優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――主人公視点
時刻は夕方。
雨が降り始めたというのに俺と夕華は再び一緒に出掛けていた。
「何もこんな天気なのに買い忘れたものを買いに行かなくても良かったんじゃないか?」
助手席で卵とデザートに買ったプリンが入ったエコバッグを抱えた夕華がむっとした表情で返答した。
「じゃあ、明日のお弁当の卵焼きは無くても良かったの?お兄ちゃん大好きでしょ?」
...確かに夕華の卵焼きは大好物だ。
「...欲しいです。ごめんなさい」
「ふふっ...素直で大変良くできました♪」
パシャパシャと雨音が遠くに聞こえる車内。さすが国内高級メーカーだ。外のノイズがほとんど聞こえない。
「あっ!」
突然夕華が大声を上げた。
「どうした?」
「止まって!お兄ちゃん止まって!!」
血相を変えた夕華が叫ぶ。これはただ事ではない。
慌てて住宅街の公園のわきにハザードランプを点灯して停車した。
すると夕華は弾けるように外に飛び出した。
助手席側とはいえもう少し安全確認をしないと危ないだろう。
...しかし、事態はそんなに悠長ではなかったのかもしれない。
夕華の後を追うと、大雨が降り続く公園の中で誰かがベンチに佇んでいるではないか。
迷わずその人物の元へ駆けて行って肩を掴んでいるあたり、知り合いなのだろう。
そして、俺も近くまで来た際に心底驚いたのだった。
「い、一瀬!?」
「ぁ...ふふっ...あなたたちって本当に仲良しなのね。まさか一緒に住んでるの?」
「そんなことは今はどうでもいいでしょ!!いいからこっちに来て!!お兄ちゃん、ごめんなさい。車のシートがちょっと濡れるけどいいでしょ?」
「あ、ああ...」
夕華のあまりの剣幕にたじろいでしまった。
「あ...夕華待って...私の荷物...」
「お兄ちゃん持ってきて!!」
「は、はいっ」
思わず姿勢を正して返事をしてしまった。
俺はベンチに置いてあった学校指定のカバンと、古ぼけた大容量のリュックサックを手に取った。
既に夕華と一瀬はリアシートに乗り込んでおり、俺も助手席に一瀬の荷物を置いて乗り込んだ。
「とりあえず俺の家に行くぞ」
「うん...お願い」
夕華はリアシートに置いていたバスタオルを一瀬の頭から被せてわしゃわしゃと拭きあげていた。
「ねえ、茜...どうしてあんなところにいたの...?」
「...ふふっ...心配してくれるの?...ありがとう」
「誤魔化さないで答えなさい」
「...っ...それは....」
有無を言わさない夕華は強い。それに、夕華は純粋に相手を思いやっての言動というのが理解できるので、なおの事逆らえない。
ただし...事情を知っている俺は何となく察しがついた。
「夕華、とりあえず一旦俺の部屋に行こう。このままだと一瀬が風邪をひくだろ?」
「お兄ちゃん...うん。わかった」
家はそれほど遠くは無い。というかもう見えている程だ。
駐車場に入って屋内の駐車スペースに車を停めた。
「着いたぞ。一瀬は...来るのは久しぶりだろうな」
「え...?」
「あー...覚えてなくても無理はないか。まだ小さかったもんな」
母と彼女の母親が仲が良かったので一度だけ来たことがある。しかし、彼女の母親が再婚した後は親同士は疎遠になって夕華と一瀬だけの交流が続いたのだ。
「えっ...?どういうこと...?」
エレベーターを待つ間も彼女は混乱していたようだ。
「私の育てのお母さんってお兄ちゃんのお母さんだよ?」
「え?そうなの?」
目を丸くする一瀬。どうやら本当に知らなかったらしい。
「ちなみに私は覚えてるよ。お兄ちゃんの脚にくっついて離れなかったんだよね」
「あーそうだったな。よく覚えてたな」
「えっ?えっ?」
彼女はいよいよ混乱しているようだ。
そして、エレベーターが最上階に到達して、3人で奥の部屋に入った。
「ただいま、と」
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
背後からの返事。いつも通りだ。
「一瀬、とりあえず風呂に入っておいで。沸かしてあるから」
「え、ええ...ありがとう」
まだまだ疑問符が浮かんだままの様子だが、とりあえずあれだけ濡れていると風邪を引く。
夕華が風呂場に一瀬を押し込んだら、くるりと俺に向きを変えた。
「それで?お兄ちゃん...何か知ってるんでしょ?」
「あー...まあ、察しがつくという程度だ。...でも、かなり重い話だぞ。聞く覚悟はあるか?」
「...うん。茜の為なら」
強い意志がこもる瞳。...今の夕華なら大丈夫だろう。
「わかった。...まずは一瀬の家庭の事情からだな...」
俺は、彼女の取り巻く環境を一通り説明した。
推測もあるが、恐らく間違いないだろう。
「そんな...じゃあ茜は...家でも安心できなかったってこと...?じゃあどこに居たら茜は安心できるの...?」
「...あなたの隣よ、夕華」
大きな瞳を潤ませる夕華を背後から抱きしめるバスタオル姿の一瀬。
...ってなんだその格好...
「家は最悪でも、学校で夕華と一緒に居る間だけは私は本当にリラックスできていたのよ。だからそんなに心配しないで...?」
「茜...」
「ほら、あなたがそんなに悲しそうな顔をしていると私まで悲しくなるのよ?それに...もうあの家には戻らない。だから今までよりは良くなるわよ」
なるほど...遂に見切りをつけたというわけか。
しかし...そうなれば住居はどうするのだろうか?
「住む場所は決まっているのか?」
「さあ...まだ何も考えずに出てきたから考えていなかったのよ。役所にでも相談してみるわ」
意外としっかり者の一瀬にしては無計画な家出だ。しかし、このままでは家に戻されるだけだろう。
「しばらくはこの部屋に住むか?それか夕華の部屋に」
「え...?」
ふらふらとあてもなく彷徨っていたのだろう。そうでなければあんな大雨の中で公園に佇んでなどいない。
「ねえ、たまには私を頼って...?」
「うっ...」
夕華より身長が低い彼女なので、思い切り抱き着かれると身動きが取れなくなるようだ。
「その通りだ。どうせ俺の所も夕華の所も部屋が余ってるんだ。どっちも俺の名義の部屋だし好きにして良いんだぞ?」
「でも...」
「茜...っ...」
夕華の涙声でついに彼女も折れた。
「...お願いします。正直、私も困ってたのよね...」
「良いんだよ。どうせ俺も夕華も一人暮らしで寂しかったんだ」
「...ありがとう」
夕華に抱きしめられたまま、少し涙目の彼女が小さな声でお礼を言ってくれた。
俺と夕華に新しく家族が出来たみたいだ。
こうして、一瀬茜との長い共同生活が始まったのだった。
「あの...受け入れてもらったばかりでお願いするのも気が引けるんだけど...なにか、服を貸してもらっても良い...?」
男を狂わせる魅惑的な身体にバスタオルを巻きつけただけの彼女は、少し頬を染めながら恥ずかしそうにぼそぼそと懇願してきた。
...彼女に対する勝手なイメージから、肌を晒す行為に抵抗が無いのかと思っていたので、頬を染めたしおらしい姿に少しドキッとしてしまった。
「あ...ああ。そうだな。えっと...俺のジャージがあったかな?」
「えっ...あ...う、うん。先生のを貸してもらえるなら...えっと、嬉し、いや...えっと...あの...」
「そ、そうか...ちょ、ちょっと待って...あれ?」
動揺したまま口を開くと、その数倍は一瀬の方が動揺していたので俺も更に慌ててしまった。
「....普通に私の着替えを貸すから大丈夫だよ」
その様子をジトっとした目で夕華が見ていた。
「...それもそうか」
その冷たい視線に冷や水を打たれたかのように冷静になった。
「うん...ありがとう、夕華」
「いえいえ。じゃあ取ってくるから。...茜にえっちな事しないでよ?」
「...気を付けます」
結局、夕華は冷たい視線のまま自室に戻っていった。
玄関がバタンと音を立てて閉まると、少しだけ緊張が解けた。
「ふふっ...先生も夕華には逆らえないのね」
「からかうなよ...まあ、事実だけどな」
「ふふっ...」
ちらりと彼女に視線を向けると、先ほどよりは顔色が良い。
公園で拾ってすぐは真っ青な顔色だったので心配したものだ。
それにしても...本当に綺麗な身体だな。身長は夕華より低いが、3サイズは殆ど変わらないのではないだろうか?
「?...あの...先生?そんなに見つめられると...は、恥ずかしいんだけど...」
「あ...ごめんな。綺麗だから見惚れてたよ」
「っ...!も、もう...今は気を張ってないから...そんな事言われると恥ずかしいのよ...」
あー...そういうことか。彼女が男を誘惑するときは頭の中で何かしらの切り替えが必要なのか。
「...そんなもんか」
「そうよ。...その...夕華と先生の前では気が緩むのよね...」
それは多少なりとも俺に心を開いてくれているということだろうか。
その時、夕華が着替え一式を持って戻って来た。
「おかえり」
「ただいま。茜、これでもいい?」
「うん、ありが...待って」
夕華が手に持っていたのは、彼女の下着とジャージ...ではなく夕華の趣味全開の可愛らしい服だった。
...彼女の私服を見たことは無いが、恐らく夕華とはベクトルが違うだろう。
「なぁに?折角持ってきたのに着てくれないの?」
「いや...その...嬉しいんだけど...こんなに可愛い服...」
「似合うと思うんだけどな~」
ニコニコとご機嫌な様子の夕華。
「うぅ...」
一瀬に縋るような視線を向けられてしまった。...ここはひとつ助け舟を出すか。
「俺も似合うと思うぞ。ほら、あっちの部屋で着替えておいで」
「!?」
まさか裏切られるとは思わなかったのだろう。
「お兄ちゃんもそう思うでしょ?ほら行くよ」
「うらぎりもの...」
ぼそっと恨み言を言いながらも、夕華にズルズルと引きずられていく一瀬。
そして数分後...
「おお...」
思わず声が漏れてしまった。
「ゆ、夕華...私には似合わないわよ...こんな可愛い服...」
「そんなことないよ...私も正直驚いてる...まさかこんなに似合うなんて...というか私より似合ってるんだけど」
レースで装飾されたブラウスに、パステルピンクのフレアスカートというなんとも可愛らしい服がとても似合っている。
勿論、童顔の夕華が着ても可愛いのだが、一瀬も似合っている。というのも、クールな性格のせいで美人系の顔立ちだと思われているが、よく見ると童顔で可愛らしい系統の顔立ちなのだ。
「本当に似合ってるよ。普段はその系統の服は着ないのか?」
「ええ...いつもはシンプルで安い服ばかりよ」
「そうなの。茜ってば絶対に可愛い服がにあうのに、スカートは穿かないし上もパーカーとかTシャツばっかり。でも、ふふっ...やっぱり似合ってた」
嬉しそうに笑う夕華を、少し照れたままながら優しい表情で見つめている一瀬。その表情から本当に夕華のことを大切にしていることが分かる。
「じゃあご飯にするか。今日は俺が作るよ」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん」
「ええ。ありがとうございます」
こうして...一瀬茜は新しい居場所を見つけたのだった。