蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
時が死滅した世界。停滞する世界は完全に終焉を思わせる。ここではそれを嘆くものもいない。ただ、世界は色を失っていくだけだ。
俺だけの英雄がほしい。そう願っていた一人の鬼も、その世界に呑まれていた。誰も足掻くことのない世界で、必死にいきようとする営みのない世界で暴れても、ただ虚しいだけであることを彼女は知っていた。
世界は終わった。英雄はもはや、必要ない。英雄に必要な悪でさえも。
それでも舞台から去ることができないのは、異なる欲求が生まれたためだろうか。
英雄の渇望。自分を殺す正義の登場。
時に本来民衆が望むべきものをそれ以上に求めていた一人の鬼は今、その英雄候補によって体に快楽を刻み込まれていた。長きを生きるうちに慎みが失われ、彼が自分の求める存在となる度に股を濡らしていた彼女も、その比ではない。どうして今までこの喜びを知らずにいられただろうかといわんばかりに体が反応する。
青年が体を貪る。民のためでもなく殺すためでもなく互いの快楽のためだけにである。角を掴み、押さえつけ、腰を叩きつけられる度に鬼の口から濁音だらけの喘ぎ声が漏れる。
鬼は人から成る。それが真実であったか否か、鬼自身忘却の彼方である。しかし、青年のそれを受け入れていたのは間違いなく女の体であり、青年が与えるのも女の喜びであった。本気を出せば地面さえ割れる震脚が、男のものを咥えこんだだけで支えられずに砕ける。もっと優しく、と言わんばかりに腰を跳ねさせながら、滑るのを足で押し止める。体が濡れそぼっていく。容赦なく鷲掴みにされた胸に指が食い込めば、地母神のように我が子がほしい、胎に宿したいとさえ思う。接吻はまさしく超新星の爆発で、鬼の視界と頭が真っ白に成る。
文字通りの被虐の喜び、性の喜び。どうして今まで手を伸ばせばすぐに手に入る至上の快楽を知らずにいたのかと自分のことしか頭にない鬼は考えてしまう。青年に乳を吸われる最中、鬼は邪知暴虐の存在とは真逆の、慈愛に満ちた笑みさえ浮かべていた。
しかしまだ終わりではない。時が死滅したからと言うわけでもないのに、青年には情事の終わりはなかった。
「ずいぶんと満足そうな顔をしてるけどな」
自分が見込んだ青年が、こちらを腕に抱いたまま、囁く。枕元で披露される会話にしては不機嫌で、物騒で、およそ相手を労るような声色ではない。固い緊張に覆われている。
「英雄色を好むというが、お前の求めてる英雄は、敵さえも押し倒して関係を結ぶほどなのかよ?」
珍しく、鬼からの返答はない。鬼はどこか夢見るような顔で、半開きになった口からつつ、と涎を流していた。