蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
今更一騎打ちとか正々堂々とか、そういったものに目覚めたわけではない。鬼月葵はあくまでも傲慢な人物である。プライドが高く、絶対の自信に裏付けされた泰然自若とした態度で物事に挑む。
そんな彼女がどうして捕虜同然にした異なる世界の自分、鬼月葵への最低限の武装解除のみにとどめるよう近頃動きを変化させてきたかと言えば、彼女の世界にはいなかった存在が大きく関与している。
鬼月葵を凌辱から救い出した、彼女の英雄、伴部。それが欲しくなったわけではない。だが、公平な舞台の上で改めて、自分ともう一人の自分のどちらを選ぶのか、見てみたくなっただけである。決して絆されたわけではなく、もう一人の自分を侮蔑するための手段に過ぎないのである。
そんなわけで、二人は伴部の下に群がっている。抵抗ができぬよう、現状に疑問を抱けないよう程よく記憶を調整された伴部は、最低限の困惑をもって二人の姫君を迎えている。
「さて、伴部。随分待たせてしまったわね」
「光栄に思いなさいな……とも、べ。鬼月の二の姫を、二人同時に抱くような栄光は、この国のどんな立場のものとて、味わえないものなのだから」
「姫様、自分は下人ですが」
「だから何だというの?」
疑問に対しては、異なる世界の鬼月葵が強く打って出る。どうやらこちらの世界の自分は、そういった疑問にはできるだけ答えるようにしている、脇の甘い少女のようだから、いざというときに強く出られないと見抜いていた。
「ああ、いやねぇ。たかが下人と見くびって、言いくるめようとするそぶりも見せずに、権威を振りかざすだけの女は」
「どの口がほざくのかしら。抵抗する力もなく負けて、とも、べをとられるたびにこの世に絶望したような顔をしていたような女が」
ふふふ、と少女たちはそっくりな顔を突き合わせて笑いあう。剣呑な雰囲気に合わせて高まっていく霊力になんとか耐えている伴部に気づいたのは、矢張り付き合いの長い葵である。わざわざ露出させた下半身に、少女は目を輝かせながら頬張った。一歩遅れた葵が、持ち前の負けず嫌いをもって、横から伴部を責め立てる。瓜二つの顔が並び、時折頬がぶつかり合い、強大な霊力の渦に反発しあう。これほどまでにためらいがないのか、と鬼月葵は内心の驚愕を隠す。
「姫様、そこはっ」
「あら、どうして制止するの、伴部? 私の奉仕はあなたの目に適わない?」
「そういうわけではなく、その、清潔とは呼べない場所ですので……」
「湯浴みは済ませたでしょう?」
ぺろり、と舌を出して舐めあげると、舌にざらりと感触が残る。伴部の反応は劇的で、腰を大きく浮かせてその場から飛び上がらんばかりである。
「あら、逃げちゃだめよ、伴部?」
「ええ。あなたには、どちらが気持ちよかったか、優劣をつけてもらわなければならないのだから。ねえ。とも、べ」
「あらあら、人の名前もまともに呼べないのに勝てるとでも思っているのかしら?」
「だったらそちらは、彼の本当の名を知っているとでも言うのかしら?」
お互いに、相手の痛いところをついて沈黙する。痛み分けであるが、その分の八つ当たりは伴部に向くわけであり、青年は腕を上げたり下ろしたりで忙しい。
二人の少女が先を争うように自分の分身を求めている。だが、指摘にあった通りこちらの名を呼び慣れない少女は、見様見真似で覚えたというか、全体的にどこか冷めていて投げやりである。もちろんこれは、伴部という青年にすべてを捧げるという葵と心情が異なるためであったが、ゆえに、よだれを垂らさんばかりの熱心さをもって奉仕を続ける葵の姿は、どうにも青年の想像する少女の像からは乖離していて困惑が先に立つ。
「……ああそうだ、伴部」
鬼月葵は思い出したようにするすると着物を脱ぎ捨てると、ふよ、と自分の胸を持ち上げ、愛しい青年の一物を胸の谷間に挟み込んだ。
「懐かしいわよねぇ。昔、湯浴みをしたときに、胸のない餓鬼になんか興味ないとあなたは言ったものだけれど……ふふ、その相手に胸で攻め立てられるのはどうかしら?」
「……どう、と言われましても」
前戯というものを、否、およそこの世のまぐわいすべてを格付けと唾棄している少女にとって、これは予想外の思い付きであった。実際青年は先程よりも遥かに快楽に喘いでいるように思える。負けられない、その一念が葵を突き動かし、かくして二人の葵は乳房を押し付け合いながら中央に鎮座する男の分身をしごき上げた。
「伴部は、いつになったら私を女と認めてくれるのかしらねぇ?」
「……姫様、それは」
「あら、犬だって発情するでしょう。この世の理が如何あろうと、男は女に劣情を抱えて仕舞うのは当たり前でなくて? 身分を盾に否定するのはおやめなさいな」
「だからと言って沈黙することは許さないわよ? とも、べ」
青年はしばし沈黙する。瞼に隠れた瞳は目まぐるしく、答えを探して動き回っていることだろう。鬼月葵は自分の言葉から、青年の雰囲気から、一つの解を導き出す。
「――ああ、もしかして。あんた、ずっと『鬼月葵』のことを、年の離れた妹のように考えていたのではなくて?」
だとしたら残念だったわねぇ、と鬼月葵は冷笑する。
「好きな人に、そもそも恋愛対象にも見られていなかっただなんて」
「……ほざきなさい。私は伴部に聞いているのであって、愛が何たるかを理解していない女に知った口を利かれるのは不愉快だわ」
葵は立ち上がり、伴部の首筋に噛みつくように、軽く前歯を突き立てた。自分の唇の痕が確かに残ったのを確認すると、もう一人の自分を見下ろし、
「ここまで来て、終わらせるつもりはないのでしょう? さっさと準備しなさいな」
「誰に向かって口をきいているのかしら。私の指先一つで自分と……とも、べが人形になることを、まだ理解できていないのかしら」
「たとえそうだったとして、その力による解決は、『私』に勝ったことにはならないわよねぇ?」
本当に操り人形にしてやろうかしら、と思いながら鬼月葵は先に自身の場所を確保した。尻を突き出すような恰好も、男がこちらにのしかかってくるような構図も好かなかった鬼月葵にとって、もう一人の自分がその役目を果たしたのは僥倖と言えた。
「さて、とも、べ。どちらがいいか、選べるわよね?」
答えは外側から、手ではない男性のものがゆっくりと押し付けられることでわかった。伴部はあくまでも平等に扱おうとして、密着した秘所に自分の分身を押し込んだのだ。想定通りで、つまらない。
「つまらないわねぇ」
口に出しながら、尻を突きだして宙空に無駄な脂肪のかたまりを揺らしている女の下の口が決壊したように此方の股も濡らしているのが不愉快であったが、青年の、随所に垣間見える心遣い……道具に等しい下人はもとより、ともすれば退魔士、いや、鬼月の、親や姉すらも持っていなかったもの……には、確実に惹かれていた。上にのし掛かっている女はそもそも色狂いであるが、義務的なまぐわいは妖も退魔士も、子を残すという意味で変わらない。ただそこに、彼だけが違うものを持ち込んでいた。その細やかな気遣い、気づくか気づかないか程度の差異、それが自分の胸に己の脂肪をたぷたぷとぶつけたがる女との違いだと悟り、どうしても鬼月葵は自分の世界を呪わずにはいられない。
ただの下人。替えが利くはずのたった一人がいないだけで、自分は愛を知れたのか、凌辱されずにすんだのか、愛する人に『犯される』のではなく『抱かれる』ことができたのか。
鬼月葵は、もう一人の自分の首筋に腕を回した。無論手加減していた。腰周りには足を巻き付け、二人の距離は限りなく零に近くなる。自分の顔が見えないよう、色狂いの肩に顎をのせる。
「姫様?」
下人が言う。どこにでもいる男が言う。自分の世界にはいなかった男が自分を呼ぶ。下人。名前はなんだった。忘れたわけではないのにするりと出てこなくて、唇をくすぐったくさせる言の葉を、鬼月葵は紡ぎ出す。
「ともべ……?」
「はい。なんでしょうか、姫様」
この胸の内はなんだろう。どうして自分は泣きそうになっているのだろう。本能的に鼻をすすろうとした鬼月葵の視界一杯に、わずかに正気を取り戻した自分の、冷たい瞳が向けられていた。
「彼がいなくて、残念だったわねえ?」
自分の想像にすぎない、自分自身の嘲笑の声が、鬼月葵を絶望という奈落に突き落とした。侵略者としての彼女が、初めて明確に負けたと感じさせられた瞬間だった。