※この作品はR-18です。

継母の連れ子が元カノだった、いまは僕の父親とヤってる   作:大中小太郎

20 / 32
※エロ描写より男女のめんどくさい心情描写が多くなっております


【挿絵表示】



幕間・水斗✕結女(挿絵追加)

 

 

 

かの有名なシュレディンガーの猫。

生きている猫と死んでいる猫の排出確率が50%ずつの単発ガチャ。

量子力学の世界では異なる状態が同時に存在しており、観測するまでその状態は確定しないこと。

その学説に否定的だったエルヴィン・シュレディンガーが、

「へいボーイ、じゃあ箱を開けた途端に猫が50%で死ぬようにしたら猫が二匹になるのかい?」

などと皮肉ってみたら、本当にその通りだったという数奇な経緯で知られている。

 

人の心と、よく似ている。

僕らの心は量子と同じように、目に見えなくて、現実世界の物理法則なんか意にも介さない。

矛盾した状態――例えば『好き』と『嫌い』、『愛してる』と『憎悪する』は同居できる。

蓋を開けるまでどちらが出るかは持ち主にも分からないし、誰かの箱を確かめようとしても、

確かめ方――つまり観測しようとする行為が、時に相手の胸の内を左右してしまう。

 

こういう、難解で不安定な心の箱を、相手の手の届くところに置く。

そしてお互いの箱を開いたり開かれたり、開こうと躍起になったり開かせまいと閉ざしたり。

それに夢中になることを――人は『恋愛』と呼んだりするのだ。

 

矛盾が内包されるから、箱の中身がどうなっているかなんて、時として持ち主にも分からない。

勇気を出して確かめても何が飛び出すか分からないし、大事な局面ほど望まぬ感情が現れる。

ソシャゲのガチャなんかよりずっとたちの悪いものに、恋する者は弄ばれる。

それでもやっぱり箱の中を知りたくて、開いてもらおうとしたり、覗き込もうとしたりする。

 

現実世界で散々に苦しめられたその行為を、僕と結女は、この夢の中でもやろうとしていた。

 

 

○

 

 

気がつけば、僕は夢の中におり、誰にも見えない浮遊霊となって、結女の背中を追っていた。

結女は何も言わず、ただ何かを探すように、夢の中をさまよっている。

そんな結女を中心として、情景はころころと変わった。

 

「…………」

 

例えば、学校の図書室。

いま通っている高校の図書室じゃない。

中学時代の図書室――僕と結女が恋人になり、恋仲を楽しみ、そして別れた場所。

僕にとっても、結女にとっても、元恋人を強く想起させる場所だ。

 

結女はそこで、ぼんやりと夕日を眺めたり、椅子に座って机に頬杖をついたりしている。

中学時代の制服姿で、しかし髪型や顔立ちは現在の結女のままで。

急に中学の制服を着たのは、彼女の意思というより、心理的なものの反映だろう。

結女は無言の時間を過ごした。

まるで……誰かを待っているかのようだった。

 

「…………」

 

ふと気付けば、夢の情景が変わっている。

いつの間にか周囲は、祭りの喧噪に包まれていた。

夢の中に現れた曖昧な人影たちが道を歩き、休み時間の学校に似た騒々しさを生む。

どこかから聞こえる祭り囃子、町の明かりに追い払われる夜空の星々。

 

「…………」

 

結女はそれを、浴衣姿で、何も言わずに見送っていた。

店の壁際に腰を降ろして、迷子のように誰かを待つ。

その場所は、かつて僕とデートしたとき、迷子になった彼女を僕が見付けた場所だった。

でも、再現されているのは、そのときじゃない。

 

たぶん、これは、その翌年の光景だ。

僕と結女の関係が冷えてしまい、一緒に行くことのなかった年のお祭りだ。

その日なら、僕は家にいた。祭りなんてどうでもよかった。喧噪が疎ましくすらあった。

でも……結女は違ったんだろう。

これが結女の記憶の再現なら、彼女はここにいたのかもしれない。

僕が誘わなかった夏祭りに、たった一人で。

あるいは、一年前と同じように、僕がここに駆け付けるのではないかと期待して。

 

だとしたら……どうして僕は、結女を誘わなかったのだろう。

あの頃は恋愛というもののストレスフルなところに直面していて、電話もできなかった。

それでも、結女がこんなに寂しそうに僕を望んでいると知ったら、僕だって……

後悔と、罪悪感と、彼氏としてすべきことをしなかった自分への嫌悪感が、僕を苛む。

 

「…………」

 

結女は何も言わない、僕も何も言わない。

僕に関しては、この状態では何か言っても聞こえないからだ。

だから、結女を注視している。

彼女に見つからないこの体を活かして、彼女の『箱』を覗き見ようとしている。

僕が言葉で観測することで結果を左右されない、ありのままの本心を知りたがっていた。

 

――そしてまた、場所が変わる。

 

(ここは……結女の家、か)

 

伊里戸家ではなく、綾井家。

結女が伊里戸姓となる前に、住んでいたマンションの一室。

過去に一度、僕も足を運んだことがある。

風邪を引いた結女の手を握った、彼女の部屋だ。

僕と付き合っていた頃の……心が僕でいっぱいだった頃の結女、その部屋だ。

 

「…………」

 

結女は昔を懐かしんでいるのか、あの頃より成長した姿で、ベッドに腰掛けている。

制服姿で、もう戻れない昔を惜しむように。

やがて結女はベッドで仰向けになり、漠然と天井を眺め始めた。

僕はそんな彼女を横から眺めている。

 

なにも起きていないに等しいその時間が、苦にならなかった。

やがて結女のまぶたが降りて、寝息を立て始めるまで、さほど時間が経った気がしなかった。

制服を着たまま眠ってしまった結女の寝顔も、見ていて飽きない。

窓の外で夜が深まる間ずっと、僕は結女のことを愛でていた。

起きていて、言葉を交わさない分には、こんなにも愛おしい気分になるあたり……

 

「まだ、好きなんだな。僕は……」

 

現実では表に出せない、元恋人への未練を、見付けてしまった。

見付けたというより、あると分かっていたそれを、あるのだと『認めた』というべきか。

認めたがらない感情を認めること――

それをすることは、人の心の健康や成長に欠かせないことなのだと、ものの本で読んだ気がする。

 

「伊里戸、くん……」

 

そのとき、結女が僕を呼んだ。

 

――その言葉が、聞きたかった。

 

日を跨いで後をつけていた結女が、いまようやく、僕のことを口にした。

行動から明らかではあったけど、彼女の心は、僕と会って話すことを望んでいる。

 

(体が……)

 

ふと気がつけば、僕は実体をもっていた。

ほんの一瞬前まで、何にも触れられない生霊状態だったのに。

結女に呼ばれたことが原因だというなら、これは、結女への想いが成したことなのかもしれない。

 

(いま、なら……)

 

思えば初めてのことだ。

僕が、結女の前で、実体を持っていることは。

そして実体があるということは、性欲を反映するものがあるということ。

 

肉眼が結女の肢体を捉える。

視覚は前からあったというのに、肉眼で見ると脳への影響力というものが違う。

夢の中でも視床下部といった体の構造が再現されるのか、意思に関わらず下半身が熱を持つ。

動悸、呼吸、血流といったものが速くなる。

生きている実感さえ抱く。体があるということはなんと幸福で、気持ちのいいことなのだろう。

そして、もっと気持ちよくなる方法が――いま僕の手の届く場所にあった。

 

(結女が、僕を、呼んで……求めて、いるなら……)

 

結女は僕を探して、夢の中をさまよい続けた。

そしていま、ベッドの上で僕を求めている。

だったら――という自分の思考に、それでいいのかという疑問すら湧かなかった。

 

由仁さんを襲ってから久しく、南さんに触れなくなってからも日数が経っている。

欲求は蓄積しており、いま目の前に女体があるなら。

ましてやそれが、最も僕の欲求を掻き立ててきた、結女ならば。

 

(いい、よな……)

 

ためらうことなんて、もうできなかった。

 

 

○

 

 

僕は眠る結女に近付いて、ベッドに手をついた。

ベッドが微かに軋みを立てる。結女に目覚める気配はない。

真上から見下ろした結女は、改めて見ても――綺麗だった。

ベッドの上で清流のように広がる長い黒髪、白磁の肌、桜色の唇。

この夢の中では、現実よりも色香を宿して大人びている、僕の元恋人。

こんな綺麗になる結女を、昔の僕は、なぜ捨ててしまったんだろう。

あの日、別れなければ、この結女は僕の恋人のままだったのに。

僕以外の男に抱かれることなんてなく、あの甘美な喘ぎ声を僕だけに捧げていたはずなのに。

 

「っ!」

 

結女と父の行為を思い出してしまった僕は、歯噛みしながら――結女の胸に手を伸ばした。

柔らかい感触が手に広がる。

制服のブレザーの上から、ただ手を沿えた程度だというのに、服なんてないかのようだ。

 

(これ、が……結女の、胸……っ!)

 

指先から脳天まで電流が走る。

胸の奥から得も言われぬ満足感が広がる。

男の手を吸い込むように柔らかくて、包み込むように温かくて、女を主張するように弾力がある。

 

「……ん」

 

結女は寝息を立てたままだ。

まだ大丈夫――そう考えた僕は、より結女の胸を感じるために、制服のボタンを外していく。

ひとつずつ丁寧に、焦らず、ゆっくりと。

やがて現れたのは、ブラジャーに包まれた結女の乳房。

見るだけなら、この夢で何度も目にしてきたのに、初めて目の当たりにするような感動があった。

他の誰かのものではなく、僕の前に差し出されたものとしてあるからだろう。

言い訳のしようもなく、僕の本能が、好きな女の乳房を前にして歓喜している。

そのせいだろう。気がつけば僕の手は、ブラのホックを外すべく動いていた。

 

(起きるな。起きないでくれ……)

 

祈るように、静かにフロントホックを外した。

薄いピンクのブラが左右に開かれ、それをゆっくり剥がしていくと、結女の白い膨らみが露わになった。

 

「っっっ」

 

思わず喉が鳴る。

香り立つ結女の匂いが、嗅覚を通じて媚薬のように思考を支配する。

掴みきれるか否かというくらいの白い半球、先端にあしらわれた薄桃色の乳首。

僕の両手は、自然と、そうと自覚するより先に、結女の乳房へと伸びていく。

柔らかな双丘を揉むと、掌が幸せで包まれるような感覚がした。

 

「……ぁ……」

 

ふと漏れ聞こえてくる結女の声。

起こしてしまったかと思ったけど、どうやらそれは違ったらしい。

僕の手の動きに合わせて、結女が吐息を零しただけだ。

 

(感じてる? 感じてるのか? 結女が、僕の、手で……っ!)

 

僕の手で、結女が性感を覚えている。

ただでさえ理性が麻痺していた頭が、その事実でいっぱいになる。

 

「は、はは……っ」

 

いま結女は、僕の父に抱かれていない。僕の手中にある……!

いま結女を感じさせているのも父じゃない。まぎれもなく僕の手だ……!

むしろいままでが間違っていたんだ。結女は僕の恋人なのだから、これが正しい形なのだ!

僕の結女、僕の恋人、僕以外に恋なんてしないし僕以外に抱かれたりしない僕専用のヒロイン。

今日までの悪夢に歪められていた結女が、ようやくあるべき姿に戻ったのだ。

今日までの悪夢なんて全て演出だ。邪な義父に辱められていた結女が、ようやく主役の元に戻ってきたんだ!

 

「結女……っ!」

 

もっと触れたい。もっと味わいたい。僕にはその資格がある。

欲望のままに、結女の胸を責め立てる。

 

「……っ……ぅ、くっ……ん、っ……」

 

結女は寝苦しそうに顔をしかめる。

けれどそれも一瞬のこと。すぐにまた、気持ちよさそうな顔に戻る。

普通なら起きる頃だろうが、夢の中であるせいか、結女はまだ目覚めない。

それをいいことに、僕は結女に縋りつくようにして体を重ね、その胸に顔を埋めた。

 

「ぁ……」

 

無意識にか、結女の手が僕の頭に触れた。

抵抗しているのではなく抱き寄せているのだと、僕は勝手に解釈した。

 

「綾井、綾井……っ」

 

結女ではなく、旧姓の綾井と呼ぶ。

僕と付き合っていた頃の呼び方だ。

僕と義理のきょうだいではなく、あの男の義娘にもなっていない頃の呼び方だ。

そう呼ぶことで時間は巻戻り、僕と結女は恋人に戻って、故にこの行為は正当なのだと、自己暗示のように繰り返した。

 

「ん……んっ」

 

寝言のような声を漏らす結女。

その口唇が艶っぽく濡れていたから、気がついたときにはもう、キスをしていた。

 

「っ」

 

甘い。

舌を差し入れると、結女がほんの少し、応えるように絡めてきた。

無我夢中で、発情した犬のように、結女の唇を貪り、首筋や鎖骨を舐め、胸を掴んで吸い付く。

そのひとつひとつが、あまりに甘美な体験で――僕の思考は一度ずつ、念入りなくらい、正常さを奪われていく。

 

「……ん……っ、あ……」

 

もう結女が起きているかなんて、どうでもよかった。

何も言わず、喘ぐ声だけ聞かせて、無抵抗でさえあればいい。

とにかく、僕が結女の身体を好きにできるこの時間を妨げなければいい。

そうして上半身をたっぷり楽しんだ僕は、結女のスカートに目を向けた。

ゆっくりと、めくり上げていく。

現れた下着は薄ピンクで、レースのついたセクシーなもので、僕の興奮を煽った。

 

「…………」

 

思わず唾を飲み込む。

気がつけば僕の股間は隆起しており、ズボンの下で逸物が張り詰めている。

身じろぎするだけで、下着との衣擦れで感じてしまい、下手をすると達しかねない。

それほどまでに、今の僕は限界寸前だ。

早く結女と一つになりたい。

父のように結女を抱きたい、あのクソ親父より感じさせて、どっちが上なのか思い知らせてやる。

そんな衝動に突き動かされるまま、僕は結女のショーツを下ろしていく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

荒い呼吸は僕のものか、結女のものか。

脱がせる途中、クロッチ部分が糸を引くのが見えてしまった。

その光景はあまりにも淫靡で、ここに僕以外の者が侵入したかと思うと悔しくて――

 

「くそっ、くそっ!」

 

慌ただしくズボンのベルトを外し、下着をずらして、いきり立った怒張を取り出す。

女の膣内にこれを入れる方法は、もう由仁さんで体験済みだ。あの時と同じでいい。

……なにか肝心なことを忘れている気がするけど、きっと些細なことだろう。

 

「僕だ、今度は僕だ、僕がヤるんだ……っ!」

 

うわごとのように呟きながら、僕は結女の足を開かせ、ペニスの先端を割れ目にあてがう。

ぬちっと音が鳴り、亀頭がわずかに沈み込んだ。

 

「ぁ……」

 

結女が切なげに吐息を漏らす。

目は閉じたまま、頬が少し上気していた。

まだ起きていない、起きていてもその目が僕を捉えていないなら構わない。

 

「ぁ……あっ」

 

腰を押し進めると、僕の分身が結女の中へ沈んでいく。

熱くうねる肉壁に吸いつかれ、それこそ本当に溶けてしまいそうな感覚に襲われる。

 

(これが、結女の……っ!)

 

1ミリ進むごとに、深い達成感が広がる。

ようやくだ、ようやく僕は結女を抱ける。あの男から奪い返せるんだ!

そう思った途端、ゆっくり挿入しようと思っていたことも忘れて、本能のまま腰を突き入れた。

 

「ああ……っ!!」

 

結女が震える。

半開きになった口から、悩ましげな声が漏れた。

薄く目が開いているようにも見えたが、僕の意識は結女との結合部に集中していた。

 

「っく、ぐう!」

 

僕はもう我慢できず、ピストン運動を開始する。

パンッと音が鳴るほど強く打ちつけるたび、結女の乳房が揺れるのが見える。

僕は当然の権利であるかのように、両手でその胸を掴み取り、逸物と両手で結女を味わう。

 

「はぁ……はぁ……結女……僕が、してやる……お前は、僕の、恋人だろっ!」

 

結女は喉の奥で声を殺すように呻くだけで、声を上げて喘がない。

快楽に酔った僕が、自分でも意味の分からないことを呟いて、ベッドを軋ませる音が響く。

 

「……っ、ん……はぁ……っ」

 

結女は目を覚まさない。

夢が僕に味方して結女を眠らせているのか、あるいは彼女が僕の手を望んでいるのか。

きっとそうだ、そうに違いない。

ここは本来なら僕を対象とした恋のおまじないで生まれた夢なのだから主役は僕であるべきだし、結女だってあれほど僕を捜し歩いていたのだから本心ではクソ親父なんかより僕に抱かれたがっているということだ、だからもう我慢することなんてないずっと我慢させられていたんだここで僕が結女を好きにするのは正当な権利なんだ結女は僕の彼女なんだから元でも僕の彼女なんだから!!

 

「くふぅ……っ、が、ぁ……っ!!」

 

結女を起こさないように声を殺しながら、それでもケダモノのように突いた。

結女の身体にこびりついた父の匂いが消えるまで、結女の身体が父を忘れて僕の虜になるように。

こうしてセックスをして、何度も怒張を突き込んでやれば、女はそうなるものなんだ。そうに違いないんだ。

 

「あぁっ、は、ははっ! は……」

 

なのに、どうしてだろう?

僕の下で眠る結女の寝顔は――なぜか、涙を零していて。

なにか重大な間違いを犯したような気がしたのは……結女の中に射精した後だった。

 

「あ……」

 

射精後の冷静さというものは、時として、男にとって牙を剥く。

冷静になってから急に襲い掛かるネガティブな感情は、他と比べてどこか心に刺さるものがある。

例えば、眠っている女に乱暴をしてしまったことを、自覚してしまったときとか。

 

「…………」

 

結女が――僕を見ていた。

起きないはずがなかった、起きていないはずがなかった。

こんな分かりきったことが頭から消し飛ぶくらい夢中だった僕を、半ば開いた目で見ていた。

制服の前を開かれ、スカートを捲られ、脚の間から白濁液を零す姿は、事後というより乱暴の後というべき痛々しさがあった。

 

「綾、井……」

 

思わず恋人だった頃の呼び方をしながら、身を引いた。

逸物が結女の中から抜かれる。

いまさらそれに何の意味があるのか、僕はそれを下着の中に収めて、ズボンを上げた。

 

「俺……あ、違う……こんな……」

 

何か言おうとした口が、意味のない言葉を紡ぐ。

思えば、この夢の中で、僕と結女が『会う』のは初めてのことだった。

結女は僕を認識していなかったし、僕も実体を持った状態で彼女の視界に映るのは今日が最初だ。

もっと何か、言おうとしていたことがあった気がする。

それが全て、頭の中から消し飛んでしまっていた。

 

「……っ」

 

結女が袖で目元を拭う。

そして、腕を退けると――

 

「最悪……」

 

 

純然たる、

 

軽蔑の目で、

 

僕を睨んでいた。

 

 

「――っっっ!!」

 

そのとき、僕の中で、何かが終わった。

痛みも衝撃もなかったけど、いま僕の中で、何かが致命的に砕け散った。

 

(あ、ああ……っ)

 

結女が僕を見ている。

僕の醜い情欲を、愚かな本性を、恥ずべき姿を。

見るな――見るな、視るな、見るな視るな観るなみるな!

以前は存在を認識されず歯噛みしていたというのに、いまは完全に逆だった。

 

視界が勝手に結女から遠ざかる。

それと同時に身体がまた透明化、浮遊霊のような視覚と聴覚だけの状態になっていく。

いま僕の心を支配するのは、結女の視界に一秒たりとも留まりたくないという感情だけだった。

そんな僕の、過去一番の願いを叶えるかのように、視界が結女から遠ざかる。

結女の居る部屋が小さくなり、黒い背景の先へと消えていく。

僕はまるで、水平に落ちていくように、闇の中へと飛び去っていった。

 

(ああ、そうか……そういうことか……)

 

なぜ、この夢で、僕の身体が透明化していたのか――ようやく分かった。

何者かの手によってそうされていたわけじゃなかった。

これは心理の反映だ。

父さんや由仁さんが若返っていたり、結女が現実よりも大人びていたりするように、この夢の中では姿かたちが変化しうる。そして恐らくその変化は、当人の深層心理に左右される。

願っていたんだ、僕自身が。

 

(見られたく、なかったんだ……)

 

透明でありたいと――『誰にも自分を見られたくない』と。

親の再婚で、家に他人が住み着いて、僕のような陰キャが対人ストレスを感じないはずがない。

『誰にも注目されたくない』『居ないものとして扱われた方が楽だ』『集団に埋没する空気でありたい』――学校の教室でもそういうスタンスで過ごしている僕には、深く根付いている心理傾向だ。

だから、透明人間……

なんてことだ……願ったり叶ったりじゃないか。

 

(特に、結女に対しては……っ!)

 

恋愛とは甘くない。

喜びを与えてくれる一方で、心にとてつもないストレスを掛けられる。

僕はそういうのにうんざりしたから、結女と別れたんだ。

なのに結女は『継母の連れ子』として現れた。

あろうことが僕の家に、父子家庭の僕には家全体が自室同然だった空間に、住み着いた。

僕にとって結女は、未練を残す女であると同時に、過去の醜態を直視させる災いでもあったんだ。

この夢を見始めた頃の僕は、『誰かと一緒にいること』に、特に結女と接することに対して、ストレスがピークだったのだ。

 

(呪いか何かで透明化してたんじゃない。僕が、結女の目に、映りたくなかったんだっ!)

 

思えば、僕が浮遊霊化するのは決まって『結女がそこにいるとき』だった。

実体化するのは、由仁さん、南さん、いさな、そして『眠っている結女』の前。

これだけ実体を得ていたパターンが増えると、むしろ『起きている結女の近くでは透明になる』と言うべきだ。

 

僕の心がそう望んでいたからだ。

『母親』として僕を許してくれそうな由仁さんや、僕の内面に興味を示さない南さん、僕を好いてくれたいさな。

彼女たちと違い、結女だけは、僕の心を糾弾する。

 

『分からないでしょ。人のことなんて、周りのことなんて何にも気にしないで生きている。孤高気取りのあなたには』

 

いつだったか、僕という人間の愚かな部分を責めたように。

元カノであるがゆえに、普段は目を逸らせている自分の愚かさ突き付ける。

だから僕の胸中には、結女を求める感情がある一方で、結女から逃げたい感情が同居していた。

 

生きている猫と死んでいる猫が同時に存在する、シュレディンガーの箱のように。

 

蓋を開けたとき、どっちの感情が飛び出すのかは――僕自身にも選べなかった。

そのくせ、選んでしまった事実は、変えられなかった。

 

 

○

 

 

――伊里戸結女――

 

 

水斗が、どこかへと消えていった。

『最悪』と言った途端、怯えたような顔で、逃げるように。

最初から幻だった……ということはないだろう。身体にされたことがその証拠だ。

あれは間違いなく、私の元恋人、この夢に現れた伊里戸水斗に他ならない。

 

「……っ!」

 

乱れていた着衣も正さず、シャワーに飛び込んだ。

夢の中で帯びた汚れたいつの間にか落ちるのだけど、いまは一刻も早く落としたかった。

 

(最低、最悪……っ!!)

 

脚の間から零れる白濁液を、指で何度も掻き出した。こうしないとずっと残り続ける。

水音が響くシャワー室で、歯噛みしながら、それを繰り返した。

 

――元々、水斗に会いたいとは思っていた。

この夢の中で出会うことで、私の気持ちに何かの決着が付くのではないかと。

水斗を好いている一方で、昔のこととして断ち切りたくて、でも好きで。

元恋人に気持ちを残しながら、新しい男性との関係を続けたくて、でも水斗を忘れられなくて。

そんな矛盾した心を深く直視して、潔く決断するために、水斗と会おうとした。

水斗に会うことで、昔の恋心が強く燃え上がって、水斗が同じ気持ちなら――それでもよかった。

この夢の中だけでも、昔のことを謝ったりして、寄りを戻したって構わなかった。

 

(それで、やっと会えたと思ったら……っ)

 

寝込みを襲われたときも、許してあげようと思った。

どこで見張っていたのか知らないが、眠った途端に出てくるくらいだ、起きれば逃げただろう。

そんな臆病さに不満を覚えつつ、水斗に身を任せてみた。

自分はまだ水斗が好きだから……好きな人とセックスしたら、義父とは違う反応が起きるのではないかと。

結果は……あまりにも、ひどかった。

 

(ちっとも、気持ちよくなかった……あんな、臆病で、そのくせ身勝手で……っ)

 

義父とのセックスとは、あまりにも違いすぎた。

思えば義父にも押し倒されたのだし、今回の水斗と比べて、犯罪的なのは同じ。

なのに、この身で感じた悦びが、雲泥の差だった。

 

端的に言って――――男らしくない。

 

起きている私の前には姿を見せず、眠っている間に現れて、性欲を満たそうとした。

こちらが無抵抗なのをいいことに、好き放題に触れて、腰を振って、射精して終わり。

言葉も掛けず、思いも伝えようとせず、こちらの気持ちを確かめようともしない。

体には触れるくせして、心に触れることを……自分の心を晒すことにさえ臆病な男のセックスだ。

 

(あれなら……強引でも、私の気持ちごと染めてくれたお義父さんの方が、ずっと……っ!)

 

こうして比べてみると痛感する。

あの人のセックスは、不確定な私の心まで淫らに染めてくれた。

それがいいか悪いかは別として、雄々しさがあったことは事実だ。

正面から私を求め、私の心に己を訴えて、お前が欲しいという強い気持ちで抵抗も迷いも塗りつぶしてくれた。相手を愛する気持ちというものが、ちゃんとあった。

それに比べて、水斗のセックスは……

臆病で、力強くなくて、可愛いのは自分で。

あんなセックスで、女が悦ぶとでも思ったのか……!

 

(知ってたのに……伊里戸くんが強気に迫るタイプじゃないって知ってたのに……

 でも、だからって……抱かれたとき、こんなに違うなんて……っ!)

 

ショックだった。

自分の心と体が、そんな答えを出したことが、ショックだった。

ただ気持ちよくないというだけではなく、セックスを通じて、彼の愚かさに直面してしまった。

 

(好きだったのに……ちゃんと好きだったのに……)

 

水斗が好きだった気持ちと、別れるに至るまで積み重なった逆の気持ち。

矛盾した状態が同居していた心を、相手に差し出して試すことを、特に恋という。

試す手段として『セックス』を選ぶことも、また男女。

それでもやっぱり、望んだ結果が出てきてくれるわけじゃない。

 

(好きだった気持ち……どっか行っちゃったじゃない……)

 

失恋だった。

現実世界で別れたときのように、時間を掛けて冷めていったのとは違う。

ほんの一時で壊れ、消え失せてしまうという意味では、私にとって初めての、失恋だった。

 

 

○

 

 

そうして、町を歩く。

さっきまでは水斗を探し歩いていた夢の中を、いまは逃げるように。

周りがどんな景色なのかも目に入らない。

私が見ているのは、胸の内の喪失感だけだった。

 

家に帰ろうか……とも思ったけど、もしかしたら水斗がいるかもしれない。

そう考えるとまっすぐ帰る気にならなくて、夜の町をぼんやりとさまよっている。

 

「あれ? 結女ちゃん?」

 

と、耳に覚えのある声がした。

驚いて顔を向けると、記憶にある通りの姿で、声の主がいた。

 

「暁月、さん……?」

 

南暁月――

クラスメイトで、ちょっと私に執着心が強いけど、なんだか憎めないお友だち。

この夢の中で会うのは……お義父さんと特殊なプレイをしていたとき以来だった。

 

「よかったー、家に居ないから探してたんだよ? 大丈夫? 顔色が暗いけど」

 

暁月さんは私を探していたようだった。

家に居ない……というのは、家を訪ねて留守だったという意味でいいんだろうか?

 

「というか、こんなところで何してるの?」

「そう、ね……なに、してたんだろう……」

 

微苦笑する私を見て、暁月さんはただならぬ事態があったと察したようだ。

まあたしかに、元恋人にレイプされましたというのは、ただならぬ事態だ。

といって、あれは私も合意したようなものだったし、そこで被害者ぶる気はない。

肉体を辱められたことよりも、水斗に関する失望と喪失感が、いまの私の傷だった。

 

「もしかして、水斗くんと何かあったりする?」

「っ!?」

 

ぴたりと言い当てた暁月さんに驚くと、彼女はそれで確信したようだった。

 

「やっぱり、最近は水斗くんも顔出さないと思ってたら、結女ちゃんと一緒だったのかー」

 

頬を膨らませている暁月さんは、水斗と会っていたような口振りだった。

思えば私は、この夢の中で、水斗がどこで何をしていたのか知らない。

そもそも自分の見ている夢なのだからと、細かいことは気に留めなかった。

でも、よく考えると、これはそういう普通の夢ではない。

 

「暁月さんは……その、前は水斗と一緒だったの?」

「あー、うん、まあ色々あって……」

 

暁月さんはちょっとバツの悪そうな顔をする。

私はその内容が気になって、思わず暁月さんの両肩に手を置いた。

 

「教えて」

「え? えーっと、どうしよう……いいのかな?」

 

気まずそうな顔の暁月さんを見据える。

別に水斗が暁月さんと一緒だったことに嫉妬しているわけじゃない。そんな可愛らしい感情はもう残ってない。

ただ単に、水斗がいままで何をしていたのかを追及したかった。

当人にはそれができなかったばかりか、逃げられてしまったから。

 

「暁月さん、あなたの知ってること、全部教えなさい」

「うわわっ、顔が近いって。嬉しいけどなんか怖いっ」

 

顔を赤いんだか青いんだか分からない色合いにして、暁月さんは動揺する。

しかしそれも一時のこと、むしろ彼女の方こそ、少し怖い目の色になって、私に問い返す。

 

「教えるのはいいけど……知らない方がよかったことかもしれないよ?」

 

少しためらいながらも、私は前言を覆さなかった。

 

その後、暁月さんの部屋に招かれた。

そこで私は、この淫らな夢が巻き起こった原因と、水斗がいままで何をしていたのかを、知ることになる。

 

 

人の恋心は、シュレディンガーの猫にも似ている。

でも、似ているだけだ。

量子力学のように、箱を開けずに中を確かめる手段はない。

自ら開けるか、不意に中身が飛び出すことでしか、箱の中を観測できない。

まして恋ともなれば、自分と相手の二つの箱があり、その中身が噛み合わなければならない。

 

私たちの箱の中身は――猫の死骸よりひどかった。

 

 

 

【了】




ご一読いただきありがとうございました。

更新が遅れた上に、エロが薄いメシマズ話ですみません。
シナリオの都合上、どうしても入れておきたかったので。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。