蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
「伴部さん、これなんかお買い得ですよ」
満面の笑みを浮かべて商品を勧める橘佳世の笑みには一点の曇りもなく、それが却って不気味に思わせた。しかし伴部は、自分を責め悩む罪の意識で、それを見過ごした。
差し出されたのは橘佳世と瓜二つの少女である。ただし、商品として、何より偽物として売り出す以上、橘佳世と見分けをつけなければならなかった。少女は死装束のような白一色の木綿服を着せられて、畳の上に座して沙汰を待っていた。
「姫様そっくりですね」
「ええ!配合が良かったのでしょう。私と同じく南蛮由来の地が入っていて……なんと!父親はこちら現地の方!それでも、ここまで仕上がっているとは予想外です!」
「その自分そっくりな女を売り出して、下人の元に奉公させる、と?」
「気に入りませんか?」
橘佳世は首を傾げる。伴部は無意識に奥歯を噛み締めていた。自分がとうとう、嫌悪していた人身売買に踏み出してしまう恐怖。いつ死ぬかもわからぬ下人の下にやらされる、身売りされた少女への憐憫、それがゲームでも名のあるキャラクターである橘佳世とそっくりであること……諸々の感情がせめぎ合い、渦となって伴部に襲い掛かっていた。
鬼月葵の元から退かされる、その直前に葵から受け取っていた「褒賞」がこれだった。
橘商会に話をつけておくから世話人の一人でも買えば、と。
またぞろゴリラの気まぐれか、と彼はいぶかしんだものだが、鬼月葵からすれば他にも、橘佳世と自分との繋がりを示すものだとか、その少女にしても鬼月葵そっくりな少女を買い付けて慰みものに、だとか、そういった思惑もあったはずであった。
もっとも後者に関しては、実際に少女を売りつける側の橘佳世が手を回して、仮にいたとしても鬼月葵そっくりの少女を売るはずもなかっただろうが。
「こういうの、前からやってるのですか?」
「裏切らない人材というのは、結局こうして集めるのが一番なんです」
佳世は言う。笑顔のまま。
「それとも伴部さんは幻滅しますか? このような手を用いてでも味方を増やそうとする私のやり方を」
「……いや」
既に十二分に汚れている手で、まだ潔癖であろうとすることはそれ自体が悪ではないのか。伴部は平伏する少女と、自分と少女を笑顔で見下ろす少女とに挟まれて、ずっと立ち尽くしていた。
鬼月葵が部屋に入る直前、敏感に白狐は臭いを感じ取ったらしかった。俯き、体を震わせる使いをちらりと一瞥しながら、葵は自ら襖に手をやって、部屋へと踏み込んだ。
鉄の臭いが充満していた。つい半刻ほど前まで葵が使っていたはずの家具もそのままに、大量の死体が転がっている。路傍の石のように光を失い横たわるそれは、鬼月葵そっくりであった。
癇癪のままに殺してしまった、葵の替え玉である。そしてそれは、大量に買い付けた伴部への贈り物でもあった。
実の父親によって力を、何より伴部を奪われなければ、今頃橘佳世が用意した別荘で、自分そっくりの女を次々と孕ませる伴部という酒池肉林を見られたであろうに、引き離されてしまった今、この女は顔のここが似ていない、この女は自分と同じ顔のくせに品がない、と扇で殺してしまったのである。
それでも遠くこの部屋を見れば違いなどほんの些細なものであるから、同じ顔をした少女が柱にもたれ、障子にもたれ、血飛沫が点々と赤く障子を彩り、畳は夥しい血を吸い込んで水たまりのような感触を生み出し、天井にも点々と飛沫が飛んだこの状況は、人を震撼させるには十分すぎた。
座布団の上で座ったまま姿勢を崩したもの、逃げようとして後ろざまに切り裂かれて畳に沈んだもの、縁側からはみ出して庭に転げ落ちそうになったもの、頭部の傷から流れ落ちた血が涙のように滴っているもの。酒池肉林とは程遠い地獄絵図である。寸分も違わぬよう衣装も揃えたが、今では血染めと体勢がそれぞれの個性を生み出していた。
この中に自分がいたら、果たして伴部はちゃんと自分を見出してくれただろうか。
ひたひたと部屋の中央まで歩を進めたとき、はっと微かに空気が乱れたのを感じて、鬼月葵は顔を上げた。二人、障子に背を預けていた女が、死体のふりも忘れて本物の姉妹であるかのように手を握り合い、こちらを凝視している。はだけた服から覗く白い肌。
僅かに胸の大きさが違う二人の体は宙を舞った。
女は悲鳴を上げていた。わざとらしく着崩し、肌を晒した少女の足元には小さな溜まりができている。内股のまま崩れ落ちた彼女の下半身に、奥へ奥へと潜り込もうとする大きな張り型が微かに見える。
「お許しください! どうか、慈悲をっ……!」
少女の声は途切れる。先程まで商人の愛想と、本物の笑顔を混ぜ合わせた大輪を咲かせていた商会の顔、売り物の少女と同じ顔をした女主人は、能面のような表情で、自分と同じ顔の女に、張型を押し込んでいた。
「処女じゃないんでしょう? 誰のものでも咥えこめたなら、それだって」
「そんな――」
「何のために貴女を買ったと思っているんですか。処女でなければ、伴部さんに体を差し出した時、気づかれるでしょう」
ただ、と橘佳世は言葉を切り、何とか膝を立てて立ち上がろうとする少女の肩に手を置いて、一気に体重をかけた。見開いた目、瞳孔が開く。
「処女でなければ、どんな使い方をしても、壊れる心配がない、ということでもありますけれど、ねっ……!」
絹を裂くような悲鳴も、濁音に変わる。やはり愛がなければ、どんな快楽を与えたところでこのざまだろう。橘佳世は、頬を撫でる。ただそれでも、伴部に弄ばれるのであれば、すべては快楽に変わる。
少女の口をこじ開けた橘佳世は、奥深く、喉の方へ、一本一本自分の指を沈めこんだ。絶え間なく流れ落ちる透明な唾液は、畳に落ちて小さな染みを作った。