蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
青年の手はかつてないほどに激しく震えていた。高嶺の花と肌を重ねる喜びではなく、むしろそれを踏みにじるような行為に対する躊躇いと恐怖、後ろめたさといった負の感情が噴き出していた。
それでもなんとか少女を押し倒した辺りからは、否が応でも動機が激しくなる。先の震えが緊張の鼓動と勘違いされ、生理現象がますます加速する。青年は躊躇いがちに、少しからだの位置をずらして、剥き出しになった乳房に吸い付いた。あっと小さな声が上がり、少女のてが、たどたどしく青年のくせ毛を撫でる。力の限りに吸い上げても、張りのある豊満な胸は、形を崩すことなく自重に耐えて青年の次の動きを促す。震える指がしっとりと肌に収まると、青年はがむしゃらに乳房を捏ね回した。
妹のように思っていた少女に対して行う前戯が、幼子が母に対して行うそれに酷似していることに、鬼月葵は興奮を隠せなかった。英雄。自分だけの英雄が小鹿のように今にも倒れそうな様子で、母親の庇護を求めるような在り方。
「あなたを守るわ、伴部。あなたを害することを考えた愚か者たちから、私は」
時おり青年の不馴れな愛撫で喘いでしまったが、鬼月葵はちゃんと誓えた。
一方の、本来この世界の主である鬼月葵の瞳からは、ぽろぽろと珠のような涙が頬を伝うことなく、畳に直接、何度も打ち付けていた。彼女は中途半端に、制止するような格好の半ばでぴたりと動けずにいた。
仮に、伴部と出会わなかった自分……そんな可能性があるもは到底思えなかったが……そのような自分が、さらにあり得ぬことに自分の前で、伴部に股を広げるのであれば、もう少し落ち着いて対処もできただろう。しかし目の前の鬼月葵は、伴部を失い、もうこれ以上失うものはないとばかりに振る舞っており、周りからどのように見られようとも伴部を守り、その体を委ねるであろう。計画をぶち壊しにされたことより、自分だけが秘めていた伴部への愛がすっかり暴露されて、より、伴部の意思に沿おうとするこの泥棒猫は、鬼月葵をかつてないほどに追い詰めていた。
他の女と比較して、伴部が自分を選ぶであろうという自覚はある。だがそれが、鬼月葵同士であればどうだ? 英雄にするためと死地へ送り出す自分よりも、本来の力関係からして、伴部を守ると宣言した女の方を選ぶのではないか?
疑心が疑心を呼び、傲岸不遜な態度も尽きぬ自信も今、見る影もなく動揺して、伴部にただ、やめてくれと懇願することしかできない。
ちら、と伴部を母親のように迎え入れた異邦人が、鬼月葵に向かって笑う。完全な挑発。わかっていても、葵は憤懣を抑えることができなかった。
「姫様……姫様」
青年もまた、親を求める子供のように、年の離れた女の体に埋め精一杯甘えている。異邦人の鬼月葵は服の合間からそっと手を入れると、青年の分身を優しく撫で上げた。この世界で初めて他者が触れる、女性特有の艶かしい指はつつと触れるだけで青年にぞわりとした身震いを起こさせ、同時に力強く逸物が屹立する切っ掛けとなった。普段睾丸がぶらぶらとしている余裕を取っ払い、玉として、胡桃のような固さを保持し始めたのもその愛撫があってこそである。
葵って呼んで。まさしく恋人のように言葉から一切飾りを廃して、葵が言う。そして、常に自分が一番であると証明するような、相手の体に跨がる態勢で始めようとした情事であったが、興奮のためか足をうまく踏ん張れず、前のめりになったところを、上体を起こした青年の胸板に受け止められる。異邦人は改めて、胡座をかいた青年の上からゆっくりと、体を下ろしていった。
端から見れば、既に二人はひとつになっている。だが葵は、青年の剛直を呑み込んだ辺りの腹をさすりながら、首に腕を回してだきつく。さらには突然の闖入者に驚く葵の体がすぐさまからめとろうとして、お互いに、肌を重ねる喜び特有のくすぐったさが感じられ、二人は蠢くような緩慢とした動きて、その悦楽を貪り始めていた。剛直は飲み込まれ、入口を阻まれた睾丸が開けるよう言い聞かせるがごとく、ばちばちと、何度も入口を叩く。股を閉じがちな鬼月葵の白い脚に、見境なく睾丸が拳骨の嵐を振り回した。早くも葵の閉じた足の間からつつ、つつと蜜が溢れだし、たちまち伴部の股間を濡らした。ぐっしょり濡れた彼の陰毛がてらてらと光っていた。
唇を噛み締めた青年は、ただ快楽に溺れる異なる世界の主君の肩越しに、自由を奪われた葵へと視線を飛ばした。まばたきもせず、ぽろぽろと涙をこぼしながら、こちらを捉えて放さない視線に、青年は大きく息を吸い込んだ。華奢な両肩に手を置いて、力任せに下に押しやる。奥へ奥へと導かれた逸物が、ぎゅうと葵の子宮に突き刺さる一方、まだまだ自分は潜り込めてないとばかり、根本が不満にぐらぐらと揺れる。俺の子供を産め、と原始的な欲求を突きつけてくる青年の我儘を、鬼月葵の体は寛大に、否、貪欲に求め、相応の対価を払えとばかりに巻き付き、絞り上げ、互いの快楽を更なる高みへと昇華させようとしていた。
咥えこまれた肉棒を己の意思で引きずり出し、逃がさないとばかりにぎゅっと絞り上げるその瞬間に再び突き立てる。敏感な箇所を擦り付けあい、鬼月葵も青年も、足をわななかせてとうとう、互いの体液を噴き出すに至った。
「伴部。これからは……私はもう、二度と間違えないわ。そう、すべては、あなたを守るため……」
事後の睦言にはとても似合わぬ囁きを、繰り返し繰り返し呟き続けた鬼月葵であったが、突如、うっと声を上げると、だらしなく青年の方へと倒れかかり、二度と動かなかった。
崩れ落ちた鬼月葵の陰から、いつもの眠たげな鬼月葵の顔が現れた。しかし、この世界の姫君は未だ動けないよう術を施されたまま、唖然としてこの光景を見守っている。
新たに現れた、三人目の鬼月葵は、心臓をえぐりとった腕の血をぱっと一振りして、返り血を払った。
「交わるはずのない世界が交わるとき、こういうことがよく起こる」
鬼月葵は、人には理解できない理を、説明するわけでもなく淡々と呟いた。
「だからといって、それを責めることは誰にもできない。だけど、伴部を殺した鬼月葵が、伴部を求めるなら話は別よ。自分の罪を忘れて、他の伴部にすがるなんて、私は、絶対に、ゆるさない」
三人目の鬼月葵は、青年の体から、鬼月葵の亡骸を引き剥がした。青年と、この世界の鬼月葵へ寂しげな笑みを向けると、
「伴部。……本当に、身の危険を感じたならば、鬼月葵なんて小娘、見捨ててしまいなさい。あなたの命は、あなたが守らなければ、誰も守ってくれないのだから」
そう言って、異邦人は、亡骸を抱えて消えた。青年は、三人目の口づけの痕をなぞりながら、いまだにこれまでの体験を受け入れられずにいた……。