優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――主人公視点
その後、楓さんは実にスムーズに荷物をまとめていた。
...この隙に"妙なモノ"を撤去しよう。恐らく、盗撮カメラと盗聴器だ。
「これは...通信しないタイプか」
カメラを回収する必要があるので効率的とは言えない。しかし、信号から足が付かないのでその点においては利点がある。
「盗聴器も...同じだな」
寝室、浴室、トイレに設置されていた。
この変態野郎...変態には違いないが妙に用心深い。楓さんは天然っぽいが、警戒心が無いワケではない。しかし、この盗撮盗聴には気づいていない様子だ。
恐らく、このストーカー野郎はその気になれば本人に気づかれないように行動できるのだろう。既に姿を見せているという事は、何かタガが外れているのか...あるいは次のステップへと移行しているのか。
「...」
どちらにせよ警戒するに越したことは無い。俺は一通り盗聴器と盗撮カメラを回収した後、再びリビングへと戻って来た。
リビングでは桜が荷造りを手伝っていた。
「あの、服やアクセサリーはこれで全部ですか?」
困惑気味に尋ねる桜。
確かに少ない...。若い女性なのでそれなりに荷物が多いのかと思いきや、意外にもトランクケース1つとボストンバッグ1つに収まる程度の荷物しかないらしい。
衣類や下着類、貴重品に重要書類、薄型のノートパソコンが1台とスマートフォンが1台。化粧品の類にアクセサリーが数点。他にも生活必需品の類は有るが、買い足せば良いモノは置いていくことにしている。
「ええ。正装やドレスや他の装飾品は本邸にありますので、普段使用するモノであればこれくらいで十分です」
意外とさっぱりしてる...しかし、思い起こせば確かにあまりアクセサリーを付けているイメージが無い。
服の種類はそれほど多くは無いけれど、それでもお洒落に見えるのはコーディネートの上手さだろう。それと、本人の人間離れした美貌にもよるのかもしれない。
「なるほど...着こなし次第というワケですね」
桜も感心している。...桜は案外オシャレには気を遣う方だからな。組織のトップとしても、女性としても。
夕華や美咲は年頃の女の子らしくオシャレには興味があるし、華織さんも私服は綺麗めなコーディネートが良く似合っている。
意外と無頓着なのが茜だ。メイクやスキンケアは気を遣えど、服はそれほど強い興味を示さない。まあ、小柄でスタイルが良いトランジスターグラマーなので服選びが難しいという事もあるのかもしれない。...しかし、下着はかなりこだわりが有るみたいだ。いつも感想を聞かれるのでよく覚えている。
「では、積込も完了しましたので、住戸の方へ行きましょうか」
「わかりました。よろしくお願いします」
「私は後ろから別の車で追走します」
今日はいつものGRヤリスではなく黒いハイエースで来ている。楓さんの荷物が多かった際の事を踏まえたチョイスなのだろう。
「どうぞ」
助手席の扉を開き、楓さんの手を取る
「ありがとうございます」
ふわりと微笑む楓さん。彼女が助手席に乗り込んだ事を確認し、俺も運転席に乗り込んだ。
「では、出発します」
「はい...お願いします」
そして、ゆっくりと車を発進させる。
「...」
先ほどの大男には逃げられたままだ。何かしらの妨害を受ける可能性もあるので、出来るだけ慎重に運転する。
「っ...」
楓さんにも俺の緊張が伝わっているのだろう。硬い表情のままぎゅっと両手の拳を握り締めている。
「楓さん、大丈夫ですよ」
片手で彼女の拳を包み込む。
「ぁ...」
吐息を漏らす楓さん。少し肩の力が抜けた様子だ。
「駅前のマンションに向かいますが、それでよろしいでしょうか?」
あちらのマンションの方が気楽だろう。
「あ...そ、そう...ですよね」
「?」
...何故か残念そうな表情だ。
――――――――――――――――
道中は何事も無く、拍子抜けするほどスムーズに行く事が出来た。
もちろん、油断もしていないし警戒もしているのだが、それも杞憂に終わりそうだ。
『先輩、一応、駐車場まで護衛します』
「ああ、頼む」
事前の段取りでは、駅前の地点で桜たちとは別れる予定にしていたのだが、先ほどの一件もあるので予定変更だ。
また、エレベーターには車ごと乗りこんで上がる予定だ。
そして―――
「...到着しました」
「は、はい...」
何事も無く、マンションの入口に到着した。
『では、私たちはこれで』
トランシーバーから桜の声が聞こえてくる。
「ありがとう。本当に助かったよ」
『いえいえ。...お礼、期待してますからね』
「もちろん。期待していてくれ」
...まだ何も考えていないとは言えない。
『では失礼します。先輩、お気を付けて』
「ああ。ありがとう、桜」
黒いハイエースはそのまま駅前の道を直進して走り去った。
しかし―――
「...」
「あ、あなた...?」
...何か、おかしい。
いや、違和感の正体は明らかだ。駐車場の照明が一部点灯していない。
見える範囲に脅威は無い。それに、今日は管理会社から設備関係の点検があるという連絡も受けていた。そして、その設備会社の担当者からも連絡が来ていた。
一応、裏どりもしたのだが、至って普通の信用できる設備会社という事は確認できた。
その点検の一環として照明が不点灯である事は納得できるのだが...何か、おかしい。
「何か...違和感が...」
「えっ...?」
楓さんの表情に緊張が走る。
「...」
裏手には管理会社や設備業者、配達業者や外来用に数台分の駐車場がある。
管理会社のロゴが張り付けてある軽自動車が1台。設備会社の社名がラッピングしてあるバンが2台。そして、かなり新しい年式の配送トラックが1台。
配送トラック自体は珍しくないのだが...あのモデルは確か―――
「楓さん、一度この場を離れます」
何かおかしい。何か根拠があるワケではないが、念のためだ。
「わ、わかりました」
俺はリバースギアに入れて、車体の向きを変えようとした。
その時―――
「あ、あなたっ!」
「っ!」
楓さんの声で再び視線を前方に向けたその瞬間――
「っ!!」
防音の効いた車内に響くほどの乾いた轟音、薄暗い裏口に光る閃光。――発砲だ。
「頭を下げて!!」
「っ...!」
咄嗟に楓さんの頭を押さえつけた。そして、勢いよく車を後退させた。
パン、パンと破裂音が続き、最後の一発で後部座席のドアガラスを割られた。
「きゃあっ!?」
「そのまま頭を守って!」
幸い、被弾したのはエンジンルームと後部ドアのみだ。相手の射撃が下手なのは不幸中の幸いだろう。
「しっかり捕まってください!」
アクセルを思い切り踏み込んだ―――しかし
「!?」
音も無く後退し始める配送トラック。
「きゃあああっ!!」
激しい衝撃、鉄とガラスが破壊される音、揺れる車体。
「っ...ぁ...!」
側面からの激しい衝突による脳震盪。それは理解できても眩暈と頭痛はどうにもならない。
「うぅっ...」
掠れる視界の隅で、楓さんが額から血を流している姿が見える。
「かえで...さん...っ」
そうだ、この人の身の安全を守る事が俺の役目だ。
「っ...」
ガラス片が落ちているメーターフードを確認した。...よし、まだシステムは落ちていない。運転席側に衝突されたので彼女は無事だ。
運転席側のエアバッグは撤去しているので当然ながら作動はしていないのだが、助手席側のエアバッグはきちんと作動している。
「...!!」
視界の隅、トラックが音も無く前進している事に気が付いた。
「電動か...!」
そうだ。あの新しい年式のトラックは電動のモデルがラインナップされている。
EV故の高トルクと重量級の車体を生かして再び攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
俺は急いでリバースギアに入れ直し、アクセルを踏み込んだ。...よし、まだ動く。
「くそ...っ」
頭が痛い。それに視界も揺らいでいる。しかし、何とか意識は保てそうだ。
「あな...た...っ」
楓さんの様子を確認する。...傷の具合が分からない。しかし、意識は辛うじて残っている。
「大丈夫...大丈夫です」
とりあえず逃げなければ...!
「...!!」
フロントバンパーをかすめるEVトラック。荷台が盛大に裏口の生垣を破壊した。
...くそ。植栽の補修は結構高いんだぞ。
「楓さん、ケガの具合は?」
「あ、頭が痛いです...でも、耐えれない程ではありません」
アドレナリンが出ていて重症な事に気が付いていないのか、本当にかすり傷程度なのか。それは詳しく見ないと分からないが、呂律は回っており、表情もはっきりとしている。
「めまいや吐き気はありませんか?」
どちらかというと俺の方が眩暈があるのだが、今はそんなことはどうでも良い。
「あ、ありませんっ。」
「っ...わ、わかりました。では、しっかり捕まっていてください!」
勢いよく道路に飛び出し、スロットルを全開にする。
「っ...!」
V6ハイブリッドのパワーユニットが重量級の車体を弾き飛ばす。
メーター読みで既に免許が危うくなる速度で駅前の主要道を駆け抜ける。
「あ、あなた...っ...!」
言葉を飲み込む楓さん。
「すみません...少し、我慢してくださいね」
軋む肩を無理やり動かし、震える白い手を優しく握る。
「ぁ...」
彼女の小さな声が3.5Lの咆哮の中でも聞き取れた。
そして、強張っていたその手から力が抜けていく。
「...信じています」
「ありがとうございます...必ず、あなたを守ります」
目の前の信号が青から赤に変わる。ルームミラー越しに背後を確認すると、先ほどのトラックをフルフェイスヘルメット姿のドライバーが運転している。
EVトラックだから速いのか、はたまたこちらが失速しているのか、段々と距離が縮んでいる気がする。
「...そうだ」
桜に連絡して増援を頼もう。...気が動転して頭が回らなかった。
「...よし」
ナビはまだ無事だ。しかし、トランシーバーが見当たらない。...仕方ない、電話をかけるか。
通話履歴を表示させ、桜に電話をかける。
「...」
幸い、数回コールした後に桜は通話に出てくれた。
『遅かったですね。既に後ろにいます』
桜を乗せたハイエースがトラックの後ろに見える。
「さすが...だな。悪い、援護頼む...っ...!」
『燃料噴射量の調整とブーストアップくらいならしてますけど、所詮は商用ディーゼルターボなので期待はしないでくださいね』
当たり前のように桜の組織のハイエースは改造車だ。170馬力以上出ているという噂だ。
もちろん、それは乗り捨てる前提ではない車両に限る。乗り捨て前提の車両は中古車バイヤーを複数回経由した後に個人売で金融車を仕入れている。
『先輩、ケガは大丈夫ですか?』
「ああ。クソ痛いが運転出来なくはない。このままコテージ...は美紀と麻衣が居るからダメか。海沿いのセーフハウスに向かうつもりだ」
寂れた村の外れにある小さな一軒家だ。一応、夕華と一緒に掃除や換気は行っているのだが、ここ最近はご無沙汰なので現状は分からない。
『車は走行可能ですか?』
「ああ。だが、継続的には難しい。この感じだとメインフレームが怪しい」
エンジン・トランスミッションも怪しいが今のところは問題ない。しかし、プロペラシャフトやデファレンシャルからは既に異音がしている。オンボードコンピューターを改造してあるので、エラーが出ても強引にトップスピードを維持できるようにしているが、物理的な限界はどうしようもない。
『わかりました。目立たない車検付きの在庫を手配します。後で合流しましょう』
桜の組織が経営している中古車ディーラーの在庫の事だ。
「頼んだ。...悪いな、頼んでばっかりで」
『それは言わない約束ですよ。こちらで足止めしますので、先輩は先を急いでください』
そう言い残して通話が切れた。
「あ、あなた...?」
不安そうな表情の楓さん。
「楓さん、いざという時に隠れる事が出来る場所がありますので、そちらに向かいます」
よし...なんとか眩暈も落ち着いてきた。
「いざという時...あの、駅前のマンションのようなところでしょうか?」
あれほどラグジュアリーではないが、十分生活は出来るくらいだ。
「あのマンションに比べると多少地味ではあります。それでも大丈夫ですか?」
「もちろんです。それに...あなたが居れば、どこへでも」
真剣な表情でこちらを見ている楓さん。
「...ありがとうございます。では、もう少し我慢してください...!」
ぐっと右足を踏み込み、更に大量の燃料と空気を送り込む。...人通りの少ない田舎の幹線道で良かった。一般車両をできるだけ巻き込まずに済んでいる。
「っ...!」
ちらりとルームミラーを確認すると、桜が身を乗り出してトラックの前輪にアサルトライフルを向けていた。
そして、閃光と共に激しい破裂音を響かせるトラックのフロントタイヤ。
「ひゃっ!?」
轟音を響かせながら横転するトラック。
...ひとまず、追手の心配は無さそうだ。
そう考えていた矢先、桜から着信が入る。
『トラックは排除しました。しかし、もう一台後方から追いかけていますので、そちらを足止めします。トラックの方は別動隊で回収しますので、先輩はそのままセーフハウスまで止まらないでください』
「ああ。ありがとう、桜。また後で会おう」
『ええ。私もすぐに向かいます』
通話が終了した。
チラリと彼女に視線を向けると、不安げな表情ながら取り乱してはいない。...本当に強い女性だ。
「楓さん、もう少しだけ、辛抱してくださいね」
「わかりました。...申し訳ございません、私のせいで」
楓さんの表情が陰る。
「あなたは何も悪くありません。だから...すみません、うまく言葉にできませんが――」
俺は、小さく震える彼女の手を握る。
「あなた...?」
「大丈夫です。解決するまで、俺が何とかします」
それが俺の役目だ。
「...ありがとうございます」
ふわりと微笑む楓さん。その柔らかい笑顔にこちらの心も軽くなるのであった。
―――――――――――――
それからしばらく走ると、海沿いの小さな町に辿り着いた。
「もうすぐ到着しますよ」
「はい。...無事、到着できそうですね」
桜の足止めのおかげか、ここまで襲撃されていない。
...なんともフラグになりそうな流れだが、もうセーフハウスは目の前だ。
「ええ。桜のおかげです」
「あなたと、この子のおかげでもありますよ」
そう言いながら傷ついたダッシュボードを撫でる楓さん。
「...そう言っていただけると嬉しいです」
しかし、そろそろ車の挙動がおかしい。
少しずつスロットルの開度を上げているのだが、車速が落ち続けている。
「...ダメだな」
「ぁ...」
楓さんも察したらしい。...完全に停止する前に到着できるだろうか。
「...よし。なんとか走れそうです」
「そう...ですか」
セーフハウスが見えてきた。あとは敷地の中に止めるだけだ。
「ここです」
「ここが...」
海沿いの小さな一軒家。
敷地は広く、母屋と倉庫を兼ねた車庫が分かれている。
「おっ、と」
そろそろ限界だな。アクセルを踏んでも反応が薄い。
そして――
「もう少し、だったな」
門柱にチェーンをかけて封鎖しているのだが、その直前で停車してしまった。
「...」
何とも言えない表情の楓さん。
「楓さん、手で押して敷地内に入れますので、ハンドル操作だけお願いできますか?」
「わかりました」
車を降りて、門柱にかけられているチェーンを外した。...案外、これくらい緩いセキュリティに見せかけた方が怪しまれないのだ。もちろん、監視カメラと人感センサーを設置しており、母屋と車庫は施錠済みだ。
「押しますよ」
「はいっ」
ギアはニュートラルにしているが、重量級のセダンなので骨が折れそうだ。
「ぐっ...!」
お、重い...何とか動いているのだが、わずかに傾斜しているので余計に重い。
「わ、私も手伝いましょうか?」
一応、敷地の中には入れる事が出来たのだが、これでは後から車が入れない。
「大丈夫...ですっ」
そうして渾身の力を込めて車を押し続ける事数分、何とか邪魔にならない場所まで移動させることが出来た。
「ふぅ...」
「お疲れ様でした、あなた」
車を降りて楓さんが額の汗と血を拭ってくれた。
「ありがとうございます...でも、すみません。ハンカチを汚してしまいました」
「もう...そんなことは気にしないでください」
ふわりと微笑む楓さん。その愛らしい笑顔を直視できず、思わず視線を逸らして話題を変えてしまった。
「こ、この家...実は父の実家なんですよ」
父があのマンションを建てる際に居候していた事もあるので、俺も馴染みのある家だ。
「そうなのですね...でも、それだとお邪魔しても大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。もう何年も前に祖父母は亡くなっていますので、今はもう誰も住んでいません」
夕華のことも非常に可愛がってくれたので、亡くなったときは本当にショックだった。
「その...申し訳ございません」
なんとも申し訳なさそうな表情の楓さん。
「お気になさらないでください。もう何年も前の事ですから」
「では、せめてお仏壇にお線香を上げさせてください」
本当に律儀な人だ。...しかし、マッチや線香のストックがあるだろうか。
「ありがとうございます。では、上がりましょうか」
「は、はい」
少し緊張した面持ちの楓さん。
そして、彼女の荷物を抱えてセーフハウスへと足を運んだ。