※この作品はR-18です。

朱き遺志に誘われて   作:東雲。

8 / 11
前回のおまけ投稿から約1年経ち、なんかまたフィオレーネさんで書きたくなったので全4話の後日譚です。
エロシーンは2、3話目。

キュリア騒動も全部終わった後を想定してます。


後日譚:平穏の傍らで(1)

 キュリアの異変の収束宣言が発され、観測拠点エルガドがその主たる役目を終えて一ヶ月が経った。

 交易の中継点として船乗りや商人に宿を出す、城塞高地の城跡地のハンター同伴ツアーが企画されるなど、観光地を持つ港町としての形に姿を変わり始めている。

 

 それ故、観測拠点の要として留まっていた人物達も概ねこの地を引き払うこととなった。それはガレアスやフィオレーネなど王国の者たちは勿論、カムラの里のハンターも例外ではない。

 

 男は今は里に戻り、エルガドに赴く前と変わらぬ日々を過ごしていた。人々に害をなすモンスターの報告があれば、行ってこれを狩猟し帰る。暇な時は自己鍛錬や休息に努め、己の役目に忠実に、ストイックに生活していた。

 意図せぬままに高まってしまった勇名に、『すわ数多のハンターズギルドから引っ張りだこになるのでは』と危惧していた里の者もいたが、今のところはそういうこともなく比較的平穏な生活を続けている。

 

 今日もハンターはオロミドロの狩猟を終えて里に戻ってきていた。大怪我こそ負わなかったものの、鎧の隙間で泥が固まって動きづらいし気持ち悪い。キャンプで簡易的に洗い流しはしたが、細かいところはアイルーに任せた方が良い。ハンターは日の暮れかけた通りを歩き、まず自宅に戻ることにした。

 

 鎧を脱いで洗濯をルームサービスに依頼し、風呂に入って身体や髪に付着した泥を落とす。髪の中で固まった泥は厄介極まりなかったがどうにか全て洗い流し、ようやくさっぱりした男は自室に腰を落ち着けた。

 

「………ふう」

 

 差し入れのうさ団子を頬張りながら人心地つく。度重なるキュリアの変異に追い立てられるような生活を切り抜けての平穏は、ありがたいと感じる反面―――少しばかり、退屈でもあった。

 

 寝台の横の提灯に火を灯し、暖かい光を眺める。こういった時間が許されるのも平和を取り戻した特権なのだろうが、男の脳裏には、エルガドで出会ったかけがえのない人たちの顔が順繰りに過ぎっていく。

 ガレアス、アルロー、チッチェ嬢、バハリ、タドリ、ルーチカやジェイ。

 そして。

 

「フィオレーネ」

 

 男は、ぽつりと名前を零す。

 彼女の事は、とりわけ記憶に強く残っていた。知るべきではなかったかもしれない一面まで含めて。だからか、この一月の間に会いたい気持ちが少しずつだが強まっていくのも感じていた。別にもう二度と会えないわけでもなし、男が少々里を離れるくらい、里のみんなは笑って許すだろう。

 だが、過日のアマツマガツチの例もある。ハンターは自分が里を空ける事に、一抹の不安を覚えていた。

 同様に、フィオレーネを里に呼びつけるような真似も彼にはできない。

 

 けれども心の声にいつまでも蓋はできない。平穏の日々は、ハンターに里の外へ出るための心の準備を、無意識下で進めさせていた。

 

「………よし」

 

 ハンターは重い腰を上げる。流石にインナーで出歩く訳にもいかないので別の装備を身に着け、自室を出て左手側に足を向けた。

 

 『フィオレーネに誘われてもいたし、長めの休みを貰って王国に行ってみようか』

 『里を離れるのに抵抗はあるが、ウツシ教官達とすぐに連絡が付くようにしておけば不足の事態にも対応できるだろうか』

 『ロンディーネに頼めば色々と手配してくれるだろうか』

 

 そんなことを考えながらハンターはロンディーネの元へ、オトモ広場へと足を運んだ。

 

 

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 夕暮れ時のオトモ広場。

 アイルーやガルク達は休んでいたところなのか、各々が広場や樹上で思い思いに過ごしていたが、ご主人を見て嬉しそうに手を振る。それに軽く返しつつ交易所へと歩いていくハンターは、ちょうど王国からの商船が停泊しようとしている様子を目にした。ロンディーネはハンターに背を向けて、停泊を見守っている。

 『今日の交易品はどんなものだろうか』。本来の目的を束の間忘れて船の上を見上げたハンターは思わず、息を呑んだ。そこにいるはずのない者の姿が見えたから。

 

 

 その顔立ちを見間違えるわけはなく、何よりその紅い軽装鎧を身にまとう女性を、男は一人しか知らない。

 

 

 茜の陽光を横顔に浴びながら何かを探すように見回していた彼女は、ハンターの視線に気づいたのか目を下に向けて一瞬驚き、直後に喜色満面の笑顔を浮かべた。

 

 ハンターは手を上げて名前を呼ぼうとしたが、その前に彼女が動いた。甲板の縁に足を掛け、勢いよく跳躍する。

 数メートルの高低差とその倍近い距離をものともせず一足飛びで―――ハンターへと一直線に。

 

「『猛き炎』ーーーっ!!」

「姉上!?」

 

 突然の奇行に目を見開いたロンディーネは、頭上を飛び越えた姉を追って身体ごと振り返る。その先には飛び込んでくるフィオレーネを抱きとめ、一回転して勢いを殺し地面に下ろすハンターの姿があった。

 フィオレーネは少しの間、噛み締めるようにハンターの胸に顔を埋めて腕の中に納まっていたが、パッと顔を上げて腕を払い一歩下がる。

 

「会いたかったぞっ! まったく、事が済んだら王国に来るようにあれほど言っていたのに、ろくに便りも寄越さないとは何事だ! 痺れを切らして私の方から来てしまったではないか!」

 

 怒っているような言い草と態度だが、その声音も表情も再会の喜びをまるで隠せていない。堪えきれず吹き出したハンターにフィオレーネは憮然とした表情に変わる。

 

「貴殿、なぜ笑う? 私は怒っているのだが?」

 

 今度は真面目に怒っているらしいフィオレーネに、ハンターは『すまなかった』と素直に謝る。加えて『こちらも行こうかと思っていたところだった』、とも。

 それを聞いて機嫌を直したらしいフィオレーネは、安心したような笑顔に戻って、

 

「そうか、ならば入れ違いにならなくてよかった、としておこうか!」

 

 とハンターの肩を強めに叩く。男は目を白黒させてフィオレーネを見るが、彼女は既に居住まいを正していた。

 

「さて、旧交を温めるのは一旦ここまでにしておこう」

 

 気安い態度はそこまで。表情を引き締めたフィオレーネがハンターと改めて向かい合う。

 

「妹から多少は聞いているが、まだこちらの土地勘はない。里を案内してもらえないだろうか? 里長殿や教官殿に、話を通さなくてはならないのでね」

 

 二つ返事で請け負ったハンターは少しだけ前に出てフィオレーネを先導する。里の方角へ歩く道すがら、ハンターはフィオレーネに事情を聞く。

 

「ん? いや、安心してくれ。そう何度も王国の危機は起きないし、よしんば危機(そう)だとしても、貴殿たちに頼り切りでもいられないさ」

 

 彼女は誇らしげな表情を浮かべる。その仕草一つ一つがハンターの中で『今、フィオレーネが目の前にいる』という実感を強める。

 態度にこそ出さなかったが、胸に来るものがあった。

 

「今王国では、騎士団の技能向上にカムラの里の狩猟技術を取り入れる事ができないかと考えられていてね。私はその教官となるための勉強に来たんだ。さしずめ、留学生というところか」

 

 フィオレーネは上機嫌に、鼻を高くして話している。王国の未来に関わる重要な任務だ。それに携わる事ができる栄誉に、やる気が満ち溢れているのだろう。

 

「私も私自身が扱う武器の範疇に限れば扱えてはいるが、それを他人に教えるとなるとまだまだ習熟が足りない。ましてやウツシ殿のようにすべての武器と鉄蟲糸技を扱いこなすに至っては今の私には到底不可能だ。なんなればウツシ殿を王国に招聘したほうが時間もコストも掛からないだろうが……」

 

 フィオレーネは一度言葉を切り、後ろを振り返る。ハンターもつられて振り向けば、こちらを見守るロンディーネの姿があった。

 

「まあ、諸事情あってな。里との良好な関係を維持することは、短期的な成果以上の価値があると判断された。だから私は焦る必要なく、じっくりと教官殿に教えを請えるというわけだ。もちろん里長殿に全て話し、許しを得てからではあるが……これからは貴殿と同じ門弟になる予定だ。弟弟子として、よろしく頼むぞ?」

 

 ハンターは『気が早いな』と小さく笑う。だが、それは静かな喜びを覚えての笑みだった。あるいはエルガド(あれ)きりで終わっていたかも知れない日々が、もう少し……いや、もうしばらくは続きそうだ。

 フィオレーネと切磋琢磨し技を競い合い、共に狩猟に赴く。その生活は想像しただけで楽しそうだった。

 

 

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「……はぁ」

 

 妹は小さくなっていく姉の陰を見つめて小さくため息をついた。

 

 ロンディーネは、フィオレーネとハンターの裏の関係を知っている。今回フィオレーネに与えられた任務も、他ならぬフィオレーネが方方に少なからず無理を言ってねじ込んだものなのだ。

 エルガドに赴く前は騎士という概念が服を着ているようなものだった彼女にそこまでさせる理由が――王国の未来の為であるのも真実には違いないが、元を正せば――たった一人の男のためとあれば、今後が多少不安に思えるのも無理からぬことだった。

 

 だが姉の人生は姉のものであり、自分がどうこう言うべきものではない。それに、剣を捧げた王国と、心が愛するカムラの里との繋がりが強まるのであれば、それは彼女にとっても好ましいことだ。

 この上より密接な―――王国の誰もが、更には他国から見ても強い関係をアピールできるような出来事があれば。

 

 例えば―――カムラの英雄と王国騎士の婚姻、とか。

 

「……ふっ」

 

(流石に、気が早いか?)

 

 ロンディーネは苦笑しつつ、くっつきたいのを隠すようにハンターと距離を保って歩くフィオレーネの後ろ姿を見送った。

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