優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――主人公視点
「ねえ、先生...」
朝礼が終わり、教室を後にしようとしたその時、一人の女生徒に声を掛けられた。
「茜?」
ホームルームの途中でも、茜の様子には気が付いていた。夕華はいつも通りの笑顔なのだが、彼女は終始落ち着かない様子だった。
...無邪気に見えて落ち着いている夕華に対して、茜は大人びて見えるけれど意外と寂しがりで甘えん坊だ。お互いにギャップが有るので二人とも本当に魅力的だ。
「...こっち来て」
教室を出るなり、茜に手を引かれて廊下の端まで連れられた。
「...」
到着したのは、普段は生徒の使用が禁止されている非常階段の踊り場だった。
教室や廊下からは完全に死角になるこの場所。生徒も逢引の場所として利用していると聞いたことが有る。...まあ、本当は教師としては注意するところだが、大体は見逃している。
「っ...」
茜は、踊り場に到着するなり俺に抱き着いてきた。
「茜...」
小柄なその身体を抱き返す。
...寂しがりの彼女は限界だったのだろう。
「ごめんなさい...大変なのはわかってるけど...でも...っ」
少し震える声。聞き分けの良い茜が感情を抑えられていない。
「茜」
「...?」
潤んだ瞳の彼女の頬に手を添えた。
「ぁ...」
何をするのか直ぐに理解できたらしい。
茜は目を閉じて、少し背伸びをした。
そして―――
「ん...」
「んっ...んぅっ...♡♡」
静かに唇を重ね合わせ、甘く舌を絡め合う。
「ちゅ...んっ...せんせぇ...♡」
赤い舌を伸ばしたままの茜。舌先から唾液の糸がとろりと伸びている。...あまりにも煽情的な表情なので、他の生徒には見せられない。
「ごめんな、茜。最近構ってあげられなくて」
思えば、最後に茜と身体を重ねたのは何日も前の事だ。駅前のマンションに連れ込んだのが最後ではないだろうか?
「ううん...私の方こそごめんなさい。学校なのに我慢できなかった...」
そう言いながら胸板に顔を埋める茜。
「よしよし」
さらさらとした触り心地の良い髪の上から頭を撫でる。
「ふふふっ...♡」
嬉しそうな声を漏らす茜。
「ねえ、先生?」
「うん?」
胸元から見上げる茜。元々小柄な上に子供っぽい表情なので余計に幼く見える。
「まだ、帰れないのよ...ね?」
実に寂しそうな表情だ。
...そんな顔をされたら今すぐにでも帰りたい。家に帰り、茜が嫌がるまで愛でたい。愛で倒したい。
「そう、だな」
「...大丈夫よ。家の事は私に任せなさい」
強がりだ。...でも、このまま楓さんの問題を放棄するなど言語道断だ。
「ありがとう、茜。頼りにしてるよ」
頭を撫でながら微笑みかけると、茜も嬉しそうに目を細めた。
しかし、直ぐに不安そうな表情を浮かべる。
「ねえ、先生...」
「うん?」
茜は真っすぐに俺を見つめた。
「今回も...危ない事なの...?」
揺れる大きな瞳。...なるほど、茜の不安そうな表情の根底にあるのはそういう思いが有るのか。
「今回は...そうだな、茜には話しておくよ」
「うん...お願い」
何をしているのか分からないまま不安を募らせるよりマシだろう。
「今回は...ストーカー被害の対応なんだ」
「ストーカー被害?それって警察じゃ対応できないの?」
...確かにその通りだ。しかし、今回は一筋縄ではいかない気がする。
「本来ならそうだな。ただ、今回は―――」
桜から情報だが、どうにも今回の相手は素性が怪しい。
「今回は...?」
不安そうな茜。
「まあ、知り合いの事だから協力している、という事もあるんだ。大丈夫、何も危ない事はないよ」
俺は...少し嘘を吐いた。
「そう...それなら良いけど」
茜は...気づいているのだろうか。...出来れば、気づかないで欲しい所だ。
「でも―――」
「うん?」
茜は、再びぎゅっと抱き着いた。
「―――お願いだから、無事に帰ってきて」
「...ああ。必ず、帰るよ」
「うん。本当は危ない目にも遭って欲しくないけど...それは避けられないのよね?」
やはり、俺の嘘を茜は見抜いていた。
「...もちろん、出来る限り危険は避けるさ」
「うん...お願い」
絞り出すような声が胸元から聞こえる。
...茜は母性が強い故に俺や夕華の身をよく案じてくれる。
「ねえ、そういえば...その、ストーカー被害に遭われてる人って、知り合いなのよね?」
「ああ、そうだな」
これは...言うべきだろうか。
「その...女の人、よね?」
男性が女性にストーキングされる事もあるので一概にそうとは言えないのだが、割合的には女性の方が多いだろう。
「そう、だな」
「...私も知ってる人?」
...段々と口調が変化してきた。まるで浮気の尋問をされている夫の気分だ。
「ああ」
「私より年上?」
「そうだな」
まるで一昔前に流行った質問から特定の人物を特定するゲームみたいだ。
「先生と歳が近い人?」
「そう、だな」
ひとつ年上だ。...そういえばあの人は年上だった。あのド天然の可愛らしい性格のせいで忘れていた。
「ふーん...可愛い人?」
...段々とジトっとした目つきへと変貌してきた。
「可愛い...確かに可愛いところもあるな」
「そう...美人系で可愛い
Yシャツを握る両手に力が込められている。...待て、今の情報から美人系という情報は無かったぞ。
「...そうだな」
「そう。いつも女神とか妖精とか言われてる人?」
段々と情報が絞られてきた。
「そうかもしれないな」
「ふーん...」
ジトっとした目で見つめられている。
「茜...?」
恐る恐る伺うと、茜は尖らせていた薄ピンク色の唇を開いた。
「...楓先生とお泊りは楽しかった?」
ズバリ当てられてしまった。それにしても...分かりやすく嫉妬している表情だ。
「そう...だな」
「ふーん」
素っ気ない返事だ。しかし、相変わらず抱き着いているので大きく機嫌を損ねたワケではなさそうだ。
そして、ほんのりと頬を染めながら再び口を開いた。
「...ねえ、まさか...えっち、したの?」
とんでもない事を聞かれてしまった。
「それは―――」
誤解だ、と言いかけたその時、タイミングが悪い事に予鈴が鳴ってしまった。
「...後でまた聞くから」
茜は疑惑の視線を向けたまま教室に戻ってしまった。
「...本当にヤってはいないんだけどな」
同じベッドで眠りはしたけれど。しかも薄着で抱き合って。
――――――――――――――――――――
昼休み、今日は珍しく夕華も茜も一緒ではない。
という事で―――
「では、茜さんからは、私とあなたが、その...え、エッチな事をしちゃった、と...お、思われているのですね?」
顔を真っ赤にしている楓さん。―――そう、今日は楓さんと一緒に昼食を採ることにした。
学食でも良いのだが、楓さんは二人きりになれるところが良いとのことなので、いつも配達してくれるお弁当屋さんにお弁当を注文したところだ。
話題は茜に尋問された件について話していた。
「ええ。ちなみに数回の質問で相手が楓さんであることも見抜かれました」
「さすが茜さん...鋭いですね」
ある程度目星をつけていたのかもしれない。
それに、先ほどスマホにメッセージも届いていた。夕華と茜の両方からだ。
茜のメッセージには―――
『朝はごめんなさい。私、久々に先生に会えたから舞い上がっていたの。楓先生の事、助けてあげてください』
―――と記されており、夕華からは―――
『楓ちゃんの事お願いね。妊娠させたらダメだよ~』
―――と書かれていた。おい夕華。
「...」
「あなた?」
突然黙り込んだ俺を不思議そうに見つめている楓さん。...可愛い。
「ごめんなさい。ぼんやりしていました」
「ふふふっ...あなたでもぼーっとすることが有るのですね」
くすくすと上品に笑う楓さん。...本当に可愛いなこの人。
「失礼しました。...こんな美人を前にして余所見などしている暇はありませんね」
「もう...またそんな事を」
恥ずかしそうに視線を逸らす楓さん。...うん、可愛い。
「そうだ。楓さん、今日はご自宅に一度立ち寄りましょうか」
「えっ...?」
一気に不安そうな表情を浮かべる楓さん。
「その...大丈夫、なのでしょうか?」
自宅前には大男が待ち伏せしており、個人情報は偽警官に流されてしまった。そんな状況では不安ばかり募るだろう。
「信用できる知り合いに協力してもらいました。彼らが居る間は安全です。なので、その間に生活用品を一通り持ち出しましょう」
楓さんはしばらく考え込んだ後に、真っすぐに俺の目を見つめた。
「あなたが言うのなら...信じます」
その表情から感じられるのは...不安と信頼だ。
まだまだ不安な気持ちは有りつつも、俺を信用してくれているのが良く分かる。
...俺も、彼女の信頼に応えることにしよう。
――――――――――――――――――
「ここで一度待機します」
「...はい」
帰り道、退勤する前に桜に連絡した。
人員はあらかじめ待機していたらしく、実に素早い動きだ。
『相手の素性が怪しいので、腕っぷしが強く、信頼できる精鋭を揃えました』とは桜の言だ。
「...」
数分後、スマートフォンに連絡が入る。
『周囲の安全を確保しました』
桜からだ。...早いな。さすが精鋭。
「行きましょう」
「は、はい。お願いします」
緊張気味の様子だ。
「大丈夫ですよ。あなたを一人にしませんから」
「ぁ...」
少し震える手を握る。
そして、そのまま片手で運転して路地へと進んだ。
アパートの入口付近には屈強な作業服姿の男が数人待機しており、その鋭い目つきから精鋭の構成員であることを察した。
「この方々が...?」
「ええ。私の知り合いです」
正確には知り合いの知り合いだ。帽子を深く被っているので顔は分からないが、何となく見覚えのある顔ぶれも居る。
「ここに駐車しますね」
「はい。大丈夫だと思います」
共用部の入口近くに駐車した。一応、大家の許可は取っており、住人が戻ってもさほど邪魔にならない位置に停めたつもりだ。
「では、行きましょうか。楓さん、このマスクと眼鏡をかけていただけますか?」
気休めに過ぎないが、無いよりマシだろう。
「は、はい」
俺が先に車から降り、助手席に回る。ちなみにエンジンはかけたままだ。
そして、少しだけ助手席の扉を開いた。
「お手をどうぞ」
「はい...ありがとうございます」
柔らかく、少し冷たい手を取る。
そして、彼女が降車したことを確認して、扉を閉めた。スマートキーは車内に残しているので、持ち忘れ防止のアンサーバックは鳴らない。
「部屋は2階ですか?」
「はい。2階の手前から2番目の部屋です」
比較的階段が近い位置だ。
...その時であった。
「先輩」
「っ...!」
「ひゃっ!?」
突然、暗闇の中から声をかけられた。
落ち着いた低めの...作られた声だ。
「桜...驚かさないでくれ」
「すみません。夜のデートをお邪魔したみたいですね」
ほんのりと棘があるもの言いだ。
「構わないさ」
さらりと流した。
「む...そんな事言っていいんですか?」
...そうだ。ここ最近は本当に桜に世話になり続けていた。
「...悪い」
「ふふふっ...冗談ですよ。でも、女性の一人暮らしのお部屋に男性一人で上がるのはいかがなモノでしょうか?」
にやにやといたずらっぽい笑顔を浮かべる桜。
「...それもそうだな」
「あ、あの...この方は...?」
困惑している楓さん。...しまった。まだ紹介していない。
「彼女が先ほどお話しした知人です。見た目より随分と頼りになりますよ」
「まあ...確かにちんちくりんですけど。...鬼柳桜です。よろしくお願いします、八條さん」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。...ちなみに、キリュウさんのお名前はどのような漢字でお書きになるのですか?」
さすが国語の先生...漢字が気になるらしい。
「...鬼に柳で鬼柳で、桜は木へんの簡単な方の桜です」
「鬼に柳...ひょっとして、鬼柳のおじ様の方のご親族ですか?鬼柳将宗さまの」
鬼柳将宗...桜の祖父であり、鬼柳家の前当主だ。俺も随分としごかれたモノだ。
「ええ。将宗は祖父にあたります」
「まあ、本当に!?我々八條家は生前の将宗様に大変お世話になりました。まさか、そのお孫様が彼とお知り合いだなんて」
柔らかい笑顔を俺に向ける楓さん。桜が知人の孫だと知り、少し緊張が解れた様子だ。
「楓さん、続きは中で話しましょうか」
家の中の方が落ち着いて話せるだろう。
「あっ、ご、ごめんなさい。私、つい...っ」
顔を赤くして慌てる楓さん。本当に可愛いなこの人。