迷いに迷いながらやっとの事で辿り着いた山田真耶教諭の部屋。自称俺とやまやんの愛の巣。
中に入る、鍵はかかっておらずやまやんの俺に対するちょろさが伺える。
単に他の教師がいつ他の教師が来ても出れる様に寝るまでは開けているのかもしれないが。
昨日までは俺の存在を隠すために帰ってきたらすぐ鍵をかけていたのかどうなのか。
ドアが開く音に気づいた様でデスクに座り仕事をしていたらしいやまやんが勢い良く振り返った。
「は、蜂谷くん! 今までどこに行っていたんですか!?」
慌てた様に捲し立ててくるやまやん。
確かに外はまっ暗く時間は分からないがそれなりの時間迷っていたに違いない。
だがそうとは言え俺は男だ。
美少女じゃあるまいし夜でもここまで心配する必要はないはずだ。
まさか彼女は本当に俺に恋慕の情を抱いてしまったというのだろうか。ストックホルム症候群最高。少し違うかもしれないが。
「セシリアさんと決闘なんて何を考えてるんですか!」
なるほど、俺の帰りを心配していたわけでは無いと。
そして話題はあれか、昼間の一件か。
「大丈夫だって」
「何が大丈夫なんですか!」
そんなにかりかりするなよ山田氏。可愛い顔が勿体無いぞ。
「やまやんが教えてくれれば問題無いだろ?」
クラスの副担任である彼女が決闘という名の学力テストの問題を担任の織斑千冬と共に作るはずだから、彼女に出題内容と解答を聞いていれば満点間違いなし。
つまりセシリアが万が一満点を採ったとしても負けは無い、引き分けが精々である。
「やまやんって言わないで下さいッ! ISについては教えることは出来ますが……」
「なら問題無いさ」
やけに言葉を詰まらせるやまやん。
一体どうしたのだろうか。
「でも本番でIS同士での対決はどうするんですか!?」
……おうふ。
蜂谷くんIS動かせないじゃ無いですか、頭を抱えて悩むやまやん。俺も頭を抱えたい。
てかISで闘うとかなんだよ、聞いてねえし。
「どうすんだよ!?」
「私の言葉ですよ!」
睨み合う俺とやまやん。彼女の睨みは完全に小動物であり全く怖くない。
「俺はIS使えないんだぞ!?」
「知ってますよだから言ってるんじゃないですか!」
「どうすんだよ!?」
「だからそれは私のセリフです!」
今度こそ一緒に頭を抱えた俺とやまやん。
さて困った。
俺はいざとなったら逃げれば助かるが彼女は……。
そこで思い付いた。
「やまやん」
「何ですかもう! やまやんって言わないで下さい!」
苛立たしげに顔を上げる。
そんな彼女に笑顔を浮かべる。
「いざとなったら俺は逃げれる、だが君はどうだ」
「…………何が言いたいんですか」
俺の態度に何か感じ取ったのか妙に身構える彼女に言葉を続けた。
「つまりだ、最悪困るのはやまやん一人。なら必死に打開策を考えなければならないのはやまやん、君だ」
「うわ最悪だこの人! 私一人に責任をなすりつけるつもりですね!?」
ストレスの限界を超えたのか勢い良く飛びかかってきた彼女に胸ぐらを掴まれて前後に揺さぶられる。
か弱い細腕からとんでもない力が発揮されて視界が多いに揺れる、気持ち悪い。
流石はIS女子、見てくれのスペック以上を叩き出してくれる。
「ち、ちょっ、ちょっと落ち着けって……!」
「これが、落ち着いて、いられ、ますかッ!」
必死の宥めも実らず、ぶつ切りのテンポで言葉に合わせて思い切り揺らされる。
「貴方のせいでッ、貴方のせいなのにっ……貴方が……!」
揺する力は弱まらず、しかし言葉だけは次第に小さくなった。
俺の制服を強く握りしめて、揺する事を止めた彼女は膝から床に崩れ落ちた。
「……もう私だけ周りに怯えながら生きたく無いんです」
俯いているため顔は見えないが、その小刻みに震える肢体から彼女の様子は簡単に見てとれた。
一緒に暮らし始めた短期間だが、彼女は俺に怯えこそすれ周囲を警戒し憔悴している様な姿は見せなかった。
だがそれは彼女が必死に欺き続けた張りぼての姿だったのか。
「……教師として、私は偽装隠蔽という人間としても最悪な行為を行ってしまいました」
独り言の様に話すやまやん。
しかし俺に向けられていない様で向けられており不思議と意識を逸らす事が出来なかった。
「最初は、気が動転して考えが纏まらない頭で頷いてしまいました。貴方が私の部屋に住むと言った時は捕まる事覚悟で織斑先生に駆け込もうかと本気で考えました」
彼女の言葉に嫌な汗が背中に流れる。
あの時、何かボタンの掛け違いがあったら今頃俺は世界最強から直々に折檻を受けていた事になったのか。
「そしてとうとう偽装改竄隠蔽をしてでっち上げた貴方の書類や情報を登録した時、部屋で首を吊ろうと思いながら部屋までの廊下を歩いてた」
死にそうな表情ではなく死ぬ表情だったのか、あの時のやまやんは。
「部屋に戻ると貴方がいた。でももう関係無い、死のう。そう思っていたんです…………貴方に抱きしめられるまで」
長い沈黙の後に呟かれた言葉は今までの絶望といった声色から僅かに変わっていた。
「抱きしめられた私は必死に貴方から逃げようとしました。誰のせいでこんな思いをしなくちゃならないのか、机に置いてあるボールペンで刺してその後私も死んでやる。本気で怨みました。抱きしめられた力は余り強くなく本気を出せば簡単に脱出出来る……でも、そんな時貴方は言いました。『俺がここに来たのは君に一目惚れしたからだ。君には本当に悪い事をした、でも好きなんだ』って」
……やばい、そんな事言った覚えが無い。
俺の記憶が正しければこれからやまやんを抱く口実として早口で捲し立てたはずだったんだが。
「私を自殺まで追い詰めた本人が良く言うって思いました……でも、でも何でかそれを振り払う力が出なかったんです。分かってます、私が自殺寸前の精神状態でまともな判断が出来なかった事くらい。でも仕方ないじゃないですか。初めてだったんですよ、告白されたの」
彼女の言葉が早口になり始めた。照れているのか、そんな声色だ。
「その時、こう思ったんです。この人は力は弱くても頭脳で私を責め倒せる人だ、そんな人をボールペンで殺せるのか。もしこの人が死ななかったら私じゃない誰かがまたこの人に破滅の道を歩かされるんじゃないかって。だったらこの人は誰かが面倒を見てあげないとって」
小動物から力が弱いと言われて落ち込んだ俺は悪くない。
「なら、他の人に迷惑をかけない様に私が面倒を見てあげないとって。ひょっとしたら私を好きになった事が原因なら、元凶は私じゃないのかって」
そこで言葉を区切り、とうとう彼女は頭を上げた。
見上げた顔はメガネの奥が涙で溢れており、必死に浮かべようとする笑みは余りに歪んでおり笑みとは到底呼べるものでは無かった。泣き顔、そうにしか見えない。
「でも……教師ですけど、仕事はいつも織斑先生に助けて貰いながら与えられた事だけをこなしているだけなんです。織斑先生がいないと何も出来なくて」
「やまやん……」
気づけば声をかけていた。
何か伝えたい訳でもないのに無意識に彼女を呼んでいた。
俺の声に気づいたのかやまやんは今度こそ軽くだが笑みを浮かべる。
「教師ですけど、大人ですけど……結局私は一人だと何も出来ないんです。一人だと何をするにもダメでいつも怒られてばかり。誰かに頼られたくても誰かを頼りにしないと生きていけない人間なんです」
だから。
「だから……助けて下さい」
笑いながらの懇願。
「捕まりたくない、バレたくない、仕事を辞めたくない、そんな自分の事ばかりの私だけど、そんな自分勝手な私だから卑怯な事言っちゃいます。私は貴方に色々な便宜を図ってきました。だから今度は貴方が私を助けて下さい」
両手を服から離して床に崩れ落ちた。
いつの間にか俺だけが悪者だったはずがやまやんが悪になっている、流石はやまやん俺みたいにクズな男に騙されやすい純真な乙女である。
つまり今の状況、俺が彼女を助ければ俺は彼女の恩人となりこのシュチュエーション的に生徒と教師の枠を超えた感情を抱く事間違いなしだ。
よろしい、ならば攻略だ。
「顔を上げて、真耶」
「……だからやまやんって……えっ?」
刷り込みの様に言葉を返してきたやまやんだが、きょとんとした表情で俯いていた顔を上げた。
俺は今、紳士になる。
やまやんの頭に軽く触れる、優しく撫でた。
「逆だよ」
「えっ?」
「いつも、最初から俺って真耶に迷惑かけて、ホントに真耶には感謝してる。だから今度は真耶が困ってるなら俺に君を助けさせて欲しい」
言ってから気づいた、俺が紳士になるとこんな喋り方になる、ならもしかしてあの時やまやんには彼女が言った様に俺は言ってしまったのかもしれない。
まあどっちでもいいんだが。
「蜂谷、くん……」
呆然と見上げてくるやまやんに笑顔を見せた。
「さ、一緒に考えよう? 俺とやまやんは一心同体、言わば運命共同体なんだからさ」
それとも俺だけじゃ不安かい、キザっぽく彼女の輪郭を指で撫でながら言う。
我ながら気持ち悪い動作だが、余程盲信してのめり込んでいる奴か恋人か一時の高熱にやられて雰囲気に呑まれた奴なら気持ち悪くは思われないだろう。彼女がそうだ。
俺の言葉にやまやんはハッとした様に思い切り顔を左右に振った。
「うっ、ううんっ! は、蜂谷くんが手伝ってくれるだけでも凄く助かるから……」
正確には俺が毎度やまやんに手伝って貰うなんだが、感情の起伏が激し過ぎて事の本題を忘れているのかもしれない。
それは好都合であり、折角彼女の方から用意をしてくれた状態だ、ありがたく利用させて貰う。
このままなし崩し的に俺はやまやんの恩人、無くてはならない存在に仕立て上げる。
どうやるかは未定。
とりあえずは時の流れに身を任せて雰囲気に乗っかる。
「真耶、二人しかいないんだから二人の時はハチって呼んでよ」
紳士に少し疲れて若干フランクに話しかける。
「ええっ!? で、でもでもっ私は先生で蜂谷くんは生徒とですし……」
何故か顔を真っ赤にして否定するやまやんには気づかれなかった様だ。
紳士終了、普通に戻る。
「先生と生徒って、教師の部屋のベッドでセックスする様な関係の事?」
「セッ!? せっ、せっ、せっ……あ、あれは、その……あ、あれはまだ先生と生徒さんでは無かったからセーフですっ!」
顔を真っ赤に両手をわたわたと振りながらセックスの単語も言えないやまやん可愛い。
もっと虐めたくなるじゃないか。
「最初は俺が一方的だったかもしんないけどさ、途中から真耶だって俺の背中に両手足回して喘いでたじゃん」
「な、なななな!? そ、そんなはずないです! は、初めてでそんな、痴女の様に乱れよがり狂うだなんて……」
そこまでは言ってねえよ。
「で、でもでも、気持ちよかったのは事実だし……私と蜂谷くんってあれかな、相性、がいいのかな……?」
真っ赤な顔で次々と自爆を撒き散らすやまやん。
面白そうだから止めない、寧ろ撮っている。
「……って、そんな話じゃありません! って、な、なに撮ってるんですか!?」
やがて我に返ったやまやんが俺に言ってくる。
これだよ、そう答えて終了し保存されたばかりの動画を再生した。
『気持ちよかったのは事実だし……私と蜂谷くんってあれかな、相性、がいいのかな……?』
「キャーーーーッ! け、消して! 消して下さいぃ!」
先ほど以上に顔を真っ赤にしたやまやんが俺の携帯を奪おうと立ち上がり手を伸ばしてくる。
身長が高い俺の方が有利であり、思い切り手を上げた状態で携帯を彼女から逃がす。
爪先立ちになり体重を寄せてくるやまやんの体は豊満な胸を惜しげも無く俺にくっつけ、耳元で手を伸ばしながら漏れる微かな吐息は妙な艶かしさを含んでいた。
彼女の視線は数秒前までの彼女が映っている携帯のみへと注がれている。
「んっ……くっ……んんっ!?」
突如驚いた様にやまやんが声を上げた。
当然だろう、何せ俺が彼女にキスをしたのだから。
驚いた拍子に手を引っ込める。
それを見てゆっくりと唇を離した。
離れた見えたのは相変わらず真っ赤な顔で瞳を情欲に潤ませたやまやんの姿。
「ほら、好きな子ほど虐めたいって言うだろう?」
「……卑怯です。さっき私は卑怯って言いましたけどやっぱり蜂谷く、ハチの方が卑怯だよ」
僅かに唇を尖らせながら言って、次は彼女の方から唇を触れ合わせてきた。
既に夜だが、日付が変わるまではまだまだ時間がある。
……ISの決闘の話が何も決まっていない、どうしよう。