蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
絹を裂くような悲鳴と嗚咽。半狂乱になりながら、鬼月葵がすがるのは、物言わぬ青年の体である。三日の逃亡の果てに飛び込んだ鬼月家にて、青年は最後の力を振り絞るように、二の姫をお連れしました、と言うなり倒れ、二度と目覚めることはなかった。
多くの人間が青年の死を乞うなか、青年を守ろうとする女たちの必死の看護はあったものの、最早この家に戻ってこられたことが奇跡であり、青年は冥府に落ちた。亡骸は、四肢の欠損こそないけれど、人間の形を留めているとは言い難い。とても清潔と呼べぬ青年の亡骸にすがり、泣き叫ぶ鬼月葵の痛々しさに、物陰にいた赤穂紫は飛び出すこともできず、その一部始終を見守っていた。
状況が変化したのは、たった二人だけの小屋に、一人の少女が訪れたことによる。少女は腹違いの妹を睨み、突き飛ばした。
「お前が! ……お前さえいなければ、死ななくてすんだんだ!」
青年の名前らしきものは、赤穂紫の耳には聞こえなかった。泣き腫らすだけの妹が、信じられないものを見るように姉を見つめる。
「お前が殺したんだ! 私の……彼を殺したんだ! 私はお前を許さない! ぜったいに、ゆるさない!」
この呪詛に対して妹がとったものは誰の予想もつかぬことで、鬼月葵は思い出したように膨大な霊力で補強した力で、姉の喉笛に飛びかかった。
「あんたは……これ以上私から奪うつもりなの!?」
妹もまた、同じように憎悪を突きつける。
「お父様に愛してもらえて! この家にいてもいいと赦されて、そのくせすべてを手放した! あんたがこの家から出ようとしたときに、すでに彼はあんたのものじゃなくなっていたのよ!」
「なんだと!?」
「彼は私のもの、そうよ、たった一人、この屋敷のなかで私を守ってくれた、私だけのものなの!」
「違う! あいつは、私のものだ! 私だけの、愛する人だ!」
「寝惚けたことを……!」
憎悪が交差する。行き場のない怒りが溜まる。血を分けた姉妹は呪詛を撒き散らしながら互いの死を願い、今は亡き青年の愛を求めて争う。お互いに立場は違えど欲するものはただ、愛だけである。
異様な光景だった。次の鬼月家の旗頭となりうるはずの二人の、幼いながらも確かな殺し合いに、誰一人大人が足を踏み入れることはなかった。二人は、たった二人だけの場所で、蛇が尾を喰い合うように殺し合う。
「こんな家、滅びてしまえ……!」
幼い子供の声、そして、この状況を作り出した女の声が重なる。少女たちは自分が死ぬことは許容していたが、相手に殺されることは許せなかった。また、相手が生き残ることも、同様に許せなかった。
滅びてしまえと願ったところで、子供が他の大人たちを皆殺しできるはずもなく、少女たちは、鬼月家に多くを奪われてきた女は、自分達の利用価値を認めるものへ、自分達の死をもって反逆しようと、あるいは青年と同じ場所へ行こうと、似た者同士でありながら、不毛な戦いを続けるのであった。