やまやんが教鞭をふるい順調に授業が進み、終わりのホームルーム。
彼女の声が教室内に響く。
一番後ろから呆然とその光景を眺めているが、皆よりも一週間遅く入学した俺だがその間ISの勉強をしていたかと聞かれれば否と答えよう。
今後の計画を立てつつ途中からやまやんと爛れた生活を送っていた引きこもりの役一ヶ月。
ISの勉強なんぞ一片たりともしたことがなかった。
よって今、俺はやまやんが何語を喋っているのか分からない。
だからこそISに関しての諸々の誤魔化しはやまやんに任せることにして、俺はヒロインたちの攻略に勤しむこととしよう。
やまやんには俺がIS学園に入る理由がそれだとは言っていない。
適当に前にやまやんを街で見かけて一目惚れして一緒に居たくここに来たとしか言ってない。
脅されていたとは言え良くもそんなストーカーを拗らせた様な男と一緒に暮らせるもんだ。
俺だったら間違い無く半殺しで外に放置する、美人を除いて。
頭の中で幾つかのプランを考えながら手持ち無沙汰にやまやんを眺めていると、ふと視線を感じて目を向ける。
視線が合ったそれは教室の端に立っており、腕を組んでこちらを見ていた。
いや、見ていたなんて生易しいものじゃない、あれは睨みだ。死線である。
黒のレディーススーツに身を包んだ彼女は、織斑千冬。
話を聞く限り世界最強らしい。ブリュンヒルデだかそんな感じで呼ばれてた気がする。
彼女が何故俺を見ているのか。
可能性として考えられるのは、戦闘系の漫画などに良くある強者の勘みたいなもので俺とやまやんの嘘を見抜いている可能性があるということだ。
もしくは見抜いているまでは行かずとも違和感を感じているくらいはあるかもしれない。
それで彼女からすれば得体の知れない俺を監視の意味も込めて見ている、と。
高圧的な雰囲気の彼女だが、考えてみれば最初に入学の挨拶に向かい担任として対面した際に俺が挨拶しても何も答えず俺を見つめて、長い沈黙の後よろしくと小さく呟いて俺から離れて行った事から、織斑千冬は最初から俺を疑っていたのかもしれない。
恐ろしいまでに冷たい視線だが何と無く逸らしたら負けかと思い、視線を合わせ続ける。
とりあえず彼女の容姿全体を見てみる。
あの織斑一夏の姉だけはある、美人だ。
人を寄せ付けない様なオーラを纏っているがそれが似合う大人な女性。
彼女を落とすのは一番難しいだろう、難攻不落である。
最初から彼女を攻めるのは明らかに不可能だ。
彼女にはまず俺に対する疑念を消さなければ。
やまやんから彼女は弟である織斑一夏を大切にしているとの話を聞いたので、最初の方は織斑一夏を色々と助けてやって彼女に恩を売ろう、彼女に対してはそこから始めなければ。
そんな事を考えていると彼女が不意に視線を逸らした。
一体どうしたのか、周りを見るとざわついている。
教師の他に立ち上がっている生徒が二人。
「決闘ですわ!」
「ああ良いぜ、四の五の言うより分かりやすい。なあ蜂谷!」
セシリア・オルコットと織斑一夏。
ん、俺いま呼ばれたか?
「おう、もちろん!」
織斑千冬攻略のために話しかけられた彼にそう返す。
とりあえず織斑一夏を肯定していれば邪険には扱われないだろう。
何の話かは知らないが何とかなるに違いない、こちらにはやまやんがいるのだから。
教員のバックボーンがある限り俺のIS学園でのスクールライフは安泰である。
肝心のやまやんはおろおろと二人を見比べ、最後に俺を見てきた。
視線が合ったので笑みを浮かべて返す、後は頼んだという意味を込めて。
驚いた様に目を見開いた彼女だが、すぐに大きく肩を落としたのだった。
頑張れやまやん、俺の明日は君にかかっている。
「ハンデはどの位つければいいんだ? 蜂谷、お前はどうする?」
またしても織斑一夏に突然話しかけられ内容がさっぱり分からないが、決闘やハンデの話から学生らしくテストの点数を争うのだと判断。
織斑がどの程度秀才なのか知らないが俺は全く勉強が出来ない。
かと言ってハンデをつけない方が良いのではないかと言えば織斑一夏からはきっと失望を受けるだろう、それに伴いそれが織斑千冬の評価となり最悪篠ノ之箒の印象まで下げてしまう恐れがある。
それにテストの内容に関してはやまやんに言って答えを事前に教えてもらえば良い。
ならば精一杯格好つけようではないか。怖いものなど何も無いのだから。
「相手の得意分野で戦っても良いんじゃない?」
瞬間、爆笑。
教室が一瞬にして女子の笑いに包まれた。
何だ、何事だ一体。
隣の人にでも聞こうとするが、その前に話しかけられる。
「相手の得意分野で戦うって、男の人が女の人より強かったのってISが出来る前の話だよ!」
笑いを堪えながら真ん中辺りの席の女子生徒が答えてくれた。
うむ、彼女も可愛いじゃないか。
それにしてもISって頭まで良くなるのか?
それなら確かにISを動かせる女性の方が頭脳でも強いに違いない。
「……じゃあハンデはいい」
「えー、今からでもハンデもらった方がいいんじゃない?」
「男が言った言葉を覆せるかよ。蜂谷! 悪いけどやっぱハンデは無しで頼む」
織斑が近くの席の女子と楽しく会話してから俺に顔を向けて言ってくる。
その表情は申し訳なさそうで彼の人の良さが伺える。
それでもヒロインたちをもらう事には変わりないけど。
織斑に頷くことで返事をすると、今まで織斑を見ていたセシリアが俺へと振り返った。
「日本人というのはジョークのセンスだけは一流ですのね」
目に浮かんだ涙を指で拭いつつ俺に言ってくる。
バカにされているのは明らかだが、それよりやはりというか美少女である。
甲高い声はそこら辺の女ならウザいだけだが、彼女程の美少女となればその声色も彼女の美しさを引き立てるためのスパイスになる。
「……黙り込んでどうしましたの?」
身動きせずに見つめる俺を訝しんだのだろう、セシリアが眉を顰めて声をかけてくる。
「いや、俺が勝ったら何か貰えるのかなって考えててさ」
また爆笑。チクショウ。
こんな美少女たちを何度も笑わせられるなんて他の場面だったらとんだイケメンだろう。
明らかに嘲りを含んだ笑いはいくら美少女と言えど二度目は流石にくるものがある。
「ホント、日本人のジョークは飽きないですわね」
本気でツボに入ったのだろう、そう言った後も再び笑い始めたセシリアに、視界の端に映る織斑は苛立たしげに顔を顰めていた。
「でさ、勝った商品って何なのさ」
褒美次第ではやまやんを使って本気を出そうと考えていると笑い終えたセシリアが口を開く。
「私が勝ちましたら貴方がた二人を小間使い、いえ奴隷にしますわ。万が一貴方がたが勝てば何でも言うことを聞いて差し上げましてよ」
言葉の端々に罵りを含めて話すセシリア。
セシリアの奴隷か、それはそれでセシリア攻略の糸口がありそうだ。
反対に俺が勝ったらなら彼女に何でも出来るというわけか。
いやはやこれは本気を出さなければな、頼んだぞやまやん!
「話は纏まった様だな、日程は一週間後だ」
それでは今日は終わりだ、織斑千冬が声を張って教室内全土に響かせる。
挨拶が終わり織斑千冬と俺を何度も見てくるやまやんが教室を出て行った事で教室内の緊張が一気に解れた。
「ねえねえ蜂谷くん、やっぱりセシリアさんにハンデ貰ったら?」
気を抜いていた俺に隣の席の女の子が話しかけてくる。可愛い。
恐らくは、いや間違いなくさっきの件だろう。
「大丈夫だよ、負けた時の言い訳になっちゃうし」
「えー、ホントにセシリアさんに勝つつもりなの?」
「俺が負けた時のさ」
「負けること前提!?」
「セシリアにハンデ貰ったせいで油断したってさ」
「うわこの人ハンデ貰った上にハンデ寄越した相手が悪いって言うつもりだ!?」
驚愕に声を上げるクラスメイトに笑いかける。
これがイケメンだったら彼女は俺にホの字だったろう。
「もちろん勝つ気はあるさ。負けるにしてもセシリアが男だからって馬鹿にする事を改めさせるくらいに奮闘するつもりだよ」
「良く言った蜂谷! 二人であいつにギャフンと言わせてやろうぜ!」
綺麗に締めようとした俺の言葉に続く声があった。
出たな織斑。俺と隣の席の美少女の時間を邪魔しに来やがったな。
ほら見ろ隣の席の美少女なんか「お、織斑くん……」頬を朱に染めてさぞ夢心地になっているじゃないか。
俺の席まで歩いてきた彼は胸の前で力強くガッツポーズしながら俺に言ってきた。
男二人で女一人を倒すとか輪姦かよ、レイプかい。俺一人なら大賛成だ。
「あ、まだ名前教えてなかったよな。俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれ。俺も太郎って呼ぶからさ」
執念に燃えていたイケメンフェイスを一転、自己紹介という爽やかイケメンフェイスに変えた笑みを携えて俺に手を差し出してくる。
「ああ、よろしく一夏。太郎よりもハチって呼んでくれ、皆そう呼ぶしさ」
そう言って彼の手を握り返した。
ハチなんて呼ばれたことは無いが、太朗よりは良いと個人的には思っている。
握手を離すと織斑、一夏が思い付いた様に声を上げた。
「そうだ、これから箒にISを鍛えて貰うんだけどハチも一緒にやらないか?」
ヤラナイカとか、このホモめ。
とは言え向こうから態々篠ノ之箒との接触を図ってくれるとは、持つべきものは鈍感主人公かもしれない。
「ああ、俺も色々学ばないといけないしな。彼女さえ問題なければ是非」
一夏の言葉に顔をしかめた彼女の姿を視界に捉えながら答えると笑みを浮かべた一夏は顔を背けた。
教室の向こう側にいる人物へと声をかける。
「なあ箒! ハチもセシリアと戦うんだから一緒にやっていいよな!」
一夏に言われた黒髪ポニーテール美少女篠ノ之箒は彼の言葉にこちらを見ていた顔を背けた。
「……勝手にしろ」
抑揚の無い声色は愛しの一夏と二人きりで勉強出来なかった事への、鈍感な彼へとせめてもの反抗だったのだろう。
鞄を持ち、足早に教室を出ていってしまった。
「あっ、箒! ……悪いなハチ、箒も悪気がある訳じゃないんだけど、多分ハチとは初対面だから緊張してるだけなんだと思う」
苦笑を浮かべ後頭部を掻きながら言う。
笑みだけを一夏に返し、遅いと怒られるかもしれないと答えて鞄を手に持ち慌てて鞄を取りに自分の席に戻った彼と共に教室を後にした。
「織斑くんは織斑先生の弟だから大丈夫かもしれないけど、蜂谷くんはホントに大丈夫なのかな……?」
後ろから聞こえてきた小さな声に絶対隣の席の美少女犯してやる、そう心に決めながら。