蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
青年の体を掻き抱く。行き場を失った吐息がふうふうと頬を内側から膨らませる。獣のように組み敷かれるのも貪られるのもすべてが快楽と変わることが怖い。
蛍夜環は伴部という下人に体を捧げていた。日頃少女らしからぬと言われ続けた彼女も流石にこのときばかりは例外である。首筋に顔を埋める男の刺激から、酸素を求めて喘ぎながらああ、ああ、とため息を漏らす。長引く暑さは先程まで気だるさだけを引き起こしていたはずなのに、一度燃え上がった情欲はそれ事態が燃料となって一心不乱に体を突き動かす。欲情のための欲情。
「ぷはぁ!」
がっついてくる青年を、小動物をあやすようにぽんぽんと押さえながら、蛍夜環は笑みを深める。相手が自分にこそ夢中であるという事実が誇らしい。こうなってしまえば、どのようにしてこのような形に至ったかなど、振り替えるに値しない些事である。
また手首を押さえつけられる。自分が本当に丸裸にされたような錯覚さえ覚える。乳首は痛いくらいに鋭利にとがり、そこに貪りつかれて痛みとも快楽ともとれる刺激に体をよじる。あとからあとから込み上げてくる劣情がそのまま下腹部から垂れ流しになっていて、今は青年の一物によって塞がれているが、痙攣する腰を見れば決壊は時間の問題だった。
「ねえ、伴部くん」
蛍夜環は囁く。
「厄介ごとがさ、全部済んだら……僕の家に来てよ。一緒に暮らそう」
それは下人にとって、否、蛍夜環にとって何よりも甘美な提案であった。彼が自分のふるさとを救ってくれたからという打算的な考えによるものではないが、彼が救ってくれたという事実こそが、大なり小なり蛍夜環が体を許し、捧げたいと考えるきっかけとなったのは確かだ。
「君にはいつも、過酷な運命を、我儘を押し付けている……ごめんね」
でも、と蛍夜環は言う。
「そんな僕の我儘も、次で最後だよ。僕と一緒にこの鬼月の屋敷を出て、何事もなかったかのように、二人で、僕の家族と一緒に暮らすんだ。鈴音も一緒さ。僕たちは、退魔士でもなんでもないのだから……」
鬼月の家に見出だされなければ。郷に妖さえやってこなければ。二人は何事もなく、ただの一平民として暮らせていけたはずである。だとしたら、そのあり得たはずの未来を、当然の権利を取り返そうとするのに、何の謗りがあろう。
一平民を一平民として、あるいは道具として見下すのであれば、退魔士は退魔士だけで己の特権にふさわしい義務を果たせばいいのである。今や、退魔士こそが、霊力を僅かに持ちうる平民を脅かしているのだ。蛍夜環は過酷な現実を前に、そう信じて疑わない。
「伴部君……?」
そこに、襖の開く音がした。見上げた二人は声の主に思わず言葉を失う。濁った瞳を交互に向けて、蛍夜環は言う。
「ねえ伴部くん……その雌犬はなんだい? あの郷で愛を誓ったこと、君は忘れてしまったのかな……」
事件が終息してすぐに……二の姫に言わせれば「唾をつけた」……蛍夜環は、自分と同じ顔の女に腰を振っている愛しい人を、冷酷に見下ろした……。