優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――――――――主人公視点
並んで職員室を後にする夕華と茜を見送り、漸く自分の仕事に取り掛かる。
...とはいえ、粗方仕事は片付いており、明日の準備も済ませている。
「さて...」
ちらりと八條先生へと視線を向けると、圭介は既に参考書を閉じていた。どうやら目的は果たせたらしい。
「他に聞きたいことは有りませんか?なんでも大丈夫ですよ」
品のある笑顔と柔らかく優しい口調。おまけにとびきりの美人。思春期の男子生徒が彼女に夢中になるのも納得できる。
「あ...い、いえ、その、大丈夫、なんですど...」
言葉に詰まる圭介。何か言いたげな様子だ。
「はい、何でしょうか?」
小首を傾げている八條先生。仕草の一つ一つがあざとい程に可愛らしいのに、それが全て計算ではなく天然なのだから恐ろしい。
「あ、あの...こ、この前の夕方の事なんですけど...先生、予備校の近くでバスに乗ってませんでした?」
「予備校...確かにあの辺りは時折訪れます。ふふふっ...2回も見られちゃいました」
確かに、つい先ほど小井川にも同じ質問をされていたな。頻繁に洋菓子店を訪れているのだろうか?
「え?2回も?」
まさか同じ質問をされているとは思わなかったのだろう。
「はい♪つい先ほど小井川くんにも同じことを尋ねられました。ふふふっ...彼にもお伝えしたのですが、私、予備校の付近にお店を構えられている洋菓子店さんが行きつけなんです」
八條先生はポケットからフィナンシェを取り出し、両手で持って圭介に見せた。
「あ...そ、そうなんですね」
ニコニコと楽し気な表情の八條先生と、何故か笑顔が引きつっている圭介。
「圭介、もう遅いからお前もそろそろ帰った方が良いぞ」
参考書を閉じているのでこれ以上居座る理由は無いだろう。それに、そろそろ彼女も業務に戻らないとマズい。
「あ...は、はい...」
明らかに気落ちした表情。そんな圭介の様子を、八條先生は何やら心配そうな表情で見ていた。
「あの―――」
「俺も八條先生と打合せが有るから圭介も寄り道せずに帰るんだぞ」
八條先生の言葉を遮り、圭介に帰宅を促した。
「...失礼します」
圭介の表情は晴れないままだが、大人しく職員室を後にしたのであった。
「大丈夫でしょうか...彼」
心配そうな様子の八條先生。
「大丈夫ですよ。アイツは先生と世間話を続けたいだけですから」
心優しい彼女は圭介の落ち込んだ様子を心配していたが、恐らく御多分に漏れず圭介もアプローチしたいだけだろう。...茜や夕華に惚れていたクセに気の多い奴だ。
「そう...なのでしょうか?」
不思議そうに小首を傾げている八條先生。...これはクセなのだろうか?可愛すぎて心臓に悪い。
「ええ。他の生徒と一緒ですよ。あなたが魅力的なのでお近づきになりたいんです」
「え?ええっ!?そんな...私なんて...ふ、普通ですっ」
顔を真っ赤にしている八條先生。彼女は肌が白いのでそれが余計に目立つ。
「普通ではありませんよ。あなたは美人ですし、可愛らしい性格だと思いますから」
俺の周りには少ないタイプだ。
「...確かに子供っぽいとは思いますけど」
少し不服そうな様子だ。...可愛らしい性格という点が気になったらしい。
「よしよし」
そんな彼女に父性が溢れてしまい、思わずさらさらのプラチナブロンドの上から頭を撫でてしまった。
「ぁ...」
嫌がられるかと思いきや、口を半開きにしたまま大人しく撫でられている八條先生。
「す、すみません...思わず撫でてしましました」
「ぁ...い、いえ...その...えへへ...♡」
何故か笑みが零れる八條先生。
「っ...」
あどけないその笑顔に、思わず胸がときめいてしまった。
「あ、あの...先生?」
軽く俺の袖を引きながら控えめに尋ねている八條先生。
「ど、どうしました?」
そんな彼女の愛らしさに動揺しながらも何とか返事をした。
「その...あっ、い、いえ何でもないです。忘れてください...」
しかし、何故か顔を真っ赤にして言葉を噤んでしまった。...一体どうしたのだろうか?
「ところで...先ほど、打合せを予定されている、と仰いましたよね?」
...忘れていた。圭介を帰らせる口実として適当な口実を作ったのだ。
「ええ。まあ、アイツを帰らせる口実ですよ。八條先生、ご自身のお仕事が残っていますよね?」
「ぁ...はい...たくさん残ってます...」
しょんぼりとした表情の八條先生。喜怒哀楽が分かりやすい辺りが可愛らしい。
「お手伝いしますよ。私はもう手が空きましたので」
「い、いえ、そんな...お気になさらないでください」
あわあわと遠慮する八條先生。そんな彼女の手を取り、エメラルドグリーンの瞳を見つめながらもう一度諭す。
「大丈夫です。それこそお気になさらないでください。ただの私のわがままですから」
「ぁ...」
濡れたエメラルドのような美しい瞳。シミ一つない白く透き通るような柔肌。まるで妖精や女神のようだと言われる美貌。そんな彼女に頬を染めながら見つめられてしまえば、並みの男はたちまち虜にされてしまう。
「と、とにかく...私は大丈夫なので何でもお申し付けください」
少し視線を逸らしながらそう答えた。
「ぁ...えへへ...それなら...お願いしても、よろしいでしょうか...?」
頬を赤らめ、ふわりとはにかみながら答える八條先生。
「ええ。お任せください」
表情を取り繕い、再び彼女と視線を合わせながら答えた。
「えへへ...ありがとうございます...♡」
先ほどまでの"八條先生"とは明らかに異なる口調。愛らしい少女のような甘く柔らかい声色だ。
「...」
「...♡」
両手を握ったまま見つめ合うこの瞬間。彼女の両手は柔らかく滑らかな肌触りなので、いつまでも触れていたい。
「あ...あの...先生...?」
頬を赤らめながら、少し遠慮がちに問いかける八條先生。
「はい?」
両手が触れ合う程の距離なのでその表情の変化もわかりやすい。
「そ、その...このままでも、その...私は良いのですが...こ、困ってしまいますっ...!」
...そういえば両手を重ね合わせたままだ。職員室にたまたま誰も居ない事を良いことに、自然と心のタガが外れて好き放題したい気分だ。
「そうですね、困りましたね。八條先生はお困りですか?」
「わ、私は...その...っ」
透き通るような白い肌を真っ赤に染めている八條先生。このまま彼女が慌てる姿を眺めていたいのだが、さすがに業務に支障が出そうなのでこの辺りで止めるか。
「すみません、冗談です。反応が可愛いのでからかってしまいました」
泣く泣く手を離した。彼女が嫌でなければもう少し触れていたいところだ。
「ぁ...」
彼女は小さく声を漏らした。その視線は俺の両手に向けられている。
「八條先生?」
「あ...は、はいっ!」
ハッと我に返る八條先生。頬は相変わらずほんのりと朱いままだ。
「何かお手伝いできることは有りますか?」
「あ、そ、それなら...コレをお願いできますでしょうか...?」
「はい。お任せください」
彼女からプリントを受け取り、黙々と業務をこなしていく―――
.........................
「ふぅ...これで良し、と」
一通り区切りがついた。ちらりと彼女に視線を向けると―――
「...」
真剣な眼差しでデスクに向かっている。...普段のほんわかとしたイメージと違い、今の彼女は"八條 楓"という大人の女性だ。
「...」
それにしても...本当に綺麗な人だ。
可愛らしい言動と親しみやすい性格故に忘れてしまいがちなのだが、本来は神秘的な美貌の持ち主だ。
黙っていれば近寄りがたい程の美しさだが、口を開けば可愛らしい声と性格にギャップを感じ、更に彼女に興味を惹かれてしまう。そんな天然の人たらしである人物こそ"八條 楓"という女性なのだ。
「...?あ、終わりました?」
顔を上げてふわりと微笑む八條先生。どうやら俺の視線に気が付いたらしい。
「ええ。他にお手伝いできることは有りますか?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。私もこの書類を仕上げれば終わりですので」
右手でディスプレイを指す八條先生。彼女の指先を追うと、8割程記入された日報の入力画面が表示されていた。
「わかりました。この後はもうお帰りになりますよね?」
「ぁ...え、ええ。そう、ですね...」
何故か歯切れの悪い返事だ。何かやり残した業務が有るのだろうか?
「八條先生?大丈夫ですか?お仕事が残っているならお手伝いしますよ?」
「あ、いえ...そういう事ではないのですが...その...や、やっぱり何でもないですっ」
何故か頬がほんのりと赤い八條先生。
「八條先生?」
まさか、熱でもあるのだろうか?体調が悪いのかもしれない。
それを確かめるべく、俺は彼女の頬に手を添えて、顔をこちらに向けさせた。
「ぁ...」
濡れたエメラルドのような美しい瞳、ほんのりと紅潮している白い肌。幻想的な美貌を正面から見ると、少し動揺してしまった。
「だ、大丈夫ですか?体調が悪かったりしますか?」
「い、いえ...凄く元気です...でも、その...っ...」
尚も顔が赤い八條先生。
「そ、その...もう、終わってしまう、と...思いまして」
だんだんと声が小さくなる八條先生。
「それは...」
どういう...意味だろうか。
「その...今は、あなたを独り占め...出来ていますので」
顔を真っ赤にしながら続ける八條先生。
「独り占め...」
何となく、先ほどから察していた。しかし、ここでその想いを全力で受け止めることは―――
「ご、ごめんなさいっ...直ぐに終わらせちゃいますねっ!」
慌てて取り繕う八條先生。
「わ、わかりました。私も戸締りの確認をしますね」
少し動揺しつつ、俺は職員室の戸締りを行うために立ち上がる。
席を立ち、裏口の戸締りや窓の戸締り、電気の消し忘れ等を確認して回った。
...その時であった。
「っ...」
一通り戸締りを確認した後、再びデスクに向かう途中の事だ。視線の先にはスマートフォンの画面を見つめる八條先生が見えていたのだが、どうにも様子がおかしい。
先ほどまでの甘く可愛らしい動揺ではなく、見開かれた瞳と青白い顔色は明らかに恐怖を帯びた動揺だ。
「八條先生?」
「...」
反応が無い。
「八條先生」
細い肩を優しく叩くと、彼女はビクンと身体を震わせた。
「っ...!せ、先生...あっ、ごめんなさい...ボーっとしてたみたいです...」
ぎこちない笑顔を浮かべる八條先生。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」
明らかに何かしらの問題が起きている様子だ。
「だ、大丈夫です。...本当に、大丈夫です、から」
とてもそうとは思えない。
「でも―――」
「本当に、大丈夫です」
きっぱりと言い切る八條先生。...今はこれ以上踏み込めない。元より、ただの同僚や友人というよりは親しいとはいえ、他人である事には違いない。
家族間の揉め事であればそれこそ立ち入る事は難しい。それは彼女が若い女性だからという事もあるのだが、"八條家"という名家が絡む事情であれば尚更だ。
「...わかりました。でも、俺はいつでもあなたの力になりますから」
とにかく、これだけは伝えておかなくては。幸い、それなりの力を持つ協力者が身近に居るので、微々たるものかもしれないが彼女の身を守る事が出来るかもしれない。
「...ありがとうございます。その際は...よろしくお願いします」
ぎこちない笑顔だ。無理に感情を押し殺している事がよく分かる。
「それでは、帰りましょうか」
「は、はい...」
身支度を済ませ、通勤用のカバンを手に取った。
「っ...」
彼女も身支度は済ませてあるのだが、何故か机の一点を見つめたまま動かない。
...何かに怯えているようにも見える。
「八條先生、よろしければお送りしましょうか?」
「ぁ...」
ほんの一瞬、まるで縋るような視線を俺に向けた八條先生。
「もう遅いですし、あなたのような可憐な女性を暗闇で一人にできませんよ」
彼女の気を紛らわせる為に、ワザとキザな言い回しで場を和ませようとしたつもりだ。
「先生...」
きゅっと胸の辺りで手を握り、ほんのりと頬を赤らめて俺を見上げる八條先生。
「ほら、帰りましょう...楓お嬢様」
歯が浮くようなセリフで自分でも恥ずかしいのだが、案外彼女のリアクションが良いので楽しみ始めている。
「ふふふっ...それでは、お願いしようかしら...♪」
おどけて合わせてくれる八條先生。未だ顔色は少し悪いけれど、少しは気が紛れてくれただろうか。