優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――主人公視点
「では、私が車まで荷物を運びます。楓さんは室内で荷物の選定と梱包をお願いします」
「わ、わかりました」
「室内の作業は私が手伝います」
桜が名乗り出る。...確かに、同じ女性の桜が一番適任だろう。それに、すぐそばで楓さんを守るには桜以上の適任は居ない。
小柄な体躯と素早い攻撃は、屋内戦では圧倒的な強さを誇る。
「...」
「...」
桜を先頭にして進み、間に楓さんを挟んで後ろから彼女を守る。
「な、なんだか...凄く大変な事みたいですね」
物々しい布陣に困惑しているのだろう。しかし、それも当然だ。今回は相手の素性が良く分からない事に加え、護衛する対象があの八條家のご令嬢なのだ。
「楓さんが大切だからですよ」
特に頭を使わずに、思いついた事を口にした。
「たいせ...っ!?」
そして、桜にとっては八條家に恩を売るという政治的な意味合いもある。
「イチャついてないで早く行きますよ」
故に、少しドライなのかもしれない。
そして、楓さんの自室の前に到着した。
「では、お願いします」
「は、はい」
少し緊張気味の彼女がカギを開ける。
そして、ドアノブを握るのだが―――
「あ、あれっ?」
―――何故か、玄関は開かなかった。
...確かに、キーシリンダーのロック機構が作動する音が聞こえた。それはつまり、
「楓さん、下がって」
「ひゃっ!?」
細い肩を抱き、腕の中に抱いて彼女の身を守る。
「桜、後ろを頼む」
「はい」
既にナイフと銃を抜いている桜。...彼女の得物はフルタングシースナイフとH&KのUSPコンパクトだ。銃の扱いも天下一品だが、徒手空拳と刃物の扱いは達人の域に達している。
俺も銃を抜いて構える。俺の得物はシグ・ザウエルのP226だ。車の助手席のシート下には古いベレッタもあるが、メインはこちらだ。
「それ、本物ですか?」
楓さんは銃やナイフを見て怯えて―――いなかった。
「ええ、どちらも本物です。...驚かないのですね」
桜が以外そうな目で楓さんを見ている。
「ええ。昔から、家の者が持っていましたので」
立派な銃刀法違反なのだが、彼女の家柄を考えると納得だ。それに、鬼柳家との繋がりも考えると、その入手ルートも容易に想像できる。
「桜、開けるぞ」
「ええ」
楓さんから鍵を借りて、再び開錠する。そして、ゆっくりと玄関扉を開いた。
「...」
ドアの隙間から室内を見る。...異常なし。
「楓さん、ご自身の目から見て違和感は有りますか?」
女性の観察力は非常に鋭い。浮気した男の嘘が必ずバレるのはそれが理由だ。
故に、自宅であればプロでも見落とす小さな違和感一つを見つける事も有る。
「うーん...あっ」
何か気が付いたらしい。
「何かありました?」
「...寝室と脱衣所の扉、私は開けたままにしません」
"かもしれない"という曖昧なモノ言いではなく、"しない"という断言。
「確実ですか?」
しかし、一応、根拠も聞いておきたい。
「はい。脱衣所は湿気が回るので習慣として開けたままにしません。寝室は...そ、その...」
何故か少し恥ずかしそうな様子。...ああ、そうか。普通は寝室を見られたくないよな。
「すみません、プライベートな質問でした」
「あ、い、いえ...その...そうではなくて...っ」
どうやら違うらしい。
「その...おばけが、怖くて...」
「...え?」
思わず楓さんの方を見てしまった。
「だ、だって...その...ベッドルームの扉を開いたままだと...その...と、とにかく必ず閉めるようにしてるんですっ」
顔を赤くしている楓さん。
...天然っぽいけれど大人の女性である彼女が見せる、可愛らしい少女のような姿。
こんな状況だというのに、彼女の事が愛おしくて仕方ない。
「楓さ―――」
「先輩っ!!!」
再び楓さんに声を掛けようとしたその時、桜の鋭い声が響いた。
「っ...!」
視界の隅に見えたのは、大きな黒い影と飛翔物だった。
俺は咄嗟に楓さんの身を庇い、玄関扉の影に隠れる。
「っ!!」
ガツン!!と激しい金属音が響く。
「ぁ...ぁ...」
目を見開いて怯えている楓さん。
「大丈夫、大丈夫ですから」
腕の中の楓さんを落ち着かせる。
「桜、楓さんを頼む」
「先輩...!でも...!」
この場は一度引き上げて、精鋭を連れて数で押しつぶすべきだろう。しかし、そんな事より、早く、確実に、この危険から楓さんを遠ざけたかった。
「俺は大丈夫だ。とにかく今は楓さんを―――」
しかし、そこで疑問が浮かぶ。
...静かすぎる。追撃を予想していたのだが、何も反応が無い。
「...もう一度、確認しましょう。あの二人も呼んできますので」
「...そうするか」
桜は無線で地上の二人を呼び戻し、周囲の警戒を命じた。
そして、銃のセーフティを外して再びドアノブに手をかけた。
「...開けるぞ」
「っ...」
コクリと頷く桜。
俺はトリガーに指を掛けたまま玄関扉をゆっくりと開く。
「...」
追撃は...無い。人の気配も感じられない。それに微かに風を感じる。
「これは...」
玄関の床には、厚い陶器の破片が散らばっている。
「これは...大きなすり鉢ですね」
破片を見る限り桜の言う通りだ。
それにしても...かなりデカいぞ。この大きさのすり鉢をあの勢いで投げたのか?
「あっ...これ...」
「楓さん?」
何か気が付いたのだろうか?
「あ、いえ...このすり鉢、ここに引っ越してきて最初の方に通販で買ったんです。でも、大きすぎて運べなくて玄関に置いていたから...」
少し恥ずかしそうな様子の楓さん。...確かに大きい。見たことが無いようなサイズだ。もはや、すり鉢というより臼に見える。
「どうしてそんなサイズのモノを...?」
至極当然の疑問だ。
「お、大きい方が使いやすいのかなぁ...って思いまして。でも、その...この様です...」
頬を赤く染めている楓さん。
「...とにかく、今は室内の安全を確認します。申し訳ございません、靴のまま上がりますね」
実に気が引ける行為だが、この際仕方ない。
「あ、はい。お気になさらないでください」
快諾してくれる辺り、楓さんは本当に人が良い。
「...」
引き金に指を掛けたまま、室内に入る。
...よく整頓されている。それに匂いも―――いや、それは今は関係ないか。
浴室するも、特に荒らされた形跡がない。
ランドリーバスケットにはネットに入れられた衣類や下着が収められており、洗面台は乾燥していて使用した形跡が無い。浴室も清掃が行き届いており、髪の毛ひとつ落ちていない。
...しかし、妙なモノは見つけた。
「脱衣所、浴室クリア」
とりあえず後回しだ。次は寝室を確認する。
寝室も整頓されている。ダブルサイズのベッドは綺麗にベッドメイクされており、シーツのシワも伸ばされている。サイドボードにはスマートフォンの充電器が置かれており、その下には割られたフォトフレームが落ちていた。そこに飾られている写真は―――
「これは...慰安旅行の時の写真、か?」
今年の春に若手数人で行った慰安旅行だ。景色はその際に撮られたモノであり、俺と楓さんが2人で写っている。俺も同じ写真を持っているので間違いない。
「...」
割られている事が気になるところだが、今は彼女の安全が最優先だ。
室内はフォトフレーム以外に荒らされた形跡はない。最後にクローゼットを確認するも、やはり人の気配は無い。しかし―――
「これは...」
人の気配は無いが、ここでも妙なモノが見つかった。
「...」
...とりあえず後だ。
「寝室クリア」
次はトイレだ。
「...」
中には誰も居ない。ひとまずそれを確認し、天井やコンセントを確認する。
「...やっぱりな」
ここでも見つかった。
「トイレ、クリア」
厳密にはクリアではないけれど、直近の脅威は無い。
最後にリビングだ。
俺は半開きのリビングの扉を開き、中を確認する。
「...」
キッチン、リビングに人の気配は無いが、ベランダの窓が開いている。
...恐らく、ベランダから逃げたのだろう。
桜と二人ならベランダからの逃走ルートを予測して追いかける所だが、今は楓さんの身の安全が最優先だ。
一応、ベランダや隣家に潜んでいないか確認するも、やはり既に逃走した後の様だ。
「リビング、クリア」
俺は玄関まで戻り、靴を脱ぐ前にすり鉢の破片を片付けた。
「リビングと寝室に侵入の形跡が有ります。今は誰も居ません。それと、掃除機をお借りしても良いですか?」
「あ、は、はい。クローゼットの中にあります」
場所は先ほど確認した。充電式のサイクロン掃除機が置いていたので間違いないだろう。
「ありがとうございます。もう少々お待ちください」
玄関内で破片が飛んだ範囲に掃除機をかけて、残りは濡らしたハンカチでを拭き取る。
そして、その後は靴のまま上がりこんだ範囲を清掃した。
「中の安全は確認しました。もう入っても大丈夫です」
「すみません、お片付けまでしていただいて...」
申し訳なさそうな表情の楓さん。
「いえ、私が汚しましたので」
「では、荷造りを始めましょうか」
桜が促した。
「カシラ、我々はいかがいたしましょう」
サプレッサー付きのステア―AUGを構えた屈強な精鋭が指示を仰ぐ。
「お前は玄関を。お前はベランダ側の警備だ」
「了解」
「了解」
楓さんと桜が靴を脱いで室内に上がり、玄関の外とベランダ側をそれぞれ精鋭が警備を開始した。
「...」
さて、楓さんが荷造りをしている間に"妙なモノ"の処理をするか。
「あっ...」
寝室の方から楓さんの声が聞こえた。
「楓さん?」
寝室を覗き込むと、彼女は割れたフォトフレームをぎゅっと抱きしめていた。
「楓さん、大丈夫ですか?」
「...はい。私は大丈夫です」
薄っすらと涙が浮かんでいる。
...余程、大切にしていたのだろう。
「...楓さん」
本当は、今は他にすることが有る。
でも、俺はこちらを優先したい。
「あなた...?...ぁ...」
静かに近づき、後ろから抱きしめた。
「今度、一緒にお出かけしましょう。二人で、カメラを持って」
「...はい...ありがとうございます」
震える声。そして、彼女は目元を拭い、笑顔で振り向いた。
「約束、ですよ?」
上目遣いで見つめる楓さん。
「ええ。約束、です」
潤んだ瞳と明るい笑顔。...良かった。少しは気を持ち直してくれたみたいだ。
「では、荷物をまとめますね」
「お願いします。一応、それなりの量を運ぶことが出来ますが...さすがに家具や家電は難しいので、貴重品と衣類・生活用品を持ち出してください」
まあ、どうしても、というのなら大きい車を用意するけれど...
「わかりました。出来るだけコンパクトにまとめます」
ぐっと拳を握りこむ楓さん。
「難しいなら大きな車も用意しますので、出来れば、で大丈夫ですよ」
彼女の手を包み、柔らかい拳を解きながら答えた。
「ぁ...は、はい。ありがとうございます...」
ほんのりと頬を赤らめる楓さん。
「...」
「...では、お願いしますね」
寝室の入口から感じる冷たい視線を浴びたので、泣く泣く手を離した。
「ぁ...はい...」
あからさまに気落ちした楓さん。
しかし、これ以上桜の冷たい視線を浴び続けるのは健康に悪い気がする。
「では、失礼します」
そう言い残して寝室を後にした。
「...また女性を誑かしているんですね」
「うっ...」
耳が痛い所だ。
「それに油断しすぎです。死にたいんですか?」
淡々とした口調が胸に刺さる。確かに桜の言う通りだ。
「すまない。気を引き締める」
「...いつものカッコいい先輩に戻ってくださいね?」
いつもの可愛らしい声で囁かれた。
「...ああ。任せろ」
「ええ。信じてます」
ふわりと愛らしい笑顔で微笑んだ後、すぐに仕事中の表情を作る桜。
「先輩、車の準備は良いですか?」
「ああ。直ぐに出れる」
俺も桜も武装は解除しているが、警戒は緩めていない。
「ところで...先輩、相手の顔...見ましたか?」
「少しだけな。判別出来る程は見てない」
しかし、怪力に加えてあの体躯...190cm以上あるのではないだろうか?
それに、ここは2階だ。しかも、あのベランダの下には特にクッションになるようなモノは無かった。だというのに、ためらわずに飛び降りて、姿を消した。怪力だけでなく足も速い。1対1では負けるのではないだろうか。
「私もです。でも...あの力と身のこなしは普通の人間ではありません。ウチの人間にも米軍の海兵隊の教官を呼んで訓練をしていますが、あれほどの力が有る者はいないと思います。ただ...」
何か言いたげな様子の桜。思い当たる節があるのだろう。
「何か知っているのか?」
「...いえ、あくまでも推測の域を出ませんし、余計なトラブルに繋がりますので、因果関係が分かれば報告します」
何か訳ありげな様子だ。
ストーカーの怪しい素性といい、今回の事件は単なるストーカー被害では終わりそうに無いな。