を開く。
「この期に及んで、貴殿に隠し立てるは不義理になるな。――私には、キュリアが寄生していた。無論それは既に治療を終えている。だが、後遺症のようなものが、残っていたのだ」
男の顔色が蒼く変わる。フィオレーネは慌てて手を振った。
「い、いや! 貴殿が想像するほど深刻ではない…、否、既にこれだけの醜態を晒した以上、軽くはないな。…ああ、ありがとう」
男が不安げに差し出した茶にフィオレーネは口を付ける。温かい茶で口を湿らせ、改めて開く。
「狩りに出る前にタドリ殿に診てもらったのだが、今の私は、キュリアの本能が思考に溶け込んでいるらしい。即ち、精気を吸い、喰らうこと。普段は意識もしないほど弱いが、今はそれが強く表面化している、と。他の事が手につかなくなるほど。――先のように」
フィオレーネは両手で握った湯呑みをくるくると回しながら、バツが悪そうに続ける。残った茶に薄く映る自身の顔は、酷く疲れていた。
「いつ治るかはわからない。時間経過で治まるのか、あるいは治まらないやもしれない。ただ、有効と思われる対処法だけは教えてもらった。……………」
フィオレーネはそこで言葉を切る。男は黙して、しかし眼差しでその続きをせがむ。
フィオレーネは頬を少し染め、一度視線を外し…やがて、意を決して目を合わせる。
「その、なんだ……強い精気を、取り込むんだ。命の源と言ってもいい程に濃いものを、キュリアの本能が満足するまで。それで一時的には治まる…筈、らしい」
「………」
男は考え、そして何か閃いたように人差し指を立てる。自分のアイテムポーチを漁り、一本の瓶を取り出した。
ゴトッ(回復薬グレート)
「…いや、そういうのではなく」
ゴトッ(元気ドリンコ)
「だからだな」
ボスッ(生命の大粉塵)
「……貴殿、もしや私をからかっていないか?」
男は慌てて首を横に振る。フィオレーネは反射的に立ち上がりかけた腰を下ろし、ため息をついた。
「はぁ…。その手のものは私も試した。市販薬・調合薬では効かないからモンスターの素材も口に含んだよ。……だが、だめだった。精々が、ほんの一時気分がマシになるだけ…。根本的な解決には至らなかった。タドリ殿が言うには『鮮度が足りない』らしい」
フィオレーネの辛さを理解しようとする傍ら、ハンターは頭に疑問を浮かべていた。
不調を押して狩りに出たこと、それに自分だけを連れてきたこと。
不調ならば無理に狩りに出るべきではないし、それでも出るなら戦力は多いほうが良い。ガランゴルムは王域三公の中ではまだ御しやすい部類だったからなんとかなったが。
ハンターが口にした疑問に、フィオレーネは少し瞑目し、答えた。
「不調を押したのは、貴殿のように戦闘の中でこの症状が改善できないかと期待したからだ。結果は…見ての通りだが。傀異化という異常事態を引き起こすほどに、キュリアの変異は活発だ。私の中に溶け込んだキュリアも、何かしらの変異を起こしていたのかもな…」
「そして、貴殿だけを連れたのは、その期待が潰えた時のための最後の手段だ。できれば避けたかったが……結局、タドリ殿の仮説が正しかったのか…」
フィオレーネはそう言って、寝台の上で居住まいを正す。
「カムラの里のハンター、『猛き炎』よ。私を―――抱いてはくれないか」
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男は口を大きく開け、酷く狼狽えた。フィオレーネはハンターが慌てふためく様を見て、目を逸らしていた自分の行いの恥ずかしさを思い知らされた気がして、居ても立っても居られず立ち上がる。
「そ、そこまで取り乱すか!? ここまでの会話の流れで大凡察しても良いはずだろうに!」
勢いよく立ち上がったフィオレーネは、立ち眩みを起こしてふらりと崩れ、寝台に手をついてへたり込む。男はフィオレーネを支えるべくあたふたと手を動かすが、フィオレーネに制されて椅子に腰を下ろす。
「……タドリ殿が、言っていたんだ。精気を吸うという観点で一番効率的なものは……その、
顔を少しそむけ、頬を赤く染めて若干口ごもりながらフィオレーネは話す。ハンターは何も言えなかった。
「モンスターの生き血でもダメならば、最後の手段はそうなる、と。だから、これは、れっきとした治療行為であり、やましい意図は無い…んだ」
ハンターは努めて冷静に考える。フィオレーネはエルガドの貴重な戦力であり、先のような注意力散漫な状態のままにするのは大きな損失だ。どうにかできる手段があるなら取るべきであり、そもそもフィオレーネは言うまでもなく美人だ。彼女と褥を共にできるのは、男として光栄と言って良い。
だが、ハンターには懸念があった。首を縦に振る前に、それを聞かねばならなかった。
それは、「何故、自分なのか」ということ。
エルガドに男性は複数いる。それこそフィオレーネの身体を診たタドリでも、あるいはバハリでも、候補はあったはずだ。その中で、何故他所の国…もとい里の人間である自分なのか。
「……こういうことを言う女を相手に別の男の話をするのは、礼節がなっていないとは思わないのか」
フィオレーネはジト目気味の視線をハンターに向ける。しかしハンターとて真剣だ。フィオレーネはやがて観念した。
「タドリ殿には先んじて断られたし、バハリとは…
「俺との関係は変わっても良いのか」。ハンターは率直な疑問を投げかける。
「~~~っ! み、みなまで言わせる気かっ! 貴殿は戦友だが、それ以上に…恩人なのだ! キュリアに侵された私の命を助け、ガイアデルムの脅威からエルガドを救い、ひいては王国を守った! その全ての中心には、貴殿の功績がある! ――そんな相手に、異性として惹かれることが…どうせ抱かれるのなら貴殿にと思うことが……そんなにおかしいかっ!?」
フィオレーネは耳まで赤く染めて、半ば怒鳴りつけるようにハンターに秘していた胸の内を明かす。男は完全にあっけに取られていた。あの質実剛健の体現のようなフィオレーネが、乙女のように自分を慕っていたとは。
「………いや、貴殿の気持ちを無視した、独りよがりな発言だった、な。嫌ならば、それで構わない。何か、別の方法を考える…」
ふらりと立ち上がり、フィオレーネはキャンプの外へ歩き始める。ハンターは何も言わず、ただ――フィオレーネの手を掴み、引き止めた。
フィオレーネは、一瞬身体を震わせ、振り返る。男の眼差しは真剣そのものだった。
「……良い、のか?」
男は、首を縦に振る。フィオレーネは踵を返し、立ち上がった男と見つめ合った。
「……その、今更言うのも何なのだが、私はこういった経験が無い。ので……お手柔らかに、頼む」