帝都のマッサージ店 作:ただの石
白いレンガ造り建物が並ぶ街道は、馬車が余裕をもって走れるほどの幅がとられ、街灯からは炎とは違う魔力の青白い灯火が、絶えず夕暮れの道を照らしていた。
バハルス帝国が帝都アーウィンタール。
その中央道路から一本外れた通りに、二階建ての小さくまとまった建物がある。
印象に残らないような外観に一つ、聞き慣れない『ほぐし屋』と書かれた看板があり、おや、と道行く人々の興味を誘うが、表には入り口がなく、裏手の細い路地からしか入れないという遠回りな仕組みが客足を遠退かせていた。
片手に果物やパンなどが入った籠を抱えながら、俺はためらいなく店の扉に手を掛けて、ドアベルを鳴らしながら中へと入っていく。
「いらっしゃいま……あ、店長。宿泊のお客様が一人、四半刻ほどお待ちです」
帝国では珍しい薄い顔をした三十路ぐらいの化粧が少しキツい女性──従業員のリーリャさんが事務的に報告をする。
「分かった、これをいつもの場所にしまってほしい。それが済んだら今日は帰っていいよ。おつかれさま」
「お先に失礼します」
指示を出して、受付の奥の部屋から左へと進む。
「すみません、お待たせしました」
「いや、寛がせてもらったよ」
待機部屋には白金級冒険者プレートを首に下げた男が鎧を外して肌着以外の服を脱ぎ、桶の水とタオルで体を既に拭いた後の様子だった。
「では、施術をする二階へ案内しますのでついてきてください」
「よろしく頼む」
階段を登った先には、壁沿いに薬瓶の並んだ棚と中央に大きな寝台が一つあり、そこへ仰向けに寝転んでもらった。
「目をつぶって──はい。それでは、天上の如き夢の世界で最高の睡眠をご堪能ください」
◆
翌朝。
「いやぁ、もう最高だったよ!体が羽のように軽い!あっはっはっは!」
朝からうるせぇ、と心の中で毒づきながら「仕事冥利につきます」と微笑む。
プレイヤーネーム、『ZZzz(クワトロゼータ)』は、ユクドラシルのプレイヤーだった。
重度のVR睡眠中毒者だった俺は、いつものようにリアルでの仕事を終えるとログインし、ギルドハウスで寝ていたのだが、目が覚めると帝都の都心部に家ごと転移していた。
ざっくりまとめると、高度な認識阻害の術式のおかげで帝都を巡回する兵士達にバレるような事態にはならず、基盤を固める過程で整合性を整えて、それなりの苦労もあったが努力が実り、今日の店を構えるまでに至ったワケなのだが……それもこれも、キャラメイクの際に種族は人間の睡眠特化ビルドを組んだ賜物といえるだろう。
この白金級冒険者の男には、俺がサブジョブで取っている『調香師』のスキルで調香したアロマを使用した睡眠の結果として『不安軽減』『疲労回復』『天啓』の効果が出るようにしたので、上位冒険者パーティーのリーダー格のような日常的にストレスを溜め込みがちな立場の人間には特に効果的だ。
しかも、金払いがよくてほぼリピーターになるので、俺の方から営業をかけたりもする。
ご機嫌に帰っていく客を見送り、昨日買っておいた果物をパンに挟んで、簡単な朝食をとる。
今日の仕事は予約のみで全て埋めているので、リーリャさんは休みで俺だけだ。
生活魔法で朝の支度を済ませると、チリン、といいタイミングでドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「予約していた、ドロテアです」
「帳簿で確認しますね……はい、確かに。では右の扉から、こちらに着替え終えましたら、ベルで知らせてください」
施術用の衣服が入った籠を渡し、扉の奥へ消えた彼女が着替え終えるのを待つ。
少し待つとカランカラン、とベルの音が鳴り響き、受付の奥の部屋から右へと進む。
内股気味に中央のソファに腰掛けた彼女と目が合った。
「早速ですが、二階へ移動しますね」
「はい」
二階へ上がってから、いつものように中央の寝台に寝てもらうと、スキルで調香した香油がまったりと揮発して、部屋の空気に充満する。
「まずは、呼吸をすることに集中して。大きく息を吸って……吐いて……私がお腹に手を当てるので、吸うときは押し返すように力を入れてみてください」
常温のドロリとしたオイルを手に含み、お腹の肌に馴染んでいく。
「さぁ、目をつぶって──」