蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
自分に首輪をつけられていたのは百も承知であった。鬼月という家を誰が最も憎んでいるか、それを考えれば答えは明瞭である。
それでも鬼月家は既に凋落の兆しを見せている。ありうるはずのない異邦人らが、同じように自分の家に憎悪と執着を見せていた鏡写しのような存在が、ことごとく滅茶苦茶に破壊の限りを尽くしたからである。
そして彼女たちの行き着く先、憎悪の終着点は己自身であった。だからこそ鬼月葵はもう一人の自分を性奴隷のようにしたのだし、蛍夜環は特権をいかして自分同士で子を成そうとしているのだし、橘佳世は下人を寝取ったのである。
そんななか、比較的代償を払わずに、下人を共有することを許された御意見番こと鬼月胡蝶は、異邦人の自分が求めるものを知っていた。そう、それはもう一人の自分に対する憐憫の情からなどではなく……
(後始末のため、でしょうね)
勝手知ったる人の家、とばかり頭がぼうっとするほど香を焚きながら、自分もまた煙管を喫んでいる姿を油断なく見据えながら胡蝶は考える。
随分派手に壊してくれたものだ。男はことごとく無力化し、この事態を認識できないほどに人格を毀損されている。体や心が耐えられなくなったものたちは、あっという間に首を失って終わりを迎える。子供の飯事よりも簡潔な終わりである。
「不満そうな顔ね」
上座に座る胡蝶は、ふっと紫煙と共に艶やかな笑みをこぼした。
「盗人が、我が物顔で自分の部屋でくつろいでいたら、誰だって不満そうな顔くらいするでしょう」
「あら? 鬼月の家に終わりをもたらそうとするのは、貴女の長年の夢ではなくて?」
お互いの、ではなく貴女の、と言われて胡蝶は沈黙する。自暴自棄になった状態ならともかく、冷静さを失っていない今では、もっとましなやりようがあったのではと目の前の存在に文句も言いたくなる。
鬼月の家が、どうなろうと今更後悔はない。だがやがて、この異常を妖が、朝廷が嗅ぎ付けたとき、誰がその面倒を被るのか。
「ふふ。私は信じておりますよ?私自身だもの。誰よりもまず、自分が自分を信用しないとねえ?」
どの口がいうか!……と胡蝶は怒鳴り散らしたくなる気持ちをこらえる。いざとなれば、散り散りになっても構わないのだ。それこそ、彼を十全に守れる状態で、二人で幸せを築けるように生きていけるなら……。
「ではそろそろ、彼を呼びましょうか?」
煙管の先端を火鉢でこんこんと叩くと、即座に彼が現れる。面もない青年の顔は虚ろだが、他の男連中に比べればましだ。異邦人の女たちは、彼こそが自分たちの世界との違いと考えて、そこに利用価値を見いだしているらしい。
逆に言えば彼を始末するときがこの飯事の終わりであり、生かし続ける限り、彼に心を寄せた女たちはどんな形であれ利用できるというわけであった。
「あらあら、そんなに遠慮せずに、おいでなさいな。」
胡蝶の言葉に釣られるようにしてふらふらと近づいてきた彼は、入口近くの胡蝶を無視して、上座の胡蝶の下へ座り込んだ。
「よしよし。いいこね」
優しく笑う。まるで、本物の孫、本物の子供に対するように。当然顔で乳房をあらわにし、胸元にしゃぶりつかせるその姿は、相手が青年ということもあって悍ましいの一言に尽きたのだが。
しかし鬼月胡蝶からすれば、それは目もくらむような光景であった。抱くのは羨望と嫉妬である。悍ましさなぞ、第三者の立場で見せつけられても、露ほどに感じないほど、彼女の感覚は麻痺していた。
その時、下人が乳に吸い付きながら、こちらをじっと見つめていることに気づいた。それは、胸を含ませている胡蝶も同様である。どうしたの、と幼子に話しかけるような口ぶりで尋ねると、下人が何事か胡蝶に囁く。頷いた胡蝶は、仕方ないと言わんばかりの顔で頷いた。
「優しい子ね。『そっちのお母さん』にも愛してほしい、ですって」
「それは……!」
ごくり、と生唾を飲み込んだ。愛してほしい? 否、愛してもらえるのだ。あれほど孫娘たちを羨んでいた自分が、もう、我慢する必要もない。すべて異邦人の掌の上だとしても、それが何だというのだ。彼に触れられる、抱きしめられる、愛してもらえる。それがすべてではないか? 他のもの、他の価値観なぞ、それに比べれば塵芥に過ぎない。
「でも、お母さんもあなたに愛してほしいのよ。わかる? ……ええ。なら、ちょっと贅沢にしましょうか」
あたかも今日は家の料理ではなく外へ、熟練の職人による料理を食べに行こうとでも言わんばかりの口ぶりで、胡蝶は帯を緩めることなくさっと脚を下半身を露わにして、同じ自分に来なさい、と命令した。にじり寄った胡蝶に対し、青年を抱えた異邦人はいちいち指図する。同い年の、同じ顔の妙齢の女性に命令することを、する側もされる側も当然のように受け入れていた。
青年の呻きと共にそれは完成した。
それは、同じ自分でも憎悪が先に立つ孫娘たちでは到底不可能な芸当であった。鬼月胡蝶と鬼月胡蝶。この二人が協力し、互いの秘所をただ一点にて重ね合わせる……そこには、青年の屹立する一物があった。濡れそぼった秘所と秘所に包まれ、青年はうめき声を上げる。胡蝶たちもまた、後ろ手に体を支えながらお腹を撫でつつ、大きく喘ぐ。これほどの快楽を、性によって得られたのは初めてであった。彼女にとって今まで性は義務以外のなにものでもなかった。女陰の外側も外側、まだ先端にしか触れていないと云うのに、からだは既に、青年のものを受け入れたいと悲鳴を上げていた。とろとろと蜜が零れ落ちていく。たとえそれがもう一人の自分のものと混じっていたとしても、青年の存在がすべてを許してくれていた。
「ふふ。とっても贅沢ね。そうでしょう?」
鬼月胡蝶は、ついに自分の方へ身を預けてきた青年を歓喜と共に抱きしめる。一物を境にもう一人の自分とそこを重ね合わせていることなど、忘却の彼方にあった。
「お母さんたちはね、あなたが望むなら何でもしてあげますよ。そう、なんでも……」
鬼月胡蝶は異邦人の目にも、情欲が宿っていることに気づいた。間違いなくこの女は、下人の青年に惹かれている。かつて経験したことのない愛に溺れている。
ならば、この女も利用してしまえばいい。利用していると思い込んでいるうちに、いずれ引き返せないところまで突き飛ばしてしまうのだ。その時は、自分がこの女の主人として立場を逆転させよう。そして、青年のために、彼のためになんだってしよう。
「お母さんたちを、愛してちょうだいね?」
鬼月胡蝶は、ぺろりと舌で、唇を湿らせながら呟いた。