※この作品はR-18です。

蛍は何処へ   作:パリピブラゾール

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うぐいす一羽 (長女・雛ルート)

 

鬼月雛は待っていた。死の臭いが漂う鬼月家の中で何が起ころうと構わない。所詮は小娘と侮っていた連中である。彼との二人だけの生活を邪魔する障害物である。いっそ自分の手を汚さずに勝手に滅びていくのは復讐心が満たされいっそ痛快ですらあった。

 

幾重にも続く襖が開かれ、待ちわびていた彼が現れる。

 

待っていたよ、と昔の飯事のように、本来の二人の関係に戻りながら鬼月雛は傷だらけの下人を抱き締める。

 

「もう私たちの邪魔をするものはいない。なあ。二人だけなんだ。幸せに暮らそう」

 

鬼月雛は内股を擦りながら、青年の腕に抱かれる。その力が自分に向けられたとき、彼女はおとなしく体を倒した。すべてを彼に委ねていた。そして、二人は何よりも高潔な儀式である口づけで愛を誓い合おうとして、

 

鬼月雛の首がとんだ。遅れて行き場を失った血が一挙にふきだして青年の顔を濁流で染め上げる。ぐらりとかたむいた体は、すぐに均衡を取り戻し、雛は刀を抜いて振り向いた。

 

「どういうつもりだ」

 

誰何の声は異邦人に向けてのことである。たったいま自分と同じ首をはねた女は、血染めの刀を構えたまま、悠然と立っている。

 

気に入らない。彼と、二人だけの部屋を土足で上がり込んできた女。自分と同じ顔を持つ女。この女も伴部を狙っているに違いない、と自然に彼女は考える。

 

「彼は、渡さない」

 

予想外の反応が返ってきた。彼を一瞥したもう一人の自分は、軽蔑するように鼻をならして、

 

「そんな男に興味はない」

 

きっぱりと言い切られて、逆に雛の怒りは燃え上がる。彼をここまで無下にするその態度が気にくわない。

 

「だったら、邪魔をするな」

「それは無理だな」

 

 

脅威は排除しておかねば。

言い終えると同時に鬼月雛は刀を持ち直し、突貫した。迎撃しようとする鬼月雛は、そこで自分の手元に愛する男がいることに気づく。自分よりも圧倒的に無力な青年。世界が下した残酷な訣別。かつて無力な自分を救ってくれて、今度は自分が守るべき相手。

 

見捨てるという選択肢は、初めから存在しなかった。

 

お互い自分の異能は把握している。だからこそその無力化に努める。切っ先を突きつけた時点で敵対することがわかっていたとしても、潜在的な脅威は見過ごせない。とはいえ、伴部を庇う雛は、劣勢に追い込まれつつある。致命傷を避けても、確実に蓄積していく傷を治すために発動する度に膨大な霊力が奪われていく。

 

そして、二人の霊力の拮抗が失われたその時、鬼月雛は刀を鞘に仕舞い、護符がいくつも連なる縄を投げつけた。とぐろをほどいた蛇のように、鬼月雛に襲いかかったそれは、あっという間に彼女を無力化した。

 

「さて……」

 

縄で縛られた自分をすり抜けて、異邦人の鬼月雛は青年の前に立った。

 

「会いたかった……ずっと、お前に会いたかった!」

 

魂からの叫びである。伴部をしっかりと抱き締めた彼女は、無力化した自分を顧みることなく、

 

「ずっと後悔していたんだ!お前が下人に落とされて、忘れもしない、その直後に命を奪われて。鬼月の、他の連中は安堵していた。私は死人同然で生き続けているうちに、異なる世界を知った」

 

抱擁の続きは、まったくよく似た別人であった。

 

「お前が生きてくれている! それが、どれだけ私の心を動かしたか! 案の定この世界でも気狂いの妹と愚かな私はこの通りだったが、だからこそ、私は禁術を学び、鬼月家を、複数の世界の出口と結んだのだ! すべては、もう一度お前に会うため、お前と愛し合うためだ!」

 

 

「さあ、■■、私を愛してくれ。罰してくれ。すべてを受け入れて、今度こそ私たちは夫婦になろう」

 

 

先程の言葉は、動揺を誘うためだったのであろうか。鬼月雛の言葉に、無力化されたもう一人は瞠目する。伴部が死んだという世界……いや、あれだけ気が狂った妹に酷遇されているのだ。死ぬ可能性だってあろう。しかし今、問題なのは、その死を受け入れて悼むのではなく、こうして人様の元へ押し掛けてきて、赤の他人を自分の思い人に見立てて寝取ろうとする浅ましい雌犬と、その魔の手にかかる、己の愛した人である。

 

 

多くの世界が存在する。それらは複雑に絡まりあい、鬼月雛という存在は因果のねじれとして結実した。元となる世界とも、この世界とも異なる道を辿った永遠の分岐点。だからこそ鬼月雛は彼のことを知っていたのだし、また彼女の世界では、同じ青年が失われていたのだ。

 

 

鬼月雛は慟哭する。

 

 

 

「やめろ! これ以上私から……奪おうとするなぁ!」

 

 

魂の叫びであった。血の混じった咆哮であった。人と人との道理を飛び越えた世界に対する呪詛であった。

 

 

だが、世界が常に彼女を裏切ってきたことは、彼女自身が知っている。馴れることはなくとも、わかっている。

 

 

下人のその切っ先が鬼月雛の体を貫いたとき、彼女の視界に罅が入った。女のなまめかしいあえぎ声、満足のため息に、琴を力任せに弾いたような耳障りな音が、世界から音を奪った。熱が奪われていき、彼女の体はがたがたと震え続けた。

 

 

そしてなぜか、体は己の声と誤認してか、男を受け入れようとしてどんどん濡れていく。自分だけが知るはずの名前が何度も部屋に木霊して、彼女だけのもの、彼女だけの縁が失われていく。

 

 

 

「子供を作ろうな! 夫婦になるのだものな! 愛してる。そうとも、愛している! 今度は私がお前を守るぞ!」

 

 

 

自分だけの誓いが上書きされ、鬼月雛は自分を見失った。

 

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