蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
ご承知でしょうが、作者はR描写がもっとも苦手であります。
堕ちた地母神の血が目覚め、一つの人格として伴部から完全に独立したとき、その場には伴部に関わるすべての女がいた。胡蝶、雛、葵、白、佳世、環に鈴音……それはすべて、青年の心を引き戻すため、事情を知るものもそうでないものも片っ端からかき集められたのだった。
しかし、妖母には勝てなかった。例外なく、百年もいきられぬ人の身では、これを遥かに越える妖に、勝てるはずもなかった。
妖母が用いたのは武力でも、異能でもない。ただ一つの真実である。伴部の秘密。これを暴露した上で少女たちが耐えられるか、母親は、息子のために、篩にかけた。
「あなたたちが知る世界とは別の場所から、この子はやって来たのです」
母親は語った。すべてを見通す目で、伴部の秘密に堪えられるものも堪えられないものも、平等に、慈しみをもって。
「この子がずっと戦えたのも、活躍できたのも、それはこの世界がどのようなものか、事前にお芝居で知っていたから。あなたたちはその演目の登場人物にすぎなかった。そして、あなたたちがすぐに癇癪を起こして平穏を破壊する存在だと知っていたからこそ、この子はすべてを背負う覚悟をしたのですよ。すべては自分のため。自分の倫理観を守るため。導かれた結果は、結果にすぎません」
彼に救われた少女たちはいう。それがどうした、と。例え何かの副産物であったとして、青年が自分達を救ってくれたのは事実ではないかと。
「ええ。その通りです。わかってもらえて母は嬉しいですよ」
けれど。
「あらかじめあなたたちの運命を知っていて、あなたたち以上にあなたたちを知り、その上で理想の結末へと導く。お芝居を書いた人間は、自分と異なる世界に住む、お芝居の登場人物に惹かれるとおもいますか?」
純情な思いを信じるほどの子供はいない。それでも、彼が自分達を一くくりに「芝居の登場人物」と考えていたとすれば、うまく飲み込めないものもある。妖母はいやらしいまでにその一点をついてきていた。
「元々貴方には、お世話係として付けられた子供はいなかった。あなたは誰にも助けられずに、それぞれ妖怪たちの餌食となり、体を汚された。あなたは故郷を失った」
ひとりひとり、青年の知る未来に基づき、聞くに堪えないあり得たかもしれない可能性を振り回す。克明に状況を描写され、葵や佳世、環がぐらりと倒れかける。しかしまだ、青年への思いは消えていない。
植え付けられた疑心は確かに芽吹いている。だがそれも、彼への信頼を揺らがせるものではない。
「……でも、彼はそれを成し遂げたわ。結果として」
「ええ。……それも、彼自身が脚本を書き、彼自身がお芝居に望んだわけでないのなら、誉められるべきでしょうね」
妖母は爆弾を放り込む。すべての成功は、青年の自作自演であったとすれば。
「この世界を作り物だと知っているからこそ怪しまれない程度に、生を実感するために自分を極限状態に置きながら、肝心のところでは幸せな明日に繋がるように彼が芝居の大筋を描いたとすれば、それでもあなたたちは彼を愛することができるかしら? 作られた英雄、見せ場を知る執筆者の自作自演にすっかり騙されてなお、恋心を操られ踏みにじられたものだと気づいて、なお」
妖母の言葉が真実か否か、少女たちには知るすべがない。彼女の言葉がとれほど信憑性があるかは、これまでの会話で判断するしかなかった。
感情を散々になぶられた少女らは、どこまで自分の信じるものを信じられただろうか。
起こりうる悲劇を知った上で回避するのは、悪だろうか。本来の葛藤や障害を取り除いて英雄と呼ばれるのは本当の英雄と言えるのか。お芝居の登場人物が抱く恋は本物だろうか。彼はどこまでが作り物で、どこまでが本心なのか。自分の価値観を中心に動く彼は、例え異性に心のうちを明かされたところで、常に心の中の「模範解答」と照らし合わせながら生きているのではないか。
感情の縁を的確になぞられて、少女たちは震える。疑心とそれを抱く自分に対する嫌悪にまみれながら、青年についてなにも知らないことを知る。
愛しているのだから、そんなことはしらないし、興味がない。妖の言葉を退けられるのは、単純明快な開き直りである。しかし、そう言いきれる生き方では、この世界を生き延びることはできない。
やはり、愛する息子には、裏切ることのない母親の愛こそが必要だと、少女たちを前に妖母は確信した。