静まり返った教室を出る。
廊下は他のクラスメート達で騒がしく、先程の静寂が嘘のよう。
やがて一つの教室に入る。
扉を閉めると廊下の喧騒は聞こえなくなり、防音性能の高さが伺えた。
「それで、ここまでして私を呼んだ理由はなんですの?」
聞こえてきたのは今まで一言たりとも声を発さなかった彼女。
もしかして本当に降参するためだけにわざわざ呼びましたの、そう問いかけてくる彼女の言葉に反して声色はそうではないと確信している様な違和感があった。
朝は蔑んだ表情で見てきたが今は僅かに違う気がする。
さっきは教室で無駄な時間を食ってしまったから早めに話しておこう。
「セシリア」
「あなたにファーストネームで呼ばせる事を許した覚えはありませんわ」
「……オルコット」
「なんですの?」
さり気無く名前で呼んでみたが案の定看破されていた。
気を取り直す。
「オルコットに頼み、いやお願いがある」
「……もしかして本当に降参するおつもりですの?」
俺の言葉にセシリアの声色が朝の様に下がった。
時間が無いため気にせずに進める。
「オルコット」
そう言った俺に彼女が息を飲んだ音が聴こえた。
それもそのはずだ。
「願いを聞いてくれればお前の奴隷でも小間使いでも何でもやるから。頼むセシリア」
彼女の返事を待たずに俺は頭を下げた。
土下座である。
その態勢で告げた。
「今度の決闘であいつを、織斑一夏を倒してくれ」
「…………え?」
少しの間を開けてようやく喋った彼女の声は、そんな間の抜けた声だった。
「頼む」
そんな彼女の姿に意を介さず床に頭を擦り付けるまで再び頭を下げる。
「いっ、一体どういうことですの!?」
次に聞こえてきた慌てた声に、頭を上げずに答える。
「俺は自分以外にISが使えるあいつ凄いと思ってた。俺と違って世界中に公表されてもああやって明るく生活しているあいつが。仲良くなりたいと思った、そしてあいつから少しでも勉強できればって思ってた」
そこで一旦言葉を止める。
「……でも違かった。あいつはISが使えて世界最強の人間を姉に持って、恐らく降りかかってくるであろう社会の醜い部分から周りのやつを、姉を、その世界最強の弟という肩書きを護るために必死で努力してるんだろうと思ってた。でも昨日、見てしまったんだ」
そう言ってポケットから携帯を取り出し一つの画像を表示してセシリアに見せる。
「……これは、一体」
再び息を飲んだ後に呟かれた彼女の言葉。
「情けない話だけど俺は弱い、見たことは無いけど昔剣道をしていたあいつには勝てない。だけどセシリア、君なら勝てる」
セシリアに見せた画像は昨日剣道場で最後に篠ノ之から鉄槌を喰らい頭から床に突っ伏している一夏の姿。
偶然にも制服の胸ポケットに忍ばせていた小型カメラで撮影した画像。
画像には竹刀を片手に持ち佇む篠ノ之と頭から床に突っ伏す一夏のツーショット。
「あいつは誰もいない剣道場で篠ノ之箒に幼馴染のよしみだって頼んでた。彼女の姉、ISの生みの親である篠ノ之束に、お前に負けない最強のISを送ってくれって」
俺の言葉にセシリアがどんな顔をしているのかは見えない。
ただ制服を握っているであろう手の握力が強くなった事だけは分かった。
床につけていた顔を上げる。
見上げるとそこには案の定険しい表情のセシリア。
「自分では何も出来なくてお前に頼んでる時点で俺もあいつと一緒だ。けど、それでも自力では何もしなくてコネだけで勝とうとしているやつを俺は許せない。だからオルコット、力を貸してくれ」
もう一度頭を下げた。
そのまま動かず、彼女もまた何もアクションを起こさない。
そして少しの時が流れ、無情にも始業を告げるチャイムが鳴った。
「……始業のチャイムですわ、さっさと行きますわよ」
そう言ってセシリアの声は遠ざかる。
彼女がこの部屋を出るために踵を返したのだ。
ダメだったか、それだけがしんきょうを占める。
セシリアが扉に手を触れた音。
だがすぐにはそれが開かれる事は無かった。
「……貴方に言われずとも私が彼を倒す事には変わり無いですわ。負けるはずが無いですもの」
そう言って扉は開かれる。
そりゃそうだ、彼女は負ける気で一夏と闘う訳じゃ無い。
むしろ負けるはずが無いと思っているんだ。
早とちり、根本から違かった。
失敗した。
「ですが私の小間使いになりたいんでしたら、授業に遅刻なんてみっともない真似はしないで下さる?」
そんな時に聴こえた声。
顔を上げるがそこには開いた扉があるだけ。
彼女の姿は無かった。
先程の言葉を反芻する。
つまりセシリアは自分が一夏を倒すことは頼まれずとも当たり前のことだが、俺の願いも聞いてくれる、そう捉えて良いのかもしれない。
流石はやまやん直伝のあえて自分を悪に仕立てて同情と共感を誘う作戦だ。
昨日のやまやんの姿を見て後々ふと思いついた作戦である。
さてこれで彼女も一夏にある程度の嫌悪を抱いただろう。
先程仕立て上げた織斑一夏という存在はセシリアが一番嫌う媚び諂う男なのだから。
とりあえず俺も授業に出なければならず教室に向かう。
颯爽とほれぼれする様な態度で先に歩いて行ったセシリアには悪いが俺はゆっくりと向かわせてもらう。
授業に遅刻するなとは言われたが、そもそもがチャイムが鳴った後に教室に入ったセシリアの時点で遅刻なのだ。
結局遅刻には変わり無いんだから俺が教室に入るにはもう少し待ってもらおう。
離れたところから教室内を覗き、織斑千冬に名簿チョップされて涙目になっている彼女を見ながらトイレに向かうことにしたのだった。