優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――――――――主人公視点
薄暗い駐車場。既に生徒の姿は無く、校舎に灯る光は残業している事務のお姉さま方が居る事務室のみだ。
「さあどうぞ、楓お嬢様」
「ふふふっ...ありがとうございます」
何となく、あの場のノリで八條先生の手を取り、そのまま手を繋いでしまった。
「...」
「っ...」
そのまま自家用車へと歩いていたのだが、手を離すタイミングを見失ってしまった。気恥ずかしさは有るのだが...何となく、離したくない気持ちもある。
「ぁ、そ、その...手、暖かいですね」
暗がりでも頬が赤い事が分かる八條先生。彼女も嫌がっていない...と思う。
「あ、ありがとうございます。八條先生も...その...肌、凄く綺麗ですね」
...我ながら気持ち悪い発言だ。しかし、柔らかく滑らかな肌はいつまでも触れていたくなる。
「ぁ...えへへ...ありがとうございます...♡」
緊張が緩む八條先生。ふわりと零れる笑顔が愛らしい。
「さあ、どうぞ」
自家用車に到着し、後部座席の扉を開いた。
「あ...いえ、その...」
しかし、何故か八條先生はそれを拒んだ。
「八條先生?」
「そ、その...助手席に乗せて頂いてもよろしいでしょうか?」
遠慮がちに言う彼女が何とも可愛らしい。そのように可愛くお願いされてしまえば断る事などできない。
「それはもちろん構いませんが...別に気を使わなくても大丈夫ですよ?」
後ろでスヤスヤと眠りに就いたとしても別に悪い気はしない。
「い、いえ、その...助手席って、好きなんです」
少し恥ずかしそうな様子の八條先生。
「助手席が?」
「ええ。昔から後部座席に乗る機会が多かったので、目の前に広がる景色が遥か遠くの世界に見えていたんです。しかし、ふと電車に乗る機会があったのですが、その際に運転手さんのお姿が見える所に立った時、凄い速さで流れる世界が楽しくて...ふふふっ」
けらけらと楽しげに語る八條先生。
そうか...八條家程の名家のお嬢様故に、公共交通機関を利用することはおろか、助手席に乗る機会さえ無かったのか。
「なるほど。では、こちらにどうぞ」
ぐるりと回りこみ、助手席のドアを開けた。
「ありがとうございます♪」
ふわりと笑顔を浮かべて助手席に乗り込む八條先生。
彼女が乗り込んだことを確認して、俺も運転席に乗り込んだ。
そういえば...八條先生はその育ち故に後部座席に乗る機会が多かったと先ほどは口にしていた。それに、彼女は自家用車を所有していない。という事は...そもそもシートベルトを締めるという習慣が慣れてないのではないだろうか?
そう思い、彼女へ視線を向けたのだが―――
「?」
不思議そうにこちらを見ている彼女と視線が絡み合う。...ちなみに、きちんとシートベルトは装着していた。どうやら俺の心配は杞憂らしい。
「そういえば...先日の研修会の際にお送りしたので何となく場所は分かるのですが、記憶が曖昧なので道案内をお願いしてもよろしいですか?」
「はい、お任せください。ふふふっ...先日は後ろの席でしたものね」
そういえばそうだ。助手席には別の同僚を乗せていた気がする。
「そうでしたね。楽しみですか?」
「ええ。...色々な意味で楽しみです♪」
それは...どういう意味だろうか。
「と、言いますと?」
「ふふふっ...ナイショです」
イタズラっぽい笑みを浮かべる八條先生。あまりにも可愛らしいその笑顔に...思わず視線を逸らしてしまった。
「...」
逸らしてしまった...それ故に、彼女の表情の変化に気が付かなかった。
「それでは、出発しましょうか」
「...はい。よろしくお願いします」
エンジンスタートスイッチを押して、メインシステムを起動する。ゲート式のシフトをDレンジに合わせ、職員駐車場の車室からゆっくりと発進させた。
校門を通り抜け、最初の信号で幹線道に合流しようとしたその時であった。
「?」
静かな車内の中でスマートフォンのバイブレーションの音が聞こえた。俺のスマートフォンはナビと接続しているので、おそらく彼女のモノであろう。
「っ...!」
ちらりと助手席に視線をむけると、彼女はスマートフォンを両手で持ちながら表情を強張らせていた。
「だ、大丈夫ですか?」
尋常ではないその様子に思わず声をかけてしまった。
「ぁ...だ、大丈夫です...っ」
慌てて着信を切断する八條先生。大丈夫には見えないのだが、それでも彼女はそう答えた。
「そう...ですか。遠慮なさらずにお電話されても大丈夫ですよ?」
気を使って着信を切った...とは考えにくい。しかし、その可能性を否定できるほど状況を把握できていない。
「あ、ありがとうございます。...次は、そうします」
少し声が震えている。先ほどまでの助手席にワクワクしていた可愛らしい様子とは打って変わり、明らかに動揺していた。
「...」
「...」
何となく、会話のきっかけを掴めない。動揺している彼女を落ち着かせたいのだが、良い言葉が見つからない。
その時、再び彼女のスマートフォンに着信が入る。
「っ...!...あ...お母様....」
視界の隅に再びビクンと身体が震わせる彼女が見えたのだが、先ほどとは少し様子が違う。
「す、すみません、少しお電話しますね」
「ええ。遠慮なさらずにどうぞ」
「ありがとうございます...」
少し震える指で画面をタップして、そのままスマートフォンを耳に当てた。
「はい、楓です。...はい、問題ございません。息災に過ごしております。...はい...まあ、お姉さまが?本当ですか?」
初めは少し緊張した声色で話していたのだが、段々と声が弾み始めていた。
「はい...はい、是非とも。ふふふっ...ええ。...はい...ふふふっ...はい、近いうちに伺いますね」
何か良い知らせなのだろうか?緊張は解れ、楽しげな様子だ。
「はい...は、はい...ご心配、ありがとうございます...はい...ええ、ではまた。お休みなさいませ、お母様」
しかし、最後に少し焦りを見せた。そこで通話は終了したらしい。
「ふぅ...」
一息吐いて背もたれに身体を預ける八條先生。
「緊張されてましたね」
「あ...も、申し訳ございませんっ。はしたない姿をお見せしてしまいました...」
あわあわと慌てる八條先生。
「いえいえ、大丈夫ですよ。ご実家からですか?」
「ありがとうございます...。はい、母からでした。ふふふっ...良い知らせでしたので安心しました」
なるほど...やはり、八條家ほどの名家であれば、実家からの着信ひとつにしても緊張してしまうモノなのだろう。
「なるほど...どのようなお知らせなのかお伺いしても良いですか?」
「ええ、もちろん。ふふふっ...実は、お姉様の妊娠が確認された、とのことでした」
嬉しそうな様子の八條先生。その様子から察するに、姉妹仲は良好なのだろう。
「おめでとうございます。確かに良い知らせですね」
「はい♪でも、お姉様も初めての妊娠なので不安でしょうから、私も余計な心配をおかけしないように頑張らないと」
ぐっと拳を握る八條先生。
...その時であった。
「?」
再び彼女のスマートフォンが震えた。
「っ...!」
彼女は画面を見た途端、スマートフォンを取りこぼしてしまった。
「!」
カタンと音を立てながら落下するスマートフォン。木目の内装部品に当たり、そのままシフトレバーの前にあるドリンクホルダーへと落下した。
「あ...」
画面をちらりと見ると、そこには『非通知』と表示されていた。
「...」
この時間に非通知の着信。イタズラや詐欺の可能性を否定できない。
「も、申し訳ございません...お車に傷をつけてしまいました...っ」
慌てる八條先生。
「大丈夫ですよ。スマホくらいで傷は入りませんから」
それに、銃やら工具やらで既に傷だらけだ。1つや2つくらい傷が増えても気にしない。
「あ、あはは...最近多いんです、いたずら電話...」
着信を切断する八條先生。そのままスマートフォンをカバンの中にしまい込んだ。
「なるほど...頻度は如何ほどでしょうか?」
「頻度はその...1日―――い、一週間で数回程度です。だから...だ、大丈夫です」
嘘だ。それは直ぐに察することが出来た。しかし、ここでこれ以上踏み込む事は出来ない。
「...わかりました。でも、何かありましたら警察に相談してくださいね。私にお話しいただくだけでも良いですから」
何故か。それは、彼女は大人の女性だからである。茜や美咲はまだ大人ではない。彼女たちの身を守る為に多少は強引な手段を取る必要があった。
しかし、八條先生は成人している女性だ。状況が自分の手に負えるものかそうでないかの判断はできる...はずだ。
「はい...あなたがそう言っていただけるだけで励みになります」
少し震える声で答える八條先生。...少しでも彼女からの信頼を感じることが出来て嬉しい限りだが、尚も心配だ。
気が付けば、彼女の自宅の辺りに近づいていた。
「この角を右折ですよね?」
「ぁ...は、はい」
一瞬、反応が遅れる八條先生。
「この先の道のりが曖昧なので案内をお願いしますね」
「はい...」
覇気のない返事だ。しかし、反応が希薄という事は無く、彼女の丁寧な道案内にて無事に到着することが出来た。
...しかし、少し問題が有る。
「車は...止められないですね」
住人用の駐車場は数台用意されているのだが、駅やバス停が近い事もあり、その数は十分ではない。また、その立地故に生活道路の幅が狭く、路上駐車し続けるわけにもいかない。
「大丈夫ですよ、急いで降りますので」
手荷物を整理する八條先生。...その時であった。
「ひっ...!」
大きな目を見開いて顔を強張らせる八條先生。
その視線の先には、何やらきょろきょろと辺りを見回している大男が立っていた。
「...通り過ぎます。八條先生、顔を伏せて下さい。カバン、受け取ります」
「は、はい...!」
素直に従う八條先生。彼女のカバンを後部座席の足元に置いて、減速せずにマンションの前を通り過ぎた。
...大男の正体は分からない。しかし、彼女の反応を見る限り、好ましい人物とは思えない。
それに、黒いジャージに銀色のパーカーを着込み、フードを深く被りつつ黒いマスクをしている男は警戒するに値するだろう。
「...」
「...っ...」
大男の顔がこちらに向いた。しかし、視線は助手席ではなく運転席の俺へと向いている。そして、直ぐに再び周囲を見回し始めた。
「...もう大丈夫ですよ」
「...っ...は、はい...ありがとう、ございます...」
声が震える八條先生。...随分と無理をしていたのだろう。身体が小刻みに震えている。
「場所を変えましょうか」
「...お願いします...」
消え入りそうな声だ。
...さて、どこに行こうか。とりあえず人が多い場所に行こう。駅前のカフェがこの時間でも営業していたはずだ。車は駅前の別宅の駐車場に停めるか。