優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――主人公視点
「さあどうぞ。少し埃っぽいですが」
玄関の照明を点けて、楓さんを招き入れた。ちなみに、監視カメラやセンサーの電源を確保するためにブレーカーは入れたままだ。
「お、お邪魔します」
緊張した面持ちだ。まあ、仕方ないだろう。
「定期的に夕華と一緒に掃除には来ていたのですが、ここ最近は放置気味でしたので...少し掃除します」
「あ、お手伝いします」
スリッパを2足準備して、軋む廊下を歩いて居間へと向かう。
「よっ、と」
居間の入り口の引き戸が固い...後で油差しておくか。
「けほっ...」
小さく咳をする楓さん。
「すみません、やっぱり埃っぽいですね。とりあえず換気して掃除しましょうか」
「申し訳ございません...」
本当に申し訳なさそうな表情だ。
「気にしないでください。こちらこそすみません。こんな埃っぽいところで...」
ここ最近は何かとバタバタしていたのでこの家は放置していた。...やはりコテージの方が良かっただろうか?あちらは美紀と麻衣が掃除をしているので快適だが...いや、あの二人を巻き込むことになるからダメだな。
「いえいえそんな!私の方こそごめんなさい...私のせいで、その...」
「大丈夫です。あなたのせいではありませんから」
柔らかい手を握り、彼女の顔を真っすぐに見つめた。
「あなた...」
潤んだ瞳が真っすぐに俺を射貫いている。
「と、とりあえず、掃除をしましょう」
思わず顔を逸らしてしまった。
「そうですね...あ、いえ、お待ちくださいっ」
慌てて俺を制止する楓さん。
「楓さん?」
「まず最初に、仏間へ案内していただけますでしょうか?」
本当に律儀な人だ。
「わかりました。こちらです」
彼女の手を引いて、廊下の一番奥まで歩く。
その道中にて――
「楓さん?」
「な、何でしょうか?」
ぎゅっと俺の腕を握る彼女に振り返る。
「あ、いえ...俺は大丈夫なのですが、歩きにくくありませんか?」
ピッタリと密着しているので楓さんは少し歩きづらそうだ。
「だ、大丈夫ですっ」
強がる楓さん。
...ああ、なるほど。
「この廊下、子供の頃は怖かったんですよ」
「"あなたも"そうなのですか?」
不思議そうに俺を見上げる楓さん。
「ええ。廊下が長く、その先が真っ暗なので...その、お化けが出てきそうなので怖かったんです」
「ふふふっ...あなたでもそういう時期があったのですね」
柔らかい笑顔を見せるも、力いっぱい腕に抱き着いたままだ。
「ところで..."あなたも"と仰いましたか?」
「え?...あっ」
しまった、という表情を浮かべる楓さん。
「大丈夫ですよ。今日はずっと一緒にいますので、お化けもストーカーも俺が何とかしますね」
「うぅ...からかわないでください...」
そんな可愛らしい彼女を腕にぶら下げたまま、仏間への障子を開く。
「ここが仏間です。今夜はここにお布団を敷いて寝ましょう」
この部屋が一番綺麗で広い。...それに、昔泊まりに来ていたときもこの部屋に泊まっていた、というのも理由の一つだ。
「ありがとうございます。では...」
楓さんは美しい所作で正座をして、湿気たマッチで器用に火を点けた。
「...」
正座で合掌している姿が本当に美しい。静かに目を瞑るその姿は美術品のようだ。
「...ありがとうございました。では、お掃除しましょうか」
「ええ。お手伝い感謝します」
そして、役割分担を決めて掃除を始めた。
俺は押し入れの中から掃除機を引っ張り出して使用し、その間に楓さんには窓を開けて貰っている。雨戸は電動シャッターに改装しているので開けるのは難しくはないだろう。
――――――――――――
「さて...ん?」
スマホが震えている。...桜か。
「もしもし?」
掃除機を止めて電話に出た。
『もしもし?桜です。今、お取込み中ですか?』
本当に律儀な子だ。
「いや、大丈夫だ。軽く掃除をしているところだからな」
間近の椅子に腰かけて通話を続けた。
『すみません、掃除の途中に。しかし、その様子なら無事に到着出来たみたいですね』
「ああ。本当にありがとう、桜」
『いえいえ。...愛しい愛しい先輩の為ですから』
甘く蕩けるような声色だ。
「本当にありがとう。...桜には世話になってばかりだな」
『ふふふっ...感謝してますか?』
「ああ、もちろん」
...何か対価を要求されそうな雰囲気だ。まあ、何となく想像はつくけれど。
『では、次の危険日にいっぱい
「...都合が合えばな」
『あ、言いましたね?言質取りましたよ?』
「ああ。都合が合えば、な」
『またそうやって誤魔化す...でもいいですよ。襲いますし』
...怖い事を付け足したな。
『それはそうと...一応確認なのですが、お二人ともご無事ですか?』
「ああ。車は動かないが、今のところは問題ない」
『良かったです。私もすぐに向かいたいのですが...申し訳ございません、すぐに動かせるほど良い在庫車が無くて、到着は明日のお昼過ぎになりそうなのですが大丈夫でしょうか?』
「ああ。一応、このセーフハウスにも車が1台あるから大丈夫だ。...しかし、珍しいな。いつもは車検付きが何台かあるだろ?」
それなりの規模の中古車ディーラーを経営しているので、いつもはすぐに動かせる代車として車検付きの車両が置いてあるはずだ。
『丁度、代車が出払ったタイミングでした。車検付きで残っているのが...ケイマンSと458スパイダーしかありません』
「よりにもよってめちゃくちゃ目立つな...」
『ええ。しかもブルメタとロッソコルサです』
水色と赤か...目立つな。
『とりあえず、店長には在庫車のプリウスかアルファードを準備するように指示しました。どちらも会社名義の在庫車がありますので、状態が良い方を整備して車検を通してお持ちします』
「悪いな、助かる」
『ええ。では、また明日』
「ありがとう、桜」
『いえいえ。愛してます、先輩』
愛の言葉を残して電話は切れた。
「さて...」
十分に休憩が出来たな。掃除の続きをしよう。
「...」
ふと、先ほどのストーカーの事を思い返す。...やはり奴は何かおかしい。
普通のストーカー...いや、ストーカーという時点で普通ではないのだが、あのストーカーは特に普通ではない。ストーカーというより敵対組織の雇った殺し屋だ。
しかし、殺し屋というには妙な点がいくつもある。
まず、彼女の家に侵入出来た段階で殺害が可能なところだ。仮に誘拐が目的でも可能なタイミングが何度もあった。
それに、激しい接触を始めたのが俺が深く関わり始めたタイミングだ。故に、ストーカーの類ではないかと判断したのだが...それにしては武力を持ちすぎている。まさか銃撃してくるとは思わなかった。それに、わざわざ襲撃の為に2人以上で2台以上の車両を用いる点も異常だ。異常なまでに攻撃的で執念深い。
「うーん...」
一応、犯人の目星はついている。
しかし、確証がない上に本人の素性や経歴が謎に包まれている。
「あなた?」
居間とキッチン、そして今晩の寝床である仏間の掃除を終えたタイミングで、背後から彼女に声をかけられた。
「あ...すみません。どうされました?」
「いえ、一通り窓を開けましたので、次は拭き掃除でもしようかと思いまして。雑巾や布巾を貸していただけないでしょうか?」
本当に真面目な人だ。その美しい御手を穢すことなど出来ないので是非とも休んでいただきたいところだが、そんなことを言っても断られるだけだろう。
「少々お待ちください。確か、洗面台の下に新品の雑巾を置いていたはずなので」
居間から廊下に出てすぐ左手が脱衣所となっており、その先に浴室がある。
俺はすぐ隣のガラスの引き戸を引いて、脱衣所へと足を運ぶ。
「あ、そうだ。すみません...給湯器は水抜きをしているので、今夜はお風呂に入れないのですが...どうしましょう?銭湯か温泉にでも行きますか?」
ここからほど近いところに温泉があるはずだ。
「温泉!あ、で、でも...今お出かけするのは...」
温泉と聞いて瞳を輝かせた楓さん。温泉...好きなんだろうか。
「温泉、行きますか?」
「!」
花が咲いたような笑顔だ。
「わかりました。恐らく、車庫に車が一台残されているはずなので、それで向かいましょう」
「はいっ」
楽しげな笑顔につられて笑顔になってしまう。
「ふぅ...」
ごく自然に息を吐き、ごく自然に洗面台に寄りかかった...つもりだった。
「あなた、大丈夫ですか?」
楓さんが心配そうにのぞき込んでいる。
「ええ、大丈夫ですよ」
先ほどまでは頭痛と眩暈が残っていたのだが、少し休憩していたおかげで随分とマシになった。
「本当に...?」
それでも心配そうな楓さん。...確かに、あれほど激しい衝突をされたのに平気というのは無理があるか。
「ええ。慣れていますので」
ここ最近は少しなまっているが、あの程度の襲撃なら経験が無いわけではない。
「それに、楓さんには申し訳ないのですが、掃除の途中で少し休ませて頂きましたので」
「それならいいですけど...」
尚も心配そうな様子の楓さん。
「それはそうと...楓さん、温泉のことなのですが、大浴場の施設と家族湯の施設のどちらにしましょうか?個人的には家族湯の方がおすすめです」
セキュリティの事を考えると家族湯にしたいところだ。さすがに中まで一緒に入る事は出来ないが、外から見張る事は出来るだろう。
「か、家族湯...」
何故か頬を赤らめている楓さん。
「大浴場タイプの方がお好きでしたら、そちらでも大丈夫ですよ」
ひとりで家族湯に入る事に抵抗があるのかもしれない。
「い、いえ!家族湯でお願い...します...っ」
段々と尻すぼみになる言葉。
「わかりました。では、準備して向かいましょうか」
P226と予備マガジンぐらいは持っていくか。ちなみに、予備で車内に隠していたベレッタは既に回収してある。
「は、はいっ」
緊張気味に脱衣所を後にする楓さん。...あんな目に遭ったばかりだ。まだ外出が緊張するのだろう。
「...」
一応、本当に念のため、自分の着替えも持っていくとしよう。...一応、だ。
―――――――――――――――――
「確か、ここに...あったあった」
キッチン横の勝手口に鍵箱が置いてあるのだが、その中からHのマークが刻印されている鍵を取り出した。
「去年車検を通したばかりだから...大丈夫だよな?」
このセーフハウスには車を一台置いている。
農道のNSXことホンダのアクティトラック...所謂軽トラだ。祖父母が使っていたのだが、晩年に購入した車両なのでとても状態が良い。
「...」
リビングに置いてある荷物の中から、財布と着替えと銃を詰め込んだバッグを取り出した。そして、離れの倉庫へと足を運ぶ。
「さて」
少し埃を被っている白いボディ。
一年前にタイヤを替えたばかりだが、一応空気圧は確認しておこう。
「確かこの辺りに...あったあった」
工具箱の中からエアゲージを取り出して、ついでにシガーソケットの12V電源で動くエアコンプレッサーも持ち出した。
「指定空気圧は...2.0と4.5か」
ドア横のシールで確認して、4輪とも空気圧を測定した。
「...大丈夫だな」
さすがは国産タイヤ。1年近く放置していても殆ど空気圧が変化していない。
バッテリーもコンセントから電源を取れるバッテリーチャージャーで保持していたので問題ない。
「これで...よし、と」
バッテリーチャージャーを外し、始動の準備をした。そして、キーシリンダーに差し込んだ鍵を捻ると――
「よしよし。ちゃんと動くな」
軽快なサウンドと共にエンジンは1発で始動した。
「うーん...実にシンプル」
1DINサイズのスピーカー内蔵ラジオ。
マニュアル式のエアコンに5速MTと切替式4WD。
必要最低限の仕事車という事がよく分かる。
「あなた?」
久々のシフトレバーの感触を堪能していると、楓さんが倉庫の入り口から顔を見せていた。
「楓さん、この車しかないのですが...大丈夫でしょうか?」
俺は楽しいのだが、彼女がそうとは限らない。
「軽トラ...ふふふっ懐かしいですね」
意外なリアクションだ。
「懐かしいですか?」
「ええ。昔、祖父が運転してる軽トラの荷台に姉と一緒に乗せてもらっていました。あ、もちろん敷地の中だけ、ですよ?」
八條家の敷地の中...広そうだ。
「あれ楽しいですよね」
「ええ、それはもう。ふふふっ...姉は少し怖がっていましたけどね」
クスクスと笑う楓さん。
案外お転婆なお嬢様だったのかもしれない。
「さて、そろそろ行きましょうか」
ひとしきり笑いあい、何とも緩やかな空気が流れている。
「ええ。では、お願いします」
「お任せください」
リモコンで電動シャッタ―を開き、ギアを2速に入れて、車をゆっくりと発進させた。
........................
「...」
「...」
少し揺れる車内。空荷の軽トラなので多少は乗り心地が悪いのだが、彼女は特段気にしていないらしい。
「っ...」
ちらりと彼女の横顔を確認すると、なんとも緊張した表情を浮かべていた。
...仕方ないだろう。あのような事態に遭遇すれば誰でも怖いに決まっている。
「あ、あの...あなた?」
何とも緊張気味の空気の中、先に口を開いたのは彼女の方であった。
「どうされました?」
「その...お見苦しいものをお見せしてしまうかもしれませんが...大丈夫でしょうか...?」
なんとも恥ずかしそうな様子の楓さん。
お見苦しいもの...どういう意味だろうか。風呂上がりの油断した姿を見せてしまう、という意味だろうか?
「楓さんはいつでも綺麗なので大丈夫ですよ」
自然と本音が言葉に出ていた。しかし、事実なのだから仕方ない。この人は女神なのだ。
「きれっ...うぅ...」
何故か再び赤面してしまう楓さん。...いや、暗いので赤面しているかどうか分からないのだが、そんな気がする。
「あ、もうすぐ到着しますよ。農道に入りますので少し揺れますね」
「は、はい...」
ウインカーを上げて、案内看板が指し示す農道へと右折する。
「家族湯にしては広めの造りなので、ゆっくり出来ると思いますよ」
「ゆ、ゆっくり...わかりました。がんばりますっ」
何を頑張るのだろう...?
そう思うのだが、その疑問の答えを得ないまま目的地に到着した。
「今日は少ないですね」
普段はそれなりに先客がいるのだが、今日は珍しく2組しか居ない。
「そ、そうですねっ」
やはり緊張気味の楓さん。
ちなみに、この家族湯の温泉は完全にセルフ制となっており、入り口の自動精算機を使用して利用時間に応じた金額を入れるシステムだ。そして、利用時間の少し前に温泉が止まり、利用時間を完全に過ぎると電源が落ちるシステムだ。
「では、使い方をお教えしますので、一緒に来ていただけますか?」
「は、はいっ」
手荷物をぎゅっと握りしめ、トコトコと俺の後ろから着いてくる楓さん。
...あ、なるほど。家族湯自体が慣れてないから緊張しているのか。
「まず、この自動精算機で利用時間を選びます。1時間でも良いとは思うのですが、何故か2時間からしか選べませんので2時間にしますね」
とはいえ、料金も良心的な価格だ。まあ、その分ゆっくりしてもらえば良いだろう。
「ふぅ...わかりました」
楓さんは何故か覚悟を決めた女の眼をしていた。
「では、ゆっくりされてください。私は外に居ますので」
「わ、わかりま――え?」
きょとんとした表情の楓さん。
「え?」
何か分からない事でもあるのだろうか?
「その、あなたは...?」
小首を傾げる楓さん。
「外で待っているつもりです。あ、時間が余れば少し汗を流すくらいはしようかと思います」
ぽかんとした表情の楓さん。...間の抜けた表情でも可愛いな。
「えっと...一緒に、入るのでは...?」
段々と赤くなる白い肌。
「さすがにご一緒するわけには...」
本音を言うと是非ともこの美しい肢体を目に焼き付けたいところではあるけれど。
「っ...」
みるみるうちに真っ赤になってしまった。
「...あっ」
今更ながら彼女の様子がおかしい事の理由が理解できた。
彼女は、最初から一緒に風呂に入ると想定していたのだ。...今思えばいきなり家族湯を提案した俺が悪いな。
「すみません、勘違いを――」
「あ、あなたっ!」
俺の言葉を遮り、両手で俺の手を握った。
「か、楓さん!?」
「一緒に!お風呂っ...入り、たい...です...」
段々と尻すぼみになる言葉。耳まで赤くしながらも、両手でしっかりと俺の手を握っている。
「か、楓さん...」
「だめ、でしょうか?」
上目遣いでこちらを見る少し潤んだ瞳。
...断れるわけもない。それに、正直に言えば...嬉しい。
「では、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします...っ」
お互いに緊張しながら、風呂の中へと並んで入ったのであった。
―――――――――――
「...」
目の前には夜空が広がる露天風呂。
背後にはシャワーの流れる音。
先ほどまではパシャパシャと身体を洗う音が聞こえていた。
ちなみに、俺は既に体を洗い終えている。...恥ずかしいから先に入って欲しい、との事だ。
「...」
緊張する。女性と二人きりで風呂に入る事が初めてというワケでは無いのに、どうしてこんなに緊張しているのだろうか。
そんな事を考えていると、背後からペタペタと足音が近づいて来た。
「と、隣...失礼します、ね」
緊張で少し震えている声。
「は、はい」
自分でも驚くほどの緊張した声色だ。
「っ...」
視界の隅に見える白磁のような美しい肌。
音も無く、静かに浴槽に浸かる楓さん。
「ふぁ...」
思わず声が漏れたのだろう。
ちらりと彼女の方を見ると、実に心地よさそうな顔であった。
「い、いい湯ですね」
「ええ、本当に...♪」
温泉に浸かり、少し緊張も解れたのかもしれない。
彼女の身体からは力が抜けて、軽く触れ合う程に近づいていた。そして、その素肌の冷たさに驚いてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
慌てて距離を取る楓さん。
「楓さん、身体冷えてますね」
「あ、えへへ...実は、緊張して中々お風呂の方へ行けなくて...冷えちゃいました」
ふにゃりと笑う楓さん。力が抜けたその表情が可愛らしい。
「...ねえ、あなた」
「はい?」
彼女の方へ軽く顔を向けると――
「...えっ?」
トン、と軽い衝撃と共に、肩に頭を預けられた。
「か、身体...ちょっと冷えちゃいました。ですから、その...っ」
緊張気味の口調と大胆な行動のギャップが愛おしすぎておかしくなりそうだ。
「...これで、いかがでしょうか」
「ひゃっ...えへへ...♡」
細い腰を抱いて、ぐっと抱き寄せた。
「っ...」
段々と温かくなり始めた柔肌と密着している。このままでは早鐘のような俺の鼓動まで伝わりそうだ。
「ふふふっ...珍しく緊張していらっしゃいますね...♡」
対して、楓さんは緊張がほぐれてきたらしい。
「そう...かもしれません」
「えへへ...♡」
ぴったりと密着するように抱き着く楓さん
「か、楓さん...?」
「すごく...ドキドキしています...♡」
胸板に耳を押し当てるようにして密着している。...当然、そんなことをすれば、奇跡的なほど美しいその裸体が押し当てられるという事だ。
「...あなた程の
「そんな、私なんて...えへへ...♡」
謙遜するも、笑みが零れてしまう楓さん。そんな彼女が可愛らしくて仕方ない。
「本当に...可愛いです」
気が付けば口に出していた。
「そ、そういうあなたも...素敵です...♡」
頬を赤らめながら言い返す楓さん。
「普段は長袖ばかり着ていらっしゃるので目立たないですけど...結構、筋肉質なんですね」
そう言いながら、ペタペタと俺の腕に触れている。
「こういう仕事ですからね」
荒事も多い。故に体は鍛えておかなければならない。...しかし、桜の言う通り最近は昔ほどのキレが無い。
「ふふふっ...あなたは先生ではなかったのですか?」
「...そうでした」
今更だが、彼女には普通の教師のつもりで接していたのであった。
「ふふふっ...安心してください。別に言いふらしたりしませんので。私も八條の人間ですので、他言してよい事とそうでない事の区別はついているつもりです」
もちろん、彼女も人に言えない秘密のひとつやふたつは有るのだろう。
「お気遣い感謝します」
「いえいえ。それに...ふふふっ...♡」
何かを言いかけた楓さん。
「楓さん?」
「あ、いえ...それに、折角...あなたと私の...二人だけの秘密が出来たことが...嬉しくて...♡」
...確かに、一緒に温泉に浸かる事は誰にも伝えていない。今のところ他言する予定もない。
「あなた」「楓さん」
お互いに向き合い、同時に口を開いてしまった。
「ぁ...」
「っ...」
ほんのりと赤く上気した白い肌、月明りに照らされたエメラルドグリーンの瞳、薄く開かれた桜色の潤んだ唇。
潤んだ瞳と絡み合う視線が俺を逃がしてくれない。
「楓さん...」
「あなた...♡」
囁くような声が甘く耳朶に響く。
二人きりの露天風呂。月明りの元、静かな夜に二人を遮る障害は何もない。
「ん...♡」
彼女は、先に瞳を閉じた。
「楓さん...」
柔らかい頬に触れて、最後に彼女の意思を確認する。
「あなた、唇が寂しいです...♡」
瞳を閉じたまま、彼女はそう答えた。
「すぐに、寂しくなくなりますよ」
俺も...瞳を閉じた。
そして、ゆっくりと顔を寄せて――
「ん...」
「んっ...♡」
月明りの元で、静かに唇を重ね合わせたのであった。