優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ 作:エルサイズ
―――――――――――茜視点
「じゃあ、私は買いものして帰るから。さようなら」
「あ...」
彼は何か言いかけたような気がしたけれど、特に気に留めずにスーパーへと足を運んだ。
「っ...寒いわね...」
冷蔵陳列棚の冷気が店内に広がっており、生鮮品の鮮度の都合から暖房は弱めに設定されているようだ。
「うーん...」
何を作ろうかしら...
夕華はハンバーグやカレーと言った小学生男児のような好みだけど、先生は何が好きなのかしら...
「無難にカレーにしようかしら」
幸いなことにお金はある。先日、先生に迎えに来てもらった帰り道にお小遣いを貰ったのだ。1度は断ったものの、本当に一文無しだったことを思い出してありがたく受け取ったのだ。ちなみに、最悪なデートの帰り道のことだ。
「ルーは...甘口が良いけど...中辛にしましょう」
...辛いのは苦手なのよね。まあ、中辛でも食べれるけど...
「あとは...人参と玉ねぎと...豚バラで良いわね。それと...付け合わせでパスタサラダでも作りましょう」
次々と食材を入れていると中々の重さになってしまった。
「あれ?茜先輩?」
「っ...!」
唐突に後から声を掛けられたので、思わず身構えてしまった。
...あのクソ親父のせいで急に声を掛けられると驚くようになってしまったのよね...
「あ...美咲さん」
声の主は美咲さんだった。ブラウスにエプロンという制服姿で頭には黒い三角巾のような帽子を被っている。
「はい。あの...すみません、驚かせてしまいましたか...?」
「あ、いえ。大丈夫よ。どうしたの?」
「あ、はい。夕飯のお買い物かな、と思って。カレーですか?」
「そうね。それと付け合わせにパスタサラダでも作ろうかと思って」
「へぇ~茜先輩がご飯作ってるんですね!凄いです!」
何故かキラキラした瞳で見られてしまった...
「あ...その、最近作ってもらってばっかりだったから...今日は私が作ろうかなって思っただけよ」
「それでも素敵です。私なんてお母さんに甘えてばっかりですよ」
お母さん...そうね。私も甘えていたわ。
「ふふっ...今のうちに恩返しはするのよ」
「はい!...ふふっ。茜先輩って大人ですね」
「そう?」
そんな自覚は特にないけど...
「そうですよ。なんだか1つ上とは思えないくらいです」
「そんなこと無いわよ」
本当に...そんなことはない。
「謙遜するところも大人っぽいですよ~...あっ、そろそろ戻りますね。ではまた今度!」
そう言って彼女はパタパタと駆けて行った。
...本当にいい子。小井川くんも良い人だから本当にお似合いのカップルね。
「さて...」
私も会計して帰ろうかしら。
一番混みあう夕暮れ時。長蛇の列が出来たレジに並んで会計を済ませる。
...先生に貰ったお小遣いが有意義なことに使えたので私は満足だった。
「...重い」
お野菜やお肉や食料品を買っていたら結構な重さになってしまった。
LLサイズのビニール袋を持って、ヨロヨロと駐車場を横切る。
「...?」
すると、一台の車が駐車場に入ってくるのが見えた。
白い大型セダン。見覚えのある車だ。そして...その運転席を見た瞬間、私の心拍数は上昇した。
向こうもこちらに気が付いたらしく、私の目の前の車室に駐車した。
「茜!こんなところでどうしたんだ?」
「先生...」
愛しい愛しい彼だった。
ああ...早く会いたいと思っていたら、まさかこんなに早く会えるなんて。
「ひょっとして、夕飯の買い物してたのか?」
持つよ、と言って私の手からビニール袋を受け取り、中身を確認した後だった。
「ありがとう。そうよ。その...カレーにしようと思ったのだけど、良かったかしら?」
「もちろん嬉しいよ。でも、お金はどうしたんだ?」
「大丈夫よ。この前貰ったお小遣いがあるわ」
すると、先生はため息を吐いて私を見つめてきた。...ひょっとしてカレーは好きじゃなかったのかしら?
「ダメじゃないか。お小遣いは自分の事に使うんだ。食費なら別に渡すからこれからはきちんと俺に言う事」
「でも...」
「でもじゃありません。茜は俺の家族なんだ。大人しく甘えなさい」
反対の手で私の頭を撫でる先生。...その暖かい手がたまらなく嬉しかった。
「...ありがとう」
「当然だろ?ほら一緒に帰ろう」
彼は後部座席にビニール袋を入れて運転席に乗り込んだ。
私も助手席に乗り込んだけど...そういえば彼の用事はいいのだろうか?
「ねえ、先生の用事は大丈夫なの?」
「君と一緒だから大丈夫だよ」
彼は後部座席のビニール袋を指さしながら微笑んだ。
「そう...それならよかったわ」
「それにしても...カレーか...」
「あ...もしかして、嫌だった...?」
私が相談も無しに決めたのが間違いだったかしら...
「そんなことないさ。というかカレーは大好物なんだよ。だから、今日はカレーだ!って思いながらここに寄ったくらいだ」
「あ...ふふっ。丁度良かったのね」
「ああ。丁度良かったんだよ」
――――――――――――――――――
流れる景色。外の音や走行音はほとんど聞こえない静かな車内。
買い物袋からはかすかに野菜の匂いが漂ってくる。
「あ、そうだ」
信号停車中の事だった。
先生は唐突に一枚の封筒を手渡してきた。
「...弁護士事務所?」
「ああ。夕華の後見人になるときにもお世話になった弁護士さんなんだけど...まあ、とりあえず中身を見てごらん」
中には書類が2部入っていた。
一通は住民票。そしてもう一通は...
「登記事項証明書?」
「ああ。読んでごらん」
後見開始時期...つい先日の日付だ。そして、最寄りの家庭裁判所の名称が記載されている。次に書かれているのは...
「被後見人...一瀬茜。後見人...」
そこには先生の名前が書かれていた。
慌てて住民票を見る。住所は...先生の部屋に変わっていた。
「これって...」
「ああ。これで君は名実共に俺の家族だ。俺は君の正式な保護者になったんだ」
...そういえば聞いたことがある。親族がやむを得ない事情で親権を手放した際に他者がその子供を保護して、親族が遺した財産を管理することが出来る制度を。
「ごめん、今回の為に君の家族について勝手に調べさせてもらったよ。お母さんが亡くなられてたのは知ってたんだけど...母方のおじいさんとおばあさんも亡くなってたんだな」
おじいちゃんとおばあちゃん。おじいちゃんは私が生まれる前に亡くなってたけど、おばあちゃんのお葬式にはまだ元気だったお母さんと一緒に参列した記憶がある。
それに...実のお父さんは天涯孤独な人だったと聞いている。
「それと...これから先の情報は君が知らないお話だ。詳しくは伏せるけど...まずは君の現在の親権者“だった”男について」
だった...過去形であることを先生は強調した。
「本人についてだけど...彼には長い長い海外出張に行ってもらったよ」
「え...?」
何か職に就いていたのかしら...?
「...詳しくは話せないけど...二度と日本に戻ってくることはないよ。そしてあの男の両親について。法律上は、君の親権はあの男の両親に移ることになる。しかし...そんなことは俺が認めない。君に暴行を行った男と同じ血が流れている人間に近づけるなんて...絶対に許さない」
...でも、親権の放棄に関しては厳しい条件があったはずだ。
死別・懲役・離婚の他に『長期の海外出張』であれば認められるものの、健在であればそれも難しい。
「だから...両親にも“海外出張”に行ってもらったよ」
特に表情に変化が無い先生。...あの不動産やこの車を見る限り、普通の教師ではないことは何となく察していたけれど...一体彼は何者なのかしら...
「先生...」
「遺産の相続についてだけど、あの男の借金がそれなりにあったから放棄しようと思ってたんだけど...あの男の両親の財産を全て売り払わせて借金は相殺したよ。だから、君のお母さんのご実家を含めた複数の財産は君のモノだ。相続税に関しては心配するな」
恐ろしいまでの手際の良さと、言葉の端々に混ざる不穏な響き。しかし、私は目の前の彼の得体の知れない力の強さに恐怖はしていなかった。
「だから...これからはずっと一緒だ。俺がずっと君を守る」
それどころか...こんなに頼れる男の腕の中に居るのだと考えると股の間が潤ってくるようだ。
「ありがとう...先生」
「ごめんな。この話...怖かっただろ?」
「ううん...平気」
怖くない、と言えば嘘になる。この男には人を合法に近い形で消す力がある、という事を告白されたのだ。その矛先が自分に向かえば...と考えれば恐ろしくもなる。...しかし、不思議なことにその対象が私や夕華に向かないであろうことは確信できた。
それほど...彼からは深い愛情を感じているのだ。
「先生だから...平気」
「...ありがとう。愛してるよ、茜」
「うん...私も愛してる」
そういえば...アルバイトの件を話さないと。
「ねえ、話は変わるんだけど...私、アルバイトしようと思ってるのよ」
「アルバイト?」
「ええ。さっきのスーパーで」
「それは別に良いけど...何か欲しいモノでもあるのか?言ってくれれば...」
「あ、ううん、違う。その...私って部活もしてないから時間が余ってるのよ。今までは...その色々あったから時間が無かったけど...今は先生や夕華のおかげで暇な時間が出来たから」
なるほど...と相槌を打って先生は何か考え事をしている様子だった。
「そういうことなら大丈夫だ。でも、これだけは約束してくれ。貰った給料は必ず自分の為に使うこと。間違っても生活費の足しにしないこと。いいね?」
「...わかったわ」
どうやら、私の考えはお見通しだったようだ。