蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
首が飛ぶ。頭を失った胴体がゆっくりと前のめりに汚水へと膝をつき、飛んだ首は既に水を泳ぎ始めていた。
伴部伴部、と必死に呼び掛ける葵の声も虚しく、下人は多くの退魔士の認識通り、鬼月葵にとっては誤算であったが、妖を仕留めるための道具らしい、惨めな死を迎えた。ごめんなさいごめんなさいと亡骸にすがる鬼月葵は、錯乱したとして無理矢理に逢見の屋敷に戻された。
傍らには青年の亡骸がある。自分の命令で死んでしまった、葵にとってただ一人の愛しい人であり自分を損得抜きで愛し守ってくれた人。そんな彼を自分は死地に追いやったのである。ちょうど、自分が罠にかけられたのと同じように。
悪意の有無など、なんら葵を慰めるものではない。愛する人を裏切って死に追いやった。それだけが事実だ。
「伴部違うの……わたし、わたし、は……」
思い出したように繰り返し虚ろになった謝罪の言葉とともに、よろよろと力なく亡骸にすがろうとした葵は、突如暴風のような勢いに撥ね飛ばされた。
反射的に見上げた先に、肩で息をしながら手を振り下ろしたままの下手人が、伴部から自分を引き離すような立ち位置にいることに気づいて、初めて注意を向けたが、少女が自分と同じ顔をしていることに気づいて動けなくなる。
「人殺し……っ」
目の前の葵が、憎悪とともに言い放つ。
「恩知らずっ……よりにもよって、伴部を、自分と同じ目に遭わせて殺すなんて……それが、人間のすること?」
「ちが……ちがう!」
葵は泣きながら、相手の衣の裾にすがった。
「私は、伴部に強くなってほしかったの! こんな身分の私を傍において、それでも非難されることのない、英雄に、私だけの英雄から、皆に認められる英雄になってほしくて……!」
「よく回る舌だこと。あの父親にこの娘、ふん、本当によく似ているわぁ。もっとも娘のほうが、言い訳が上手いようだけれど」
「違うわ……私は、ともべのことを、愛して……」
「伴部は何を思いながら死んだかしらねぇ。『姫様の気まぐれに付き合った結果か』なあんて。もしかしたら、『嵌められた』と思った? それとも、もう我儘を聞かずにせいせいする、かしら?」
自分の傲慢な振る舞いを省みれば、どれも有り得る。葵は自分が人にどのように思われても、知ったことではない。ただひとり、愛した人にさえ誤解されなければよかったのだ。
だが、その人はもう死んだ。そして、何を思って死んでいったか、それを知る機会は永遠にない。
「ころして……だれか、わたしを……」
「まだ甘えているのねぇ。愛する人を死に追いやって、その人の後を追うつもり? それとも自分がしたことから逃げ出そうと必死なのかしら? そんな小娘を、伴部が愛してくれるはずもないわよねぇ」
「ともべ……ともべなら、きっと」
「わかってくれるとでも? あなたが伴部の何を知っていたというの?」
目の前の葵は吐き捨てた。
「伴部は鬼月葵を呪って、汚い水辺で死んでいったのよ。自分がかつて守った女に嵌められてね!」
顔をぐちゃぐちゃにしながら、葵は泣き崩れた。死ぬことも許されず、ただ謝罪の言葉を紡ぐ彼女を、同じ顔をした女が冷酷に見下ろしていた……。