優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――――――――翔太視点
ポツポツと大きな雨粒がトタン屋根に弾ける音が響いている。
「...?」
目が覚めると、俺は古びたベンチに寝かされていた。
「え...?」
現状が理解できない。最後に覚えているのは...俺の膝の上でよがり狂う麻衣さんの姿だけ。
「っ...」
ズキズキと胸が痛む。
一度は恋した女性が...あのように他の男と激しいセックスをしている様をまざまざと見せつけられてしまったのだ。狂ったように喘ぎ声をあげながら先生に抱き着きながら腰を振る彼女は...いや、思い出すのはやめておこう。頭がおかしくなりそうだ。
「ここは...バス停...か?」
小屋のような建物の中にベンチが設置されており、目の前には中央線の無いアスファルト舗装の道路が左右に伸びている。
「...」
どれくらい時間が過ぎたのだろうか...
隣に居たはずの川元刑事はいつの間にか姿を消しており、俺も気が付けば田舎のバス停に放置されている。
ポケットの中には俺のスマートフォンが入っており、尻ポケットには元カノから貰った二つ折り財布が入っていた。
「...え?」
中身を確認してみたところ、そこには学生が手にするには不釣り合いの紙幣が押し込まれていた。
「...口止め料...ってことか...」
お金なんて貰わなくとも口外するつもりはない。
...現役の刑事が目の前で消されたのだ。次は我が身なのではないかと思うと...恐ろしくて誰かに相談する気など起きない。
「...」
とにかく帰ろう。このままこの雨の中で田園風景を眺めていても気が狂いそうだ。
「えっと...」
バスの時刻表を探し、それらしき張り紙を見つけた。
「うわ...」
未記入の時間帯が目立つ時刻表。あまり都心とはいえない地元の路線バスでももう少し便数が有る。しかし、バス会社そのものは見覚えがある。
現在時刻は16:30。それに近い時間帯のバスは...
「あ...」
幸いなことに、17:03に最終便のバスが来るらしい。行先も何となく見覚えのある地名だ。
「...」
再びベンチに腰かけた。
暇を持て余しているけれど、スマホを触る気にはならない。
...それでも、時間の確認の為にホームボタンに指を触れさせた。
「16時...32分」
2分。随分と長い時間が経過したかと思えば120秒しか過ぎていない。
「...」
ほぼ無意識のままにアルバムのアプリを開いていた。
「美咲...」
アルバムの中で微笑む可愛らしい女性。もうこの笑顔が自分に向けられることは無い。そう思う度に胸がズキズキと痛む。
「っ...」
勢いのままに写真を選択し、削除ボタンに指をかけた。...しかし、最後まで決断できなかった。
「くそ...っ...」
俺が何をしたというのだ。どうして俺がこんなにみじめな思いをしないといけないんだ。そんなことばかり考えていたけれど、結局...何もできなかった。
何か行動を起こそうとも、脳裏に浮かぶのは魂が抜けたと形容するしかない絶望の表情を浮かべた刑事の姿と、快楽に狂わされて涎を垂らしながら腰を振る麻衣さんの姿。
力の限り拳を握りしめていると、熱い雫がポタポタと拳に降り注いだ。
「あ...」
それは俺の涙だった。...情けない。情けない限りだ。
視界いっぱいに広がる灰色の田園風景。真夏の青空の下であれば気分も晴れやかなのかもしれない。しかし、肌寒い鉛色の空の下では気分も落ち込むばかりだ。
「はぁ...」
拳を解いて背もたれに体を預けた。すると、不思議な事に少しだけ気分が楽になった。
結局のところ、俺にはもう何も出来ない。それを頭では理解していても気持ちが追い付いていないのだ。
「...」
今はもう何も考えたくない。何を考えてもネガティブな考えが増すばかりだ。
「あ...」
ぐるぐると頭の中で思考を巡らせているうちに、いつの間にか30分ほど経過していたらしい。気が付けば遠くに野太い排気音が聞こえてくる。
その音はどんどん近づいており、小屋から顔を出すと見覚えのあるラッピングの路線バスが見えてきた。
『ご乗車の際にはお足元にお気を付けください』
運転手のアナウンスを聞きながら、スマホのICタグをタッチパネルにかざして乗車した。
「3000円...足りるだろ」
液晶に表示された残高を確認して、後部座席に腰かけた。
「...」
ディーゼルエンジンの野太いエンジン音と、最寄りの病院を案内している車内アナウンス。窓を叩く大粒の雨粒。見方によれば情緒ある田舎の風景なのだろうが、気落ちしている今は全てが思考を邪魔するノイズにしか聞こえない。
「くそ...」
他に乗客が居ないことを良いことに、小声で悪態を吐いた。しかし、そんなことは無意味であることは理解している。そんなことをしても気分は少しも晴れないことも知っている。
『ご乗車ありがとうございます。次は―――』
停留所の案内をしているが、行先案内を見る限り終点まで下りる必要は無さそうだ。
...寝よう。他にすることは無い。
――――――――――――――――――――――――――
「ん...」
ガタン、と揺れる振動で目が覚めた。
「どこだ...ここ」
バスに乗るまで気絶していたというのによく眠れるものだと、我ながら感心した。
「あ...」
ぼやけた視界が次第にクリアになる。すると、窓の外には見慣れた県道沿いのビルが見えていた。
ここは...町の中心部に位置する駅へと向かう道だ。バスの終点は駅を過ぎた郊外の営業所行きとなっているらしい。
「ふぁ...」
大きな欠伸と共に意識が明瞭になっていく。
『次は予備校前。予備校前です。お降りの方はバスが停車してからお立ちください』
予備校前...それは駅前の予備校や学習塾が集中している辺りに置かれている停留所だ。
「...」
時刻は19時30分。今から予備校や塾へと向かう学生や、はたまた今から帰宅する乗客が利用するのだろう。
『予備校前。予備校前です。お降りの際はお気を付けください』
バスが停車した。いつの間にか増えていた乗客がぞろぞろと降車し、数人の乗客が乗り込んで来た。
「あれ?翔太?」
その乗客の中の一人、学生服の男が声をかけてきた。
「圭介...」
親友の斉川圭介だ。
「なんだか翔太に久しぶりに会う気がするよ」
...俺もそんな気がする。何日くらい経過したのか想像もつかない。
「そうか?」
「そうだよ。だって金曜日も今日もサボってたでしょ?」
「...まじか」
警察署を出たのが金曜日のお昼過ぎ。そしてスマホの画面には"Mon"と表示されている。
という事は...俺は土日の間はずっと監禁されていたのか。
「悪いな、心配かけて」
「本当だよ。でも...まあ、圭介が元気ならそれで良いよ」
そんな親友の優しさが心にしみる。
「圭介は...塾帰りか?」
「うん。まあ...もう少し頑張らないといけないからね」
そうか...圭介は一般受験だ。
「翔太は専門学校だよね?」
「ああ。スポーツ系の専門学校だ」
本当はもっと部活を頑張ってスポーツ推薦が欲しかったのだが...実績が足りなかった。
「凄いなぁ...さすが翔太」
「そんなことねぇよ...受験できるくらい頭良いお前のほうが凄いよ」
圭介はそこそこ成績が良いはずだ。
「それこそ大したことないよ。夕華はもっと頭いいし、それに...この前の模試は一瀬さんにも抜かれたよ」
橋本が頭良いことは知ってたけど...一瀬もそうなのか。
「まあ...圭介なら大丈夫だろ」
「ははは...そう言ってくれると励みになるよ」
力なく笑う圭介。...結構追い詰められてるみたいだな。
「あ...」
ふと、圭介が一点を見つめて声を漏らした。
「?」
そんな彼の視線を追うと、プラチナブロンドのロングヘアに透き通るような白い肌が印象的な女性が運転席のすぐ後ろに立っていた。
あれは...
「八條先生...か」
「うん...」
すらりと伸びる長い脚、細い腰、横からでもわかるほど豊満な胸元。淡い水色のフレアスカートに、レースで装飾された肩のあたりが透けている白いシャツが彼女の清楚な雰囲気によく似合っている。
「~♪」
ミラーに映る美しいその顔は、何故か楽しそうな様子で運転手と同じ方向を見ている。
「なんか...楽しそうだな」
「そうだね...」
「?」
何とも上の空の返事だ。
ちらりと隣の友人を見ると、何か熱に浮かされたかのような表情を浮かべている。
「圭介?」
「あ...ど、どうしたの?」
はっと我に返る圭介。...相変わらずわかりやすい奴だ。
「まあ、可愛いよな八條先生」
「そ、そうだね」
若くて可愛い教育実習の先生に夢中になる生徒が数人居る、というのはよくある光景だろう。それが飛びきり美人な常勤の教師となれば...それはもう恋する男子高校生を量産しても珍しくはない。
しかし、圭介には...
「でもお前、あの一瀬茜と付き合ってるんだろ?」
「それは...」
一瀬茜は少し派手目な見た目から怖がられている節があったのだが、それでも可愛らしい顔立ちや抜群のスタイルのおかげで密かな人気がある生徒だった。
しかし、最近は雰囲気もガラリと変わり、派手目なメイクもやめて制服も着崩す事も無くなった。それに、纏う雰囲気や言葉遣が穏やかになり、表情も柔らかく可愛らしいものへと変化した。そのおかげで一瀬を好きになる男子生徒がかなり増えたらしい、というのが学校内の情報筋から聞いた話だ。
「お前...一瀬は今やあの橋本夕華に並ぶ人気なんだぞ?しかも橋本とお前は幼馴染じゃねーか。そんなラブコメの主人公みたいな立場で浮気するなよ」
「ラブコメの主人公って...そんなに良いものじゃないでしょ?」
そう言いつつも少し嬉しそうな表情だ。...感情を誤魔化せないところがコイツの良い所でも悪い所でもあるんだよな。
「バカヤロー贅沢言うなよ」
「はははっ」
こうして冗談を言い合っていると...少しは気がまぎれる気がする。
「そんな翔太だって、ほら...花園さんと付き合ってるでしょ?」
そうだ...圭介は知らないのか。まあ、コイツはちょっと鈍い所があるから仕方ないか。
「それが...ちょっとな。色々あって別れたんだ」
「え!?」
目を見開いている圭介。心底驚いた様子だ。
「悪い...話してなかったな」
「こっちこそ...なんか、ごめん」
申し訳なさそうな表情を浮かべている圭介。
「...」
「...」
何とも気まずい空気だ。
そんな中、何か他に話題は無いかと車内を見渡して、前方のミラーに映る八條先生を見た。
「...!...♪」
何故かフロントガラス越しに見える景色を瞳を輝かせながら見ている八條先生。その楽し気な様子に思わず頬が緩んでしまう。
「...可愛いな」
「だよね...」
そんな八條先生の姿をもう一度確認すると、彼女の細腕には小さなバッグと小ぶりな紙袋が掛けられていた。
「あの紙袋...」
前に付き合っていた子が買ってきたことが有る...確か、この辺りにある洋菓子店のモノだ。結構美味しかった覚えがある。
「知ってるの?」
「ああ。元カノが持ってきたことがあるんだよ。確かお菓子屋さんだ」
「へぇ...好きなのかな、八條先生」
そう言いながらスマホを開く圭介。洋菓子店を調べているようだ。
「あ、ココかな」
そう言いながら画面を見せる圭介。
画面には紙袋に印字されたものと同じデザインのエンブレムが表示されていた。店の名前は..."ビター・スイート・スイーツ"だそうだ。
「へぇ...なんだか洒落た店だな」
「うん。お洒落だよね」
Bitter・Sweet・Sweetsの頭文字の"BSS"を強調させているエンブレムがなんともお洒落だ。
「今度行ってみるか」
「そうだね」
そういえば...八條先生がわざわざバスに乗って買いに来る程ということは、それを彼女にプレゼントすれば喜ばれるのではないだろうか?それをきっかけに他の好みも聞き出して...よし。今度、圭介と行く前に一人で"BSS"を訪れることにしよう。
そして、もう...美咲のことも麻衣さんの事も忘れる事にしよう。