蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
半妖の白は、布団のなかで目を覚ました。衝動的に掛け布団をはねのけると、予想以上の寒さが肌をちくちくと苛み、慌てて布団を引き寄せる。生まれたままの姿だったのも、寒さに拍車をかけていて、布団のなかで腕や手を膝の間に押し込んで暖をとる。
すぐ隣から、じんわりと暖かな鼓動が伝わってくる。同じように肌をさらしている狐の半妖の仕業である。
彼女は、異なる世界の白自身なのだった。異邦人は男のような所作で、胸が丸出しになるのも構わず、一応布団を引っ掛けながらも、立てた膝に肘をのせ、頬杖をついている。
「で、さいきんはどうなの? 伴部さんに、相手をしてもらってるの?」
「え?」
唐突に尋ねられた。気だるいため息と共に、意味ありげな流し目を送ってくる。
「伴部さんと、積極的にまぐわっているかってこと」
「なな……!?」
ぼん、と白の顔が赤くなり、爆発する。
「破廉恥です! 伴部さんに、そそ、そんな……」
「あんたも女なら知っておきなさいよ。男も女も、肌を重ねれば重ねるほど、きれいになっていくんだから」
「だとしても! もう少し言い方ってものがあるでしょう!?」
どうして同じ自分なのにここまで違うのか……もしかしたら、あの孤児院を襲った自分が色濃く残ったのではないかと、こちらの白は疑っている。出会ってからずっとこの調子で、気が付けば自分の布団の隣に現れていて、伴部との関係を聞き出そうとしてくる。恥じらいなどかなぐり捨てたその様子は、世話焼きの親戚というレベルではない。
「はいはい。じゃ、伴部さんにずっこんばっこん、穴に棒を抜き差し、ずっぷりしっぽりぎしぎしあんあん、おちんぼを擦り付けてもらったりとか、そもそもおまんこしてもらっているの?」
「余計なお世話ですっ」
羞恥とともに、白は怒鳴る。
「だ、大体そんなに言うのなら、そちらこそ伴部さんとは……その……ひ、秘め事をしているんですかっ。自分がそういうことを済ませてから、人のお世話を……」
「できるわけがないでしょ。だからこうやって、自分同士で慰め合っている始末なのに」
おぼろげに、白の記憶がよみがえってくる。はあはあと荒く、熱い吐息が顔を撫で、闇の中で紅をさしたわけでもない、赤い唇が浮かび上がる。唇そのものが意志を持っているかのように貪り、二つを重ねて一つになろうと求めてくる。暑さを堪えようとふう、と吐き出した息さえ呑み込まれ、挙句粘っこい唾液を送り込まれるという始末。月明かりの中、無理やりに自分と指を絡めた彼女は、狐の耳をぴんと尖らせ、圧し掛かり、多分本物の狐がそうであるように、かくかくと腰を動かしていた。
自分同士で求めあい、淫らに肌を重ねた事実を思い出し、白は布団を払いのけた。太腿から股、さらには膝の皿にかけて、潮となった情事の残り香が酸っぱい臭いを漂わせていた。
「で、できないって……ど、どうせ、勇気が出ないからとか……」
「そうじゃなくて、伴部さん、死んじゃったもの」
異邦人のあっけらかんとした物言いで、白の思考に空白が生まれる。
「まあ正確に言えば、伴部さんが助からずに、姫様は後を追ったって話なんだけど」
「それ、は」
ありえない話だと一蹴できない。そうだ、伴部は下人という立場から逃げられない。英雄のように戦っていた人は、まさしく、英雄のように、壮絶な最期を迎えることだって十分にありうるだろう。
「この言葉だって、私の経験からじゃなくて、私の世界の姫様の口癖だったもの」
「姫様が、そんな……?」
「ええ。姫様は、愛に対して奉仕することを常としていたけれど、それだけじゃ満足できなかった。男女がまぐわうのは、女が自分のすべてを捧げた証に対する代償、給金のようなものとおっしゃった」
「ひめさま……」
自分の知る人とは違う、同じ人の遺した言葉。布団の端をぎゅっと握りしめて、白はうつむく。
「大体、今の状況が奇跡的な均衡で成り立っているからと言って、そこに胡坐をかけば後悔するのは決まり切っている。だとしたら、姫様の意をくんで、あえて状況を動かしてみるのも立派に主君のためになるはず。伴部さんと私なら、幸い、身分的にも一番差が小さいのだから」
「で、でもぅ……」
白は、異邦人に言い負かされそうになっていた。相手の言葉はまったく道理の通らぬ戯言である。だが、戯言だと聞き流すには、その言葉の持つ背景が余りにも壮大すぎた。世界は白のあずかり知らぬところで常に動き続けている。だとしたら……考えてみるのもまた、境遇が恵まれた白の務めではないか? 自分より恵まれない環境の人々のために生きる。それは、可能性に恵まれなかった自分に対しても為されるべき責務ではないか?
「……ま、嘘だけど」
「へ……!?」
あっけらかんとすべてを打っ棄った異邦人の白は、夢見るような物憂げな顔をしたままで、
「姫様がこっちでずっこんばっこんしているから、他のところならどうかなーと思ってたまに、他の世界にお邪魔するたびにおこぼれを預かったりしてたんだけど、今回ははずれくじだったかな」
「は、はずれくじ……」
「しょうがないから自分で済ませるしかなかったわけだし」
「だったら! 自分一人で『済ませて』ください!」
白は顔を真っ赤にして怒鳴るが、異邦人は本来の狐の狡猾さをそのままに、
「ま、というわけで濡れ場に似合いの語りも済んだし。初々しさを堪能させてもらおうかな」
「えっちょっと! だ、ダメダメダメです! 尻尾を掴まないでぇ!」
同性同士のそっくりな狐たちは、再び交尾のまねごとを始めたのであった。