優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
――――――――――――――茜視点
時刻は4限目が終わる頃。
チャイムが鳴って終礼を済ませると、机を突き合わせて食事をすることになる。
「あれ?一瀬さんのお弁当、今日は可愛いね」
斉川君が私が広げた夕華のお手製弁当を覗き込んでいた。
「あ...うん。今日は...」
「ふふっ...今日は私が茜の分も作ったんだよ。色違いのお弁当箱が1つだけ余ってたからね」
中身は野菜やお肉がバランスよく散りばめられた色鮮やかなおかずだった。
「ふふっ、さすが夕華ね。どれも美味しそう」
「そうでしょ~味わって食べてね?」
にこにこと上機嫌な夕華と、斉川君も一緒にお昼ご飯を食べた。
...なんとも平和で、幸せな気分だ。
ああ...私なんかがこんな平和を享受して良いのだろうか...バチでも当たらないのだろうか。
しかし、昼食中にはこれと言った悪いことは起きずに、平和に終えることが出来た。
「ごちそうさまでした。夕華、美味しかったわよ」
「ふふっ、お粗末様。また明日も楽しみにしててね。じゃあ、私はちょっと用事があるから」
「ええ。いってらっしゃい」
恐らく、陸上部の事だろう。今日から復帰すると昨日の夜に話していた。
陸上部....嫌でもあの教師の事が思い出されてしまった。
....あれ?もう継父の所に戻らなくても良いのならあの体育教師に抱かれる必要なんて無いのでは...?
「一瀬さん?」
「...え?あ、ああ...ごめんなさい。どうしたの?」
ぼんやりとしていたら斉川君の言葉を聞き逃してしまった。
「だから、今日の放課後に時間があるなら何処かに寄って帰らない?」
「...ええ、もちろん。一緒に帰りましょう」
今は考えることは無い。次に呼び出されたときに言えばいい。
私は...嫌な事に目を瞑ったのだった。
そして6限目が終わり、あとは終礼を残すのみとなった。
...朝からずっと学校に居たのは久しぶりね。
「ねえ、茜...」
「どうしたの?」
声を潜めて夕華が話しかけてきた。
「はい、これ」
夕華が手渡してきたのは可愛らしいキーホルダーが付けられたディンプルキーだった。
「これは...?」
「私の部屋の鍵だよ。ごめんね、お兄ちゃんが今もう一本鍵を作ってるって言ってたんだけど、まだまだ間に合わないみたいなの。だから、茜が持ってて?」
「あ...良いわよ。夕華か先生が帰ってくるまで待ってるから」
「そういうわけにはいかないでしょ。だから、はいっ」
「うーん...ごめんなさい。今日はちょっと遅くなるからどちらにしても預かれないわ」
「あ、そうなの?....まさか、また呼び出されたの?」
「ううん。その...遊びに行く用事」
「あ...そうなんだ。ふふっ...じゃあ要らないね。でも、明日は預かってね?」
「うん。ありがとう」
夕華はそれ以上言及しなかった。
放課後デート...漫画では何度も見かけたことがあるけど、自分の事となると少しワクワクする。
一体どんな話をしたらいいんだろう...?
そうしてぼんやりとしていたらいつの間にか終礼が終わっていた。
「茜、部活行ってくるね」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
夕華は私の耳元に顔を近づけて小声で囁いた。
...近くで見ると本当に可愛いわねこの子...
「お兄ちゃんも私も19時過ぎになると思うの...ごめんね」
「気にしなくていいわよ。ほら、頑張ってきなさい。何日も部活サボってたんだから怪我しないように気を付けるのよ」
「はーい...ふふっ、久しぶりにお姉ちゃんみたいだね」
「ふふっ...そうね」
夕華は笑顔でグラウンドまで駆けて行った。
「じゃあ一瀬さん、行こうか」
「ええ、そうね」
ふと思ったのだけど、斉川君って口数が少ないわね...
そこに居るのは分かってるのに喋らないからあまり印象に残らないのかしら...
思い返せば夕華と話しているときも近くに居た気がする。
そして、私は彼と初めてのデートに行くのだった。
―――――――――――――――圭介視点
「じゃあ...何処に行こうか」
今日は一瀬さんと交際を始めて最初のデートのようなものだ。
...といっても、今まで交際経験など無いからどうすればいいのかさっぱりわからない。
「うーん...普通はどこに行くのかしら...」
真剣な表情で悩む一瀬さん。...あんなことをしているのに交際の経験が無いとは意外だ。
...彼女にも色々あるのだろう。彼女の家庭は相当問題があるという噂だ。だから一瀬さん本人も...あまりいい噂は聞かない。
でも、実際に話してみると印象が180度変わるだろう。
夕華が懐いているのも納得だ。実際の一瀬さんは優しくて頼りがいがある女性だ。
きっと、このしっかり者でちょっとサドっ気があるところが本性なのだろう。
「とりあえず駅前の方まで行ってみる?」
「えっと...そうね。わかった。駅前ね...駅前...うん大丈夫」
「?」
少し妙なリアクションだったなぁ...まあいいか。
僕は彼女と肩を並べて部活動生の声が響くグラウンドの脇を歩き去った。
そして、バスに揺られる事数分。比較的栄えている駅前で降車した。
駅のロータリーの周辺は専門店街や、ちょっとしたデパートなどが並んでおり、田舎にしては色々なモノが手に入る。
しかし、駅の裏側はすこし注意する必要がある。美味しい食事処が並んでいる通りもあるのだけど、一本通りを入るとあまり治安が良くない地域が広がっている。
とはいえ、今日はそちらに用事は無い。
「せっかくだし、服でも見に行く?」
この辺りは中級品が揃っている、というイメージだろうか。
駅周辺に住んでいる家庭が中層クラスであることが商品ラインナップの理由だろう。
お金持ちの人々は車で都市部に買い物に行くらしい。
「ええ。どうせなら下着とか置いているところに行きたいわね」
「し、下着!?」
「そう下着。ふふっ...どうせならあなたにも意見を聞きたいわね」
大人っぽい笑みで僕を惑わせる...やっぱり一瀬さんはSだ。
「そうね...あのお店に入りましょう?」
彼女が気に入るお店が見つかったらしい。
「って...!」
そこはランジェリーショップだった。それも、かなり際どいデザインのモノが置いてある店舗だ。
「すみません、採寸してもらえますか?」
「はいっご案内いたしますね。こちらへどうぞ」
僕が動揺している間にも彼女は店員と一緒にスタスタと店内に進んでいった。
「ほら行くわよ」
「う、うん!」
それからは凄く恥ずかしかった...採寸して、彼女が試着している間、僕は周りの視線に耐えなければならないのだ。気のせいかもしれないけど、なんだか冷たいモノを感じる...
「サイズは...これでよし。後はデザインね...」
試着室から声が聞こえた。そしてすぐに彼女は姿を見せた。
「ねえ、どっちが似合ってると思う?」
淡いグリーンに白いレースで装飾された可愛らしいデザインと、黒ベースにピンクの装飾が映えるセクシーなデザインか...僕は断然後者だった。
「こっちかなぁ」
「.........ふふっ、やっぱりむっつりなのね」
自分の好みをそのままに伝えると、彼女は一瞬だけ変な表情を見せてすぐに蠱惑的な笑みを浮かべた。
「だ、だってしょうがないじゃないか...」
「あ、ちょっと待ってね...」
すると、彼女はスマートフォンを操作して誰かにメッセージを送っているみたいだ。
「ふふっ...そうよね」
数分後、何かしらの返事があったらしく、彼女は満足そうな表情だった。
「あの、この黒いのと...こっちのグリーンとピンクもください」
結局、僕が選んだ黒い下着と、一緒に選んだグリーンの下着と、そのグリーンの色違いであるピンクの下着の合計3つを上下セットで購入するのであった。
「結局全部買うならどうして聞いたの...?」
「ふふっ...いいじゃない。えっと...あなたの好みも聞きたかったのよ」
「そういうことね...じゃあ楽しみにしてるよ」
きっと、次に僕と“そういう”機会がある際に見せてくれるのだろう。
「え?あ、ああ...そういうこと...うん。楽しみにしてね?」
「うん」
こうして最初の買い物が終わった。案外長い時間経っていたようで、もう19時に近くなっていた。
「あ...そろそろ帰る?」
「そうね...あ」
「うん?」
唐突に彼女が声を上げた。一体どうしたというのだろうか。
「どうしたの?」
「えっと...その...か、家族に迎えに来てもらうから、斉川君は先に帰っていてもらえる?その...待たせても悪いし」
なんだそういうことか。そんなの全く苦ではないのでお安い御用だ。
「気にしないよ。一瀬さんの迎えが来るまで一緒に待つよ」
「えっ...うーん...わかった」
彼女は何やら悩んでいた様子だったけど、どうやら僕に頼ってくれる気になったらしい。
「じゃあ行こうか。駅のロータリーの方が分かりやすいでしょ?」
「う...うん」
少し渋い反応だったけど、特に気に留めることもなく彼女と一緒に駅のロータリーを目指した。
その間に彼女は迎えを呼んだらしい。
そして、程なくしてロータリーにたどり着いた。
駅前は帰宅する学生や勤め人で溢れていた。
「人が多いね」
「う...うん...」
人が多いから落ち着かないのだろうか?先ほどから何やら周りをきょろきょろと見渡している。
....その時だった。
「おい茜ぇぇぇっっ!!!!!!」
駅の周りにいた人々が振り返るほどの大声。
僕も驚いて振り向いてしまった。
そこに居たのは、汚れた格好の中年男性だった。凄まじい形相で一瀬さんの名前を呼んでいる。
その本人はビクンと身体を硬直させて完全に怯え切っている。
「や....そんな....っ...」
ガクガクと震えているので並みの恐怖心ではないことが分かる。
それもそうだ。あれだけ殺気立った男に大声で呼ばれると誰でもそうなる。
情けないことに僕は腰が抜けてしまった。
「に、にげなきゃ...さ、斉川君!にげなきゃ!!」
一瀬さんが震える手で僕の手を取るけど、腰が抜けてしまって動けない...!
「茜ええぇぇぇっ!!!!」
その間にも殺気立った中年はこちらへ近寄ってくる。
そして...その手が一瀬さんに触れようとした瞬間...
「おい、触るな」
一瀬さんの身体をぎゅっと抱きしめ、自分の身体を盾にして守った男...お兄さんだ。
「なんだおま―――「おりゃああああっ!!」―――うがっっ!!」
続いて現れたのは華麗なドロップキックを食らわせた可憐な少女...夕華だ。
鍛えられた体幹と、陸上部仕込みの十分な助走から繰り出される強烈な一撃。
そして、男が吹き飛んで伸びたのに対して、夕華は反動を生かして華麗に着地した。
それはもう見事なモノだった。
「ふんっ...私の茜に手を出そうなんて考えが甘いよ」
可愛らしいソプラノボイスと可憐な容姿からは考えられないほどに強烈なドロップキックだった。おかげで中年男の大声で騒然としていた駅前広場も静まり返ってしまった。
「夕華...やりすぎだぞ」
「でも...」
「まあ、気持ちはわかるけどさ。先生としては一応注意しておくぞ」
「はーい」
聞いているのか聞いていないのか怪しい返事を済ませる夕華。
「一瀬、大丈夫か?」
「あ...せ、せんせ...うぅ...」
安堵したのか、一瀬さんはお兄さんの腕の中で泣き出してしまった。
「よしよし...もう大丈夫だからね...」
そんな彼女の頭を撫でる夕華。その表情は見たことがないほど優しかった。
そして、一瀬さんをお兄さんにまかせてこちらへと歩いてきた。
「圭介も大丈夫?何もされてない?」
心配そうな表情で手を差し伸べてくれた夕華。
僕はその手を取ってなんとか立ち上がった。
「う、うん...情けないけど、腰が抜けてただけだから...大丈夫だよ」
「あれはしょうがないよ。私もお兄ちゃんがいなかったら足がすくんでたと思う」
果たしてそうだろうか...先ほどのドロップキックを見る限り、回し蹴りくらいは食らわせそうな気がする。
その後、お兄さんが目を覚ました中年男性に何やらぼそぼそと何かを耳打ちすると、その彼は真っ青になってそのままトボトボとどこかへ歩いて行くのだった。
ちなみに交番は近くにあるのだが、全員パトロールに出ていてもぬけの殻だった。
そして、帰りはお兄さんの車で送ってもらうことなった。
「え?じゃあ、一瀬さんは夕華の部屋に一緒に住んでるんですか?」
「ああ。さっき夕華が蹴飛ばしたのが一瀬の法律上の保護者だ。ただ、あの通りとんでもない男だからこちらで預かっているんだ。ただ、あまり話が広がると不味いからこれは内緒だぞ」
「は、はい...それは大丈夫ですけど...」
なんとも衝撃的な話だ。
ちらりと後部座席を見ると、夕華が一瀬さんを抱きしめたままだった。
はぁ...なんだか何もうまくいかない一日だった。
こうして...僕の散々な初デートが終わるのであった。