蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
誰も首を跳ね飛ばされた紫ちゃんに触れないなんて……。
「私が間違っていたわ、伴部」
見慣れた姫君の、見慣れぬ態度に伴部はただただ困惑する。混乱に拍車をかけるのは、すぐそばで霊力によって体の自由を奪われた、こちらは顔も態度も共に見慣れた姫君の姿である。伴部、と必死にこちらを呼ぶ姿に、何とかしなければとは思うのだが、
「もしもあちらに肩入れするのなら、あの私を殺すわよ、伴部? あなたは私だけを見ていなさいな」
そんな脅しをはねのけられるほど、伴部は強くない。それほどまでに、二人の力関係は歴然としていた。
「姫様、あなたは……?」
ともかく突如として現れたもう一人の鬼月葵に対し、その思惑を測ろうと呼び掛ける最中、唐突に唇を奪われて、伴部は否が応でも沈黙した。なぜ。月並みな疑問だけが頭を占める。
「伴部。私は、ずっとあなたに謝りたかったの」
こつ、と額を押し付けながら、鬼月葵は伴部の瞳を覗き込む。
「謝りたい、ですか……?」
「そう。愚かにも私が、あなたを死地に追いやって殺してしまったこと。私はあなたをずっと自慢したくて、あなたを酷遇してきたわ」
でもそれは間違いだった、少女は青年の胸に寄りかかり、そのように囁く。どこか晴れやかな、突き抜けてしまったような声で。
「あなたはもう英雄だった。そして、これ以上の英雄になる必要もない。だって、あなたが死ぬはずがないというのは、鬼月葵という小娘の願いでしかないもの。いつだって、世界がささやかな願いを叶えてくれたことはない。私が願い、英雄の手助けをしようとしても、世界はより過酷な状況を押し付けるだけ。賽の河原と同じことだわ」
鬼月葵をここまで弱気にしたものはなんなのか……何度も唇をついばまれながら(その度に縛られている鬼月葵が絶望の声をあげた)、青年は必死に頭を回転させる。もっともそれは、すぐに彼女の口から明らかになった。
「だから、私が伴部を失ったのは、私の罪なの、伴部。あなたにすがるのも、私の甘さから。それでも私は……あなたを酷使してほくそ笑むような、品のない女にはなりたくない!」
「伴部から離れなさい!」
鬼月葵は怒鳴った。
「伴部が同じ伴部ではないとわかるなら、私だって、あんたとはちがう! 私はもっと、うまくやる!」
「死にたいの?」
霊力に抗おうとする鬼月葵を一瞥し、異邦人の葵はすす、と扇子を構える。その矛先を、青年の手が遮った。
「伴部?」
「姫様。異世界からいらした姫様。自分を弑するような真似はお止めください」
「自分の姫が死ぬのをみたくないから?」
「姫様たちが争う姿を見たくないという、私の我儘によるものです。どうか、お止めください」
「……止めるとしてもね。伴部、私はそこの愚かな女が考えを改めるまで、自由にするつもりはないわよ」
「私の命は、姫様のものです」
「だから、死ぬかもしれない場所に送り込まれたり、酷使されることを良しとするの?」
「それが下人というものです、姫様」
暫しの沈黙の後、鬼月葵は扇をゆっくりと下げた。改めて青年を見つめ直すと、すい、と唇を重ねる。
「わかったわ、伴部。あなたの言うとおり、あなたの姫君に手を出すのはやめましょう。……ただし、私は客人としての立場に甘んじるつもりはないわよ」
そもそも招かれざる客ですもの、と鬼月葵は笑う。
「と、いうと?」
「伴部、私を抱きなさい。あなたをみすみす死なせた私を罰して、滅茶苦茶にしなさい。もう何の尊厳も持てなくなるほど、私を貶めて」
「それ、は」
「ええ、脅迫よ。そうしない限り、あなたの姫君の命はない」
くるり、と華奢な手のなかで扇が一回転し、身動きのとれないこちらの葵を再び捉える。
「駄目、伴部! 私以外の、女を選んだりしないで!」
「あら、じゃああんたの命はないってことになるけど」
「いや、絶対にいや! いやよ! 伴部は、伴部は私だけの……なの!」
青年は少女を肩に抱きながら、ますます混乱を深める。鬼月葵の執着のわけ……それは、確かにあの逃亡劇が切っ掛けだったが、それを機に、鬼月葵は……あの鬼月葵が!……自分に好意を寄せていたというのか?
仮にそうだったとして、自分はどうなのか? 鬼月葵は自分の仕える相手で、それ以上の何者でもない。そのはずだ。その少女が肌を晒すのも構わず、いや、自分の体を積極的に差し出し、抱かれたいと乞い願っている。
ゲームとは違う。ゲームの主人公に対して向けられる好意を、他人事に受け取るのとは全く違う。肌に直接もたらされる好意の重さに、伴部は目まいさえ覚えそうになっていた。
「姫様、自分は……」
「伴部。……あなたなら、正しく選べるはずよ? 誰を、どうして選ぶべきか。……ここまでお膳立てされて、何もしないなんて言う選択肢、あなたにはないはずよね?」
「伴部! その女を選ばないで! お願いよ伴部! ともべ!」
身動きの取れない葵が、必死になってこちらに手を伸ばそうとしている。苛烈な性格の鬼月葵は、たとえ自分が相手でも、容赦なく殺してしまう。そう思わせるだけの確信があった。もしかしたら、葵を殺すことで、この世界の鬼月葵としてすり替わるつもりかもしれない。
ぱちん、と扇子が鳴る音が聞こえた。時間切れだった。
伴部は葵の体に手を掛けると、力任せに衣を剥いだ。豊かな肉付きの素肌に、僅かに巻きつく帯が、より一層艶めかしい。
声にならない嗚咽が、視界の外から聞こえてくる。ぎこちなく掴んだ肩にちょっと力を籠めると、異邦人の葵は自分からゆっくりと後ろに倒れていった。青年は、妹のように思ってきた相手の肉体を貪ることに後ろめたさと不安を覚えながら、少女の体へと覆いかぶさった。