川崎の脇に腕を通してまず、手近にあった彼女の腹を撫でるようにして洗う。痛みが伴わないよう慎重に、そして丁寧に。・・・怒られたくないからね。
「あっ」
タオル越しに俺の手が川崎の腹に触れると彼女はとても悩ましい声をあげた。その声に反応して俺は一瞬手の動きを止めたが、彼女からの催促を声を予測してまたすぐに手を動かす。
俺の手が腹の表面で動く度に川崎はその身をよじり腰をくねらせた。女性でありながらもその身長は同年代の男たちとそこまで大差ない。そんな彼女の身体が風呂用の小さい椅子の上でくねくねと揺れ動くものだから、俺は彼女がふとした拍子にその椅子から転げ落ちてしまわないか心配になる。
「くっ・・・んぅ・・・」
「大丈夫か?」
「ふぅっ・・・・何が?」
姿勢をそのままに川崎はあっけらかんとした様子で話す。しかしながら彼女の声色には艶を感じる。
「いや・・・その、痛みとかは」
「ん、ないよ」
ふむ・・・まあ本人がそう言うのなら問題ないのだろう。彼女のことばかりを気にかけていたら今度は洗う手が止まってその分風呂からあがる時間が遅くなってしまう。
ファミレスでのハプニングのせいでメシにありつけなかった俺の腹の虫がいつグウグウと鳴り出すか分からない。俺は洗う手を急がせる。
「そうか。なら今度は腕を洗うぞ」
「駄目。もう少し続けて」
川崎の脇に通していた腕を引き抜いて彼女の身体から自身の身体を離そうとしたその瞬間、彼女の方からそんな声があがった。
しかし彼女の腹はもう既に肌の色が見えないくらいに泡まみれだ。これ以上どうしろと言うのか。
「いや、もう十分じゃないか? 他のところも洗わないと風呂をあがる時間が」
「・・・あたしの言う通りにするって言ったでしょ?」
唐突に川崎が肘を曲げて俺の腹を小突いてきた。あー、これはあれですね、川崎さんおこですね。
しかし、こうして川崎が怒る理由が俺には見当が付かなかった。理由も分からないのにそれをハイそうですかとは素直に受け入れられない。
「そうは言っても、これ以上どう洗えと?」
「洗い方なんていくらでもあるし、そのまま上半身の方も洗えるでしょ」
「いや・・・あと俺が洗えるのは肩と、精々脚くらいなもんだ。上半身その他は自分で洗ってくれ」
男の俺が洗うには抵抗がある部分が女性の身体には多くある。ただでさえ心を磨り減らしながら手を動かしていたというのに、これ以上望まれても俺はそれに答えられない。
「はぁ・・・あんたどんだけ真面目なの?」
「俺は俺が持つ奉仕精神に基づいてそうしているだけだ。他には何もない」
「はぁ・・・でも、その割にはあんたのそれ・・・ビンビンじゃん」
川崎が視線を俺の身体の下の方に移してそう言った。彼女の視線に釣られてそこを見ると申し訳程度に被さっていたハンドタオルを膨張した俺の肉棒が持ち上げていた。
なるべく意識しないように努めていたのだが、どうにも雄の性は隠しきれないらしい。
「これはその・・・・ただの生理現象だ」
「あたしの身体触って興奮してたんじゃないの?」
「ちが! ・・・わなくもないが、そういう目的があってお前の提案を受け入れた訳ではないことは理解してくれ」
「ったく。素直になればもっと凄いところも触らせてあげるのに」
川崎が俺の目を捉えて悪魔的な言葉を口にする。しかし俺の下半身で猛々しく反り返る肉棒とは対照的に、俺の頭はこの状況で僅かながら冷静さを取り戻していた。
「川崎・・・・それは違うと思う」
「・・・・・」
その僅かながらに生まれた冷静な気持ちをバネに俺は川崎に俺が今持つ素直な気持ちをぶつける。
川崎は俺の言葉に沈黙を返す。顔色は変わらず、ずっと俺の目を見据えている。
「俺とお前の関係は、正直そこまで深くない筈だ。本来ならこうしていることもイレギュラー。有り得ないんだよ」
いくら川崎のミスが原因であっても、彼女がここまでしてくれる道理はない。いや、正確にはシテくれたあとであるが。それでもだ。
「こういうことはもっと、仲を深めた間柄の男女がすることであって・・・・だな」
今更こうして正論を説くのは間違っている。それは分かっている。分かっているからこそ、越えてはならない一線を越えない為にこうしてギリギリのところで俺は踏みとどまった。
「お前の俺への謝罪の気持ちはもう十二分に伝わってる。だからもうお前はそういう意味で俺に何かしてくれなくても良いんだよ」
川崎の目的が俺への謝罪と誠意であるなら、それはもう貰ってる。
俺と川崎の間に流れる、長い沈黙。
給湯器が作動するその音だけが、静かに風呂場に鳴り響く。
この沈黙が何を意味するのか、俺には分からない。
俺の気持ちが川崎に伝わったのかどうかも定かではない。
でも、これでいい。俺は川崎に対してもう何も求めていない。これは本心だ。
いつまた卑しい気持ちが俺の中に沸いてくるやも知れんが、彼女を傷付けるような真似だけは絶対にしない。
「あんたの考えてることは、よーく分かった」
長い沈黙を最初に破ったのは川崎だった。彼女は身体を半身こちらに向けてまた真っ直ぐに俺の目を見据える。
「つまりは理由が欲しいんでしょ? こういうことをする、正当な理由が」
「いやだから、こういうことをする意味はもう無いんだよ」
「意味が無きゃこんなことしてない。あんたはあたしが誰とでもこうする尻軽女だとでも思ってるの?」
「それだけは断じて思ってない。お前みたいなやつがそんなこと」
「じゃあ何かしら理由があってこうしてるって、あんたも分かってるんでしょ」
「それは俺に対しての謝罪や誠意の気持ちの現れだろ? 思慮深いお前のことだ、今日は最後まで俺に尽くそうと考えてたんだろ?」
川崎の表情が険しくなる。眉間に皺が寄って、彼女の拳は固く握られる。
自分がどれだけ生意気なことを言っているかは分かってる。しかしここで言っておかなければそれは有耶無耶になっていつまでも尾を引く。今日の出来事は今日の内に完結させておかなければならない。
「お前のその気持ちはとても嬉しい。本当さ。誰かにここまで良くしてもらうなんて久しぶり、いや初めてと言っても過言ではない(妹の小町は除く)」
「でもそれ以上の気持ちは要らない。俺には勿体ないからな。その心は弟の大志や妹のけーちゃんにでも分けてやってくれ」
また訪れる沈黙。しかしその沈黙はすぐにまた川崎によって破られた。
「人の気持ちも知らずに、よくもそうやって次々と言葉が出てくる」
川崎が大きく身体を動かして俺と正面きって向かい合う。コンマ一秒俺の視線は彼女の身体に向くが、すぐにまた彼女の熱い視線と対面する。
「いや・・・知らずにってのは間違いか。さっきあたし、言ったもんね」
「何を」
「そこは惚けるんだ」
「だから何を・・・・!」
川崎が顔を俯かせる。急なことに俺は自分の口調が強くなり過ぎていないかどうかこれまでを振り替えって自問自答する。
ほんの少しの沈黙のあと、川崎が俯いていた顔をあげて震える声で口にする。
「あたし・・・あんたのことが好きなんだよ」
肩をぷるぷると小刻みに震わせ、顔を紅潮させて、眼をうるうると滲ませながら。そう口にした。
「どう? これであんたの言う正当な理由・・・出来たでしょ・・・・?」