〜その晩〜
緑川影明たちがヴァルハラで解散した晩、
学園からの帰り道である男が毒づいていた。
黒岩源氏「クソがっ!ヒカルめ!調子に乗り
やがって!」
木原貞夫「ちょっと坊ちゃん!あまり目立つ
行為はしない方がいいですよ!」
この男は黒岩源氏。学園で有名な不良であり、
数々のトラブルを起こしている問題児で
あった。
と、言っても学園高等部始まって以来の
一番のトラブルは影明たち(実際は影明たちは
何もしていないのだが)が起こした屋上の
扉を大きく凹ませるほどの損傷を起こした
事件なのだが、影明はそのお人好しさから
近隣住人の評判はとても良好であり、
結果、それが学園への多大な評価向上に
繋がっているため、影明は学園内では
まだマシな部類である。
ちなみに、"まだ"という意味は影明は
その世話焼きな性格からしょっちゅう
学園には遅刻してくるわ、小テストの
結果も散々たる有様であるから、エリート
学校としての側面もある学園としては
まさに成績面で恥晒しと言える。
その点だけで言えば、まだ黒岩源氏の方が
マシではある。
紅藤優は完全な優等生という立ち位置で
学園の成績も常に上位5位以内に入る
まさに才子と呼べる。
そのため、影明よりもさらに学園の評価は
高く、最初の事件のことなど完全に
不問のような状態である。
それらに比べ、黒岩源氏は主に女生徒への
セクハラを中心とした悪質なトラブルが
絶えず、成績も影明ほどひどくはないが
補習の常連であり、しかもその補習だって
サボって出ない事も山ほどだ。
その点、影明は真面目に補習に出てくる
だけまだマシと言える。
そんな有様であるため、源氏は中等部から
学園の落ちこぼれの不良という立ち位置に
定着しており、中等部時代から何度も退学
勧告を受けてきている。
しかし、黒岩家は綾風の遠い親戚のような
もので、いわば分家にも当たる。
いわば、それなりに力を待った名家である
他、父親の黒岩昭三は独自に大物政治家との
パイプも持っており、それが学園の運営にも
大きく関わっているのだ。
そのため源氏が退学処分をくだされる不祥事を
起こしても、父親の昭三がそれを揉み消したり
実際退学勧告を受けさせられたとしても、
その勧告を取り下げさせて来たのだ。
この源氏が買収して小間使いのように扱っている
木原の覗き事件も同様に、黒岩家に揉み消して
もらっているのだ。
そもそもこの木原も同様であり、中東部から
女生徒への盗撮等で何度も解雇通知を勧告
されて来ているのだが、そのたびに黒岩家に
取り下げてもらっているのだ。
そのために、この木原という清掃員は黒岩の
嫡男である源氏に頭が上がらず、悪事に
加担させられ、良いように使われて来ていた
のだ。
源氏「そういや今日は緑川は来てなかったな」
源氏がポツリとそうつぶやく。
木原「はぁ、あのガキですかぃ?確かに来て
なかったように思いますが、最近の坊ちゃん
は何か変ですぜ?
中等部からあの姫野ヒカルを執拗に狙って
いたのに、今はあの緑川ってガキに執心
なさってるような気がしますぜ。
…なんだってあのガキをそんな目の敵に
してるんですかい?」
源氏「……」
木原の言うように、源氏は影明にかなり
執心している。それこそ、ずっと手篭めに
してやろうと中等部から執心していたヒカル
をもそっちのけにするほどに。
初めは影明はただのバカで落ちこぼれの
下人、と言う程度の認識でしかなかった。
だが、たまに出る補習で影明が毎回いた
ために、影明の方から源氏にウザ絡みとも
言えるほどに接触して来たのだ。
顔を合わせるたびに遊びに誘ってくる。
ヒカルを狙っているところを話しかけて来て
邪魔してくる。その上、そのまま延々と
くだらない世間話をしてこようとする。
何なら、補習常連つながりから
「俺たちゃ最強の相棒同士だああ!!」
などというバカ騒ぎに巻き込まれた事
だってある。
だが、源氏が影明に執心するようになった
理由は『別』だ。
源氏「別に…俺はあの野郎の偽善者っぷりが
心底むかっ腹が立つってだけだ」
木原「坊ちゃん?」
黒岩源氏の顔に暗い影が差し込んだ。
その普段見せない顔に木原は訝しむ。
源氏(そんなに人に好くしたところで、
最後に待っているのは裏切りなのにな…)
木原(……ま、坊ちゃんの言う偽善者風という
のには俺も納得いくけどな…)
木原も影明の事を思い起こしていた。
木原は評判の悪い用務員だけでなく、清掃員だ。
エリート学校である学園生から嘲笑とも蔑視とも
言える見下した態度は日常的に味わって来ている。
それは高等部になって、外部生が入って来てから
もそうだ。外部生は中等部からの学園生より
かはまだマシだが、彼らにも自然的というか、
心のどこかで見下されているような感覚を
味わってきていた。
木原自身、それは仕方のない事と分かっていた。
清掃員、つまり掃除するだけの誰でも出来る
ような職業に自分は就いている。
その上自分は格好も見窄らしい。
人間というのは心のどこかで自らよりも劣って
いる者を見つけたい生き物だ。
自らより劣っている者を見て、優越感を味わい
たいと、無意識に思ってしまう愚かな生き物だ。
『木原はそんな人間の本質をよく知っていた』
『特に、女はそれが顕著である事も』
故に、この男は潔癖なセイラに固執するのだ。
だが、影明はそんな木原の人生観には全く
当てはまらなかった。
影明にはそんな【見下されている】という
感覚とは無縁であった。
木原が掃除してるところを見かけたらいつも
「お疲れ様でーす!」や「いつもありがとう
ございまーす!」と言った労いの言葉をかけられ
果ては放課後の木原の清掃を手伝う事も
あり、清掃が完全に終わるまで残ってくれた
事だってあった。
木原は影明に会うたびに不思議さでいつも
調子を狂わされる。
だって、彼には侮蔑の感情など一切感じない
のだ。
真反対の、感謝や尊敬と言った感情をいっぱい
に感じるのだ。
日頃から、常に蔑みの感情をどこかで受けなが
ら生きてきた木原には全く馴染みのない感覚だ。
源氏「…おっと、もうこんなところか」
物思いに夢中になってしまっていたせいか、
2人はいつの間にか源氏の自宅、黒岩家に
到着していた。
木原「おっと、俺もつい物思いに耽っちまい
ました」
綾風の分家というだけあって、黒岩家の屋敷も
相応に豪奢であり、名家の名に恥じぬ佇まい
である。
源氏「おい、帰ったぞ。……おい、出迎えは
どうした?使用人ども!黒岩の嫡男である
黒岩源氏が帰ってきたんだぞ!」
扉を開けた源氏を迎えに来る者は誰1人として
いない。いつもなら使用人の誰かがこちらに
迎えに来るのにだ。
源氏「……?どうしたんだ?留守か?」
木原「ぼ、坊ちゃん…何か、家の中の様子が
変じゃありませんかぃ?」
源氏「なんだと?」
木原「何というか……どうも嫌な空気が漂って
いるというか……」
そう言う木原の言葉はまさに的を射ている。
家の中は不穏な空気で充満している、物々しい
雰囲気だ。
源氏「気のせいだろ。親父ー!藤悟ー!
どこだ!返事をしろ!」
木原「藤悟坊ちゃんは外出の予定ではなかった
ですっけ?」
源氏「あぁ、そう言えばそうか」
源氏は玄関から上がり不穏な空気に満ちた
屋敷内を臆せずズカズカと廊下を歩く。
行き先は書斎だ。父親の昭三はいつもそこに
いるからだ。
木原「あ、待ってくださいよ!坊ちゃん!」
木原も慌ててその後を追う。
源氏「親父!いないのか?」
源氏が書斎を開け放ちながら、声をかけると
そこにはいつものように豪奢な机を前にして
椅子に腰掛ける父親、黒岩昭三の後ろ姿が
あった。
黒岩昭三「おぉ…源氏か?もう帰ってきてたのか」
源氏「何だ…いるじゃねえか。だったら返事
ぐらいしやがれ」
昭三「すまんすまん。そんな事よりも、良い話が
あるんじゃ。源氏や」
源氏「……あ?良い話だと?」
昭三「そうじゃ。生徒会のメンバーたちを手篭め
出来るとても良い話がなんじゃよ」
源氏「…ほう?」
源氏はその話に興味を抱いた。セイラとユキには
興味なんて無いが、ヒカルを手篭めに出来るので
あればそれは源氏にとっても旨い話だろう。
源氏「で、その良い話って何だよ」
昭三「あぁ、それはじゃな…」
そう言った昭三は不気味さで満ちているように
源氏は感じた。更にその後、無言のまま
背を向けている昭三に源氏の心に気味悪さを
より増していく。
源氏「…?何だ?どうしたんだ?親父、そんな
黙り込んで……」
あまりの不気味さに源氏が昭三に声をかけた
その時ーー
木原「な、何だお前…ひぎゃあああああ!!」
後ろについていた木原が甲高い叫び声が
源氏の耳をつんざいた
源氏「な、何だ!?どうし…ひっ!?」
その声の方向に源氏が振り向くと同時に
短く軽い悲鳴を源氏はあげた。
何故なら…得体の知れない肉塊が木原を
包み込んで襲っていたからだ。
木原「ぼ、坊ちゃん!た…助け……ガボボボ」
木原が助けを求める間もなく、得体の知れない
その肉塊は木原を飲み込んでいった。
源氏「な、なんなんだ!?一体何が…」
昭三「【良い力】じゃよ。源氏や」
あまりの事態に源氏が怯え、ガタガタ震えて
いると、昭三はいつの間にか源氏の後ろに
立っていた。
源氏「お!親父!?いつの間に…ひいい!!?」
振り返った源氏が父である昭三の顔を見た瞬間、
源氏は恐怖のあまり声をあげて、尻もちをついて
しまった。
恐怖に震え上がる源氏の瞳に映していた昭三は
顔半分が、昨晩渋谷で聖徒会たちが相対した
蜘蛛型妖魔の顔であったのだ。
昭三は蜘蛛型妖魔に襲われ、取り憑かれて
しまっていたのだ。
源氏「ひ!お、親父!?何なんだ!?
その顔は!?」
昭三「源氏や、怖がる事はないぞ?この力は
素晴らしい。この妖魔の力があれば、愛しい
ユキお嬢様をこのわしの手に… そして、ワシを
路頭に捨ておった綾風にも復讐出来るものじゃ!
ヒーヒッヒッヒッヒッヒッ!!」
源氏「お、親父…?何を…?」
この黒岩昭三は無理矢理取り憑かれたわけでは
無い。最初に襲われた時は源氏と同じように
恐怖で怖れ慄いていたが、蜘蛛型妖魔が取り憑いた
その時、この蜘蛛型妖魔と同調したのだ。
この蜘蛛型妖魔はそもそも綾風ユキを特に気に入って
いた。そこに昭三の意思が合致したのだ。
この昭三という男は元々は綾風に仕えていた使用人
であったが、その性根は『歪んでしまって』おり、
まだ幼いユキに並々ならぬ歪んだ欲情を向けていた。
そして、ユキが発端である『ある事件』が原因で
綾風家当主から追い出され、綾風に対して恨みを
抱いていたのだ。
最もユキには非は全くなく、悪いのは完全に
昭三であったため、その恨みは逆恨みも甚だしい
のであるが。そういった点もこの昭三の性根は
腐っているだろう。
しかし、綾風から追い出される前に、昭三は綾風の
得意霊能技術の一つである占術を盗み出した。
その占術を用いて、自らの経済戦略を占い、
リスクを回避して確実にリターンを獲得した事
により、昭三は1代にして黒岩家を資産家の
仲間入りに出来るほどに大きくしたのだ。
そして今、積年の綾風への恨みを晴らす時、
そしてずっと狙っていたユキを我が物とするために
黒岩昭三は妖魔に魂を売ったのだ。
昭三「源氏や、お前も妖魔の力を受け入れるのじゃ。
お前はバルムス様の器となるにふさわしい」
蜘蛛型妖魔の思念が入り混じった昭三の声が源氏の
耳に響く。
その時、源氏の背後から木原とはまた別の肉塊が
襲いかからんと待ち伏せていた。
源氏「お、親父…!?ひぎっ!?うわああああ
ああああ!!!!」
そのまま背後から
なすすべもなく悲鳴だけを残す。
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バルムス「くく、確かにこいつの邪悪さは
良いものだ」
蜘蛛型妖魔「バルムス様、お疲れ様でござい
ますじゃ」
乗っ取りを済ませたバルムスは実に機嫌良さ
そうに『完全に近い』復活を果たした。
バルムス「初めはこの男も抵抗していたがな、
俺の中にあるあのガキ、あぁ、こいつの記憶に
よると【緑川影明】と言ったか?
その憎悪ををこいつが感じた時、一転してこの俺に
協力的になりやがった。
クックック…どうやらあのクソガキはやたらと
人間どもに恨みを買っているようだな…」
蜘蛛「そうなのですか?わしの宿主のこの昭三という
男はそんな事はなさそうなんじゃが…
じゃが、わしとしてもその方が好都合ですなぁ!
あのクソガキはわしも腹が立って仕方ないです
からな!」
蝙蝠型妖魔「俺も同感だぜ」
木原に取り憑く事を完了させた蝙蝠型妖魔が
便乗するように話しかけてきた
バルムス「ふん、お前も乗っ取りを完了させたか。
蝙蝠」
蝙蝠「おかげさまで。この木原貞雄という男も中々
良いですよ!俺が狙っている金髪シスターにかなり
執着してるようで…
だが、俺もそれは後回しだ。まずはあのクソガキぃ!
緑川影明を苦しめてやるのが最優先だ…!」
ヴァルク「グクククク!準備は出来たようだな?
バルムスよ」
その時、妖気を通じてヴァルクがバルムスに思念
を飛ばして話しかけてきた。
バルムス「ヴァルクか。あぁ、『ある1点』を除けば
完全に本調子に戻ったぜ」
ヴァルク「良かろう。では、早速貴様の策した作戦を
実行に移す!早く戻ってこい!」
バルムス「あぁ、分かったよ」
ヴァルクは手短に確認と作戦実行の合図を終えると、
交信を切った。
バルムス「……ったく、ノータリンが急かしやがって!
失敗しやがるんじゃねえぞ…!」
バルムスは毒を吐きながら、慌ててヴァルクが潜む
隠れ家へと足を急がせたーーー
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〜綾風本家〜
ユキ「ふふ…/」
ユキは帰宅した後、ずっと愛おしそうに自らの
スマートフォンを眺める。
ユキ「影明さんの…連絡先♪」
ユキは意中の相手、影明の連絡先をゲット出来て
とてもご満悦であった。
ユキ「…早速、影明さんに何か連絡しよう
かしら…… いえ、まだ仲良くなって日が浅い
というのに、いきなり何か連絡するのははしたない
でしょうか…… あぅ//」
ユキは影明への連絡先が映る画面を見ながら、悶々
と呻く。
ユキは今まで恋をした事がない。そのため、自分の
中にある甘い感情を処理出来ないのだ。
否、恋をした事が無いからこそ、自分の中にある
恋心すらも上手く飲み込めていない。
要は自分が恋をしている、という事を上手く理解
出来ていないのだ。
ユキ「……影明さんの事を考えると、心の奥が
ポカポカします…
ヒカルさんは私が恋をしてるって言いますけど…
やっぱりヒカルさんがいうようにこの感情は
影明さんへの恋、という事なんでしょうか…?」
はぅ、と息を漏らして顔を紅く染め枕に顔を
うずめる。
しかし、そんな甘いひと時は突如頭に響く邪悪な
思念より一瞬でかき消される
ーー聖徒会ども、聞こえておるか?ーー
ユキ「!?、この、声は……琴音…先生……!?
いや、違う…!」
頭に響く慣れ親しんだ声を聞き、ユキは自らの
恩師である琴音を思い浮かべるが、口調が
違う事、何より退魔の師である琴音から感じる
事などないはずである邪悪な妖気を感じる
事により、琴音ではない事を看破した。
ユキが警戒を露わにしていると、その声の主は
すぐに自らの素性を明かした。
ーー俺は妖魔王ヴァルク。妖魔大王様より
妖魔の一角を任ぜられておる王の1人よーー
ユキ「妖魔王…ヴァルク……?それに、【妖魔大王】
ですって…!?」
ーー今、貴様らの師である白鳥琴音の頭を
通じて貴様らの頭に直接思念を飛ばしておるわ
……これがどういう事か分かるな?ーー
ユキ「まさか……琴音先生奴らにつかまって…!?」
ユキ(そういえば…今日琴音先生は教室に来なかった
……。最後に会ったのは私たちがショウくんを救出
する時に出て行った時……。
琴音先生は確か、新宿方面に向かって行った…)
ユキは自らの思慮の足りなさに歯噛みする思いを
抱いた。今日来なかった時点で気付くべきだった。
否、気付かなければいけなかったのだ。
それを自分は影明の容体が気になる余り、琴音を
気にする冷静さを完全に欠いてしまっていた。
この事実に対してユキは自らの思慮が浅い事を
認めざるを得ない。
ーーこちらから一方的に思念を飛ばしておるから
貴様らの返事も反応も分からん。
だが、これだけは伝えておくぞ!!
この女退魔士の命が惜しくば渋谷の○○地点まで
来るがいい!!
1時間以内に来なければ、この女退魔士の命は
無いものと思えい!!
待っておるぞ?聖徒会どもよ!!
フハハハハハハハハハ!!!ーーブツリ
ヴァルクの高笑いがユキの耳に木霊しながら、
交信はブツリと途絶えた。
ユキ「っ!!」バッ!
その耳の木霊が消えるやいなや、ユキは携帯を
かけ、自らの服を戦闘服である巫女服に
量子変換させる。
携帯の連絡先はーー
ヒカル「もしもし!ユキちゃん!?さっきの
テレパス、聞こえた!?」
彼女らのリーダーである聖徒会の会長、姫野ヒカル
であった。
ユキ「はい!聞こえました!妖魔王と名乗る妖魔
が琴音先生を人質に取っていると!」
ヒカル「うん!その妖魔王は1時間以内に私たちが
来なければ琴音先生を殺すと言っていた!
琴音先生を助けにいかないと!」
ユキ「はい!もちろんです!琴音先生は私たちを
導いてくれた恩師。必ず助けに…」
???「そうはさせません」
部屋を飛び出したユキがその勢いのまま綾風邸を
飛び出さんとする…
その進行方向に一つの影が立ちはだかった。
ユキ「あなたはっ!?
ーーヒカルさん、申し訳ありません。先に向かって
もらいませんでしょうか?」
ヒカル「ユキちゃん?どうしたの?」
ユキ「すみません。少し家の事情が絡んでしまった
ようです。大丈夫です。必ず追いつきますから
安心してください!」
ヒカル「……分かった!先に行って待ってる!」
ユキ「はい!ありがとうございます!」
ピッと携帯を切ったユキはさて、とばかりに
目の前の人物に声をかける。
ユキ「……何のつもりですか?ミユキさん。
先ほどの交信は聞こえていたでしょう?そこを
退いてください」
そうユキが【ミユキ】と呼びかけたユキそっくり
の人物はーー
何と、綾風の技術により生み出されたユキの
クローンであった。
と言うのも、ユキの中には綾風の魂の遺産とも
言える綾風家の霊力の源泉、【霊核】が
存在している。
この霊核はユキが5歳の頃、綾風家の現当主で
あるユキの父親から受け継ぎ、以降ユキがこの
霊核を保持してきた。
こうした幼い頃から霊核を受け継がせた理由は
霊核の霊力は膨大であり、尽きる事のない無限
霊力の源泉であるため、肉体にかかる負担も
莫大なものであるため、幼き頃から永い時間を
かけて身体を霊核に慣らさなければならないのだ。
加えてユキは退魔士が生まれつき持つ霊力量で
見ても永い綾風の歴史でも類を見ないほどの
莫大な霊力の持ち主であり、その霊力量は
霊核の貯蓄した霊力量すらも上回るほどだ。
そのためなおさらその莫大な霊力は宿主である
ユキ自体にも相当な負担をかけることになって
いるのだ。
そんな綾風の歴史そのものと言えるほどに
霊核は重要な財産であるため、霊核を
失ってしまうなどという事があっては
ならない。しかし、ユキは生身の人間だ。
ならば不慮の事故や妖魔との戦闘で命を
落としてしまう可能性は十分にある。
そのために生み出されたのがミユキだ。
ミユキはユキの魂をベースとして生み出されて
おり、ユキがこの世に誕生した時と同じくして
綾風の技術により生み出された、いわば肉人形
のようなものだ。
現在の宿主であるユキが死しても大丈夫である
ように、綾風は霊核の保存先、いわばバック
アップがミユキであるのだ。
しかし、それはあくまで【最悪の場合】。
ミユキ本来の役割と言えるのはユキの身体に宿る
霊核の調整期間中のユキの代行役
そしてもしもの時の影武者ーー
ーーだからこそミユキが今ユキの前に立ち
はだかるのは……
ミユキ「えぇ、聞こえていましたとも。お嬢様。
だからこそ、お嬢様を行かせるわけには
いきませんね。
私の役割はご存知でしょう?
敵はかつてないほどの強敵です。
綾風の次期当主であるお嬢様を失う訳には
いきません。
だからお嬢様、今回は私が行きます」
ミユキが諭すようにユキに物を申すが
ユキは依然退くような素振りなど微塵も
見せない。そして、どこか寂しいような
虚しいような表情を浮かべながら
声音に冷たさを灯らせ切り返した。
ユキ「私?私の中の【霊核】の間違いでしょう」
ミユキ「…分かっていらしてるならお嬢様、
なおのこと私とお代わりください。
その霊核は綾風の歴史そのもの。何にも
代えることなど出来ない財産なのです。
それはお嬢様もご承知してらっしゃる
はずですよね?」
ミユキのそんな言葉を受けてユキは「ほら、
やっぱり…」とボソリと寂しげに呟く。
そして、すぐさまミユキに言葉を返した。
ユキ「えぇ、私が幼き時に受け継いだこの
綾風の霊核の重要性はお父様に幾度となく
説かれてまいりましたから。
しかし、理解できませんね。妖魔が現れた
ならいつも私に「綾風の威厳として、何より
退魔士として」と言って私に出撃する事を
強要なさるのに、今回は私に待機するように
お命じなさるのかしら?」
ミユキ「…さすがはユキお嬢様です。私が
今こうしてあなたの前に立つのも私の意思では
なく、お館様のご意思である事を看破されて
おられましたか」
ユキ「当然です。ミユキさん。あなたはいつ
だってお父様のご命令で動いてきましたものね」
ミユキ「それだけお館様は今回の妖魔を危険視
なさっていると言う事ですよ。
…いいですか?今までの妖魔は強くとも【上等妖魔】
程度。お嬢様の敵ではなかったでしょう。
しかし、今回の妖魔は【妖魔王】と自ら名乗って
おりました。
…お館様はおっしゃられております。自分が現役で
あった頃より妖魔の体制も、力も変わっているの
かもしれない、と。
それに、あれほどの交信術を使用出来るのは並の
妖魔ではない事は確かです。
それこそお館様様が戦った【妖魔王ヴェゼル】並の
力の持ち主でないと行使してこなかったと。
…ならば、少なくとも先の妖魔はお館様が当時
お相手なされた【妖魔王】程度の力を持っている
事は明らかです。妖魔自身もそう名乗っていました。
明らかに今までの妖魔とは違う、強大な妖魔である
事は間違いない。
だからこそお嬢様を行かせるわけにはいきません。
それに、お嬢様は先ほどお館様のご意思と指摘
なさりましたが、これは私の意思でもあります」
ユキ「…?どういうことですか?」
ミユキ「私にとって、お嬢様は…… かけがえ
のない姉のようなものなんです。
確かに私はお嬢様のもしものための【代わり】
として造られた。綾風にとって私は都合の良い
道具なのは間違いないでしょう。
しかし、いや、だからこそユキお嬢様から魂を
いただき、姉妹同然のように育ち、本当の
姉のように思っておりますユキお姉様を
そのような危険な場所に送り出せるとお思い
ですか?
私は所詮は人形。私の代わりなどいくらでも
生み出せます。しかし、ユキお姉様は
ユキお姉様だけなんです。代わりなんていない。
少なくとも私にとっては……
だからお願いです!ユキお姉様!私とお代わり
ください!」
ユキはミユキのそんな言葉を聞き、愕然とする。
ミユキは表情の変化が乏しく、まさしく人形の
ような少女であった。
しかし、今こうして見るミユキの表情は自らを
本気で心配する妹の顔そのもの。
目尻に涙を浮かべ、いつもは機械のような声に
心配の念を灯らせるミユキを見るのはユキは
初めてであった。
もちろん、ミユキが自分をそのように思慕して
いた事も……
綾風ユキはふっと笑う。
ミユキの必死の願いはユキに不退転の決意を
更に漲らせてしまう結果となる。
何故ならばユキとて同じなのだ。
ユキ「ミユキさん。あなたが私をそのように
思ってくれていた事、心から嬉しく思います。
…ですが、なおさらその申し出は受けられ
ません。
私もミユキさんと同じなんです。生まれた時
を同じくして、魂を通じて一緒に育ってきた
ミユキさんは私にとっても妹同然のように
思っています。
妹に死地に行ってほしいなどと思う姉がいる
と思いますか?
だからこそ、思いの強さは私の方が上です。
私は妹であるミユキさんを案じているだけでは
なく、ヒカルさんやセイラさんの事も案じて
いるのですから」
ミユキ「…ふっ、それは愚答というものです。
ユキお嬢様。私はお嬢様の代わりとして学園にも
幾度となく参ったんです。
……私が姫野ヒカル様やセイラ・神無月様の事を
何とも思っていないとお思いですか?」
その言葉を聞き、ユキはふふ、と小さく笑う。
ユキ「……ならば、最早言葉は不要。
ミユキさん、ここは無理矢理にでも通らせて
いただきます!」
ミユキ「……それを私がさせるとお思いですか?
ユキお嬢様。
ミユキ!参ります!はあ!」
ユキ「てやああああ!!!」
そして、2人の間にそれぞれの呪符がぶつかり合い、
綾風の姉妹喧嘩の火蓋が切って落とされたーー
---------------------
ヒカル「…ユキちゃん、来ないね……」
ヴァルクに指定された場所のすぐ近くに
佇み、ヒカルはポツリと呟く。
セイラ「もうすぐ指定された時間になります
わね……」
セイラも同じく、ユキの合流を待っていた。
2人に刻一刻と決断の時が迫られる。
時間以内に指定された場所まで行かなければ
恩師である琴音の命はない。
それでも彼女たち2人はユキの到着をギリギリ
まで待っていた。
親友であり、数多の魔の戦場を駆け抜けてきた
戦友であるユキを置いて2人で強大な妖魔王の
元へ行くことは出来ることならしたくない。
3人はいつも一緒だったのだ。3人いるからこそ
勇気もとめどなく湧き上がってくる。
誰か1人でもかけてしまうと、その勇気に陰り
が生じる。ユキがいないのは2人とっても
この先の死闘に身を投じることに不安が生じて
しまうのだ。
しかし、もうそんな事を言ってられる状況では
ついになくなってしまったようだ。
セイラ「……ヒカル、行きますわよ。これ以上
ユキを待つ事は出来ませんわ」
ついに痺れを切らしたセイラがヒカルに出撃を
促してくる。
ヒカル「…いや、セイラちゃんもう少しだけ
待とう。ユキちゃんは必ず来るよ」
しかし、ヒカルはなおもユキを待つ事を告げる。
ヒカルは最早一刻の猶予すらなくなった時間の
中でも変わらずユキを信じているのだ。
セイラ「……ヒカル、もうそんな事を言い続け
られる状況ではなくなっていますわ。
それはヒカルだって理解しているはず」
セイラはヒカルを咎める。セイラの言っている事は
正論であり、そして最優先にしなければならない
事態だ。それでも、ヒカルはセイラに反論をする。
ヒカル「ユキちゃんを置いてこのまま妖魔王との
戦いに臨むなんてこと出来ないよ!
私たちはいつも3人一緒だった!それをユキちゃん
がいないまま妖魔王に挑んだら私たちはきっと
勝てない!3人が一緒に戦ってきたからこそ
私たちはどんな苦境も乗り越えて来れたんだよ!
それは琴音先生だって日頃から私たちに言って
きてたじゃない!
私はユキちゃんがここに来るのを待つよ!」
そんなヒカルのわがままとも言えるような
主張にセイラは真っ向から反対する。
それはヒカルの甘えた考えに喝を入れる
かのようだった。
セイラ「それではヒカル、あなたは琴音先生を
見殺しにすると言いますの?ユキが来ないから
と言って? 最早一刻の猶予すらなくなって
いるんですの!あの妖魔王は琴音先生を殺すと
宣言したからにはほぼ間違いなく殺しますわ!
もしそうなってしまえばヒカル、あなたは
間違いなく一生後悔することになるんですのよ!
それはユキだって同じことですわ!
ユキだって恩ある師を見殺しにするぐらいなら
自分を置いていってほしいと思うはずですわよ!
そして、それは私も同じこと!
ヒカル!もう決断しなければなりませんわ!
ユキを置いて、妖魔王の元に突撃しますわよ!」
ヒカル「………!」ギリ
セイラの鬼気迫る必死の叱咤はヒカルに苦虫を
噛み潰したような、苦渋に満ちた表情を浮か
ばせる。ヒカルとて分かってはいるのだ。
もう時間がないと。
ヒカルは恩師を救いに行きたい思いと、
親友を最後まで信じたい思いとで葛藤に苛まれる。
そしてーー
ヒカル「そう…だね…… もうこれ以上は待って
られないね… ユキちゃんを置いて私たち2人
で琴音先生を救いに行こう……」
実に苦々しく顔を歪めながら、セイラの提案を
受け入れたのだった。
セイラ「それでこそ聖徒会のリーダーですわよ。
……時には無慈悲な選択を選ばなくてはいけない
のですわ…。特に、私たちは【退魔士】なんです
から」
そう言うセイラの顔も苦みで満ちた顔であった。
セイラとて、戦友であるユキを置いていくのは
辛いのだ。
セイラ「さぁ…ヒカル、行きましょう。
奴は待ってはくれませんわ」
辛い感傷を振り切って、セイラが出撃を促して
くる。
ヒカル「……ユキちゃん…ごめん」
ヒカルも寂しそうに出撃をしようとする。
しかし、ヒカルが出撃をする、本当の寸前で
「待ってください!!」
声が響いた。
それは2人とって、戦場において最も身近で
聞き馴染みのある声であった。
セイラ「この声は!?」
ヒカル「まさか…ユキちゃん!!」
瞬間、2人は声のした方に振り返り、先ほど
までのもの悲しい顔は嘘のように晴らして、
咲き誇る花びらのような明るい笑顔を見せた。
シュタッ
ユキ「はぁ…はぁ…お待たせしてしまい、
申し訳ありませんでした……間に合って
本当に良かったです…!」
息を切らし、汗をびっしょりとかきながらも
ユキの顔は晴れやかであった。
強大なる敵との戦いに臨む2人に何とか間に合えた
事を心から喜んでいるのだ。
ヒカル「ユキちゃん!ユキちゃんなら必ず
来てくれると信じてたよ!!」
ヒカルはストレートにユキの到着を喜ぶ。
ユキ「えぇ、信じてくださりありがとうございます」
ユキもそれに喜びで返す。
セイラ「全く…あなたがあまりにも遅いので
置いていってしまうところでしたわ!
ヒカルがリーダーで良かったですわね?
私ならあなたの到着なんて待たずにさっさと
出撃していましたわよ?
ヒカルに感謝なさいな!」
セイラはつんけんとユキの遅刻を非難する。
しかし、口調こそキツイがその声音には棘はなく、
穏やかなものである。
素直になれないだけで、セイラも内心ではヒカルと
同じぐらいに喜んでいるのだ。
ユキ「はい。セイラさんもありがとうございます」
ユキはそんなセイラの心境を見透かしたかの
ようにふふっと笑いセイラに礼を述べる。
セイラ「なっ!?礼を言うなんて!ユキ!
ふざけていますの!?私はあなたがそんなに
遅れて来たことに憤慨しておりますのよ!
ちゃんと反省してらっしゃるんですのよね!?」
ユキのそんな言葉と表情にセイラは怒りを
示し、非難し始める
ユキ「えぇ、もちろんですとも」
ユキは和やかにはにかみながらあいづちをうつ。
ヒカル「もう、セイラちゃんそんな嬉しそうな
表情しながら怒っているなんて言っても説得力
なんて無いよ。
それにさっさと出撃してたなんて嘘だよね?
だって、セイラちゃんだってほんのついさっき
私に出撃を促すまでは自分からユキちゃん置いて
行こうなんて一言も言わなかったじゃん!」
セイラ「なっ!?ヒカルまで!!もう!私は
怒っていると何度言わせたら…」
ヒカル「はいはい!」
ユキ「うふふ」
そこには、いつもの3人の姿があった。
能天気に場を取り仕切ろうとするヒカル。
それに憤慨する素直でないセイラ。
そしてそれを穏やかに微笑ましく見るユキ。
2人だけだと、緊迫した状況に見合う重苦しい
雰囲気。
しかし、3人揃えば緊迫した状況に見合わない
楽しく、和やかな雰囲気。
だが、それこそがヒカル、セイラ、ユキ、
3人の絆の強さであり、数多の魔を退けた
最強の退魔士たらしめる力なのだ。
セイラ「それはそうとユキ、その服の破れは
なんですの? 明らかに誰かと戦った痕です
わよね?それ」
セイラにそう指摘されたユキは自らの装いに
気がつく。そして「あぁ!」慌てて霊力で
服の破れを直した。
ユキたちが今身に纏っている服は霊装飾と
いい、特別力の強い退魔士が霊力を用いて着装
出来る、いわば戦闘服だ。
であるので、ユキの身に纏う巫女服も霊装飾で
あり、霊力で出来ているので、霊力で服の
修繕も行えるのだ。
ユキ「す、すみません!急ぎすぎててつい
直すのを忘れていました…」
セイラ「…そういうことを聞いてるのでは
ありませんわ。一体誰と戦っていたのかを
聞いてるのですわ」
ユキ「……まぁ、姉妹喧嘩と申しますか…」
ユキは口を濁らせる。
ユキがここにいるのは勿論ミユキとの戦闘
に勝利したからであるが、2人はミユキの
事を知らない。
口でミユキのことを説明するのはかなり
ややこしい上、時間も要する。
そして、そんな時間などない事は明白であった。
だが、そこはセイラより昔からの付き合い
のあるヒカルが気を利かせる
ヒカル「…複雑な家の事情が絡んでるんだね。
いいよ!言いたくないなら言わなくてもいい!
ユキちゃんが今こうしてここにいるのは
間違いないんだから!」
ユキ「ヒカルさん……」
ヒカルの弁明にセイラは思うところはあり
つつも、一応の納得を示し、優先すべき
事柄に告げる。
セイラ「まぁ、いいですわ。それよりも
時間を食い過ぎましたわ。
早く妖魔王のところに向かって、琴音先生
を救出いたしますわよ!」
ヒカル「そうだね!一刻の猶予すらない!
セイラちゃん!ユキちゃん!行こう!」
ユキ「はい!」
セイラ「当たり前ですわ!」
ヒカルの号令で3人は妖魔王の潜む
渋谷の奥地へと急ぐのであった。
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そして、聖少女たちは妖魔王の元へ辿り着く。
目の前に7人の妖魔王の1人、ヴァルクが立って
いた。
ヴァルク「グックックック!随分と遅かった
ではないか?聖徒会どもよ。
怖気づいて逃げ出したのかと思ったぞ?」
妖気に満ち満ちた威圧を放ちながら
ヴァルクは声をあげる。
ヒカル「そんなわけない。私たちを導いて
くれた琴音先生を見捨てるわけないじゃない!」
セイラ「下賤な妖魔と、気高き退魔士を一緒に
しないでくださいませんこと?
お前たちごとき汚らわしい心を持つ邪悪に
私たちが怖れるはずがありませんわ!」
ユキ「皆さんの言うとおりです。琴音先生を
救って、ヴァルク、あなたを討ち滅ぼします!」
その威圧にヒカル、セイラ、ユキは勇ましく
言葉を返した。
しかし、ヴァルクの妖気を実際に身体で感じた
3人はそれぞれの心の中で緊張を高める。
ヒカル(これが……妖魔王…!なんて妖力なの…!)
セイラ(なるほど……そこいらの雑魚妖魔などとは
訳が違いますわ…… 自らを妖魔王と粋がるだけの
ことはありますわね…!)
ユキ(確かに……今まで相手して来たどの妖魔
よりも強大です……! しかし、妖魔王は…
いや、そういえば!!)
3人が緊迫する中で、ユキだけがヴァルクの素性に
疑問が生じ、交信に思うところがあったことを
思い出す。
その思うところをユキはヴァルクに尋ねる。
ユキ「あなた、妖魔王と名乗っていましたが、
私が過去、妖魔王と戦った事のある退魔士からは
その名は確か【ヴェゼル】と名乗っていたように
思います。
そして、あなたは交信の中で【妖魔大王】の名を
出していました。それと何か関係あるの
でしょうか?」
ユキのその問いにヴァルクは思い至ったように
目を細め、その質問に答える。
ヴァルク「フン、そういえばその巫女服は
綾風家の者であったか。ならばその妖魔王
と戦ったという退魔士は【綾風光明】だろう?
その通りよ。その退魔士が戦った妖魔王は
ヴェゼル様であり、現在の我ら全ての妖魔を
治めておられる【妖魔大王】様よ!
忌々しき【ヘルメス・ヒュラッセイン】により
妖魔神様を討ち取られ、妖魔の大多数を
滅ぼされた【ヴェゼル】様はその力を取り戻す
べく、妖魔が壊滅した日からこの日までひっそりと
人間の女をさらい、苗床とし、妖魔の数を増やして
力をつけていった。
その血も滲む努力の末、妖魔神様が健在であった
頃よりさらに俺たち妖魔自身の力も数も増した
のだ。
そして、ヴェゼル様は力を持った妖魔に位を
おつけになられた。
ヴェゼル様の直近の部下、【妖魔四天王】。
ヴェゼル様より軍を預かった7人の妖魔、
【7大妖魔王】。
この俺はその7人の妖魔王のうちの1人よ!」
ユキ「7人いる…妖魔王ですって!?それに
妖魔四天王?」
セイラ「なんてこと…こんな奴がまだ他にも
いるって言うんですの!?」
ヒカル「やれやれ…妖魔もかなり力をつけ
ちゃってるわけだね!」
ヴァルクはユキの疑問の他に、今の妖魔の
体制すらもしゃべった。
???「ベラベラとしゃべりすぎだろうが
ヴァルク!」
そんなヴァルクを非難するように声が響く
ヒカル「な、なに!?この声は!?」
その声を聞き3人は驚きを隠せずにいた。
何故ならば、あの日、影明が銅像の槍に
串刺しにして絶命したはずのヒカルの憎き
宿敵。
その宿敵のシルエットが奥からぬうっと
出て来る。
バルムス「よう、聖徒会ども?驚きを隠せ
ませんって顔をしてやがるな?」
ヒカル「バ、バルムス!何故生きてる!?
あの日、影明くんに串刺しにされて「俺の
前で奴の名を口にするなぁ!!!」」
ヒカルが驚きのあまり、影明の名前を口に
した瞬間、バルムスの怨嗟に満ちた怒声が
ヒカルの耳をつんざいた。
ヒカルは驚く。バルムスが出て来た時以上に
驚く。
それはバルムスが憎悪の雄叫びをあげたから、
ではない。
その憎しみに呼応するようにバルムスの顔
半分が変化したからだ。
そして、その顔はヒカルがよく知っている
忌々しい顔だ。
ヒカル「黒…岩…くん!?」
セイラ「まさか…!?バルムスに取り込まれた
と言いますの!?」
ユキ「まさかそれでバルムスも復活を果たした
と言うんですか!?」
???「その通りじゃ。ユキお嬢様」
???「会いたかったぜぇ〜?セイラさんよ?」
3人の驚きに応じるようにして、さらに2体の
妖魔が姿を現した。
その2体の妖魔を見て、セイラとユキも先ほどの
ヒカルと同じ驚きを表した。
ユキ「あなたは…黒岩昭三さん!?」
セイラ「あ、あなた!あの盗撮清掃員じゃない!」
蜘蛛「クックック」
蝙蝠「ケッケッケ」
蜘蛛型妖魔と蝙蝠型妖魔のそれぞれの顔に
バルムスと同じように昭三と木原の顔が
半分浮き上がる。
その眼は実に不可思議だ。
何故ならば人間である方の昭三と木原の
瞳にはそれぞれユキとセイラに薄汚い
欲情の色を浮かべているのだが、
妖魔の方は違う。蜘蛛型妖魔と蝙蝠型妖魔
もそれぞれユキとセイラに欲情を抱いて
いるはずであるのに、その瞳はユキとセイラ
を映していない。別のものを映していた。
しかも、その瞳に宿るものも欲情などでは
ない。深い憎悪なのだ。
その歪な顔にユキとセイラも戸惑いの様子を
見せる。
だが、その謎は源氏の瞳も同じものを宿す
バルムスの口から判明する事になった。
バルムス「クックック…!まぁ、あえて
言わせてもらうとすれば、俺は……
俺たちはあのガキへの復讐のために蘇った。
あのクソガキ、緑川影明と言うらしいなぁ?
あの緑川影明を八つ裂きにしてやるために
この俺は地獄の底から蘇ったんだよ!!」
その瞳も、声も、憎悪に満ち満ちていた。
よほどただの人間風情である影明に殺された
のが悔しかったのだろう。
バルムスはヒカルに対して執着していたが、
最早そんな執着すらも微塵も残らぬほどまで
に緑川影明への怨念を募らせていた。
その怨念にバルムスの手下の2体も呼応した。
蜘蛛「そうじゃ…!わしとてあのクソガキが
一番許せん……!ただの人間のくせしてわしら
に舐めた真似をしおってからにぃ…!!」
蝙蝠「あぁ!あの野郎だけは何十回も八つ裂きに
してやらねーと気がすまねえ…!!」
その2体の妖魔も影明によほどの恨みがある
ようで、憎悪を猛々しく迸らせる。
ユキ「……っ!!」
そんな様子を見た3人の中でユキが一番顔を
険しくさせた。
ユキの立場からすれば当たり前だろう。
自分では自覚していないがユキは影明を
とても慕っている。もちろん恋慕でだ。
そんな恋を抱いている男の子に対して
危険な妖魔が憎悪を募らせているのを
目の当たりにしたら彼の身に危険が
及ぶ事を真っ先に危惧するのは当然だ。
ユキ「あなた…たちに……影明さんには
指一本も触れさせません!!断じて!!」
刹那、ユキは空気が割れるほどの凄まじい
咆哮をあげた。
その咆哮は普段温和でお淑やかなユキからは
考えられないほどの凄まじさであり
そんなユキにヒカルとセイラは驚きのあまり
目をくり抜くほどに大きく見開いてユキを
見ていた。
その気迫に、蜘蛛型妖魔と蝙蝠型妖魔は
怯える様子を見せるが、バルムスとヴァルク
だけは変わらず不敵に笑っている。
バルムス「くく…」
ヴァルク「くくく……威勢だけはいい小娘…
むん!?」
刹那、ヴァルクの目の前に呪符が飛んできて
いた。その呪符は形を変えて、光の玉を模して
ヴァルクに襲いかからんとする。
ヴァルク「早い!」
ヴァルクは中央の腕鎌を振り上げて
ヴァルク「ぬぅん!!」
光の玉を真っ二つに叩き切った。
切られた光の玉は力を失って空中へと霧散する。
ヒカル「ちょっ!?ユキちゃん!?」
ヒカルはユキのあまりにも唐突な攻撃に
びっくりしてしまう。
見れば、ユキは自らの戦闘道具である、呪符
とお祓い棒を手に持っていた。
呪符とお祓い棒は綾風の家宝である。
呪符は無限に分裂して数を増やし、1枚ごとに
様々な術式を刻むことができる。
先ほどの光の玉のように、式神の召喚術も
刻むことだってできる。
本来なら術式を組む時間を要するが、
綾風の呪符は持ち主の力によってあらゆる
術式を組むことが出来るので、時間のかかる
霊術を一瞬で行使することが出来るのだ。
そして、綾風のメインとなる戦闘道具が
お祓い棒である。
このお祓い棒は持ち主の霊力をそのままに
放出することが出来、しかも増幅することが
出来るのだ。
持ち主の練度次第では増幅量は放出した
霊力量を数十倍にまで高めることが出来る。
ユキ「てやああああ!!」
ユキは気合いの入った声をあげ、妖魔たちに
突撃する。
そんなユキに、ヒカルもセイラも焦りを見せる。
ヒカル「ユ、ユキちゃん!?待って!!」
セイラ「あなたらしくないですわよ!!」
2人が戸惑いを見せるのは無理もない事だ。
いつもは近距離戦闘を得意とするヒカルが
突撃し、セイラもヒカルの後ろに続き、中距離
から銃撃を妖魔たちに浴びせる。
ユキの戦闘スタイルは近中遠距離からの攻撃と
呪符によるサポートも出来る、オールラウンダー
タイプだ。
そのため、特攻気味になりがちな2人をサポート
し、熱くなりがちな2人をいつも冷静に諌めて
自らも攻撃しつつ、2人の補助もする。
そんな一番冷静であるはずのユキが、ヒカルや
セイラすらも差し置いて後先考えずの特攻を
くり出したのだ。
いつもとは逆の立ち回りになってしまっている
ものを2人が慌てないはずがない。
ヴァルク「グクク…愚かな。おい!貴様ら!
手出しは無用よ!そこで見ておけい!!」
バルムス「なに?お前1人でやろうってのか!?
おいおい!向こうは退魔士の最強格の3人だぞ!?
さすがに分が悪すぎるぞ!!」
ヴァルク「黙れぃ!貴様ら如き下等妖魔と俺を
比べるでないわ!もし手を出してきたりすれば
容赦はないものと思え!」
蜘蛛「は、はっ!」
蝙蝠「承知いたしました!」
バルムス「…チッ!」(このノータリンが!!)
突撃してくるユキに対し、ヴァルクはバルムス
たちを差し置き、応戦する構えを取る。
バルムスの立てた作戦などほとんど覚えて
いないのだ。
その上、自らは妖魔王の位を貰うほどに力がある
ので、最強格の退魔士と言えど、自らが負ける
訳がないと自信に満ちているためだ。
しかし、ヴァルクはそんな考えは甘い事をすぐに
教えられる。
ユキ「くらいなさい!」
その気迫と共に、ユキはお祓い棒の先端から極太の
光の粒子砲を撃った。
それは単なる霊力をそのまま放出しただけであるが、
ユキの凄まじい霊力量をお祓い棒の力により増幅
されて撃たれているため、さながらレーザーの
ようであった。
ヴァルク「な、なんだとぉ!?」
その攻撃にはヴァルクも仰天し、回避が遅れて
しまう。
ユキの戦闘力を完全に舐めていた結果だ。
その極太の光砲をヴァルクは避ける事は
出来ないと判断し、咄嗟に6腕をクロスさせ
防御態勢に入る。
ヴァルク「ぬおおおおおおおおお!?」
その光の奔流はヴァルクを飲み込む。防御を
したヴァルクであるが、その奔流を完全に
防ぎきることは出来ず、奔流が晴れた後に
出てきたヴァルクの6腕は熱した鉄で炙られたか
のように煙を上げ、焼かれていた。
ヴァルク「ぐくぅ…!おのれ…小娘が!!」
ヴァルクは先ほどの余裕な態度から一転して
焦りだし、怒りを露わにした。
しかし、先ほどの凄まじい光の粒子砲は
ユキにとって、普段から撃つような基礎攻撃
手段の一つでしかない。
それでも並の妖魔なら確実に消し去れる威力
である事から、ユキの霊力の凄まじさは
筆舌にも尽くしがたいほどだ。
ユキ「さっきのはほんの小手調べ…!ここからが
本番です!! 斑鳩よ!!彼の者を焼き払え!」
ユキは続けて式神召喚の霊術が刻まれた呪符を
9つ投げつけた。その呪符はたちまち小型の
火の鳥へと変わり、ヴァルクの四方八方を
囲むようにして、一斉に襲いかかり出した。
ヴァルク「小癪な小娘めが!!舐めるでないわ!!」
「ぬぅん!」と雄叫びを発して、触手腕を辺りに
振り払い、斑鳩を一気に火の粉へと散らした。
しかし、斑鳩を模した式神。
本物にはもちろん劣るがそれでも強力な霊獣を
模した式神のため、その1体1体が先の粒子砲をも
上回る強力な攻撃力を有しており、並の攻撃では
傷をつけることさえ叶わぬヴァルクの触手の
ところどころを焼け爛れさせ、見る影もなく
ボロボロにしていた。
ヴァルク「ぐっ!?ぐぅおおおおおおお!!」
ヴァルクは苦痛のあまりに絶叫をあげる。
見た目でも痛みが相当なものであるのは想像に
難くないが、斑鳩は聖なる霊獣である。
ならば、それを模した式神も聖気を充分に
宿しているのは当然の事であるため、その
聖気がヴァルクの触手を侵食しているのだ。
聖気は妖魔にとっては毒にも等しい。
その聖気だけではヴァルクを仕留めることなどは
到底叶わないのは間違いないが、それでも見た目
以上にヴァルクにダメージを大きく与えている
のも間違いはない。
バルムス(あれが綾風の式神術か…!普通あれほどの
式神の行使はそれなりの術を組む時間と霊力が
必要なはずだが、あの綾風の娘の霊力が衰えている
ように思えんな…!あれほどの式神を9体も召喚
しているのにだ…!)
バルムスは冷静に先ほどのユキの攻撃を分析
していた。斑鳩は霊獣の中でもかなりの上位に
位置する。それの式神であるならば、1体の召喚でも
相当な霊力を消費する。しかし、それを9体も一気に
召喚したのにユキの霊力の威圧はまるで衰える様を
見せない。それはユキの持つ霊力量が尋常という
言葉ではすまされないほどの膨大な霊力である
事実を如実に表している。
バルムス「…なるほど、これが綾風の【霊核】…
そしてそれすら超える綾風ユキ自身の霊力か…
【火力姫】と呼ばれるだけのことはあるな!」
【火力姫】、妖魔がそうあだ名し、恐れている
異名の通りユキは圧倒的な霊力で超威力の霊術や
霊力粒子を豪雨のように連発出来る。
最も、並の妖魔は式神を使うまでもなく霊力の
塊である霊弾をぶつけるだけで絶命するので、
式神のような高等霊術などは今までほぼ使っては
来なかったのではあるが。
ヴァルク「おのれぃ!小娘がぁ!あまり調子に
乗るで…」
「どこを見ている?」
ヴァルク「なにぃ!?」
ヒカル「牙王流!【閃光】!!」
ズバアアアアアン!!
ヴァルク「ぬぅおおおおおおああああ!?」
ズドオオオオオオ!!
ヒカルの気合いの一閃で、ヴァルクの胸を
横一文字に切り裂いた同時に、切り裂いた
箇所が煇り、霊力の光爆となってヴァルクを
吹き飛ばした。
先ほどの攻撃は退魔剣術流派の一つである
牙王流の技、【閃光】。その名の通り
閃光のような高速の1刀を払い、その攻撃で
与えた傷に霊力粒子を刻みこみ、一息遅れて
傷の霊力粒子が弾け、爆発させる2段攻撃の
技だ。
その技の利点は2段攻撃によるものであるのは
間違いないが、2回攻撃が生じる事でのダメージの
増加が見込めることが狙いではない。
その【閃光】の真の利点は【攻撃が終わった後】だ。
ヴァルク「グ、グフッ!き、貴様ぁ!!…!?
な、なんだとぉ!!?」
吹き飛んだヴァルクが受け身を取り、すぐさま正面
を見据えたが、ヒカルは既にいない。
ヒカル「ここだよ!!てやあああ!!!」
ズバン!! ブッシャアアアア!!
ヴァルク「ギャアアアアア!!!」
ヴァルクが気付く前に側面に陣取っていたヒカルが
縦1文字に刀を振り下ろし、ヴァルクの鎌腕の左を
斬り飛ばした。
その斬り飛ばされた腕からは鮮血が飛び散り、
ヴァルクは大きい苦悶の声をあげて悶えた。
これこそが【閃光】の技の最大の利点だ。
遅れて爆発が生じる事により、技者は相手よりも
先に早く動くことが可能であり、しかも派手な爆発
は受けた相手へのそのまま目眩しにもなり、技者は
容易に位置移動や、懐に潜り込める。
技後の動きや追撃を打ち込みやすくするのが【閃光】
の技の目的なのだ。
そして、ヒカルほどの実力の持ち主ならば、一瞬のうち
に相手の懐に潜り込み、そのまま大技の一撃を
叩き込む事だって出来る。
ヒカルはこの【閃光】のいう技が特に好きで
あるのだ。
最も、これも並の妖魔なら【閃光】だけで、いや、
【閃光】を使わずとも刀一振りで容易に死んで
しまうのではあるが。
しかし、さすがは妖魔王と呼ばれるほどの実力
の持ち主か。
ヴァルク「グッ、クゥ!!小娘がああああ!!」
すぐさま体勢を立て直し、右腕の普通の腕を
大きく振り上げて、ヒカルを殴らんとする。
ーーしかし、それも叶わない。
セイラ「そこっ!!」
ババババババン!!
ドジュウウウウウウ バラバラ
ヴァルク「ウ、ウギャアアアアア!!」
ヴァルクは今までの中で一番苦痛に苛まれた
悲鳴をあげた。
セイラの目にも止まらぬ6発の2丁拳銃の早撃ちが
振り上げたヴァルクの右腕に突き刺さったのだ。
穿たれた銃痕は煙をあげ、一気に痕を広げ
右腕を跡形もなく崩れ落ちさせる。
セイラの練る聖気は他の追随を許さぬほどの
濃度の濃い、特別と言っていいほどの聖気だ。
ただの1発当たるだけでも並の妖魔ならすぐに聖気
が全身を駆け巡り、全身をボロボロに崩壊させる
ほどなのだ。
先ほどから幾多にもユキやヒカルから攻撃を受け
続けても、鎌腕を斬り飛ばされる事を除いてほぼ
損傷の無かったヴァルクの身体が、銃弾を受けた
右腕が崩壊してしまうほどのダメージをセイラの
聖気は与えていた。
それでも、6発を受けてなお、全身まで聖気が
広がらなかったのはさすがは妖魔王と言った
ところか。
ヴァルク「お、おぉ!おおおおお!?」
しかし、そんなヴァルクですら妖魔にとっては
猛毒とも言えるセイラの聖気はよほどにこたえて
いるのか、苦痛に顔を酷く歪めながら、すぐ近く
のヒカルを気にする余裕がないほどにセイラに
穿たれた右腕を抑え、苦悶の声を上げ続けていた。
ーーそんな隙をヒカルが見逃すはずがない。
ヒカル「一気に決める!!【鬼太刀】!」
バルムス「ぬ、ぬぅ!?」
ヒカルが構えをとり、【鬼太刀】と呼んだ刀に
霊力を込めた瞬間、【鬼太刀】は禍々しく、
怪しい圧力を滲み出させた。
その禍々しい気は、邪なる存在である妖魔という
種族の一員であるバルムスにすら、寒気を覚え
させるほどの危険なオーラを放っているように
感じた。
ヒカル「鬼太刀よ!私の力に反応しろ!
そして、目の前の敵を跡形もなく喰らいつくせ!」
バルムス(あの刀…!何かまずい!!)
そう悟ったバルムスは瞬時に駆け出し、ヒカルに
突進する。
バルムス「させるかよぉ!!」
ヒカル「!」
ガキイイイイイイイイン!!
ヒカル「バルムスゥ!!」
ヒカルはすぐさま反応し、バルムスの突進を
受け止める。しかし、突然のバルムスの攻撃により
【鬼太刀】と呼ばれた刀の怪しい気は収まって
しまう。
結果として、バルムスはヴァルクの命を救った。
もしあのまま【鬼太刀】の力を解放された一撃を
もらってしまえば
『その言葉通りにヴァルクは確実にこの世から
消えてしまっていただろう』
バルムス「姫野ヒカル!!一体なんだ!?
その刀は!!俺たち妖魔などよりよほど禍々しい
ぞ!!その刀は!!」
ヒカル「貴様に教える義理などない!!」
ヒカルとバルムスが力の拮抗を繰り広げている中、
バルムスが吠えた。
バルムス「蝙蝠ぃ!!蜘蛛ぉ!!貴様ら何を
している!!貴様らも早く戦いに参加しやがれ!!」
バルムスの怒号に蝙蝠妖魔と蜘蛛妖魔は反応
するが、動きは鈍い。そしておずおずと反論
してきた。
蝙蝠「し、しかしバルムス様… ヴァルク様が
我々は見ておくように言われたではない
ですか……」
蜘蛛「そうじゃ!逆にバルムス様こそ何故
戦っておられるんじゃ!!手を出したら
わしらは殺されますぞ!?」
そんな情けない反論にバルムスの怒りは一気に
限界点を超え、凄まじい怒声となって、噴火
する。
バルムス「馬鹿野郎が!!貴様らいったい
どこまで能無しなら気がすむつもりだ!!
さっきのヴァルクの野郎の体たらくを見て
何も思わんのか!!
このまま俺たちが何も手を出さなかったら
ヴァルクは確実に負けるぞ!!
ヴァルクがやられたら、今度は俺たちの番だ!
ヴァルクを助けなくともどっちみち死ぬ事に
変わりは無い!!
分かったらさっさと加勢しにきやがれ!!
じゃねえと俺が貴様らをぶっ殺すぞ!!」
蝙蝠「ひぃ!」
蜘蛛「わ、わかりました!!」
バルムスの鬼のような怒りの気迫に
蝙蝠妖魔と蜘蛛妖魔はすっかり怯え、
すぐさまセイラとユキに襲いかかる。
バルムス(くそっ!と言っても奴らの
力じゃ焼石に水って奴か!!
そもそもこいつら3人の中の1人だけでも
おそらくはヴァルクよりも強い!!)
バルムスは冷静に戦況を判断出来ていた。
【火力姫】と呼ばれる綾風ユキ。
弾丸で妖魔を跡形もなく崩滅させる様から
【浄化姫】とあだ名されたセイラ・神無月。
そして現代最強の退魔士であり、先ほど
バルムス自身が体感した【鬼太刀】の
恐ろしさも形容して
【修羅姫】と恐れられる姫野ヒカル。
現退魔士最強格であり、伝説とも讃えられる
3人の実力は伊達ではなく、【妖魔王】の
一角として君臨するヴァルクすらも一人一人
が実力で凌駕している。
そして、バルムス自身もヴァルクには力では
劣る事を自覚しているため、当然3人とも
バルムスには勝てぬ相手であることを悔しいが
認めざるを得なかった。
セイラ「ユキ!お行きなさい!!あの妖魔王は
私が穿った弾痕の痛みでまだ身動きが取れて
いませんわ!!
この雑魚妖魔どもは私一人で十分!
だから、妖魔王にとどめをおさしなさい!!」
ユキ「分かりました!ありがとうございます!
セイラさん!」
セイラの激励にユキはすぐさま駆け出し、
ヴァルクへと迫る。
バルムス(やばい!このままじゃ、【奴】が
来る前に全員やられちまうぞ!)
バルムスは今が完全な劣勢、いや最早絶対
絶命の状況下であることを理解していた。
ヴァルクはいまだに腕の痛みに悶絶し、
身動きを取れる余裕すらない。
蝙蝠妖魔と蜘蛛妖魔はセイラが立ちはだかる。
正直、下等妖魔である2人ではセイラならば
2人がかりでも相手にもならない。
瞬殺されてしまうだろう。
そして、バルムス自身も目の前のヒカルは
難しい相手だ。自らの防御で手一杯だ。
ヴァルクを助けに行く余裕など微塵もない。
蜘蛛妖魔「くらえぃ!!」シャルル!!
蜘蛛妖魔がセイラに向けて糸を射出するも
セイラ「無駄よ!!地獄へお行きなさい!」
ババン!
糸はあっけなく聖気の弾により焼き払われ
1発が蜘蛛妖魔の肩を穿った。
蜘蛛妖魔「ギャアアアアア!!!!」
刹那、蜘蛛妖魔は物凄い絶叫をあげ、床に
のたうちまわった。
妖魔王が痛みのあまり周りの状況が見えなく
なるほどだ。
下等妖魔如きである蜘蛛妖魔に耐えられる
わけはない。
そして、下等妖魔であるためセイラの聖気に
耐えられるはずもなく、セイラに穿たれた
弾痕の痕はみるみる広がっていく。
最早数分の命だろう。
蝙蝠妖魔「ひ!ひいいいいい!!!」
それを隣で見ていた蝙蝠妖魔は尻もちをつき、
恐怖でガタガタ震える。
そんな間抜けな様と隙をセイラが見逃すはずが
ない。
カチャ
蝙蝠妖魔「ひっ!?」
蝙蝠妖魔の後頭部に冷たい鉄の筒が押し当て
られる。
セイラ「チェックメイトですわね。遺言は
聞きませんわよ。地獄へお還りなさい!」
バルムス「蜘蛛!蝙蝠ぃ!クソっ!役立たず」
「どこを見ているの?」
バルムスの耳に冷徹な声がつんざく。
バルムス「し!?しまっ」
ズバアアアアアン!!ブシャアアアア!!
バルムス「グギャアアアアア!!!」
蜘蛛妖魔と蝙蝠妖魔に気を取られた瞬間に
ヒカルを抑えていた左腕が鬼太刀により
斬り飛ばされた。
左腕は宙を舞い、鮮血は虹を思わせる
軌跡を描いて勢いよく噴出する。
ヒカル「さぁ、とどめよ。バルムス。
この一撃で今度こそ地獄に堕ちるがいい」
ヒカルが鬼太刀を高々に振り上げ、鬼太刀に
絶大な霊力が集中する。
間違いなくとどめの一撃を放つつもりだ。
バルムス「うおおぉ…!?」
バルムスは鬼太刀の異様なオーラに自らの
絶対的な死を見る。
バルムスは唯一の生存の可能性がある
ヴァルクの方へと目を向けたが、その希望も
簡単に打ち砕かれる事となった。
ヴァルク「ぐぬぅ…!おのれ…!おのれぃ」
「遅いですよ」
ヴァルク「ぬぅ!?」
ヴァルクがやっと痛みに慣れ、目の前に集中
した時には既にユキが懐に潜り込み、完全な
トドメを刺すべくお祓い棒に絶大なる霊力を
こめ、それを十数倍にまで増幅、圧縮させた
膨大な霊撃を撃つ準備が整っていた。
それは先の霊力砲や式神の攻撃など比べものに
ならない威力がこもっている。
いくらヴァルクといえど、懐のノーガードで
その霊撃を受けてしまえば、確実に滅ぶであろう
威力だ。
ヴァルク「き、貴様!?」
ヴァルクがあからさまに焦る。
お祓い棒に込められた霊力を感じ、このまま
受ければ命はない事を悟ったためだ。
しかし、最早避ける事すらままならない。
あまりにも懐に潜り込まれているため、防御
する事も出来ない。まさに確実なる死が
懐に迫っていた。
ユキ「これで終わりです!完全にこの世から
消えなさい!!妖魔王よ!!」
ヴァルク「お、おおっ!?このヴァルクが…
貴様程度小娘にやられるかああああ!!!」
ヴァルクは咄嗟に左腕を振り上げるが
最早何もかもが遅い。
ヴァルクではユキのトドメの一撃を交わすことなど
どうやっても出来ない。
バルムス「くっくそ!?せっかく復活したのに…!
こんなすぐに終わりかよおおおお!!!」
ヒカル「終わりだ!バルムス!!」ジャキン!
セイラ「死ね」チャキ!
ユキ「やあああああ!!!」ヒュオ!!
ユキのお祓い棒がヴァルクの腹に伸びるーー
「光牙…破砕弾!」
ーーそう、ヴァルクでは、だ
ギュオオオオオ!!!ガキイイイイン!!
ユキ「え!?」
突如として横槍が入った光の粒子玉に
ユキの武器であるお祓い棒が弾き飛ばされて
しまった。
それはあまりに致命的であった。
霊力は完全にお祓い棒のほうに込められて
ユキ自身の方には霊力を練られていなかった。
攻撃は宙を切り、不発に終わる。
それを、ヴァルクが見逃すはずがない。
ヴァルク「くらえぃ!!」
ドグオオオオオオオオ!!!
ユキ「きゃああああああ!!!!」
ヴァルクの振り上げられた剛腕をまともに
浴びてしまい、ユキは数十メートルも吹っ飛び、
壁へと叩きつけられる。
ユキ「あ…あぁ……ゴフッ!」ドシャ
ずるりと壁から崩れ落ち、床に血反吐を
盛大に吐き散らし、ビクビクと痙攣してしまう。
妖魔王の一撃はあまりにも重かった。
内臓を痛め、全身がボロボロとなり、動くこと
すらユキには最早出来ない。
ヒカル「え!?」
セイラ「ユキ!?なにが」
「あら?よそ見はいけなくてよ?セイラさん?」
セイラ「なっ!?あ、あなたはーー」
「牙王流奥義!尖角!」
ドズン!!
セイラ「かはっ!!??」
突如乱入してきた何者かの攻撃はセイラの
鳩尾に深々と突き刺さり、セイラの意識を
完全に刈り取った。
ヒカル「セイラちゃん!?ユキちゃん!?」
ヒカルがセイラとユキの悲鳴の方角に振り向く。
ヒカル「…え?どうして…?」
ヒカルが信じられないとばかりに乱入者を
見たまま固まってしまう。
無理はない。何故ならその人は自分たちが
助けようとした恩師ーー
バルムス「よそ見してんじゃねえよ?」
ドグシャアアアア!!!!
驚きのあまり、完全に硬直したヒカルを
背後からバルムスは容赦なくその剛腕で床に
叩きつぶした。
ヒカル「…か……かは…」ピクッピクッ
その一撃はあまりにもえげつない。
ヒカルは潰れたヒキガエルのような声で
床に痙攣したまま動けなくなった。
バルムス「はあ…!はあ…!あ、危なかったぜ
…!もう少しでやられていたところだった…!」
バルムスが息も絶え絶えに全く余裕のない
表情で呟いた。
「ご無事でしたか?妖魔様」
バルムス「あぁ…よく来てくれた…!後もう少し
遅かったら俺たちは全滅していたところだっ
たぜ…!」
バルムスは口を歪め、ほくそ笑みながら
その乱入者を激励した。
ユキ「……あ…あぅ… 何で……どうして
あなたが……!?」
かろうじて意識が残っていたユキが
信じられない表情でその人物に問いかける。
「ふぅ、やれやれ。だからいつも訓練の時に
言ってるでしょう?ユキさん?
敵がもしかしたら潜んでいるかもしれない
から、勝利を確信した時ほど注意しなさいって。
勝利を確信した時ほど、油断が生じる
ものだって。
ほら?あなたのせいでヒカルさんもセイラさんも
み〜んなやられちゃったわよ?
ホント、あなたは出来の悪い生徒だこと」
ユキ「…そんな……そんなぁ……!
どうして…どうしてですか…!?
【琴音先生】!!」
白鳥琴音「うふふ……」
妖魔の手に堕ちた白鳥琴音は冷徹な目で
自らの教え子であるユキを見下ろしながら
冷笑していた。
バルムス「残念だったな?綾風ユキ。
白鳥琴音は既にこちら側の人間って事だ。
ヴァルクの本当の脅威は女を堕とす陵辱に
あってな。
ヴァルクの毒牙にかかった女は誰一人として
性の快楽に抗えずに屈服するって、妖魔の中
でも有名でな。
【暴力】で相対した女退魔士をねじ伏せ、
【陵辱】で女を屈服させる、
だからこそ、ヴァルクは【暴陵の6腕】
と呼ばれているらしい…なぁ?ヴァルクさんよ
まぁ、最もその女退魔士をまだ完全に堕とせて
ないらしいがな」
ユキ「なん…ですって……!?琴音先生が
あなたたち妖魔に屈服したですって…!?
そんな…そんなの……何かの間違いです!」
尊敬する恩師が妖魔に屈服した事に未だ
信じられないユキは認めまいと否定の言葉を
話す。
しかし、それを否認の言葉を逆に否定した
のは紛れもない本人、琴音だった。
琴音「ユキさん?間違いでも何でもないわ。
私は本当の幸せを見つけたのよ。
ヴァルク様によって、女として産まれた
本当の悦びを存分に味わさせてもらったの!
最初は私も確かに抵抗したけれどね?
ヴァルク様の腕にかかったら抵抗するなんて
無理だったわぁ…
あの触手で責められた時の快感は忘れられない
わ!
今もヴァルク様の触手を味わいたくてオマ○コ
がキュンキュンしちゃうのよぉ…」
恍惚とした表情を浮かべながら幸せそうに
笑う琴音はまるで魔女のような妖しさだ。
それでもユキは己の恩師を必死に呼びかける
ユキ「琴音先生!正気に戻ってください!
あなたは操られているんです!!
頭の中にその妖魔王の妖気を感じます!
あなたはそんな事を言う人なんかじゃ
ありません!
琴音先生!負けないで!屈さず、ヴァルクの
妖術に抗ってください!!」
必死の教え子の懇願すらも今の琴音には
届かず、鬱陶しそうにユキの顔を睨みつけ
琴音「あら?物分かりが悪いわね?
私は快楽の虜になったのよ。そしてヴァルク様に
忠誠を誓った。
今の私は心の底から快楽の悦びを教え込まれた
正真正銘の牝奴隷なのよ!
あなたは2人と違って物分かりが良いと思ってた
のに、こんな事も分からないなんて…
ガッカリだわ」
心底忌々しそうに吐き捨てた。
だが、意外なことにバルムスの方がユキの
言葉を肯定する。
バルムス「…と、この女退魔士は言ってるがな。
まだ完全に性の快楽に負けちまったわけじゃない
らしい。
こいつが今までの女退魔士よりも相当しぶとく
粘ったみたいだからヴァルクの野郎が痺れを
切らしてこいつの頭に快楽で服従しやすくなる
催淫術でこいつを無理矢理操ってるだけに
過ぎん。
だから、お前が言ってることの方が正しいぜ」
そのバルムスの言葉に、ユキは烈火の如く
怒り狂う。
ユキ「何と卑劣な…!こんな勝ち方をして、
あなたたちは恥ずかしくないのですか!?」
それを聞いた妖魔たちは心底愉快そうに
嗤う。
バルムス「恥ずかしくないのかだと?
グハハハハ!そんなわけ無いだろう!
むしろ褒め言葉だ!
俺たちはどんな手段を使おうが勝てば良いん
だよ!」
蝙蝠「グケケケケケ!その通りだ!
おら!?この金髪シスターが!!さっきは
随分と調子に乗ってくれたじゃねえか!?
あぁ!!」ドゴッ!ドゴッ!!
セイラ「がっ!ぐっ!?ごはっ!」
先ほどまでガタガタ震えて座り込んでいた
蝙蝠妖魔は一転して喜々としてセイラを
いたぶり始めた。
琴音の一撃により、完全に脱力してしまった
セイラはなす術なく蝙蝠妖魔の暴虐に
晒されてしまう。
下等妖魔でも人間の力の何倍もの怪力だ。
いくら実力差が大きくあっても無抵抗で
いたぶられてしまえば、強靭なセイラの
肉体でもあっという間にボロ雑巾のように
ボロボロになってしまう。
セイラ「あ…ぁ……」ドゴン!ドゴン!
蝙蝠妖魔の暴力に晒され続けたセイラは
見る見る弱々しくなっていき、身体の周りに
血溜まりを形成していく。
ユキ「やめてください!セイラさんが死んでしまい
ます!! それ以上いたぶらないでえ!」
あまりにも無惨な仕打ちにユキは悲鳴のような
嘆願を叫ぶが、そんなものを妖魔たちが聞く
はずもない。むしろ自らにも暴虐を晒される
ホイッスルを鳴らすようなものだ。
琴音「黙りなさい!!」バシンッ!!
ユキ「ひぎぃ!」
霊力の鞭のようなものを手から出現させ、
それを思い切りユキの背中に向け、振り下ろす。
その力は妖魔の淫術により強化されているのか
叩かれた箇所の巫女服が破け、痛々しい
ミミズ腫れを白い肌に刻み込んだ。
琴音「ユキさん、あなたは自分の立場を分かって
いられて? あなたたちは負けたのよ。【敗者】
なのよ。
敗者は勝者に対して何か抵抗する事も、物を申す
事も許されない。絶対服従。こんな事世間一般の
常識よ? こんなことすら分からないとは
さすがは日本最大規模の名家で甘やかされて
育ってきたお嬢様育ちなだけはあるわねぇ。
そんな教育の悪い甘ちゃんお嬢様はたっぷりと
躾けてあげないといけないようね」
サディスティックな笑みを浮かべながら、琴音は
霊力の鞭を構える。
ユキ「くっ… 私を痛めつけたければ思う存分
痛めつければいいです… そんな事に私は屈しません。
私は……琴音先生が正気に戻る事を信じています…!」
琴音「あらあら…ここまで物分かりが悪いとは
呆れたわ。ユキさん、あなたは3人の中で一番
物分かりの良い優秀な生徒と思ってたのだけれど、
どうやら私の思い違いだったようね。
そんな不出来な生徒にはたっぷりとお仕置きが
必要なようね! 覚悟しなさい!!」
ユキは覚悟を決める。
周りからは今もセイラをいたぶる音と
バルムスの嘲笑と変わり果てた琴音の
バシンっと鞭を引っ張る音が聞こえる。
しかし
「おい…!」
その荒々しい炎のような不機嫌極まる声で
ユキに行われようとした残虐な鞭打ち刑は
中止する事となった。
いや、【残虐な刑】は中止ではない。
【対象】が変わっただけだ。
琴音「これはヴァルク様、一体どうされ」
振り返った琴音が見たものは大きく拳を
振り上げていたヴァルクの姿。
琴音「え…?」
それを見た琴音が間の抜けた声を漏らす
のもほぼ同時に
ドッグオオオオオオオオオオオ!!!!
大きな拳を思い切り振り下ろし、琴音を
地面に叩きつぶす音が辺り中に響く。
バルムス「な、なんだとっ!?」
蝙蝠「ひっ!?」
ユキ「せ、先生!?」
その音に、バルムスと蝙蝠妖魔も仰天した。
ヴァルクが味方に対して暴虐を働く理由が
分からないからだ。
しかし、ヴァルクの顔は明らかに憤怒に満ち
満ちている。
琴音に対して怒りを露わにしているという
事は間違いないだろう。
琴音「ヴァル…ク……様……?な…ぜ……!?」
ヴァルクの強烈な一撃をモロに浴びた琴音は
ボロボロになりながらヴァルクに理不尽な
暴力を受けた理由を聞いた。
それに対し、ヴァルクはさらに怒りのボルテージを
あげ追加の暴虐の拳を振り上げた。
ヴァルク「なぜ…だと……!?貴様そんな事も
分からんのか…!? 何故…何故手を出したぁ!!
余計な事をしおって!!!」
琴音「え…!?それ…は……ヴァルク様がピンチ
だったから助けに」
ドゴオオオオオオオオオン!!!
琴音が言い切るよりも前にヴァルクは拳を振り
下ろし、二度琴音を地面へと潰す。
ヴァルク「ふざけるなぁ!!この俺が負けるとでも
思ったか!?クズが!!
この俺に恥をかかせおって!!!
これほどまでに無能だとは思わなかったぞ!!」
ドゴン!ドゴン!ドゴン!ドゴン!
そのままヴァルクは怒りのままに拳を何度も
振り下ろし、琴音を何度何度も地面へと
叩きつぶす。
琴音「カ……カ……」
数泊の後、暴虐の拳を止めた後は先ほどまで
強気で冷酷な威圧を見せていた琴音は見る影
がないほどにめちゃくちゃに潰され、
生きているとは思えないほどにズタボロの
無惨な状態にさせられてしまっていた。
ユキ「ひどい…ひどすぎます…!」
ヴァルクのあまりの凄惨な仕打ちにユキは
ブルブルと震え、目に涙を溜め込む。
ヴァルク「お前もだ…!蝙蝠……!」
怒りに震えるヴァルクが次に標的にしたのは
なんと、自らの味方側である蝙蝠妖魔であった。
蝙蝠「ひいい!?」
ヴァルクの凄まじい怒気を浴びせられ、蝙蝠妖魔
は恐怖で震えあがる。先ほどの琴音の残虐刑を
目の当たりにしたため、次は自分の番だと思った
蝙蝠妖魔は逃げ出そうとするも、ヴァルクが触手腕
から伸ばした触手で全身を絡め取られてしまう。
ヴァルク「手を出したら承知せんと言ったはずだな?」
ギリギリと蝙蝠妖魔を絡めた触手を締め上げていく。
圧迫により血を吐き出した蝙蝠妖魔は悲鳴のような
言い訳を必死に申し立てる。
蝙蝠「だ、だって!!加勢しなかったらバルムス様に
殺すと脅されたんでさぁ!!しょうがないだろお!?」
しかし、そんな言い訳はヴァルクの怒りに更に油を
注ぐ事となってしまう。
ヴァルク「貴様ぁ!!この妖魔王ヴァルクの言い付け
よりもバルムスなどの下等妖魔の言う事を優先
するという事かぁ!!俺はバルムスよりも立場が
上なのだぞ!! 誰の命令を優先するべきかも
分からんとはなぁ!? そんな無能な家畜妖魔など
要らん!!このまま潰し殺してくれるわ!!」
ギリギリギリィ!!!
蝙蝠「がぁっ!?お、お助け…うぎゃああああ!!」
ヴァルクは絡めた触手の絞めあげを最大限に
強め、蝙蝠妖魔を処刑せんとする。
バルムス「ま、待て!ヴァルク!!」
その様子を見たバルムスは慌ててヴァルクに
待ったをかけた。
バルムス「ヴァルク!お前はこの後学園に
攻め込むつもりなんだろう!?いや、正しくは
あの退魔の祖の末裔、【アテネ・リゼラベルツン】
を討ちたいんだろ!?そうだろ!?
ならば、俺たちを殺すのはまずいはずだ!
アテネはここで横たわっている退魔士どもすらも
比べものにならないほどの強敵だ!
いくらお前でも1人だと相当に分が悪い相手だ!
お前にとっては俺たちが役に立たない存在
だとしてもアテネに挑むならいた方が良いだろ!
戦力は多いに越した事はないからな!?
そのためにそのズタボロになった女教師に大量に
妖魔の卵を産ませたんだろう!?
ならばそいつを殺すことも!俺を殺す事も!
戦力が低下することになる事はお前にとっても
不都合のはずだ!?」
ヴァルク「…ぬぅ」
バルムスは必死にヴァルクを説得した。
本音などは言わない。言えば、間違いなく
このヴァルクは怒りのままに自らも、
蝙蝠妖魔たちも処刑するからに決まっている
からだ。
バルムスの目的は影明への復讐である。
その奇跡としか言いようがない大チャンスを
自らの上司に殺されて棒に振るような
真似だけは絶対にごめんなのだ。
ヴァルク「…フンッ!口が巧い奴よ!」
ドサッ
やがてヴァルクは舌打ちしながらもバルムスの
意見に賛同したのか、触手で締め上げていた
蝙蝠妖魔を放し、地面へと打ち捨てた。
蝙蝠妖魔「た…たすか……った…」
バルムス(ちくしょうが……本当に手間がかかり
やがる…!)
ヴァルクはズカズカとユキの方に近づき
ヴァルク「そこの小娘!こんな勝ち方をして恥ず
かしくないのかと言ったな?
勘違いするなよ?このような愚行は
こいつら下等妖魔どもが勝手にしただけだ!
俺とてこんな勝ち方は不本意よ!
こんなクズどもの助けなどなくても俺は
貴様ら如きに遅れなど取ってはいないのだ!
しかし、この程度の下等妖魔どもに卑劣な
方法で敗れてしまったのはさぞ無念であろう。
この後学園に攻め込み、アテネ・リゼラベル
ツンを討ち取ったら、まぁ貴様らも用済み
であるから殺すことに変わりはないが…
安心するがいい!その時はこのクズ妖魔どもも
同じ運命よ!
せめてもの情けとしてこやつらもこのヴァルクが
直々に処刑してくれよう!!」
ユキ「な…なんですって…!?学園に…
攻め込む!?」
バルムス「な、なんだとぉ!?」
ユキとバルムスは両方とも驚く。
しかし、驚きの性質は違う。
ユキは学園に攻め込むと発言したことに対して
バルムスは全て終わったら自らも含む妖魔たち
を全員処刑すると宣言したことに対してだ。
そう宣言し終わったヴァルクは地面に
ズタボロで果てていた琴音を拾い上げる。
そして、バルムスに対して命令を下す。
ヴァルク「バルムスよ。俺は今からこのクズ
退魔士を更に調教、そして卵を産ませるのに
忙しくなる。
だから貴様らはそいつら小娘どもを我らに
従わせるように調教しろ!
出来るならば妖魔の卵を産み付けさせろ。
まぁ、こいつらほどの霊力の持ち主なら
妖魔を孕ませるまでは難しいかもしれんがな。
学園に攻め込むのは明後日とする!
いいか?明日1日でそいつらをモノに出来る
ように仕込めよ?
不甲斐ない結果を出したら学園に攻め込む前に
貴様らの命は無いものと思えぃ!
分かったか?これ以上この俺を失望させる
なよ?」
ヴァルクはそう吐き捨てるようにバルムスに
指令を下すと、自らは琴音の更なる調教の
ため奥の部屋へズカズカと入っていった。
バルムス「…ちくしょうが!あの大馬鹿妖魔王
が!大体俺が言った作戦の事すら忘れて
いやがって…!」
ユキ「…作戦ですって?」
バルムスの発言にユキは疑問を投げかける。
バルムス「ふん、本当ならあの女退魔士には
もっと早く俺たちのところに来させて、貴様らに
不意打ちをかますつもりだったんだよ。
それをあのノータリン野郎は無視して俺たちに
手を出させなかった。
おそらくはあの女退魔士の事も貴様らをここに
誘き寄せるためだけ程度にしか考えていなかったん
だろうな。
俺はちゃんと奴を使って不意打ちをすると奴に
進言して、奴もそれに了承したはずなんだがな…
まぁ、あいつのオツムだと忘れていた……
いや、そもそも理解すら出来ていなかったんだろう」
バルムスは不機嫌な様子でユキの疑問に答え
蜘蛛妖魔の方へと向かう。
そしてーー
バルムス「ふん!」グシャアアア!
蜘蛛妖魔「ギャアアアアア!!」
蜘蛛妖魔のセイラに穿たれた右肩の弾痕
付近を踏みつぶした。
ただでさえセイラの聖気によって侵食
されていた右肩の弾痕は想像を絶するほどの
苦痛を蜘蛛妖魔に与えていた。
それを踏みつぶしたのだからまさに泣きっ面
に蜂。更なる苦痛を蜘蛛妖魔に与えただろう。
しかし、それにより聖気が侵食していた箇所は
つぶれ、更なる聖気による蜘蛛妖魔の身体の
侵犯は防がれた。
バルムス「ほら、痛みはすごいだろうがこれで
貴様自身の命は助かったろ」
蜘蛛妖魔「……ぐお、おぉ… !な、なるほど…
助かりましたぞぅ…バルムス様」
そのやり取りの中、ユキが更にバルムスに
質問を投げかける。
ユキ「わ…私たちを……どうするつもり
なんです…?」
その質問に対し、下等妖魔2人が嘲笑する
ように答える。
蜘蛛妖魔「決まっておるじゃろう?貴様らは
陵辱し、調教して、ワシらの性奴隷になって
もらうのじゃ!」
蝙蝠妖魔「あぁそうだぜぇ?学園に攻め込む
協力を喜んでするほどにお前たちはめちゃ
くちゃに陵辱して堕としてやるからなぁ!」
ユキの質問に禍々しい意気を込みながら
醜悪な妖魔たちは宣言するが、バルムスが
それに待ったをかけ、下等妖魔たちの
答えを修正する。
バルムス「あぁ、陵辱する…ってのには
さほど間違いはないが、こいつらの言った
事は大きく違う。
調教や酷い陵辱はしねえ。学園を攻め終わる
まではなぁ?」
ユキ「……?学園を攻め終わる…まで?
どういうことですか…?」
バルムスの言葉の意図が分からずユキは
更なる疑問を投げかける。
それを聞いたバルムスは実に醜悪に顔を
歪ませ、ニヤつきながら答えた。
バルムス「言っただろう? 俺は【緑川影明】
への復讐のために蘇ったと…!!」
バルムスの一言は憎しみに満ちていた。
瞳には憎悪の炎が煌々と煮えたぎっている。
バルムスは顔も、声も、拳も、全て憎しみを
たぎらせ、呪詛のように言葉を炎に煮えたぎらせ
吐き出す。
バルムス「あいつが少しでも嫌がる事をして
やるんだよ…!!
この【黒岩源氏】の記憶によればあいつは
普段から人助けをしまくってるそうじゃねえか?
まさしく聖人君子のような人間だと!
そういう正義の塊のような奴は誰かを目の前で
いたぶってやる方が効き目があるもんだろぉ?
それに奴はあの日、お前たちがピンチに陥りそう
になったからこそ立ち上がってきた…
それって、お前たちの存在があの男にとって
【大切】なものって事だよなぁ???
だから、お前たちをあの緑川影明の目の前で
めちゃくちゃに陵辱してやるんだよ!!
先に奴に無力感をたっぷり味わわせてからなぁ!!
俺は聖徒会の貴様らを屈服させ、征服するのが
目的だったが、最早貴様ら聖徒会などどうでも
良くなっているんだよ。
今の俺の目的はあの緑川影明を屈服し!
あの男の嫌がる事を徹底的に味わわせ!
奴に絶望をたっぷりと…!じっくりと!!
刻みつけながら地獄の底に叩き落としてやる
事にあるんだからなぁ!!!」
バルムスの憎しみは留まるところを知らない。
全身を負のオーラを激らせ、呪詛を吐き出し
続ける様はまさに、死人が怨念を募らせ地獄
から蘇ってきた鬼そのものだ。
ユキ「なんですって……!?影明さんに何か
危害を加えるつもりならやめてください!
手を出すなら私にしてください!
あの人には危害を加えないで!!」
ユキは悲痛な声でバルムスに対して懇願するも
バルムスは当然そんな哀願など聞き入れはしない。
しかし、そんなユキの悲痛な願いを助けを
意外な者たちが行った。
蝙蝠妖魔「バ、バルムス様… ですがこの女の
言うように、こいつらを先に陵辱して堕とし
たまった方が良くねえですかぃ…?」
蜘蛛妖魔「そうじゃ!ヴァルク様も言っておった
ではないですか!こやつらをワシらの味方を
するように堕とさなければワシらを殺す…と!」
敵であるはずの下等妖魔がユキの哀願の助け
をする。
だが、先ほど"意外"と綴ったが、彼らの立場から
すれば別におかしい事でも何でもない。
バルムスより更に上の上司であるヴァルクが
聖徒会メンバーたちを堕とすように指示を
だした。その上、もし芳しい結果を出せなければ
殺すとまで脅されているのだ。
そして、その事はバルムスも
している。
だがーーー
バルムス「うるさいっ!!ヴァルクの野郎は俺が
何とか説得してやる!
貴様らもあの緑川影明が憎いんだろう!?
だったらつべこべ言わず俺の言う通りに
しやがれ!!」
バルムスは理解している上で、2人の妖魔たちに
自らの指示に従うように要求する。
普段ならば、学園を攻め込むのにこのような
無意味かつ、リスキーな行動をバルムスが
取ることはない。
しかし、バルムスに煮えたぎる憎悪と
バルムスの狡猾さを奪っているのだ。
蝙蝠妖魔「いや、でも……」
蜘蛛妖魔「バルムス様が説得してくださると
しても……手を出すなというのは…のぅ…」
そのバルムスの気迫に煽られてなお、2人の
下等妖魔たちは了承を渋る様子を見せる。
普段ならバルムスの言う事には絶対服従と
言うほどにバルムスを怖れている2人が
こうも反抗的な態度を示すのは、ヴァルクへの
恐怖だけではない。
元々2人はセイラとユキに下卑の欲情を
抱いている、そして彼らが寄生した
人間である【木原貞雄】と【黒岩昭三】も
同じ対象に同じく汚れた欲情を抱いているのだ。
それぞれと同調した妖魔たちの欲情は更に
大きく膨らんでいる。
その欲情を叶えられる絶好のチャンスである
のに、それに待ったをかけられるのは下等妖魔
の2人としては今までないほどに不服極まるのだ。
だが、バルムスにとってはそんな手下の
欲情や不満などどうでもいい。
最早自らの欲情すらもどうでもいい。
今のバルムスにとって、晴らしたいのはーー
ズカッと手下2人の方に振り向き、
メラメラと燃え上がらせーー
バルムス「何だ?いやそうじゃねえか?じゃあ
もっと意思が固まりやすいようにしてやろう。
俺の言う事に従って、一緒に緑川影明への復讐
を果たすか、それとも今ここで死ぬか、
今すぐ選べ!!」
バルムスは拳を振り上げながら猛々しく自らの
手下たちに選択を促した。
と言っても、蝙蝠妖魔と蜘蛛妖魔に選択権など
無いに等しい。従わなければ命はないと、
言葉に出して宣言しているからだ。
そして、憎しみのあまり憤怒で顔を醜いと形容
出来るほど歪ませたバルムスから、
言葉に冗談は無い事を嫌でも認識させられる。
蝙蝠妖魔「ひっ!?わ、分かりました!」
蜘蛛妖魔「仰せの通りにぃ!!」
バルムスのあまりの迫力に手下2人の下等妖魔たち
は恐怖で情けない声をあげながらガクガクと顔を
縦に振って了承の意を必死に示した。
バルムス「くくくくく……それでいいんだ……!
さぁ緑川影明ぃ…!待っていろよ?
明後日が貴様の地獄だ…!!」
憎悪のあまり、果ては顔をニヤつかせてしまって
いるほどに、バルムスの炎は鎮まるところを
知らない。
最早バルムスの心に悦楽も、欲情も、支配欲も……
ありとあらゆる感情も欲望も存在しない。
あるのは影明への強烈なまでの憎しみと
復讐欲だけである。
その姿はもう妖魔と形容するべきではないかも
しれない。
バルムスは復讐を果たすためだけに存在している
鬼と、形容するべきかもしれない。
それほどまでに憎しみはバルムスの本来の姿を
歪ませているのだ。
そんなバルムスの様子を目の当たりにしたユキ
は顔面蒼白で焦る。
ユキ(このバルムスの様子……最早普通ではない…!
本当に私たちの事なんて眼中に無い……
あるのは影明さんへの底知れない復讐だけ……!
こんな状態のバルムスの毒牙に影明さんがかかって
しまえば…… 彼は…!彼は……!!)
ユキの心は影明への憂いでいっぱいだ。
その心に満ちる憂いは、絶望、と表現しても
いいかもしれない。
いや、むしろそう表現する事こそ正しいだろう。
今のユキは痛恨のダメージを与えられ、まともに
闘う事は出来ない。
仲間のヒカルとセイラも妖魔たちの攻撃で意識は
飛ばされ、身動きすら取れそうにない。
このままだと自分たちは捕らえられ、先ほどの
バルムスの言葉の通り、影明を痛めつけるための
餌にされてしまうだろう。
ユキ「させ…ません……!彼には……決して
手を出させは……!!」
ズタボロの状態ながらもユキは立ちあがろうとする。
胸にあるのは、恋する彼。邪悪なる存在から
彼を守るべく、既に力が入らなくなりつつある
身体に鞭を打ち、立ちあがろうと懸命に頑張る。
しかし、その様は実に悲しいかな。
例えるなら、猫の遊びで足をもがれたネズミが
それでも猫から逃れようと残ったボロボロの足で
這いずるといったところか。
万全の猫の前で
猫の嗜虐心を加速させるだけで死という結果は
何も変わらないようにーー
バルムス「おうおう?頑張るじゃねえか?
やはり"お前"にとってあの小僧が【特別】か?
くくく……安心しろ! お前は特別丁寧に
緑川影明の目の前で犯し!壊していってやるよ!
とりあえず… さっさと眠っていろ!!」
ドゴン!!
ユキは目にバルムスの拳が大きく映し出される
のを確認した事を最後に、暗闇の中へと沈んで
いった。
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翌日
影明「ふぅ……入学して早々すげえ目に
あったわ」
通学路をてくてくと歩く影明。手にはカバンを
持っている。
それは当たり前と言えば当たり前なのだが、
影明は一昨日のショウの救出時にカバンを
そのまま置いてきてしまっていた。
そんな影明が何故カバンを持っているかは
特段語るまでもない。
昨日学園長であるアテネが自らの権限で
新しいカバンとその中に入っていた教材を
全て用意してくれたからである。
影明「いやぁ、学園長さまさまだな。ホンット
どんな縁があるか分からんもんよなぁ」
独りごちりながら変わらず学園への道を
てくてく歩き続ける影明。
そうしているとやがて声をかけてくるものが
現れてくる。
影明はその人形以上に人離れした美しい容姿も
さながら、そのコミュ力の高さで今では学園では
知らぬものはいないほどの有名人だ。
その有名さは中等部からの学園の顔とまで言える
ほどの人気を博している生徒会の3人、
【姫野ヒカル】、【セイラ・神無月】、【綾風ユキ】
すらも凌ぐほどであり、学園の誰もが影明こそが
学園一番の有名人と答えるだろう。
そんな彼だから、通学中の彼に誰かしらは声を
かけてくるのは珍しいことでも何でもない。
藤堂明隆「よ、影明。昨日は休んでいたな」
影明「ん?おぉ、藤堂。珍しいな、お前の方から
話しかけてくるなんて」
藤堂「そりゃ、学園1の有名人さんは1日でも
休んだらクラスでの話のタネになるほどだからな。
……で、何で休んでたん?」
影明「んー、まぁ……ちょっとした怪我だよ。
怪我」
藤堂「…ふーん」
影明は茶を濁すみたいに曖昧な返答を返す。
理由は至極明確であり、簡単だ。
妖魔は一般の世の中には極秘の案件だ。
そのために、渋谷の閉鎖の理由も隠されている。
仮に、妖魔という存在を公表すれば、世の中は
混乱で包まれ、国民の生活や国の経済そのものが
成立しなくなる可能性だってある。
ならば、学園の関係者であるものたちが影明たちに
口止めをするのは当然だ。
影明も余計な混乱を生む事は望んでいないので、
学園の意向に従ったのだ。
しかし、影明に話しかけてきたこの藤堂は実に
びっくりするような事をしゃべった。
藤堂「……渋谷で何見たんだ?」
影明「…え!?」
唐突にポツリとこぼしたその言葉に影明は
ギョッとして藤堂の方を向く。
すると、藤堂はニンマリと笑った。
藤堂「やっぱそうか。お前、渋谷に行ったんだろ?」
ニヤニヤと不敵に笑いながら藤堂は影明に
質問してくる。
しかし、その笑顔から既に答えを得ている、と言った
様子だ。
影明「…何で知ってんの……?」
その笑顔を見た影明は誤魔化しても無駄と悟り、
観念したように藤堂が影明の渋谷入りを知っていた
理由を聞く。
藤堂「言ったろ?お前の話でクラスは話題に
なってたってよ」
それを聞いて、藤堂は不敵にニヤついていた笑顔を
元の強面のしかめっ面に戻して訳を話す。
藤堂「クラスの女子がさ、お前が渋谷に入って行く
ところを見たって言ったんだよ。それもガス対策も
なしに。
それを話した後のクラスはもう大騒ぎだぜ。
政府が特別とまで定めた猛毒ガスで立ち込もる
危険区域。
そんなところにガスマスクもつけずに入り込んで
昨日休みと来たもんだ。
噂にならねえ訳がねえ。少なくともこの手の噂に
興味ねえ俺の耳にも嫌でも入ってくるぐらいにはな
まぁ、アレだ。どうせお前の事だからまた人助けか
何かでそんなところに突っ込んで行ったんだろうが…
ホントにほどほどにしとけ。
お前って自分が思っている以上に皆から好かれて
いるんだ。
そんな奴がいなくなっちまったら大勢の奴らが
悲しむ。……もちろん俺もな」
いつになく真剣な顔で藤堂は影明を見つめて話す。
その話し方はどこか影明を叱っているようだ。
影明は、少し目を丸くさせる。
この藤堂明隆は見た目は強面で愛想のない近寄り
がたいヤンキーのようであるのだが、そんな外見
に似合わず、物凄い勉強家であり、休み時間の合間
にも一人机に座ってひたすらに勉強をし続けている。
いわゆるガリ勉というものだ。
娯楽という趣味など持たず、「趣味は計算式開拓、
それと暗記」と大真面目に答えるほどに遊びとは
無縁のような男子生徒だ。
そんな彼だから人付き合いを嫌い、誰にも興味を
持たない無頓着無関心を見本にしているような
人間だと影明は思っていたのだが、実際は違った。
勉強以外関心がないと思わせる藤堂もやはり人間
なのだ。
いつも崩さないぶっきらぼうな態度の内は影明を、
誰かを想う心がちゃんとある。
だからこそ藤堂は真剣に怒っているのだろう。
もしかしたら、この藤堂明隆はぶっきらぼうな
割に情に厚い人間なのかもしれない…と
影明は感じた。
影明「…あぁ、出来るだけ善処するわ」
ポリポリと頬を掻きながらバツが悪そうに
影明は一言返した。
一ノ瀬真希「おっはぁ!お?影明くん復活
してるじゃん!」
女子校生D「ホントだ!おはおは〜♪」
男子校生A「ズル休みは終わりか笑」
ゾロゾロとまたもや人が増える。いつもの
光景だ。
一ノ瀬「あっれぇ〜?藤堂くんが一緒に
登校してるなんて珍しいなぁ〜?
どういう風の吹き回しなのかな?」クスクス
藤堂「うっせ。俺が誰かと一緒に登校しちゃ
悪いかよ」
影明「いや、お前そんな風に言われても仕方
ねえだろ笑 藤堂お前いつもぼっち登校してん
だしさぁ」
藤堂「うるせえなぁ。別に話すこともねーのに
わざわざ誰かと一緒にしゃべって登校する必要
なんかねーだろうが。
ていうか、英語のリスニング特訓の邪魔にしか
ならんだろ」
男子校生A「……藤堂って、いつもイヤホン
してるとは思ってたけど…… お前登校中に
英語のリスニング聞いてんのか…。
歩いてる間も勉強欠かさないとか割と引くん
だけど……」
藤堂「勉強は学生の本分だろうが、引かれる
ような筋合いはないっての」
女子校生D「だけどいつも話しかけてくる影明
っちの事は心配だと。今は耳にイヤホン付けて
ないもんね〜笑」
藤堂「……」
一ノ瀬「いっつも無愛想な顔して藤堂くんって
結構情に厚いよね。…ツンデレかな?笑」
藤堂「…やかましい」
藤堂いじりが終わった後、話題は影明の方へと
移る。
男子校生A「そんで?お前渋谷に行ったんだって?
昨日クラスはその事で持ちきりだったぞ」
影明「あー、らしいなあ」
女子校生D「おー?もう既に藤堂っちに聞いてる
っぽいね〜。ちなみに目撃者は私だよん!」フフン
影明「お前かよ!!」
一ノ瀬「そんでさ?渋谷の中はどうだったの?
どの説が当たり?」
影明「……うい?」
一ノ瀬「……あれ?もしかして影明くん知らない?
【渋谷陰謀説論争】」
影明「なんだそれ?初めて聞いたわ」
男子校生A「マジかよ。巷でまことしやかに
囁かれている有名な現代都市伝説集だぜ?
知らねえ奴なんて藤堂ぐらいだと思ってたわ」
藤堂「……水差すようで悪いが俺は知ってるぞ」
影明「で、何なん?その渋谷陰謀説論争って」
藤堂「無視かよ」
女子校生D「まぁ、さっき新津っちが言ってた
ように現代で生まれた渋谷の都市伝説みたいな
ものだよぉ。
考えてみたらさ、渋谷に関して政府の対応は
おかしい点あるじゃん?
渋谷で起きた猛毒ガス漏洩ってさ、もう10年も
前の事じゃん?
だったらさぁ、普通何かしら政府でも動きが
あったっていいじゃん〜?
けどさ、政府の人らは原因を究明します、って
言ってからそれっきりじゃん?
しかもまるで腫れ物にでも触るかのように
渋谷については触れようとしないじゃん。
…怪しさビンビンじゃん〜?
だっから皆渋谷の【真相】について噂が
何個もあるってわけ!
それがいつの頃からか生まれた【渋谷陰謀説論争】
だよ!」
一ノ瀬「そうそう、色んな噂があるよ〜?
政府が渋谷の地下で極秘裏に【兵器】を開発してて
それが誤作動を起こして、人が住めなくなっちゃ
ったとか
渋谷には【怪物】がいて、夜な夜な人を攫ってる
とか
東京に【殺人鬼】が潜んでいて、裏で殺した人
たちの死体を渋谷の隠し場所に投棄してるとか
果ては渋谷の【土着神】様が、人間の身勝手さに
怒って渋谷に立ち入った者は神隠しに合うって
いうような飛躍した物まであるんだよねー」
影明「…マジそれ?『初耳』だわ、ホント」
女子校生D「で?どの説が当たりだったん?
影明っち」
影明「どれも当てはまらねーよ。政府の言った通り
ガスがシューって出てただけだって」
男子校生A「えー?そうなん?もっとこう色々と
秘密があるかと思ってたわー」
藤堂「くっだらね… そんな科学的にも理にもかなって
ないような迷信じみた事、あるわけねーだろ。
そんな噂を勉強する暇あったら英単語の1つでも覚えた
方がよっぽど得だと思うけどな」
一ノ瀬「もー、まーた藤堂くんはそういう夢のない事
言うなぁ…」
男子校生A「無駄無駄。こいつは勉強第一主義の、
娯楽とは無縁な奴だ。
俺たちみたいな下世話なお話なんか聞く耳持たねえ
って」
影明「確かになー。俺が誘っても毎回断ってくる
しさー、藤堂。てゆーか、最初しか遊びに付き合って
くれなかったじゃん?たまにはハメ外しても罰
当たらねーんじゃねえの?」
藤堂「断る」
影明「えー」
そんなどこにでもある平和な日常会話をしながら、
影明はいつもと変わらぬ登校路をクラスメイトと
歩いていったーー
長らくお待たせしてすまないです…
原作ヒカルのプロローグに当たる部分を描きました。
陵辱シーンも今回で書くつもりでしたが、
長くなりすぎたので、キリもいいところで
一旦区切る事にしました。
本格的な陵辱は次回からになると思います。
まぁ、でもあんまり酷い陵辱はするつもりはないです