一夏と共に奇異の視線に晒されながら廊下を歩く。
そして目的地に着いた。
「……何故道場?」
着いた場所が予想外過ぎて思わず聞いてしまった。
一夏たちは道場で勉強するつもりなのだろうか。
剣道大好きな篠ノ之箒が精神統一し易いからと道場を選んだのか。
俺の言葉に一夏は首を傾げる。
「俺も箒からここでやるってしか聞いてないからなぁ」
「やっと来たか」
一夏の声に続く様に声をかけられた。
そこには道着を纏った和風美少女篠ノ之箒の姿。
剣道の防具は付けておらず、汗の一つでもかいていようものなら欲情を誘う服装だった。
「箒、こんなとこで何するんだ? ISについて教えてくれるんじゃなかったのか?」
箒の服装には一切触れずに一夏が聞く。
「ISもスポーツだからな、体が動かなければ乗っても意味が無い。お前がこの六年間弛んだ生活をしていないか確認してやる」
そう言って竹刀を一夏に投げ渡す篠ノ之。
アウトオブ眼中ですね分かります。
とりあえずボコボコにやられちまえ一夏。
俺の願いが通じたのか「俺もハチも時間無いから早くISを教えて欲しいんだけどなぁ」などと呟きつつも竹刀を持って既に道場の中心にいる篠ノ之に対面する。
いつの間にか両端に置いてあった防具を二人は器用に身につけた。
互いに竹刀を向け合い試合開始、の瞬間に一夏撃沈。ざまぁである。
「……も、もう一回だ!」
構えを解かず固まっていた篠ノ之だが、何故か勝者がアンコールを申し込んだ。
それに応えて再び竹刀を構える一夏。
スタートと同時にデジャヴの如き瞬間ノックアウト。
またしても面をかました態勢のまま固まる篠ノ之。
「…………何故だ」
「ん?」
防具から漏れる篠ノ之の声。
それを暢気な声色で一夏が返した。
「何故こんなに弱くなっている一夏!」
何故か知らんが始まりました説教タイム。俺はこの場のオンリータイプ。
よく分からんが思考にダイブ。
恐らく一夏は小さい頃は剣道が強かったのだろう。
だがこの会わなかった年月で一夏は剣道をきっぱり辞めて技量が一般人レベルになってしまい、 あの頃の強くカッコよかった頼りになる憧れの幼馴染はそげぶされて時間の流れという名の現実を突き付けられ耐え切れず嘘だッと一夏に食いかかった。そんなところだろう。
無駄にあやふやな知識を現状と結合すればこんな問題は簡単に推察出来るのだよ。
俺など認識すら忘れて話す二人の会話から俺の推理が正しかった事が証明され、やまやんの温もりが恋しくなって来たタイミングで、見計らった様に一夏が俺を指差した。
「じゃあ今度はハチと戦ってみろって。セシリアにあんなハンデを言えるくらいなんだ。きっとお前も満足出来るんじゃないか?」
何がどうしてこんな話になったのか分からないが、心底どうでも良さそうな雰囲気を醸し出している篠ノ之と対面。
剣道の経験なんて一度も無いが見様見真似でやってみる。
一夏に防具を付けてもらった。
一つ、俺には能力がある。
「はじめっ!」
いつの間にか審判役を勝手に買って出ていた一夏が声を上げた。
ほぼ同時に動き出した俺と篠ノ之。
「ーーなっ!?」
「めーん」
俺の間延びした声が道場を支配した。
一夏は火蓋を切った状態のまま固まり、篠ノ之もまた固まっていた。
何故こうなったのか、何が起こったのか。
開始の合図がかかる、二人同時に飛び出す、早く自分の攻撃エリアに俺を入れた箒がすぐに決着をつけるため竹刀を持った両腕を振り上げる。
それを振り下ろすと同時に何故か俺の足の小指が床に引っかかり態勢を崩す、それを立て直そうと小指の激痛を堪えて手を前に突き出した。
その手の先には迫り来る篠ノ之の体。
そしてついに触れてしまった篠ノ之の柔らかい胸。
思わず握ってしまい、短い時間の中で何回か揉んでしまう。
それに気づいた篠ノ之が俺へと振り下ろしていた腕を咄嗟に自分の方へと引き寄せて彼女の竹刀は俺の横に逸れた。
何だかチャンスらしいと感じた俺は竹刀を振り上げて、片腕で胸を隠す様に抱える篠ノ之の頭に振り下ろした。
中々小気味良い音が響き、無事に一本を彼女から奪えたのだった。
俺の能力。それは自分に不幸が襲い、その結果助かるという果たして能力と呼べるのか只々運が良いというのかよく分からないスキルなのだ。
一夏からは俺の体に隠れて胸を触った事は分からないだろう。
恐らく彼には俺が態勢を低くして篠ノ之の面をかわし、その隙をついて彼女に面を入れたという風に見えたに違いない。
そう推察してみる。
「おお! すごいなハチ、全国大会で優勝した箒から良く一本取れたな!」
しかもカウンターかよ、一人白熱して俺に話しかけてくる一夏。
「こ、こんなのは一本とは認められるか!」
そんな彼に水をさす様に篠ノ之の怒鳴り声が遮る。
防具に隠れて見えないが顔を真っ赤にして怒っている事だけは容易に想像出来る。
篠ノ之の言葉に一夏は首を傾げた。
「認められるかって、俺から見ても綺麗な一本だったんだぞ? 剣道を知ってるお前が何言ってんだよ」
「どこが綺麗な一本だ! あ、あんな事するなど反則だッ!」
「何だよ、あんな事って?」
「ぐっ、そ、それは……」
一夏の問いに言葉が詰まった篠ノ之。
異性に、ましてや好きな男に胸を揉まれたなんて言える乙女はいないだろう。
両手を震えるほど握り俯いてしまった篠ノ之に一夏は何か気付いたらしく両手を叩いた。
「分かった。つまり箒は今の一本がハチのまぐれって言いたんだな?」
「わ、私は別にそんな」
「もう一回やって箒が勝てばさっきのはビギナーズラック、またハチが勝ったら箒の負け。それで良いだろ?」
再び言葉を詰まらせてしまった篠ノ之。
無意識に篠ノ之のプライドを刺激するなんて流石は鈍感系主人公である。
暫く俯いていた篠ノ之だが、顔を上げて俺へと向けてきた。
視線と共に竹刀を。
それはつまり再戦の合図。
「……良いだろう、私が自ら引導を渡してやる」
「いや、引導って言い過ぎじゃ」
「一夏は黙って合図をしろ!」
「はいッ!」
進路を決めたヒロインは強し、きびきびとした動きで片手を上げる一夏。
「蜂谷、と言ったな? 貴様には先程のお礼をしてやらないとな。竹刀を構えろ!」
背後に毘沙門天でも見えそうな雰囲気を撒き散らしながら竹刀を向けてくる篠ノ之に仕方なく竹刀を構える。
俺の望んだヒロインとの向かい合いはこんな状況じゃないが、これがきっかけになってくれるかもしれないから能力を信じて形だけ構えた。
「はじめッ!」
「はあああッ!」
「おわっ」
開始と同時に攻め寄ってきた篠ノ之の気迫に押されて思わず仰け反ってしまう。
一歩下がった足は先程の小指を痛めた方。
案の定治っていないそれは激痛を俺に送って寄越し、バランスを崩して後ろに倒れてしまう。
「そこだ!」
態勢を崩した俺を好機と見た篠ノ之が面の動作に入った。
今度こそ一本取られる、そう思ったね。
痛む足が踏ん張りつかずに数歩後ろに踏鞴を踏んでしまうまでは。
数歩下がったお陰で篠ノ之の剣先がすぐ目の前を下へと過ぎ去った。
「なにッ!? くっ」
竹刀を振り下ろした態勢を滑らかに胴狙いへと変えて水平に移した篠ノ之。
そんな彼女に気付かず転ばなかった事と痛みが引き始めてくれた事に安堵し、竹刀を構える事すら忘れていた。
それが功を奏すとは。
下ろした手に持っていた竹刀からとんでもない衝撃が走る。
驚いてその手を上げた。
驚いた拍子に思い切り力を入れてしまった足は小指から激痛が再来し、それから逃げる様に前へと倒れてしまう。
このままでは地面に防具を着けているとはいえ顔面から落下してしまう、そんなの怖いじゃないか。
支えようと上げていた腕を無意識に思い切り下げた。
デジャブの様な小気味良い音が響く。
「……片手面とか」
呆然とした一夏の声が聴こえた。
そこで初めて俺が彼女からまた一本を奪ったのだと気付く。
またしても篠ノ之は固まっており、流石に次も戦わされるのは勘弁のためその隙に竹刀を置いて籠手を外した手で面の紐を外した。
彼女が我に返る前に面を外して再戦の意思が無いことを示す。
面を外して久々に視界が広くなると、そこには道場の端で正座をし同じ様に面を外している篠ノ之の姿。
何て話しかければ良いか分からずに黙ってその光景を眺める。
防具を外し顔を左右に振る姿、そそります。
一夏は未だに呆けているのか身動き一つ取らない。
深呼吸する様に長くゆっくりと呼吸をして、やがて篠ノ之は開けた瞳を俺に向けてきた。
「蜂谷」
「なんだ?」
いきなり話しかけられたため普通に返す。
そんな俺を篠ノ之は目を僅かに細めたまま一切視線を逸らさない。
「……最初のあれはわざとか?」
「想像にお任せするよ」
掴んだのは偶然、揉んだのはわざとだ。
それはさて置きこれはチャンスじゃないか?
あの篠ノ之箒が織斑一夏の存在を介さず俺だけを見ている。
ここでどう動くかによって今後の篠ノ之攻略が大きく左右するかもしれない。
さて、どう動こうか。
「そうか……」
息を吐く様に呟いた篠ノ之の声。
「ハチ! お前やっぱ凄いんだな! あの箒から連続で一本取るなんて絶対出来ねえよ!」
突然元気になった一夏は先程以上に目を輝かせて俺に詰め寄ってきた。
「またカウンターでしかも片手面決めれるなんて、剣道の経験あるのか!?」
「偶然だ偶然」
やたらとハイテンションな一夏に短く返す。
やめろ近寄るなホモか。
「偶然で呂布みたいな箒に二回も続けて勝てるかよ!」
「ほう、一夏。誰が呂布みたいだって?」
「だから化け物染みた箒が……って」
喋るのと止めた一夏。
彼の横には無表情の篠ノ之。
「つまりお前は私の事を三国志の呂布みたいな家族も友達も誰もいない孤独な女らしくない筋肉質な化物と、そう思っていたんだな? 小さい頃からの幼馴染を」
「え!? い、いや、別にそこまで言って」
「そこまでは思っていなくてもそう思っていたんだな?」
「い、いや、だから」
「…………れ」
「は?」
「……竹刀を取れ」
「え?」
「貴様の腐った心を鍛え直す!」
「なんでだよ!?」
竹刀を突きつける篠ノ之、驚きのあまり仰け反る一夏。
よし、俺も攻めよう。
「鍛え直してもらえよ一夏」
「なっ!? ハチまで何言ってんだよ!」
「俺も彼女と打ち合って心洗われたしな、彼女の柔らかいむ」
「な、な、な、なにを言ってるんだ蜂谷!」
突然の矛先に狼狽えてしまった篠ノ之、更に責める。
「いやぁ、実に気持ちよかったなぁ。もう一回やりたいくらいだ」
胸を触ることだけをな。
「だ、駄目に決まっているだろ!」
「そうだよ戦ってやれよ! 箒はハチに負けてんだから拒める立場じゃないだろ」
優劣の逆転を察したのかここぞとばかりに一夏は俺の意見を押してくる。
いや、俺も戦いたくはないんだけど。
「だ、だから戦うのが嫌って訳ではなくて」
「じゃあ何が駄目なんだよ」
「くっ……うぅっ」
一夏の追求に言葉なく一夏を見てから篠ノ之が恨みがましく俺に睨んでくる。
微妙に涙目なのが非常に可愛らしい。
「やらないか?」
「誰がやるかぁぁぁぁッ!」
「何で俺ええ!?」」
竹刀が一夏の脳天を叩き、勢い良く崩れ落ちた。
肩で荒く息をしながら一夏を下した竹刀を俺に向けてくる。
「蜂谷! 貴様だけは絶対に許さないからな!」
ふんっ、と鼻を鳴らして竹刀を下ろした篠ノ之は更衣室と思しき扉へと大股で歩いて行った。
崩れ落ちた一夏、完全に敵認定された篠ノ之。
俺の思い描いてた青春と違う。
ちょろいやまやんを思い出し、結局やらなかったテスト勉強は彼女に教えてもらおうと篠ノ之が発見しにくそうな外に一夏を放置して足早にやまやんと俺の愛の巣に体を向けたのだった。