蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
目の前に自分の顔があった。幸福に蕩けている顔。涎が垂れようが着物が乱れようがまったくお構いなしで、ただ後ろから攻め立ててくる自分の兄の心がわりと、体を支える腕の力の限界だけを心配して柱に突っ張って尻を突き出している。そして、自分はそんな女の両腕に挟まれた場所で、じっくり自分を観察している。
目の前の女は自分と同じ雪音である。しかし、自分は鈴音だと便宜上でも違いをつけた方がよかっただろう。兄の話によれば、この女は伴部が自分の兄だと話した瞬間に幼児退行してかくもこのようになってしまったらしい。自分もそうなったかもしれないが、そうならなかったからこそ自分は鈴音でいられるのだ、と鈴音は考える。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! うっ……」
むき出しにした尻をぱこぱこと、軽快に音を立てていたかと思うと、ぐっと顎を突き出すようにして肺の中身を空っぽに、雪音が絶頂に達する。特に見ていたいわけでもなかったがほかにどうしようもないので鈴音はその醜態をじっくりと見てやることにする。
と、巨大としか言いようのない兄の剛直が、倒れかかってくる雪音の体からすっぽ抜け、同時に顔を蕩けさせた女がこちらに倒れかかってくる。反射的に受け止めながら、兄のものも受け止める……女が股の間からぷしゅぷしゅと放出している男の体液。雪音が背中から顔にかけてへばりつけているのとは対照的に、鈴音はそれを臍のあたりから胸元、顔で受け止めることとなった。今までずっと兄の体の中にあったもの。女を孕ませ、新たな命を宿らせるもの。その飛沫の熱さに、鈴音はしばし言葉を失った。
「で。兄さんは妹を孕ませる覚悟がおありで?」
「それはだな」
気を失った雪音をよっこらせと脇に追いやって、鈴音はあのあばら家の時ではまったく考えられなかった口調……偉大な兄を詰問する形をとる。それ自体に鈴音は驚く。もしも兄が家族から欠けることなく共に育つことがあったのなら、自分がこのような口利きをしただろうかと。歳を重ねるごとにつれて知った兄の偉大さ。あるいは自分もそこで上気している雪音のような純真さをこの年でも(!)発揮したかもしれない。ぞっとするが。
「まあ確かに、私も子供の時になら『にーちゃんと結婚する!』と言ったものですが……そういうのは、子供の頃だけにしておくものです」
「そうだったか? 言われたっけ」
「言った……と思いますが」
全裸になって横並び。胡坐をかいている兄とは対照的に膝を抱え込むような形の自分。乳房を強調している格好に見えないだろうか。
「じゃあ今言いましょう。兄さん。結婚……はしてあげますが、さすがに兄さんの子供を産める覚悟があるかどうかと言われれば、ええと、その……」
「血が繋がってなかったとしたらどうだ」
「結婚しましょう兄さん」
「その掌返しはなんだ」
やれやれと、兄はため息をつく。
「大体、異性に対する愛と、肉親に対する愛は別物だろう。まあ兄貴としては嬉しいと思わないでもないが、お前も好いた惚れたの一人くらいいても……」
「余計なお世話ですよ皮つるみ兄さん」
「ぶっ」
と、兄は盛大にむせる。
「あれはだな、その」
「言い訳は無用です。どうせあれは、私のことを考えながら右手を動かしていたに違いありません。まったくいやらしい兄です」
「そこで無理に俺と関連付けようとしているほうが色々な意味でヤバいんじゃないか」
そもそも妹にそういう邪な思いを抱くか、と彼は言いかけてそこに横たわっているもう一人の妹――というよりももう一人の鈴音自身を視線に入れて気まずそうに目をそらす。
「なあ鈴音。どうして妹に対するいやらしいことのなかで、皮つるみだとか自慰行為だとかは非難を招くのに、妹とまぐわうのは賛否両論というイメージがあるんだろうな」
「まぐわうにも色々あるでしょうけれど、そこに愛があるかもしれないから、ではないのですか。二人が好き合って夫婦になるべく勤しんでいるとすれば、背徳的な愛というか仕方のない愛として後ろめたさのようなものを感じてしまうからでは?」
「社会が代替わりする責任、という奴だな」
鈴音にはわからない言葉を用いて納得する兄に、妹としての彼女はじっと待つ。手を出してもらえるように、若干体をもじもじとさせながら。
「で。兄さんは。いつ私に手を出すのですか?」
「手を出すも何も、もう雪音には手を出したが」
「それは私であって私ではありません」
ぴしゃりと跳ねのけるように鈴音は言う。兄は半笑いのような表情で、
「……女性に対してかなり失礼な物言いになるが、お前は俺に抱かれたいのか?」
「そういう風に聞こうとする男はもてませんよ」
私は兄さんがどのような変態的な愛を要求しようと答えて見せます、と健気な言葉を吐き出して、鈴音が最初にやったのは同じく全裸のもう一人の自分、雪音の体をひっくり返すことだった。まず股からあふれ出さんばかりの精液と愛液を指で掬って、丁寧に性器に塗りたくる。改めて性器周りを湿らせると、もう一人の自分の口に手を突っ込んで唾液を付け足す。鈴音から見下ろした雪音の姿は、腹立たしいほどに幸せそうだった。指を、ぐちゃりと、口の奥に突っ込んでやってもその表情は崩れなかった。
実際に腹が立ったので、ぐいと股を開いて、雪音の体に覆いかぶさった。同じ身長を合わせるようにして相手の肩に顎を載せる。互いの吐息が耳元で聞こえる。相手の下半身の熱さがじんと伝わってくる。
男のごつごつとした手が、尻たぶらを掴む。くすぐったい愛撫を経て腰のくびれに腕が回る。僅かな差を縮めんと掴んだ腕が二人分の腰を引き寄せ、熱い男の男根が女の体をまさぐるように二人分の重ね合わせた陰部と恥部の間へと潜り込んでいく。三人分の肌の熱さに、三人分の呻き声が、その場に響く。もう少し体を倒して二人分の女体に覆いかぶさるように手を突っ込めば、胸と胸、上下から乳房が押し付けられる。
男の体からは、男の全身から発する何かは、例え相手が肉親だとしてもあっという間に発情させる不思議な力に満ちていた。人生の酸いを確かに噛み分けてきた鈴音の、大人としての顔すらもあっという間に、快楽に叩き壊してしまった。
男と唇を貪りあう代わりに、自分と同じ顔をした相手に意図せず唾液を飛ばしあい、犬のように啼き、乳首を異物のように擦りつけ、互いの秘所を自分の体液で濡らして浸食していく。
こんな風におかしくなっていくのは全部退魔士のせいに違いない。二人の自分と、兄とまぐわう自分。
鈴音はそう考え、少しの間だけ退魔士に感謝した。