継母の連れ子が元カノだった、いまは僕の父親とヤってる 作:大中小太郎
そして今夜も、僕こと、伊里戸水斗は夢を見る。
元恋人の結女と義理のきょうだいとなって、しばらくしてから見るようになった、夢の世界。
その夢の中で、結女は、僕の父親・峰秋と肉体関係になった。
これに端を発して始まった淫らな日々、僕はそのほとんどを、幽霊のような姿で眺めていた。
元カレの僕を忘れ、義父との情交に堕ちていく結女を、指をくわえて見ることしかできなかった。
全ては夢だ。
普通の夢じゃないことは分かっているけど、その原因は僕の心理にあるはずだ。
だから僕は――家を出た。
これ以上、結女の痴態を傍観する日々を送らないために。
僕の胸中にある、元恋人である結女への執着心を断ち切るために。
夢の中でそうして意味があるか分からなかったけど、僕は伊里戸家を出た。
結果として――夢の内容は、少し変化することになった。
家を出た僕が、町をあてもなくさまようという内容に。
(ここは……近所の公園、か……)
夢が始まると、僕は公園にいた。
空は夕暮れ、僕は制服を着ている。放課後だろうか。
実体は、ある。
両足で地面に立っているし、手を伸ばしたブランコの鎖にも触れられる。
(スタート地点が、家の中じゃなくなった……一応、出た意味はあったのかな)
以前なら、大抵は自室で目を覚ましていた。
そして浮遊霊のような状態となり、結女と父がまぐわう様を見せつけられた。
家を出ると決めて以来、そうではない。
記憶にある町のどこかで目覚め、結女と父の姿もない。
(と言っても……行くあてもないし、お金もないし、そもそも店が開いてないんだよな)
これはこれで、なかなかの苦行だった。
目の前にPCとネット環境があったら、夜明けまで時間を潰すのは、睡魔を無視すれば容易だ。
でも、一文無しで町に放り出されると、この難易度は跳ね上がる。
散歩とも言えない夜の徘徊を、疲れることのない足で、延々と繰り返すしかなかった。
(なんにせよ、分かったことは二つ……)
連日、夢の町並みを歩き回って、気付いたことがある。
この夢の世界には、『僕たち』しかいない。
僕たちとは、つまり僕と、結女と由仁さんと父のこと。伊里戸家の面々のことだ。
それ以外の人間は、モブだ。
背景に溶け込んだ群衆、状況に合わせて生じているオブジェクトのようなものでしかない。
夢を見ているなら気にならないのだろうけど、明晰な意識で見ると、人ではないと分かる。
もうひとつ――この夢の世界は、伊里戸家を中心にして構築された異界だ。
異界というのはつまり、現実世界の地形を忠実に再現していないということ。
行き慣れたコンビニや、体に染みついた通学路なんかは、概ね記憶にある通りだった。
でもそこから一歩外れて、歩き慣れていない道を通ると、途端に無秩序になる。
見覚えのない景色をしばらく歩いたかと思えば、いつの間にか、我が家の前に立っているのだ。
まるでRPGのステージのように、活動可能な場所そのものが限られていて、画面端に辿り着くと次のフィールドへ飛ばされている。そういう移動を何回かすると、まるでスタート地点に戻されるかのように、伊里戸家の前に運ばれるのだ。
そして家からは、結女や由仁さんの甘い悲鳴が漏れ出ている。
まるで、夢が僕に『お前の居場所はここだけだ』と言うように。
まるで、僕の心がまだ、この家の中に起きる淫靡な光景を見たがっているように。
まるで、家出するといって玄関を出た幼子が、舌の根も乾かぬうちに帰ってくるように。
家を出ることはできても、家から離れることはできない。
僕の夢に起きた変化とは、そういう中途半端なものだった。
家から出ることはできても、釈迦の手の平からは出られていないという感覚。
だから僕は、ブランコに腰を降ろして日没を眺めている。
歩き回っても徒労に終わるし、なにより――
(家に、帰りたくない……)
ついつい、自宅の方を意識して、そのたびに思う。
学生が放課後に帰宅拒否……思春期にはありがちだけど、僕の場合は深刻だ。
なにせ家に帰れば、父が再婚相手やその娘とセックスをしていて、僕は浮遊霊化するのだから。
(せめて……誰かいないのか……?)
かといって、ここで一人ただ時を過ごすのも苦痛だった。
この感情を、端的に言葉にするなら――寂しい、だ。
世界の住人が伊里戸家しかいない夢で、その伊里戸家を出てしまった僕を襲うのは、孤独だった。
現実の僕は、孤独を苦にしないどころか好む人間だ。
だからといって、限度というものがある。
誰にも見つからない生霊のような状態を体験して、そんな僕を辛うじて認識しうる存在だった家族から離れたいま、過剰な孤独感が心を苛む。
家では誰も僕を認識してくれない、家の外に出てみれば誰もいない。
何もイベントが起きない世界で、無為に時間を過ごし続ける――僕が見ているのは、そういう悪夢だった。
「あれー? 伊里戸くんじゃん」
唐突な声に、顔を上げる。
――南暁月が、いた。
「…………」
僕は絶句していた。
この夢の世界で、結女や由仁さんといった『家族』以外と接触するのは初めてだからだ。
前に一度、浮遊霊状態のときに見かけたことがあった気はするけど、声を掛けられたのは初だ。
「こんなところで何してんの?」
「……君こそ、どうしてここに?」
「あたしはちょっとお散歩。ここってなんか落ち着くっていうか、思い出の場所なんだよねー」
よく分からないことを言う南さんだった。
いつも学校で見かける制服姿、いつも教室で聞いている明るい声。
間違いなく、南さんだ。
(本物……だよな? 他のモブみたいな人影とは、明らかに違う……)
この南さんには、意思の存在を感じる。
結女や由仁さんと同じ、手を伸ばせば触れられる、この夢の中において『実在』する人物だ。
僕は思わず、自分の股間を意識した。
この夢では強制的に性欲が昂ぶる。
前にその影響もあって、義母の由仁さんを襲ってしまったのは僕だ。
今回はそれが南さんに起きるのかと思ったが……そういう発情は感じない。
落ち着いた、フラットな状態の、安定した思考力を保てている。
(大丈夫、だよな)
僕は警戒心を解いて、改めて南さんを見る。
「で、伊里戸くんはなにしてるの? なんか落ち込んでない?」
「ちょっと、時間を潰したくて」
「なんで?」
率直に聞いてくる南さん、現実の彼女と同じ遠慮のない性格が、いまは安心させられる。
そのせいか、僕は端的に答えていた。
「ちょっと、家族と気まずくなっちゃって」
「あー、ご両親が再婚したんだっけ? そっかー、急な家庭環境の変化ってやつだね」
微苦笑する僕に、南さんはすぐ察してくれた。
流石に、あの伊里戸家で何が巻き起こっているかまでは知らないはずだけど。
「じゃあさ、うちに寄ってく?」
「え……」
不意の提案に間抜けな返事をした。
「日が沈んだら流石に冷えるし、お茶くらい出すよ?」
「でも……迷惑じゃないかな」
「別に? 子供の頃からこーくんが入り浸ってるし、私が友達を連れてくるくらいよくあるし」
南さんの家は客人を歓迎する気質のようだ。
(まあ、いいか)
僕はお言葉に甘えることにした。
いまはそういう、ごく普通の友達との時間が欲しい。
いいや、友達でなくとも、僕を認識して会話できる、意思のある人間なら誰でもいい。
正直、現実では色々あって苦手な南さんだけど、いまの僕には地獄に垂れてきた蜘蛛の糸だ。
思えば僕は、結構まいっていたんだろう。
この夢に現われる人間は、基本まともな状態ではないのだということを、忘れていたのだから。
○
「じゃーん♪ すごいでしょこの部屋! どれも自慢の写真だよ!」
僕が案内された暁月さんの部屋は――結女の写真が張り巡らされていた。
それもただ貼っただけじゃない。
壁一面に、天井まで、隙間なくびっちりと貼られた写真は、まるで結女の等身大ポスターだった。
「……すげぇ」
「えへ、そうかなぁ~」
思わず感嘆の声を上げると、南さんは額面通りに受け取って照れ始める。
いや本当、この情熱だけはすごいよ。すごく怖いよ。
「これ、隠し撮り?」
「スナップショットだよ? ほら、これとかよく取れてるでしょ?」
「明らかに家の中で撮られたと思しき写真もあるんだけど……」
「愛の成せる業だよ!」
結女の写真は様々で、制服で玄関を通る写真や、部屋着で寛ぐ写真まで。
中には際どい角度から撮られた写真もあり、視点から察するに隠しカメラでの撮影だ。
……ここに居るくらいならあの家の方がマシかもしれない。
「さあさあ、自分の家だと思って寛いでいいからね?」
「これを我が家だと思えるほど、僕は正気を失ってないよ」
「なに言ってるの! 私が写真の結女ちゃんなのに対して伊里戸くんは生結女ちゃんでしょ!?
むしろ伊里戸くんの方が私より上級者だよ!」
「まるで僕がこういう目で結女を見ているような扱いは止めてくれないか」
言っておいて、そんなことを言う資格があるのか疑問だった。
僕だって南さんほどじゃないけど、あの家での淫らな出来事を日々チーミングして……
(待て)
僕はそこで血を凍らせた。
南さんは、過去に我が家に不法侵入したくらいのストーカー上級者だ。
そんな彼女が、こんな写真を撮れるくらい、我が家の『内部』を知り尽くしている。
だとしたら……
「気付いた?」
南さんの笑顔が怖かった。
目に輝く妖しい光、常軌を逸した人間に特有の爛々としたものを感じる。
南さんはノートPCを持っており、何か操作すると、その画面を僕へと向けた。
「私、ぜーんぶ知ってるよ♡」
そこには、結女と父の姿があった。
天井あたりから撮られた映像だ。画は鮮明で、父と結女の姿が細部まで分かる。
薄手の部屋着を着た結女が、父とキスをする光景だった。
『んちゅ♡ ちゅ♡ お義父さぁん♡』
『結女、いいかい?』
『うん♡』
二人は立ったままリビングで抱き合い、互いの唇を貪り合う。
やがて父は結女をソファーに押し倒し、服を脱がせていく。
結女も父に応えるように、自ら脱ぎ捨てる。
裸になると、結女は父の股間に顔を近づけ、ズボンから逸物を取り出して口に加えた。
「な……なん、で……」
その映像を映すPCの先には、南さんの不気味な笑顔がある。
「最初はね、あの公園で露出プレイしているのを見かけたの」
運命の出会いを語るように言う間にも、映像では父と結女のセックスが始まっている。
『ほら結女、君の大好きな騎乗位だよ』
『ああんっ! あっ、ああ、好きぃ!』
結女は父の上に乗り、腰を振って乱れている。
僕は……いつもの癖で自分の肉棒を握りそうになり、拳を握って止めた。
「どう? 気持ち良さそうでしょう?」
「き、君は、あの二人のことを、ずっと知って……?」
南さんの、粘りつくような笑顔が、僕の質問への肯定だった。
「ふふ、やっぱり、同じ家にいる伊里戸くんが気付いてないわけないよね」
南さんは僕の眼前にPCの画面を近付ける。
父の上で腰を振り、髪と胸を揺れ動かして乱れる結女の、恍惚とした表情が見えた。
『お義父さんっ、大好きです♡ だからもっとぉ……んむ!? ちゅぷ、れろ、ちゅるっ♡』
体を引き下ろされて、父に覆い被さるようにキスをする結女。
父は下から腰を打ち付け、カメラのマイクが肉の打ち合う音を拾う。
「私ね、いつもこの映像でオナニーしてるの♡ 結女ちゃんと同じ快感が欲しくて」
南さんは映像を切り替える。
玄関で立ちバックされる結女、風呂場で手淫される結女、トイレでセックスする結女。
僕すら知らなかったようなシーンが、南さんの手元にある。
「南、さん……君、自分がなにしてるか分かってるのか!?」
「伊里戸くんがそれ言っちゃうの?」
小首を傾げる南さんが、また別の映像を再生する。
――それは、僕が由仁さんを襲っているときの映像だった。
「っ!?」
僕が聞いた通りの悲鳴を上げる由仁さんを、僕が異様な表情で犯している。
……なんだ? こいつ。本当にこの暴漢が僕なのか?
自分が過ちを犯す姿を、第三者の視点で見るのは、こんなにもおぞましかったのか。
「本当はね、ちょっとした『おまじない』のつもりだったんだ」
南さんが懐かしむように言って、PCを閉じる。
視覚的なプレッシャーから解放された僕は、彼女の不可解な言葉に気付いた。
「おまじない?」
「そう、現実の方で、伊里戸くんの家に忍び込んじゃったことがあったでしょ?」
その口振りは、南さんがここを夢の世界だと認識していることを意味してもいた。
元々、エキセントリックなところがある南さんだ。
こういう非常識な事態にも、容易に適応できたのだろう。
「そのときにね、ちょっとした恋のおまじないをしたの。
『夢の中で好きな人に会える』っていう、図書館の本で読んだおまじない」
夢の、中で……
その単語は、僕らの置かれた状況と、怖いくらい重なっていた。
「それ、は……どういう……」
背筋が凍る。言語化できない衝撃で、問い掛けをうまく言葉にできない。
そんな僕の混乱を見通したように微笑む南さんが、まるで絵本に出てくる悪い魔女にさえ見えた。
「えっと、好きな人の名前を書いた紙を指定の順序で折りたたんで隠すの。
それが誰にも見つからなかったら、おまじないは成功。
伊里戸くんの家に行ったとき、リビングでそれをしたの」
リビング――
夢の中で、好きな人と、会える。
「他にも『夢の中で会えたら結ばれる』とか『夢で見たいものを見られる』とか」
夢の中で会えたら、結ばれる……
見たいものを、見られる……
南さんの口にした、一部に女の怖さを感じるおまじないの数々が、僕の脳裏に木霊する。
それは、僕が目にしてきた出来事と、深い関係があるようにも聞こえた。
「そしたら、こうなっちゃった♡」
再び、南さんがPCをこちらに向ける。
今度は静止画像――結女がリビングで父と交わる瞬間の、悩ましい姿を捉えたものだった。
騎乗位で艶然と微笑む結女、絶頂に顔を歪める結女、義父に乳首を吸わせる結女――
一瞬を切り取ったその画像は、映像とは異なる毛色の衝撃を与えてきた。
「どういう、ことなんだ? つまり、この夢は……」
「あはは、たぶん、私がしたおまじないのせいじゃないかなー。
どっかで手順を間違えたのか、別のおまじないと併用したのがいけなかったのかな?」
少し申し訳なさそうに笑う南さんを見て、眩暈がした。
――まじない。
漢字にすると『呪い』。
可愛らしいことに見えて、実は女の情念が発露している、恋の呪い。
現実世界で、南さんは、僕の家のリビングで、そういうことをしたという。
「冗談、だろ? そんな、おまじないなんかで……」
「でも、実際、こういう不思議な夢を見てるよね?」
疑う僕に、南さんは小首を傾げる。
「夢って……たしかに夢だけど……そうだ、これは僕が見てる夢なんだぞ?
だったら、君だって……」
「伊里戸くんの夢の登場人物だって? そう言われても困るなー。
伊里戸くんこそ、私が見てる夢の登場人物じゃないって、私に証明できる?」
なんだその新手の『胡蝶の夢』みたいな問答は。
ただ、証明できるかと言われれば、すぐには思いつかない。
それに、目の前にいる南さんに、明確な存在感を感じてもいる。
「きっとさ、ネットでいう『部屋』みたいなものなんだよ。
私のしたおまじないで『夢』ができて、その夢に伊里戸くんや私がアクセスしてるみたいな?」
普通、夢といったら、見ている人間の脳内にある。
言うなればローカル、外部とは接続されていない状態だ。
そこに、オンラインゲームのように、複数の人間が接続できる『共有の夢』があったら?
だとしたら……荒唐無稽を承知で、その前提に立つなら。
僕も、ここにいる南さんも、現実世界でベッドで眠っているその本人であり……
「なら、結女も……」
「うん、本物の結女ちゃんってことだね」
ガシャン――と、頭の奥で、何かが割れる音がした。
薄々、感づいてはいたんだ。
これが普通の夢ではなくて、あの結女も僕のイメージしただけのものではないと。
(だったら、いままで見てきたもの、全部……)
あれは本物の結女だった。
あくまで夢の中、普通の精神状態ではなかったとしても、
僕の父とセックスをして、その快楽に溺れた淫らな女は――間違いなく結女だったのだ。
継父の肉棒をしゃぶったのも、媚びた言葉で誘惑したのも、気絶するほど絶頂を愉しんだのも。
全て、結女の意思、彼女の選択に基づくものだったのだ。
「改めて考えるとおかしいよね。私はちゃんと紙に『水斗くん』って書いたのに、
なんで結女ちゃんとお父さんがエッチしてるんだろ?」
眩暈を起こしていた僕の耳を、南さんの疑問が通り過ぎていった。
しかし僕からすれば、これまで見てきた夢の不可解な部分に、いくつか説明がつく。
「その『おまじない』って、普通は自分の家でするものじゃないか? 好きな人の家じゃなくて」
「言われてみればそうだよね。相手の家に上がれる関係ならもうおまじないなんていらないし。
そっか……こういうおまじないって、やり方を間違えると大変なことになるのが定番だけど、
これってそういう事態なのかも?」
小首を傾げる南さんがした『おまじない』は三つ。
夢の中で好きな人に会える、夢で会えた人と結ばれる、見たいものを見られる。
補足すると、おまじないが行われたのは『伊里戸家』のリビングであること。
「おまじないを、相手の家でやったから……」
「ああ、だから伊里戸家の皆さんが全員対象になっちゃったんだね」
ぽんと相槌を打つ南さん。
本来なら、『南さんが』『好きな人と』『夢の中で会う』というものだったのだろう。
しかし伊里戸家で行ったことで、主な舞台が『伊里戸家』に置き換わったのではないか。
僕と、結女と、父と、由仁さん、そしておまじないをした南さん。
恐らくその五人が、この夢の世界の『主要人物』だ。
「その『好きな人』っていうのも、恋愛感情とは限らないんじゃないのか?」
「そっか、家族的な好きも含むなら、夢の中でご家族同士が会うことになるよね」
「『夢の中で会えると、結ばれる』んだよな?」
「あー、うん、たしかに『結ばれた』よね」
たぶん、南さんは『結ばれる』を、両思いになる的な意味だと思ったのだろう。
でも実際は、肉体的な意味で結ばれてしまった。
恋のおまじないと言えば聞こえはいい。
でも、恋愛感情は『性欲』だ。
特定の相手と『つがい』になりたいという感情なのだから、性欲に由来する感情だ。
夢の中では、理性が薄れ、本能が増す。
そんな夢の中で『恋』を刺激されるということは、性欲を喚起されるのも同義ではないか。
「そもそも、なんでその、紙に書いた好きな人が、僕なんだ?」
「なんでって野暮だなー。伊里戸くんにもプロポーズまでしたの忘れたの?」
ああ、そうだったな。
僕と結婚すれば結女と義理のきょうだいになれるからという、なかなかの理由だったな。
「『見たいものを見られる』っていうのは、望んだものが夢に出てくるとか、そういう意味か?」
「夢に関するおまじないでは定番だよね。実際、私は結女ちゃんの魅力的なところ見れてるし♪」
楽しげに周囲の写真を眺める南さん。
ああ、たしかにそういう意味では僕も『見たいもの』を見てきたな。
理性では否定しつつも、本能で見入ってしまう、結女の淫らな姿を。
たぶん、僕と南さんは屈折したパターンだ。
普通はもっと素直に、『夢の中で魅力的な異性に出会う』とか、そういうことが起きるだろう。
結女や由仁さんあたりはそうなのだろう。父の姿が、自分の理想的な男性に見えているのだ。
(そういう、ことだったのか……)
改めて整理しよう。
南さんは、結女に対する執着心を動機に、伊里戸家でおまじないをした。
しかしおまじないの手順を間違ったため、企図していない効果を発揮した。
儀式の場所となった伊里戸家を中心に、複数の人間がアクセス可能な『夢』ができた。
恋のまじないは性欲の喚起となり、会った人を両思いにする催眠術となり、欲望を叶える幻覚薬となった。
そこで、結女と父が出会った。
だから二人は結ばれて、愛し合うようになった。
僕も由仁さんに対して過ちを犯した。
父と由仁さんは、夫婦として当たり前に愛し合っている。
伊里戸家という場所に関わりの深い男女が、倫理や常識を無視して、愛し合うようになったのだ。
なぜ僕が浮遊霊めいた状態だったのかなど、疑問はいくつかあるけど、大きな流れはこんなところだろう。
「いやー、なんかごめんねー。まさかこんなことになるとは」
「っっっ! なにが『ごめんね』だ!!」
僕は、頭を掻いて詫びる南さんに詰め寄った。
「うわっとと、伊里戸くん落ち着いてよっ」
「落ち着けるわけあるか! 君がおかしなことをしたせいでっ! 僕はっ、結女はっ!!」
南さんの肩を掴んで声を荒げるが、南さんは怯えた様子もない。
大の男に詰め寄られても、本気で恐怖はしていない。
「ちょっと待ってよ、たしかに恋のおまじないを間違ったのは私かもしれないよ?
でも、誰が誰とセックスするかなんて、私が決めたわけじゃないんだよ?」
「っ!」
物わかりのいい自分の性格と頭脳が、このときは恨めしかった。
南さんの言うことに、一理あると分かってしまった。
(たしかに、南さんは夢っていう『部屋』を作ってしまっただけだ。
結女と父さんがああなるよう仕向けたわけじゃないし、僕が由仁さんを襲ったことだって……)
夢の発端は、たしかに南さんだ。
しかしその準備された場所で、何をどうしたかは、僕たちの意思や本能が決めたこと。
結女を襲ったのは父だ、義父と関係を続けたのは結女だ、由仁さんをレイプしたのは僕で、許したのは由仁さんだ。
これら全てを、全て南さんのせいだと言うことはできない。
夢を準備したのは南さんのまじないでも、その内容を決めたのは、僕らの心なのだから。
「それに、結局は夢なんだよ? 目が覚めれば綺麗さっぱり忘れちゃうし、現実の私たちには影響ないんだよ? 伊里戸くん、この夢を見るようになって以来、現実でなにか変わった?」
南さんに問われ、僕は現実世界での生活を思い出す。
……なにも、問題は起きていない。
最近の出来事と言えば、父と由仁さんに夫婦の時間を与えるため、僕と結女が家を空けたことくらいだ。
僕は木暮の部屋に、結女は南さんの部屋に泊まって、ベランダで少し昔を振り返った。
僕と結女は相変わらずで、父と由仁さんはラブラブで――
この夢の中で起きる退廃的な出来事なんて、言葉の端にも表われていなかった。
つまり、被害と言えるようなことは、何も起きていなかった。
「…………」
僕は南さんから手を離した。
このままでは、由仁さんのときと同じ過ちを犯しかねない。
あんな虚しい思いをするのは、二度とごめんだ。
「んー、えいやっ!」
「うわっ!?」
すると突然、南さんが僕を投げ飛ばした。
まるでクッションでも扱うように軽々と、放り投げられる。
落下先はベッドの上、驚く僕の上に、南さんが身軽に飛び乗る。
「あはっ。やっぱり、夢の中だと男女のフィジカルの差なんて無いんだね。
たぶん『そういう認識』があるか無いかの違いだけで」
「な……っ」
僕の腰に跨がった南さんが、楽しそうに見下ろしてくる。
大の男を放り投げた南さんが怪力なのではない、単に夢の中だからだ。
男は女よりも重くて大きくて強いもの――という思い込みを捨てれば、こうなるらしい。
「ねぇ伊里戸くん。私と伊里戸くんって似てると思わない?」
呆然とする僕に、南さんの眼光が詰め寄る。
手にはノートPCを持っており、そこには――
「結女ちゃんが、お義父さんとセックスするところを見て、興奮してるとこ」
――自慰をする僕が映っていた。
誰もいない家の中で、結女の部屋やリビングで魔羅を掻く、僕の姿が。
ああ、これは、家を出ると決めた直前の僕だ。
映像には映ってないけど、このとき僕の目は、父と結女がまぐわう光景を幻視していた。
なんて……情けなくて、惨めなことをしてるんだろう。
傍から見れば家具に欲情してオナニーしているようにさえ見える。
しかし経緯を知る南さんから見れば、結女と父のセックスを想起して自慰をしていると分かる。
「だからさ……お互い、オナニーに足りないものを補ってみない?」
「足り、ない……?」
南さんは、僕の股間に視線を下ろす。どこか見下すように。
僕の股間は、いつのまにか、大きくいきり立ってしまっていた。
南さんの体付きは起伏に乏しいが、それでもここまで密着すれば異性を感じる。
由仁さんのとき以来となる『女体』に、僕の体は興奮してしまっていたようだ。
そんな醜態を晒して混乱する僕に、南さんは爛々と輝く目で詰めより、こう言った。
「結女ちゃんのこと見ながら、二人でエッチしよ?」
○
『あんっ♡ お義父さん、はやくぅ♡ お母さんが帰ってきちゃう♡』
『まったく、帰宅したばかりのお父さんに腰を振らせようなんて、困った子だね』
リアルタイムの映像らしい。
映像の左上に『○REC』の赤字が表示されている。
場所は結女の部屋であり、結女が帰宅した父を制服姿で引っ張り込んだのだ。
『だって、お母さんが来たら、お義父さんの搾り取られちゃうでしょ?』
『ちゃんと結女と由仁さんで平等に中出ししてるだろ?』
お互いに服を脱ぎ始めている。
あまりにも慣れたような、生活感すら感じるセックス前の男女だった。
「ふふ、まだだよ伊里戸くん。ちゃんとお義父さんと同じように前戯してから挿れてね?」
「…………」
その映像を見る南さんは、ベッドで仰向けになり、正面にノートPCを置いている。
僕はそんな南さんに覆い被さり、寝バックで挿入する準備を整えていた。
無言で、彼女の命令に従いながら。
『ああ、結女のパイズリフェラ、上手になったね』
『んんっ♡ うれ、しぃ♡ もっと、しゅるぅ♡』
娘のベッドに腰掛けた父に、結女が胸と口で奉仕している。
自分の部屋だというのに、真の主は父であるかのような振る舞いだ。
「あは、フェラってそんなにいいのかな? いまは映像見えなくなっちゃうから、後でね?」
南さんは自分の指をしゃぶりながら、結女の痴態に瞳を濡らしていた。
僕は南さんの薄い胸に触る許可をもらって、背後から胸をまさぐっている。
すると、映像の父と結女が体勢を変えた。
結女が父に正面から抱き付き、対面座位の姿勢をとる。
カメラで斜め上から見下ろすのは、僕も初めて見る角度だった。
「伊里戸くん、先っぽ、準備して」
「……」
僕は黙って言われた通りにする。
忘れかけていたけど、南さんは僕が由仁さんをレイプした映像を持っている。
これ、結女ちゃんに見せたらどうなると思う? などと言われれば、僕に逆らう余地はなかった。
無言なのは、南さんの「結女ちゃんの声に集中したい」という注文による。
『結女はこの体位が好きだね』
『うん♡ だって、お義父さんに抱っこされて、キスもいっぱいできるもん』
『結女の好きな、真下から突き上げる角度もとれるし、ね!』
『ふぁぁんっ♡』
映像の父が結女の腰を引き落とすと、結女が喉を逸らして嬌声を上げた。
「伊里戸くんっ、早くっ!」
僕は南さんの膣にあてがっていた肉棒を、慌てて挿入する。
「くぁぁっ♡」
南さんは声を殺して、膣内に入ってきた肉棒に呻く。
「やっぱり、本物だと、違うなぁ♡ 結女ちゃんは、お義父さんとで、私は息子さんと。
へへへ♡ 私いま、結女ちゃんと繋がってるぅ♡」
屈折した悦びを口にする南さん。
少なくとも、僕をセックスの相手として尊重していないことは間違いない。
「ほら伊里戸くん。お父さんと同じように動いてってばぁ」
僕は父と結女の姿を見ながら腰を振った。
『結女、気持ちいいよ。結女のおまんこ、すごく絡み付いてくる。とても嬉しそうだ』
『あっ♡ やっ♡ 言わないで、恥ずかしいっ♡」
映像の中の父は結女を攻め立てる。
そのたびに僕のペニスを包む南さんの秘部が、結女を再現するように蠢く。
「んっ、くぅ♡ 結女ちゃん、エロい♡ すごくエッチで可愛いよぉ♡」
南さんが見ているのは僕ではなく、映像の結女だけだった。
僕は僕で映像の二人とペースを合わせてピストンする。
(なに、やってるんだ? 僕は……)
二度と見まいと決めた結女と父のセックスを見ながら、自慰ではなくセックスしている。
結女をストーキングする変態を相手に、同級生の女の子を相手に、友人の元恋人を相手に。
(ああ、でも、南さんの膣、気持ちいいな……)
由仁さんと違って、南さんは狭く、キツい締め付けで肉棒を掴んでくる。
男に快感を与えることには、まだ慣れていない印象だ。
それでも、性感過敏なこの夢では、すぐに射精しそうになるのを必死に堪えるほど快感だ。
『あっ♡ あんっ♡ きもち、いぃ♡ すぐっ、イキそうっ♡』
結女は快楽に身を震わせながら、甘い声で鳴いている。
「結女ちゃん、私も気持ちいいっ♡」
南さんは結女の声を聞きながら。絶頂へと駆け上がっていく。
(これ、セックスじゃないな。ディルドの代わり。南さんが僕を使って、オナニーしてるだけ)
心に深い虚しさがあった。
愛のないセックスはそういうものだと聞くけど、風聞以上だ。
勃起した肉棒を突っ込んでいるのに、自分の男の象徴を届けているのに、相手の女はこちらを見もしない。マグロとは別の種類の、ひどくやり甲斐のないセックスだった。
『ああああイクッ♡ お義父さんっ♡ 突いてっ、いっぱいイかせてぇぇ♡』
結女の声に応じるように、南さんに激しく腰を打ち付ける。
南さんは服の袖を噛んで堪えながら、結女の声に集中していた。
南さんが感じているのは、僕のモノではなく、結女をイかせている父のモノなのだ。
僕も、南さんの性癖に当てられて、南さんを通じて結女とセックスしているような錯覚を抱いた。
「結女ちゃんっ、結女ちゃぁん♡」
(結女っ、結女っ!)
なるほど南さんの言った通り――僕たちは、似たもの同士なのかもしれない。
『あああああぁぁぁぁぁっっっっっ♡♡♡』
父に両手両足を抱き付かせて絶叫した結女を見ながら、二人同時にイってしまったのだから。
「っぷはぁ。へへ、伊里戸くんもやるねぇ♡ 誘ってよかったぁ♡」
「ああ、僕も……あ、ごめん、中に……」
「あっ、バックでするみたい! お願いね伊里戸くんっ!」
南さんに答えようとした僕だったけど、南さんはすぐ映像の結女と父に見入る。
父は結女をベッドで四つん這いにして、後背位から挿入しようとしていた。
「ちょ、ちょっと待って。僕いまイったばっかりで」
「え? じゃあディルドっ、そこにあるからっ!」
部屋の一角に丸出しにしてあったディルドを手に取る。
まさか触れる日が来るとは思わなかったけど、僕はそれを遠慮がちに南さんの膣へ。
『ああああお義父さんっ♡ わたしイったばっかりでっ♡ ああイクっすぐイっちゃぅ♡♡』
「ふあっ♡ すごっ♡ 自分でやるのとっ、全然ちがうっ♡ もっとしてぇ♡」
僕にそう懇願しながら、南さんは僕を振り返ることはなかった。
南さんにとっては、やはり結女が一番であり、次の興味が僕の父で、僕はその代替物なんだろう。
(こんな、酷いセックスって、あるんだな……)
心情的にこっちを見ていない相手を、ただ気持ちよくするための作業だ。
体だけ求められて自分勝手な運動をされる女は、こんな気分なんだろうか?
(ああ、でも、こんなのでも勃つもんは勃つのか……)
僕の逸物は、さっき射精したばかりだっていうのに、むくむくと鎌首を持ち上げてきた。
「ふぇ? ああんっ♡」
南さんから引き抜いたディルドの代わりに、復活した僕のペニスを侵入させる。
結女のバック姿勢に合わせて腰を持ち上げると、南さんは驚きながらも視線をPCから離さない。
むしろ結女と完全に同じ体位になって興奮が増したようだ。
『んぁぁぁっ♡ もっと♡ お義父さんっ♡ おしりっ、お尻も叩いていいからぁ♡』
「あんっ♡ 伊里戸くんっ♡ わたしも、おねがぁい♡」
僕は父とタイミングを合わせて、南さんの尻を叩いた。
映像の父と動きを合わせると、僕も父と同じように、女を手に入れる男になれた気がした。
(かなり特殊だけど、女ができたんだ。僕にも女ができたんだ!)
いつしか僕の思考は、南さんの異常性を無視して、目の前の女体に集中していく。
普通ならこんな関係はお断りだ。
でも、このまま南さんを拒絶して家に帰っても、父や結女や由仁さんとする姿を見ながら自慰をするだけだ。
(こっちの方が、セックスできるだけ、いくらかマシだっ!)
自棄になったような思考で腰を振っていると、皮肉にも父と同じタイミングで達してしまった。
『あああぁぁぁっっっいくうううぅぅぅっっっ♡♡♡』
「わたしもっ、イクぅぅぅ♡♡♡」
僕が南さんの膣に精液をぶちまけて、荒い息を繰り返す。
全身の力を搾り取られたかのようだ。父はよくこんなことを何回もできるな……なんて、思わぬところで同情してしまった。
「えへへ……これ、気に入っちゃったぁ」
南さんが、初めてPCの画面ではなくこちらを見た。
「伊里戸くん、今日から、よろしくね?」
「ああ……」
僕は気のない返事をしながらも、今後は南さんを相手に射精することに決めた。
夢の終わりが近付いているのを感じる。
(そうだよな。結局、夢なんだよな……)
捨て鉢な感情を抱きながら、僕は吐き捨てるように笑う。
オカルトが絡んでいようといまいと、所詮は夢。
この出来事もやっぱり、現実の伊里戸水斗には、欠片も届くことはない。
だったらもう、夢の中の僕が悩んだり悔いたりすることにさえ、何の意味もない。
であれば、どんな醜態であろうとも、自分にとって気持ちいい方を選んだ方がマシじゃないか。
そんな風に考えながら、僕は再び、南さんに覆い被さるのだった。
結果として――夢の内容は、少し変化することになった。
望んでいたような変化では、なかった。
【幕間・南暁月2 了】
ご一読いただきありがとうございました。
暁月ちゃん再登場、および説明回でした。
次回から『いさな編』です。