蛍は何処へ 作:パリピブラゾール
すべてを諦めた顔があった。葵が見たこともない、見たくもない顔であった。
姫様、と静かに下人は言う。
「姫様は、私の死を望んだのですね」
「ちが……ちが、違うの。伴部」
「いえ……そう考えれば、筋は通ります。かつてあれほどの無礼を働いておきながら、のうのうと生きている私を、姫様が疎ましく思うのもごもっともでしょうから」
混乱する葵に、青年は畳みかける。
「我々下人は所詮使い捨ての道具です。気に障ったならば捨てられもしましょう。ですが、私は……もう少し婉曲にではなく、直接、姫様から死を賜りたかったものです」
どうしてこうなったのか? 地下水道から、無事伴部を救い出したまではよかった。いや、とても無事とは言えなかっただろう。実際、こうして葵がつきっきりで看病しなければ、そもそも傷の深さで命を落としたことだろうし、病状が安定した後も、人間かどうかも怪しい姿で、屋敷のものに殺される運命が待っていたはずだ。
無事に目覚めてくれた。しかし、伴部の心は、既に彼女から離れてしまっていた。
「しばし、一人にしてくださいますか。下人の、今生の望みですゆえ」
葵の視界がぐるりぐるりと回転し始める。眼が現実を拒絶しようとしていた。
葵は決断を迫られていた。苦渋の決断である。二択しかない決断である。既に伴部との華やかな未来は閉ざされてしまった。愚かな自分のせいで。
だがここで伴部にいかせていいのか……おそらく伴部は、下人の小屋にでも戻って自刃することだろう。前々から何かと目をつけられていたのだ。穢れを厭い、文句を言って使者を辱めながらも、鬼月の家は諸手を挙げて彼の決断を喜ぶであろう。
『行かせない』を、選択しました。
「え……」
伴部の腹部を、少女の抜き手が貫通していた。
「だめよ、伴部。いかせない。あなたを一人で行かせない。あなたが行くところ、そこがたとえどこであろうと、そここそが私のいるべき場所だもの。そうでしょう伴部。伴部。伴部ごめんなさい。私は、あなたに英雄になってほしかったの。私とあなたの間にある隔たりを、業火のごとき壁を、飛び越えてきてほしかったの。伴部。私には、あなたしかいなかったの……!」
葵はなおもぶつぶつと呟いていた。しかし、意識が遠のいた伴部にはそれを最後まで聞くことはできず、音もなく崩れ落ちる。
伴部にずっと渡していた短刀が転がり、葵は皮肉なことに寂しげにほほ笑んで、一息に喉に突き立てた。
『行かせる』を、選択しました。
病人、否、死人のような足取りでふらりふらりと出口へと歩み寄った彼は、戸をゆっくりと引いて、振り向きざまに、葵と目が合った。寂しそうに笑った彼は、深々と礼をして引き戸を閉めようとして、
唐突に、頭が弾けた。
「は……?」
葵の目の前で、ゆっくりと倒れていく伴部の後頭部は破裂していた。ぼとり、と大した音もたてずに転がった亡骸を前に、より重厚な何かが降ってくる。土間に突き立てられたそれは、巨大な錨であった。
「俺だけの、英雄を見つけたと思ったんだけどなぁ」
大して悲しそうなそぶりも見せず、鬼は血がべったりとこびりついた錨を掛け声一つで背負いなおし、けけけ、と笑った。
「でもダメだな。誤解からとはいえお姫様を見放して、しかも死のうとしてたなんて。そんなの英雄じゃねえよ。少なくとも、俺の求める英雄じゃないね」
引き戸一杯に血糊がぶちまけられ、やがてその飛沫がゆっくりと垂れて落ちていく。葵は小屋から転がり出て、愛しい人の体を抱き起した。頭部をごっそり失ったとはいえ、比較的顔は綺麗であった。しかしその人がもう息をすることはなくて……。
ゲーム「闇夜の蛍」の原作スタッフ、同人界隈の人々よりまともであると自負しております。もちろん性癖も。目を見ていただければわかります。