優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――――――――主人公視点
駅前まで車を走らせ、所有しているマンションの駐車場に車を停めた。
「尾行は有りませんでした。もう大丈夫ですよ、八條先生」
「は、はい...ありがとうございます...」
駐車場内の照明に照らされた彼女の顔は、元々白い肌から血の気が引いており、もはや青白い程だ。
「八條先生、
もしくは人目につかない場所か。その判断は彼女の希望に合わせよう。
「いえ...今は、その...他の方の視線が届かない場所が良いです...」
「では、このマンションの最上階に私が所有している部屋が有りますので、そこでも構いませんか?」
「...っ...」
そう尋ねると、八條先生はコクリと小さくうなずいた。
「わかりました。一応、安全確認を行います」
「はい、ありがとうございます」
先に車を降りて、周囲を見渡す。
この駐車場は入口から十数m程度は外から見えるのだが、それ以外は完全に死角だ。外から覗かれる心配はほとんど無い。
...大丈夫そうだな。
「八條先生、大丈夫ですよ」
「は、はい...」
怯えた様子できょろきょろと辺りを見渡しながら降りてくる八條先生。
...先ほどまで見せていた楽しげな笑顔はそこには無い。
「こちらへどうぞ」
裏口ではなく、メインの出入り口からエントランスに入り、エレベーターホールを通り抜けて倉庫2と表記されている扉の前に立つ。
「え...?」
「大丈夫ですよ。ほら」
扉を開くと、そこには裏口と貨物用エレベーターが設置されていた。
「あ...」
知り合いならそのまま裏口から入るのだが、いきなり裏口に連れてこられてしまうというのは不安がらせてしまうだろう。故に表から進入した次第だ。
「このエレベーターで最上階へ上がります」
「は、はい...でも、どうして貨物用を...?」
操作盤のキースイッチに鍵を指していると、八條先生が不思議そうにその様子を眺めていた。
「最上階には私の部屋しかありませんので、事実上ここが玄関のようなモノですから」
ちなみに宅配ボックスやインターホンも置いてある。とはいえ...このマンションに籍を置いていないので荷物が届くことは少ない。出前を頼む時ぐらいのモノだ。
「え...?賃貸、ですよね?」
「そうですね。賃貸マンションです」
駅前なので空きが出ても直ぐに埋まるので助かっている。
「でも、賃貸マンションで1フロア借り切るというのは...その、失礼なお話しをしてしまいますが、家賃がお高いのではありませんか...?」
心配そうな表情で伺う八條先生。
「そうですね...確かに賃貸に出せばそれなりの金額に設定しないといけないでしょうね」
貸してくれ、という要望はたまに有る。ほとんど使用していないのでそれでも構わないのだが、たまに密会に使用しているので基本的には断っている。それに...あまり人様にお見せ出来ない危険な代物が倉庫に保管してあるというのが一番の理由だ。
「賃貸に出す...?ひょっとして...このマンションって...」
「...実は私がオーナーです」
...そういえば言ってなかったな。
「す、すごい...」
大きなエメラルドの瞳を更に大きく見開いている八條先生。
丁度良いタイミングでエレベーターが到着した。
「さあ、どうぞ。貨物用なので多少の小傷はご容赦下さい」
質素で頑丈な内装材を使用している実用重視だ。
「は、はい...」
足元が覚束ない彼女の手を取り、エレベーターの中に入る。そして、再び操作盤のキースイッチに鍵を差し込んだ。
すると、エレベーターの回数表示は消え、スルスルと上昇を始めた。
「貨物用エレベーター...初めて乗りました」
物珍しそうに見回す八條先生。
「大きいでしょう?実は車も運べるんですよ、これ」
最上階と屋上階は躯体を補強しており、設計上は駐車場としても使用できる耐荷重だ。
「すごい...」
おかげさまで貨物用エレベーターはかなり大型であり、人が乗るにはあまりにも場所を持て余してしまう。
しかし、設備関係の業者さんからは大好評だ。屋上までこのエレベーターを使用できるので搬入費をかなり抑えることが出来るらしい。
...エレベーター屋さんからは不評だ。大きすぎて点検が大変らしい。
「ちなみに、普通のエレベーターでも来れるのですが...入り口が遠いのでこちらを使う事が多いですね」
キン、とチャイムが鳴り、扉が開いた。
「ぁ...」
間接照明に照らされたエントランス。床は黒いパネルで覆われているので、見た目より照度の高い照明を使用している。
「こちらです」
「は、はい...っ」
フラフラと歩む彼女を支えながら、ゆっくりと玄関扉へと近寄る。
ポケットからディンプルキーを取り出し、鍵穴に差し込んで開錠した。そして、彼女の細い腰を抱いたまま部屋の中へと足を運ぶ。
「ここならもう安心です。私の家族以外は入れません」
部屋の空調と電灯のスイッチを入れる為に彼女から手を離した。
「ありがとう...ございます...」
しかし、その言葉を口にした途端、彼女は糸の切れたマリオネットのように座り込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい...安心したら、その...腰が抜けちゃって...」
頬を真っ赤に染めながら段々と小声になる八條先生。
「安心いただけたなら幸いです」
そんな彼女の下へ歩み寄る。
「あ...わ、私は大丈夫ですので...」
あわあわと手を振る八條先生。
しかし、淑女を冷たい床に座らせたままというのは...何とも失礼な話だろう。
「遠慮なさらずに。足元、失礼します」
「ほ、本当に―――ひゃっ!?」
彼女の膝の裏に手を回し、反対の腕は背中に回した。いわゆるお姫様抱っこだ。
「すみません、お身体を触ってしまって」
「い、いえ...それは良いのですが...うぅ...」
更に頬の赤みが増した八條先生。
出てる所は出ているのに驚くほど軽い身体だ。
「よっ、と。あ、靴脱がせますね」
ソファに座らせたのだが、玄関からそのまま連れてきたのでヒールを履いたまま連れてきてしまった。
「そ、それは自分で出来ますのでっ...!」
足元に跪いた俺を慌てて制した八條先生。
...改めて冷静になると、妙齢の女性の脚元に跪いて足に触ろうとしているという失礼な状況に気が付いた。
「し、失礼しました」
「い、いえ、こちらこそ...その...ありがとうございます...っ」
頬を赤らめたままペコペコと頭を下げ合う二人。
そして、彼女はゆっくりとヒールを脱ぎ、両手で抱えた。
「あっ...」
腰が抜けたままであり、現在身動きが取れない。という事は、このまま膝の上に靴を抱えたまま過ごすか、俺を頼る他に選択肢は無い。
「お持ちしますよ」
「そんな...先生に小間使いのような真似をさせる訳には...」
あわあわと遠慮する八條先生。
「遠慮なさらないでください。直ぐそこですから」
廊下を少し歩くだけだ。
「それは...その...はい、ありがとうございます」
申し訳なさそうに両手でヒールを手渡す八條先生。
「はい。少々お待ちください」
彼女からヒールを受け取り、玄関先へと向かう。
「...」
その途中、ちらりと寝室の扉を開いた。
「大丈夫...だよな?」
先日、華織さんと訪れたばかりであり、その際もベッドの上で激しく盛り上がった。
一応、片付けを済ませて帰宅したのだが―――
「...まあ、大丈夫か」
シーツは交換しており、オモチャやゴムの類は戸棚に仕舞い込んである...はずだ。
「...よし」
とりあえず良しとして、再び玄関へと向かう。そして、革靴の隣に彼女のヒールを並べて再びリビングへと舞い戻った。
「お待たせしました」
「あ、いえ...ありがとうございます、先生」
ふわりと微笑む八條先生。...その笑顔は少し力無い。
「何かお飲み物をお持ちしますね」
「ありがとうございます」
キッチンへと向かい、冷蔵庫を開いた。
ウォッカ、ラム、日本酒、ビールと...酒ばっかりだ。他には炭酸水にグレープフルーツジュースとライムジュースと...これまた似たようなラインナップだ。
「他には...よかった。水もある」
500mlペットボトルのミネラルウォーターが3本だけ残っている。
...さすがにペットボトルをそのまま出すというのは少し失礼なので、グラスを二つ手に取って水を持ち出した。
「隣、失礼します」
「は、はい...っ」
何故か少し声が上ずる八條先生。
「お水で大丈夫でした?」
「はい、ありがとうございます」
少し間を開けて隣に腰かけ、適量をグラスに注ぐ。
「...お酒も有りますよ?」
「せ、先生のお誘いは嬉しいのですが...今回はお水で結構です」
冗談のつもりで酒を勧めたのだが、案外良い返事を貰うことが出来た。
「わかりました。では、またの機会に」
冗談めかしてそう答えると、彼女の表情も少し緩んだ。
「ふふふっ...はい。楽しみにしております」
ふわりと微笑み、ゆっくりとグラスに口を付けた。
「ふぅ...」
一息吐いて、肩の力を抜く八條先生。
「落ち着きましたか?」
「はい。ありがとうございます」
どこか緊張が抜けていなかったその表情も、今は落ち着きを見せいる。
...そろそろ尋ねても大丈夫だろうか。
「八條先生。お話、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
状況から推察すると...ストーカーの類だろうか。
「...はい」
表情が曇る八條先生。
「無理はなさらないで下さい。ゆっくりで大丈夫ですから」
白く柔らかい手を握りながら声をかけた。
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですよ」
ふわりと微笑む八條先生。
「わかりました。では、まず最初にお聞かせください。あの男はストーカーで間違いありませんか?」
ずばり尋ねてしまうのだが、この際、表現を柔らかくして事実の認識に齟齬が生じてはいけない。
「そう...だと思います」
八條先生は人が良いので他人の善性を信じる傾向にある。周りの人間もそんな彼女の性格を理解しているので悪意を向ける事は滅多に無い。
「あの大男は、お知り合いですか?」
ストーカーは身近な人物である可能性もある。
しかし、八條先生は首を横に振った。
「多分...知らない人だとは思うのですが、良く分からないというのが本音です」
ぎゅっと両手でグラスを握る八條先生。あれほどインパクトのある容姿で分からないのであれば、世間一般で言う所の知り合いでは無いのかもしれない。...断言は出来ないが。
「わかりました。先ほどのいたずら電話も無関係ではないですよね?」
しまった...これではまるで追い詰めるような言い方だ。
「...はい。頻度も...一日に数回掛かってきます」
気落ちした様子の八條先生。
「わかりました。警察には相談されましたか?」
いきなり俺たちが動く事も出来るのだが、公権力で済む事案ならそちらで済ませた方が良い。...こちらが動くと荒事が増えるからな。
「はい。でも、何も証拠が無いので動けない...とのことでした。一応、パトロールは強化していただきました」
自宅への接近を許しているので、その対策にも効果が有るとは思えない。しかし、現段階では動きようがないというのも事実だ。
「なるほど...まだ実害は出ていないのでしょうか?」
「はい。誰かに見られている、というのはいつも感じているのですが、その...私は目立つ容姿をしていますので、どの視線に悪意が込められているのか...よく分かりません」
確かに、絶世の美女という言葉がこれほど似合う人は中々居ないだろう。神秘的な美しさに目を引かれるのは致し方ない事かもしれない。
「しかし、無言電話が掛かってきたあたりから状況が変わりました。最初の実害は...ゴミを盗まれたことでしょうか」
ゴミ漁り...ストーカーの定番だ。しかし、彼女の実家の事を鑑みると、政敵や商売敵の企業スパイという可能性もある。
「でも、ゴミ漁りそのものは自体は珍しい事ではないのです。離れて暮らしていても、八條家の娘である事実は変わりませんので。個人情報や機密情報に繋がる物は全て適切な処置を行っています」
柔らかい物腰とやや天然気味な性格で忘れがちだが、彼女は名家のご令嬢であり、本人も非常に聡明な人なのだ。そのあたりは抜かりないだろう。
「さすがです」
「えへへ...ありがとうございます」
緩んだ笑みを浮かべる八條先生。...可愛い。
しかし、直ぐにその笑顔は曇る。
「でも...その後もストーカー行為はエスカレートしました」