蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
橘佳世にとっては馴れたものである。肉体をもののように扱われ、情欲を満たすためだけに弄ばれるなど、それこそかつて、なにも失わなかった自分に語った通り、『年期が違う』はずだった。
しかしこの世界に来て、久しぶりの行為である。一時の暇潰しと考えて、結果自分の世界でも経験したことのないような爛れた生活を送るに至ったのは、そこに自分の世界では得られなかった優しさがあったからだ。失った家族からは二度と得られぬ、しかも慰みものにされたあと得られた試しのないそれは、家族以外から与えられる愛だった。橘商会に手に入れられぬものはないと謳われたそこで、看板娘にとって未知のものとは、なんとも皮肉な話である。
さて、彼女は今、両手を帯で縛られていた。その帯は家屋の柱を一周しており、暴れて反撃することさえ許されない。両足はそれぞれ片足ずつ異なる柱に結びつけられ、無理矢理に股を開いた状態である。そして、そんな彼女にのし掛かろうとしているのは、この世界の橘佳世、つまり、自分自身であった。
畜生のように四つん這いにさせられなかっただけましだろうかーーいや、それはそれで、こうして憎たらしい笑顔を見ずに済むはずだ。この、頭のねじがいかれた女は、自分の想い人を盗られると思ったのか、このような倒錯した行為に走ったのである。
「元から少し、どういうところを伴部さんに責めてもらえば気持ちよくなれるか興味はあったのですけれど……」
顎に指を添えながら子供っぽい自分は語る。
「とはいえあなたの尊厳を傷つけると思って実行するつもりはなかったんですけれど、さすがに私の立場を奪い取ろうとするような真似をされれば……お仕置きにもなりますし」
「あんたにとっては、単に口実を見つけただけでしょうが」
吐き捨てる言葉に、ご想像にお任せしますと手を打つ自分。巻かれた帯が手首を締め上げる。
あり得ないと思った両親との再会。これほど汚れたならば、あの世に行っても自分には機会を与えられないだろうと自嘲していたのに、そんな覚悟を嘲笑うかのように、この世界はそれを実現し、自分の決意を狂わせた。
ーーこともあろうに、目の前の……橘佳世こそが本物の自分だと思い込むことによって。
「ふふ、まあ御託はその辺にして、早速商品を試してみなければなりませんね。感想をよろしくお願いしますね」
ふんふんと鼻唄を歌いながら、橘佳世は服の裾を慎重に押さえながら、ずぶりずぶりと、男性器を模した張形を、異邦人の自分の女陰に沈めこんだ。
思っていたほどの痛みはない。それどころか、物足りなささえ感じさせるほどだ。伴部という下人がどれだけ規格外なのか改めてよくわかる。挿入してきた自分は興味津々で、自分の腰に巻いた張形の先端が、下腹部のどの辺りに埋まっているか、そろそろと臍の下辺りを愛撫しながら確かめようとしている。少女には、自分の体が早くも濡れ始めるのがわかった。体が、異物を受け入れるときどうすれば痛みを消せるのか、経験的に始めた生理現象である。
しかし初めの頃は、簡単に股を濡らす女として嘲笑の種となり、彼女自身、体に裏切られたような気がしたものだ。このような納得に至るまで、気が遠くなるような懊悩を重ねたことも、今では忘れようとしている。
「うーん、角度を変えるとか、先端を内側に擦り付けようとするとか……意識したら難しいですね」
伴部さんはどうしてあんなにお上手なのかしら、と独り言を呟きながら張り形の根本を微調整する、この世界の橘佳世。元の世界で、この世界で十二分に経験した体が微弱な変化に体が跳ねるが、それを見越したうえで、この世界の自分は一切を無視している。
そもそも伴部が上手いのは、相手の反応を観察したうえで、自分の体が伝えてくる感触も手掛かりに体を探り当てるからに決まっている。木製だか動物の剥製だか何を元に作られたかは知らないが、所詮作り物に過ぎない張形では、自分のどのような動きが相手と自分を気持ちよくさせるのかがわからないのだから、男より下手になるのは当たり前のことだ。だがそれをいちいち教えてやるほど橘佳世は親切ではなかった。
否、自分の顔に覗き込まれながら押し倒されてよがり狂うような醜態を見せたくなかった。
だがどんな微細な変化さえ、経験豊富な体は敏感に拾い上げ、体の内側から快感を押し付けてくる。太腿が痙攣する程度で殺すこともできた反応が徐々に大きくなり、腰までもが震え始める。吐息の瞬間に嚥下できなかった唾液が口の端から流れ出す。下腹部の熱が頭に集中したかのように何も考えられなくなる。男役の橘佳世が下卑た笑みを浮かべてふくらはぎの裏を押し上げ、奥まで深々と張形を突き立てる。ぐじゅぐじゅ、と嫌な音がして、張形が誰の力も借りることなく突き立った。山を描くように開いた足と、突き出されるように据えられた尻。二つの尻が上下に重なり合う。片方の脚が天を向き、もう片方の脚が相手の脚の付け根にめり込んでひっきりなしに蠢いている。橘佳世は、押し寄せてくる快楽の渦に息ができなくなった。自分の息遣いによって窒息し、酸素不足を訴えてくる脳は、やがて橘佳世に異変をもたらした。
こちらに何の容赦もなく、ただ自分の快楽を貪るためだけに体を叩きつけて、佳世の中へと放出していった、商会の男たち。取引先の男たち。父への恨み言を呟き、かつての母への恋慕を口にし、その美貌を受け継いだ自分の今の境遇を嘲笑う心無い言葉の数々。
だがその連中だって、体力さえなくなればどんなに口が達者でもいつかは終わりが来るものだ。贅肉がついた男たちほど自信に反して、達してしまうまで早いものだった。だが、女同士という未経験では、その終わりさえ見えなかった。橘佳世に一息つく余裕は与えられず、いよいよ体はまったく同じ体から逃げ出そうとさえしていた。そして、絶え間なく攻め立てられるこの無機質な感じが、彼女に複数の男たちから犯されたときの悪夢を思い出させた。
「やだ……やだやだやだやだっ」
小刻みに、佳世の体が震えだす。ついに大粒の涙を浮かべて、橘佳世は激しく首を振り始めた。
「やだあっ! もう汚らしい男たちに犯されたくないの! お父様、お母様! もう私は疲れたの! 助けて、助けてお母さまっ! お父さま、この男たちを追い出してっ!」
錯乱した佳世は、自分を犯す自分自身に、男たちの姿を重ねて、なおも泣き叫ぶ。
「下人! 伴部っ! お願い優しく抱いて! あんただけは、他の男どもと違うの! もう取り戻せないあの温かさが、あんたには……! お願いよ、私を、慰めてよっ! 一人にしないで! 優しく抱いて! もう全部、ぜんぶ嫌なことを忘れさせてよぉっ! こんな、こんな惨めなのは……嫌なのぉ……」
嗚咽が止まらない。橘佳世は顔を袖で隠して、恥も外見も捨てて泣き叫んだ。偶然にも彼女の心の仮面さえ引き剥がした元凶たるもう一人の橘佳世は、そんなもう一人の自分をいつもの笑みを浮かべたまま見下ろしていた……。